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171 一銭を笑う者は一銭に『泣く』

連休でだらけすぎました。

ゴールデンウィークも良し悪しかもしれません。

競馬で儲けた一千万円をファーシェガッハに置いて、端数だけを持って戻ったシュヴァルベさん。

一口に端数と言っても、十万円以上くあるそうだけど。

危なっかしい……


「ん、ちょっと時間がかかりすぎた。本当はもっとゆっくり、了大くんとイチャイチャしたいんだけど……向こうも忙しくてね。今日は帰るよ」

「あ、そうなんですか」


いいものを食べようと言ってはくれたけど、手元の時計で時刻を確認したシュヴァルベさんは、もう食事の時間もないらしい。

残念そうにして帰って行った。

僕も残念だな。


「アルブムに勝てれば、ゆっくり会えるのに」


ものは考えようだ。

そう考えれば、闘志をもらったようなものとも言えるかもしれない。

よし、勝つぞ!




それからまた時季(シーズン)と、時期(タイミング)を待つ。

夏休みに入る前、一学期のうちは根回しがメインなんだよな。

家の近所の公園で、鳳椿さんと雑談。

イグニスさんを連れてきてくれる話の続きはどうしたんだろう。


「会えないって、行き先も教えてもらってないんですか?」

「は、面目次第もない話でありますが……イグニス殿は、自分どころか周囲の誰にも言わず、行方をくらましたと。盟友たるトニトルス殿も、何も聞かされておらぬ様子であります」

「あー、そりゃ……もうお手上げですね」


イグニスさんに会えないらしい。

何の因果か……本当に、僕のどういう行動が影響してるのか、わからないけど。

鳳椿さんもトニトルスさんもわからないレベルで行方不明とは。

いくら『捨て』確定の周回とはいえ、ちょっと困ったな。

せめて、なんで消えたのかだけは知っておきたい。

でも無理かな。


「まあ、いないものは仕方ないですね……こういう時は、何かいいものでも食べましょう。例の、悠飛(ゆうひ)さんの蕎麦屋は行けますかね」

「そちらは平穏無事に営業中であります。行きましょう」

「じゃ、家からそっちのお金を取ってきます」


言祝座(ことほぎざ)のお金って、賊どもから一応巻き上げておいたはいいものの使うところが他にないから、百円ショップの小銭入れに入れてまとめて放置してたんだよね。

うーん、つくづく百円ショップの便利さよ……


「蕎麦屋の勘定など、自分が持つでありますが」

「そういうのはダメです。《一銭を笑う者は一銭に泣く》と言いますからね」


そう、小銭でも外国のお金でも、お金は粗末にしちゃダメ。

自分がどんどんだらしなくなる。

ということで小銭入れを持ってきて、中を見てもらう。


「それだけあれば、蕎麦一杯どころか向こう一週間の食費くらいであります」


さすがにそう大袈裟にする大金というほどではなかったけど、蕎麦も食べられないほど貧乏というほどでもない。

お金はこれでよしとなれば。


「僕はお店の場所も何も知りませんから、案内はお願いします」

「承知」


一口に言祝座と言っても、僕は例の山の中にしか出られないから、ここはこれまた鳳椿さん頼み。

近場の人目につかない所まで《門》で移動してから、普通に歩いて蕎麦屋さんへ。


「らっしゃい! おっ、鳳椿の旦那!」

「いらっしゃいまし」


若い男女がお店を回している。

男の人の方が悠飛さんか。

他のお客さんも満足そうに食べて、帰っていく。

評判も上々のようだ。


「あの通り、跡目なぞ狙わずとも悠飛はあれで幸せなのであります。特に何を話すより、蕎麦を味わうでありますよ」

「そうみたいですね。おー、来た」


天ぷら蕎麦がおいしかった。

言祝座にあるお店だから、また来るかどうかは移動手段と現地通貨次第になるけど、マクストリィにあったら通いたいくらいの、いいお店だった。

この人は、これでいいんだ。

蕎麦を食べに来る以外は次の周回以降もそっとしておこう、と思うと同時に、改めて思い起こされるものがあった。

誰にだって守りたいもの、失いたくないものがある。

悠飛さんにとってはこのお店とこの暮らしがそうだろう。

僕にとっては……いや……

時間が戻って、いろんな絆を失った『今の』僕が、守りたいものか……

考えておかなきゃな。




そんな感じで夏休みに入った。

言祝座の跡目争いの方は一紗が何か奇策を弄してきたそうだけど、数で押し潰して決着をつけたらしい。

やっぱり獅恩さんが次の獣王だ。

そして、ガーデル王国には寺林さんが現れた。

これは他人任せにしておけない。

勇者輪を確保しなきゃ。


「というわけで特別編成です。魔破さんと候狼さんはついてきて」

「わかりましたぁ♪」

「御意に!」


二人ともいつものメイド服じゃなくて動きやすい戦闘用の服装。

僕もこちらの世界で浮かない程度のデザインと品質で、なおかつ動きやすい服に。

それじゃ、行くぞ……

いや、ガーデル王国とやらも土地勘がないな?

