168 掃き溜めに『鶴』
言祝座ルートの捨て周回と言ってもまだまだこれから。
今週は智鶴さんの顔見世で。
どうも僕は『捨てゲー』という言葉を誤解していたみたいだ。
ということで、カエルレウムに会ってみる。
この周回では僕のことを知らないカエルレウムに……
「なるほど、りょーたは日本人か。ゲームの話が通じる相手が欲しかったんだ」
魔王だからというのとは違う角度で、持って生まれた環境が味方する。
カエルレウムはだいたいいつも、初対面でも友好的だ。
「確かに『捨てゲー』は、わたしだってやることがある。レースゲームのベストタイムとか、シューティングゲームのハイスコアとか。でもな」
そこまで言って、カエルレウムは神妙な表情になる。
いつものだらけた感じはしない。
「そういうアタックってのは集中力を高めて、要点を押さえながらも全力でがんばって、それでも『こうなったらもう取り返しがつかない』ってなってから、それでようやく『捨てる』んだよ。で、捨てなきゃならなくなるその瞬間までは誰だって全力、全開なんだ。初めっから捨てるつもりでやってたら、ハイスコアなんか出っこない。それは『捨てゲー』じゃなくて『舐めプレイ』の方だからな」
「なるほどなあ……」
舐めプレイはまあ、説明されなくてもいいか。
時間を戻せると思ってナメてたからこうなってるわけだから。
って、なんだかんだ言ってても、カエルレウムもドラゴンとかゲーマーとか以前に人生の先輩なんだな。
グータラ干物少女の外見にすっかり惑わされてた。
認識を改めないといけない。
「まあ、突き詰めすぎるとつまんなくなるから、滅多にやらないけどなー」
「そうなの?」
「ハイスコアやベストタイムっていうのはつまり『最高の効率を目指す』ってことだからな。ということはつまり『効率が悪くなるすべてのものを捨てる』ってことでもある。そういう回り道やゆとりにも、楽しくなる要素があるのに」
効率以外を捨てる……
例えば僕だと、アルブムに勝つための力を手に入れるために、他の目的を……
さしずめ、愛魚ちゃんやベルリネッタさんといった面々との絆を全部捨てて、ただ戦って勝つためだけに生きるような感じか。
それは確かに、生きる意味が分からなくなる。
「ためになる話が聞けたよ。ありがとう」
「うん、また来いよ。なんだかおまえは……不思議と、初めて会うような感じがしないんだ。ずっと前から友達だったような、仲良しだったような、そんな気がしてくる」
「そうだと……いいね」
やっぱりカエルレウムは、わずかにでも僕のことを覚えているんだろうか。
そこまでは聞けないままだった。
鳳椿さんに会う。
今回は仍美御前をわざと見捨てたこともあって、気まずいけど。
「了大様、先日は責めるような物言いをして申し訳なかったであります」
「え」
逆に謝られただと?
どうなってる。
「思うに了大様は、これが初めての繰り返しではないのではと、他にもあれこれと試した後だからこそわざとああしたのではと、思い直したのであります」
「ああ、まあ……確かにあの子の件は、こうはならなかった時もありましたし、今後は絶対にこうならないためにはどうするべきかというのがはっきりとはわかってませんでしたし、なんとも……」
「このような運命は回避できると、回避のために必要な条件を探していたと、そういうことでありますな」
悪いのは、戻せると思って初めから手を抜いていた僕なのにな。
これはこれで違う気まずさ。
話題を変えたい。
「ところで、その繰り返しの中でも、僕は一度もあの、悠飛さんと智鶴さんに会えていないんです。なんとかなりますか」
「ならんこともないでありますが、悠飛は……そっとしておいてやりたいところであります」
ん、鳳椿さんをしてそう言わせるとは。
五男のことは跡目争いから遠ざけたいのかな。
「板前として包丁で身を立てるつもりで修行中でありますからな。跡目など興味はない様子で」
「ああ、それなら仕方ない話ですね」
武芸と料理、分野は違っても厳しい修行の積み重ねが必要なことには違いない。
何か通じるものがあるんだろうな。
「どのくらいの腕前なんでしょうね。まだ下積みとか?」
「ううむ? しばらく会っておりませぬゆえ、なんとも……今度、聞いておくであります」
「ではそちらはお願いします。で、智鶴さんの方は」
「むうう……」
あ、鳳椿さんの表情が露骨に嫌そうになった。
やっぱり禁欲生活の中で、女性相手には思うところがあるのか?
