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169 『生き馬』の目を抜く

すいません、最近遅くて……

これは家事やら何やらに割く時間のバランスの問題、転居後の環境をうまく制御できていない自分のせいです。

獣王の次女、智鶴(ちづる)さんは確かに物静かな感じ。

人里離れた山の中にわざわざ引きこもって庵を構えている様子で、跡目争いなんてものにはとっくに興味を失っているようだ。


「マクストリィからのお客様とあっては、散らかったままの部屋ではいけませんね、いろいろ」


柏手のように両手を合わせて、思いついたという仕草で智鶴さんは庵に入った。

そこから首だけ出して、こちらを向くと。


「私が『よし!』と言うまで、入ったり中を覗いたりなさらないでくださいね」


恩返しの童話か?

違うだろうけど。

まあ、訪ねて来てるのはこちらだから、言われた通りにしよう。


「智鶴殿はいつもああであります。誰か来なければ中を見られることもないゆえ、掃除や片付けはそこそこ手を抜いておるのでありましょうなあ」


そういうものかもしれない。

別にやらなくても叱られないと思うと、人は無限にだらけちゃうんだよね。

僕も以前、三周目からしばらくはそうだったから。


「……うん。『よし!』 さあ、どうぞお上がりになって」

「お邪魔します」


広々とした豪邸というわけではないけど、入るのがやっとなんていう狭さでもない。

蔵書らしい紙が部屋の隅に高く積まれているけど、それ以外はなんというか、茶道で使う部屋みたいな和室だ。


「さて、このような辺鄙な場所までお越しになって、一体どのようなご用件か。お尋ねしても?」

「それはもちろんです」


アルブムのこと、あちこちの魔王輪が狙われてることは話すとして、あとはどこまで話すかな……

世間話って間柄でもないから、まずは仍美(なおみ)さんの件か?


「仍美ちゃんと星十狼(せいじゅうろう)様の件でしたら、聞き及んでおります。しかし、一紗(いっさ)にとってはそれすらもおそらく目眩まし、裏で他の者たちを蹴落とす準備をしていながら、そこから目を逸らさせるために一連の流れを大きく騒動として取り上げたことでしょう。二人の死ばかりか、愛娘を失った傀那(かいな)の涙をも利用して」

「おお、なるほど……」


相手の落ち度を責め立てて、不利な立場に追いやるか。

謀略としては典型的と言っても、よく効くからこそ典型になるものだからな。

そういうのは、鳳椿(ほうちん)さんはやっぱり苦手かな。

智鶴さんの話に感心して聞き入っている。


「血を分けた兄弟姉妹がいがみ合い争う中にあっては《生き馬の目を抜く》速さと冷たさが必須となる時もあります。そして、それは勝ち抜いて跡目となってから後も」


さすが《叡智の鶴(ウィズダムクレイン)》と言うだけはある。

単なる嫌気だけで跡目争いから降りたわけではなさそうだ。


「自分はそのあたり、苦手でありますからな」

「鳳椿様は、人を動かすより自らの体を動かす気質(たち)ですものね。百人隊くらいまでなら率いられても、そこから上では厳しいかと。そういうところ、獅恩(しおん)もそうですから」

「むう、面目次第もありませんな……」

「でもその分、獅恩のような気質の者とうまくやる折り合いをつけやすいでしょう? 気が済むまで殴り合って『やるな』『おまえもな』みたいな感じで」


少年漫画の友情描写みたいなことを言い出した。

でも鳳椿さんはそういうタイプだよな。

何より、言われた本人が何の不満もなさそうだ。


「よくわかりますな。実は三度ほど、そういうことがあり……」

「はァ!? そこでなぜ私を呼ばないのです!?」

「いや……逆に、そこでなぜ智鶴殿を呼ばねばならんのであります?」

「うぐぅッ……」


何だ今のエキサイト。

そんなにも、その時の様子を見てみたかったのか?

確かに鳳椿さん対獅恩さんなら、見応えは充分だろうけど。


「いや、それはさておき。智鶴殿の見立てであれば、誰が勝つのがよいですかな」

「そうですね……」


話題を戻して、智鶴さんに意見を聞く。

すると。


「まず、私に聞くのが間違いかと。勝ってほしいとご自身が願う者を勝たせればよいではありませんか。私は御免被りますもの。跡目の座も、争いごとのとばっちりも」

「あのお転婆が、変われば変わるものでありますな」

「……そこで昔話はおやめくださいな」


旧知の仲ってことか。

僕の知らない時間を感じさせるやりとりがあった。




智鶴さんの庵から去って、真魔王城に戻った。

なんというか……知恵者ではあるんだろうけど、どこかつかみどころがないというか、一口に知恵者と言ってもトニトルスさんのようにプライドが高いようでもなく、でも絶対に譲歩しない一線はある、また違ったタイプというか。

やりにくいタイプの人だな、と感じた。


「勝たせたい者を勝たせれば、か……」


この周回は『捨てプレイ』状態だ。

それを思えば、仍美さんの時と同じように『僕が何の介入もしなかった場合』を再現させて、結果とそこに至る過程の条件を、情報としてつかむことが目的でもいいような気がする。


「この件を鳳椿さんに一任するとしたら、鳳椿さんは誰かに手助けします? まずは私情でかまいませんから、聞かせてください」

「うむ……まず、一紗殿には勝たせたくないでありますな。彼には人の上に立つにあたって、自分であれば不可欠と思うものが決定的に欠けているのであります」


それはちょっと、他人事じゃないな。

何しろ僕自身もヴィランヴィーの魔王として『人の上に立つ』ようにならなくちゃいけない。

それにあたって不可欠なものとは、と無言で先を促す。


「他者に対する敬意であります。獣王の子息、それも初めての男子としての気位が先に立つばかりで、相手は自分の言うことを聞いて当然とばかりに振る舞い、一方で自分は他者の言うことを聞くどころか、他者に意見されることさえも嫌うありさま」