つくづく締まらない魔王だ。


「ガーデル王国の中の具体的にどこかというのは、連絡員が行ってますから大丈夫ですわ」


そこで幻望さんが太鼓判を押してくれた。

連絡員なんて、そんなに何人もメイドから割いたっけ?


「私は《幻覚のチョウゲンボウハルシネーションケストレル》ですもの。世界各地に分布するチョウゲンボウは皆、私の耳目も同然ですわ」

「それはすごい……」


なるほど、そこら中に幻望さんと同族の鳥がいて、顔がきくわけか。

人間が見張ったり立ち聞きしたりするより全然目立たない上に数も多いから、範囲さえ今回のように一定以内に定められれば監視網の構築もできると。

頼りにさせてもらおう。


「黎さんはそういうのはできないの?」

「一応できます……けど、私の顔がきく同族って、言祝座以外にはいなくて」


黎さんは言祝座限定でしかできないらしい。

それでも、できる分だけすごいよね。


「では、こちらの《門》からどうぞ」


今回の移動に必要な《門》は、幻望さんが開けてくれた。

幻望さん自身も土地勘はないけど、連絡員、つまり現地の同族と協力すれば繋げられるとのこと。

よし、行ってみよう!


「……おお、それっぽい」

「ガーデル王国の王都、ガデルブルグでござる」


人目につかないよう路地裏に開けられた《門》を抜けて、表通りに出ると、そこはいかにもな欧州風の街並み。

行き交う人々の顔立ちもそっちの人種ばかりだ。


「ガデルブルグか。候狼さんは来たことがあるの?」

「来たことだけならば。自分で《門》が繋げられるほど地理的に詳しいわけではないのでござる」

「魔破さんは?」

「あたしも、もっぱら《門》を他人任せでなら、ですねぇ。ちょうど候狼と同様です」


帰るのには真魔王城でもマクストリィでも、慣れた場所を思い浮かべればそこへ《門》を繋げて帰れるけど、来るのには手間が要るか……

でもまあ、そもそも来る用事も他にないか。

ここの通貨は持ってないし……


「よう、姉ちゃんたち。ガキのお()りかい?」

「そんなんほっといてよう。俺たちと遊ぼうぜ」


……人が多い分だけ、バカも多いようだし。

なんとなくそういう目線は感じてたけど、いよいよ来たか。


「はぁ……任せるよ。適当に追い払っちゃって」

「御意」


候狼さんは腰の刀に手をやり、鯉口を切ると。

風が吹いたような音の後で、バカどもの服がビリビリに切り裂かれていた。


「そのようなみすぼらしい風体で、女性(にょしょう)に声などかけるものではござらん。出直してまいれ」

「ひっ!?」

「あ、わわ」


やるなあ!

互いの立ち位置と自分の得物の間合いを完璧に把握した上で、服だけ斬ったのか。

それも、常人は目で捉えられないほどの速度で抜刀から納刀まで。

僕も《有意向上》でないと見えなかったからね。


「こういう時はぁ、刃物って得ですよねぇ。あたしは蹴りですからぁ、どうしても目立っちゃってぇ」

「確かに、蹴り飛ばしちゃったら言い訳できないもんね」


魔破さんは徒手空拳……素手での格闘の中で、特に蹴りを得意としている。

ほら、馬って後ろ足で蹴り飛ばすと弱い生き物なら殺せちゃうから、あのイメージだろうね。


「目立つ云々で言うとぇ、美しいって時々損ですねぇ。今みたいなのがどんどん来たりしてぇ」

「ならば拙者に、妙案が」


そう言うと候狼さんは魔破さんを連れて路地裏に姿を隠した。

少ししてから戻ってきたのは、中年の侍と大きい馬。


「拙者は《形態収斂》のやり方を変えて、魔破は解除でござる」

「なるほど、これなら色ボケのバカは寄ってこない」


いいなあ、僕も《形態収斂》覚えようかなあ。

そしたらチビなんて言わせないで、高身長のイケメンって言われたりして。


「さぁ、そんなことより今は勇者ですよぉ」

「先手を打ち、敵の出鼻を挫く。兵法の基本でござる」


中年の侍の姿もなかなか渋いな?

でも馬の姿でしゃべるのはやめてほしいかな。

なんてことを考えながら……寺林さんはどこだ?