「そりゃダメですね。似たようなのを見たことがあります」


たぶん、だけど……

ファーシェガッハのマンフレートも、根っこのところはそうなんだろうな。

あいつは王太子として好き勝手に振る舞っていた。

そう言われてみると納得がいく。


「以前……あ、別の時間で、以前。彼と話したことが一度ありましたけど、改めて思えば単に話が長いというより、兄弟姉妹の陰口が多かったですね」

「彼の言いそうなことであります」


決まりだな。

一紗は『無し』だ。

どう介入するにしても勝たせないように立ち回ろう。


(ほう)(こう)はあまり深く考えない……いや、自分が言えた義理ではない話でありますが……とにかく、目先の利に飛びつきがちで軽率というのが、ちと。特に女関係は、だらしないようでありますな」

「判ってるだけで八男三女ももうける獣王の息子ですからね。言っちゃ悪いですけど、そこは父親似では?」

「かもしれんであります。しかし、これはこれで陰口のようで居心地が悪いであります」

「……結論に行きましょうか」


これ以上は僕たちの方が陰口を並べて人間性を失いそうだ。

やめておこう。


「私情でよければ、やはり獅恩殿を勝たせたいところでありますな。(まつりごと)に向かぬ気質とは言え、そこは有能な文官を多く取り立ててなんとかすれば」

「ではお任せしますから、獅恩さんを勝たせて、ついでにそのまま後始末も手伝ってあげてください」

「御意に」


僕が干渉しないとしたらやっぱり《(ロード)》クラスはある程度私情で動くだろうから、こうなっていたことだろう。

この周回を捨てる前に見極めておくポイントのひとつだ。

それと。


「ここから相対的な位置かな? 『北北東の大国』って、どういうところになります?」


寺林さんの出現ポイントを押さえておこう。

ヴィランヴィーに来る時はほぼ真魔王城にしかいないから、普通の人間の世俗はわからないんだよね。


「北北東ならぁ……《ガーデル王国》ですねぇ。歴史の長い国ですけどぉ、ここ最近は王家の人間が堕落しててぇ、そろそろダメそうな感じですよぉ?」


意外と、魔破さんが説明してくれた。

鳳椿さんやベルリネッタさんは、人間の国についてはそこまでは知らなかったというか、そこまでは興味がなかったから。


「へえ。税金が重いとか、貴族や僧侶が偉そうとか?」

「そうそう! そんな感じでぇ……ご存知なのにわざわざ聞かれたんですかぁ?」

「いや、よく似たような話を学校で習っただけで、そこのことは知らないよ」


重税や不平等などで革命を起こされて滅ぼされた政体なんて、世界史にはいくらでもある。

フランスのブルボン朝なんかもそうだったかな。


「でもぉ、そんなところに何の用なんですかぁ?」

「勇者が出るから」

「へー、勇者……って、えぇ!? あの勇者ですかぁ!?」


魔破さんが驚くのも無理はない。

今回はまだ夏休みにも入ってないもの。

誰かが出現を察知することもできない。

周回の知識で僕が知っているだけ。


「そう。で、面倒だから出現してすぐに片付けようかと思って」

「ふむ、ふむ……でしたらぁ、この魔破をお連れください! 役に立ちますよぉ?」


確かに家事能力としては、魔破さんがいると断然助かる。

でも、メイドを連れて歩くのは目立ちそうだよ。


「あぁ、私の真の能力をご存知ない! 私はこういう時こそ真の姿が役に立つんですからぁ……《全開形態》ぅ!」

「なるほど、そうか」


魔破さんが《形態収斂》を解除すると、大きく黒い姿に。

馬になっちゃった。

胴も脚も、体中どこもかしこも太くて、体重が何百キロもありそう。


「平時は荷運びもによし、戦時には騎馬にもよし! この《夜陰の軍馬ナイトシャドースティード》たる私の力、お使いください!」

「おお……」


そう言えば、魔破さんがポニーテールなのは伊達じゃなかった。

馬と悪魔のミックスなんだっけ。


「と、とりあえず、これからすぐにじゃないから」

「そうなんですねぇ、わかりましたぁ」


元の、というかメイドの姿に戻ってもらって、魔破さんのアピールタイムは終わらせておく。

支配されて敵として現れるんじゃなかったら、心強い存在なのはわかってるからね。


「じゃ、僕の学校が夏休みになってからが勝負かな。勇者自身はもとより、勇者を送り込んで来る奴も素早く出し抜く……《生き馬の目を抜く》勢いでかかるからね」

「私の目はぁ、抜いちゃイヤですよぉ?」

「しないしない」


夏休みになったら勇者を『現れてすぐに』叩く作戦。

前回は『人任せにしたら、勇者は倒せても勇者輪は確保できない』というのがわかった。

今回はちゃんと自分で出るぞ。




◎生き馬の目を抜く

とくに素早く事をなす様子。

また、他人を出し抜いて利益を得る様子。

抜け目がなくて油断も隙もない、生きた馬の目ですら抜き取ってしまうほど素早い、というたとえ。


魔破は、間延びした語尾で台詞が魔破のそれとわからせやすいのと、馬という『家畜として見ればそこにいても違和感は少ない動物』の姿が、作劇の観点から便利です。

あとはこの頃、馬が女の子なのは大流行中ですし。

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