すると一羽の小鳥が、僕の肩に止まって、またすぐ飛び立った。


「追ってこいってことか」


あれも連絡員なら、あれに頼ろう。

僕たちが追いつきやすいように休み休み飛んでくれているようで、見失わないように注意して追うと。


「うえぇ……やだ、こんなんやりたくない……」


いた。

めちゃくちゃ嫌そうに歩いてる。

剣はいつものアレだけど、服はマクストリィのものだな。

いわゆる『初期装備』状態か。

ていうか、セーラー服?

最低でも中学生なのか?

あんまりにもロリロリだからてっきり小学生だと思ってたのに。

まあ、いいか。


「やりたくないなら、すぐ帰れるようにできるよ」

「誰!? え、空が……何!?」


僕が寺林さんに声をかけると空が暗くなる。

やっぱり『月と太陽が食い合う(とき)』っていうのは明確な日時があるわけじゃなくて、僕と寺林さんとが……

魔王と勇者とが直接顔を合わせることを条件に、魔法的な何かで起きる現象なのか。

前回の時間でベルリネッタさんに任せきりにした時は『普通に晴れでしたが』って言ってたもんね。

あれも僕が不在だったからと考えれば、辻褄が合う。


「僕の元へ来い、太陽」

「あぁっ……?」


ちょっと略式な感じ。

僕は勇者輪をもらったりアルブムに勝ったりしたいだけで、寺林さんを殺したりたらしたりしたいわけじゃないからね。


「ちょ、重! おっも! なんで!?」


勇者輪を失って勇者じゃなくなったことで、剣を扱う資格も失ったせいだ。

たちまち剣を運ぶこともできなくなって、その場に放り投げる。


「剣もこっちにおいで。そして、君はこっち」


どうせこのイベント限りでこことはおさらばだから、多少目立ってもいいだろう。

わかりやすいように《門》を開けてあげる。

行き先は寺林さんの家の近くの駅。

通学で使ったりルブルムの家にたまに寄り道したりしてたから、ここになら繋げられる。


「ここを抜けたら、おうちの近くだよ。知らない人に言われただけのやりたくないことなんて、やらなくていいからね」

「ほんとう……?」

「本当さ。さ、おいで」


ちょっと強引にだけど、寺林さんの手を引いて《門》をくぐる。

僕の土地勘で、狙った通りの場所に無事に出られた。


「ね、おうちの近くだろ?」

「本当だ。帰れたんだ! 帰れた……」


いつだったかにクゥンタッチさんも言ってたけど、寺林さんはいたって普通の子って感じだからね。

勇者なんて似合わないから、不似合いなものはさっさと捨てちゃって普通の暮らしに戻ればいい。

そう思ってたけど。


「ありがとう……本当にありがとう! あなたは命の恩人だわ!」

「いやいや、大袈裟な」


恩人なんかじゃないよ。

なんなら僕が君を殺したことだってあるんだ。

そんな目で見ないでほしい。


「大袈裟じゃないわよ。ね、名前教えて?」

「あ、うん。了大だよ、真殿了大」

「りょうた……りょうた! ふふふ♪」


何だこのムード。

もっとこう、わけがわからないまま終わるとか気持ち悪がられるとかを想像してたのに。


「りょうたは私の王子様かも」

「は!?」

「だとしたら、あの変な世界に行ったのも悪いことだけじゃなかったのね」

「いやいや」


明らかに流れが変だ。

今までにも寺林さんを穏便に《門》で帰してあげる展開はいくつかあったはずなのに、今回だけ特に変だぞ。


「とりあえず、おうちに帰って。おうちの人にただいまって言おうね?」

「そうね。それはりょうたの言う通りだわ」


もう夏休みに入ったのに、日が暮れかけてる。

ということはけっこう遅い時間だろう。

ちゃんと家に帰してあげないと。


「暗くなってきたから、うちまで送ってほしいなぁ」

「あー、そうだね」


家の近くには連れてきたけど、そこから家までの間に変質者が出ました、じゃ話にならない。

それは嫌だから、家まで送ると。


「絶対また会ってね! 絶対、絶対よ!」

「あはは……」


今までで一番、寺林さんが好意的に接してくる。

何だ、この流れ?




◎一銭を笑う者は一銭に泣く

たかが一銭と粗末にして笑う者は、やがてその一銭にも困る羽目になる。

金銭は小額でも粗末にしてはならないということ。

大正八年に逓信省為替貯金局が公募した貯蓄奨励の標語のうち、二等に選ばれたものが通貨単位の移り変わりから『一円を~』の形に変じて定着して、現在に至る。

作者は朝田千代松で、ことわざとしては作者が明らかな珍しい例。


後半の展開は寺林さんが『一番最初の日であるがゆえに勇者という状況に染められていない』ことが原因で発生しました。

ある程度勇者生活をさせると(=出現してからしばらく泳がせると)発生しなくなります。

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