「あれもあれで別な意味で、そっとしておいた方がとは思うので……ありますが……」
「会ってみないとなんとも言えませんからね。もしかしたらその智鶴さんが跡目に一番適任なのかもしれませんし、会っちゃいけないような人なら仍美さんの件のついでに会ったこと自体をご破算にして、その後は会わないようにしますし」
「くっ、そう思うと便利でありますな。時間を戻す力」
本当はみんなにも分けたいくらい便利な力ではある。
でも、本人の属性が闇多めじゃないとダメっていうからなあ。
ほぼほぼ火オンリーの鳳椿さんも無理だろう。
「まあ、智鶴殿の方も一応、聞いてはみるでありますよ」
「お願いします。ご破算にする今回だからこそ、粗相を恐れず会っておきたいんですよね」
「向こうが会いたくないという場合は、勘弁してほしいであります」
何かやけに鳳椿さんが嫌そうだったな。
でも今回だけ、今回だけはわがままを言わせてほしい。
あちこちに根回しをしておいて……そうだ、マクストリィもほっとけないんだった。
忙しいな、魔王!
家族や学校には、普通に過ごしている姿を見せておく。
魔王輪の魔力も抑えて、普通の子。
「真殿くん、放課後にちょっといいかな?」
そこでよりにもよって愛魚ちゃん……深海さんか!
どうしようかな、放課後もできるだけヴィランヴィーや言祝座に介入しておきたいんだけど。
「どういう用事か、によりけりかな。あんまり時間がかかるのはちょっと」
捨てゲーのつもりで実は舐めプレイだったとはいえ、捨てるからこそできるだけ今回のうちに『失敗パターン』を引き当てて、そこに至る条件を知っておきたい。
そういう意味では申し訳ないけど、今回は深海さんにはあんまり構えない。
「やっぱり、そうなんだ……どこか他のところに女の子がいるんだ?」
「そういうんじゃなくて。お父さんから何か聞いたの?」
このくらいの時期の深海さんは、思い込みが激しくなりがちなところがあるからな。
真魔王城のメイドたちに手を出してはいないから、何か聞いてたとしても安全だとは思うけど。
「ないけど……だって、最近の真殿くん、変なんだもん」
「変って。深海さんはもっとお父さんと話しておいたほうがいいよ。それじゃ」
この埋め合わせは、仍美さんを助けるのと一緒に次回するから。
今回はそっとしておいてほしい。
そして真魔王城へ。
この周回でもメイドたちがだんだん僕に慣れてきたかな……というか。
「リョウタさま……迷ったら、私を」
「ぅんもう! 魔王サマ? 今日こそはこの魔破をですね? お召し上がりいただきませんと!」
「ええい、御屋形様がお困りであろう! 御屋形様の供は拙者が勤めるのでござる! さ、お命じくだされ!」
慣れてきたというより、馴れ馴れしくなってきたな?
僕が誰にも手を出さないから、どんどんエスカレートしてるのか?
でも、しょうがないだろう。
この場合もどうなるか見ておかないと。
「僕は浮ついていられないんだよ。だからそういうのなしで」
「はー。了大様ってば、硬派ですね!」
猟狐さんに、魔破さんに、候狼さんに、首里さん。
ちょっかいをかけてくるメイドがいちいち言祝座出身ばかりなのは、やっぱり僕が言祝座に介入してるからかな?
「ふーむ……? 信頼できる筋からの情報では『大きめ』がお好きとのことでしたが? ご不満です?」
「そういうことじゃなくてね?」
今度はエギュイーユさんか。
深海さんによろしく言っておいてくれ。
「さあさあ、皆さん。魔王様がお困りですよ。業務に戻ってください」
ベルリネッタさんの声だ。
そうだよ、叱ってやってくれ。
って……
「ちっさ!?!?」
……小さい!?
何だこの幼女は。
ベルリネッタさんの声がすると思ったのに、ベルリネッタさんじゃないぞ。
「わたくしですよ。もしやこういった『小さめ』がお好みでしたらと思いまして。どうぞお気軽に『ベルちゃん♪』とでも」
「ふざけるな!?」
幼女の正体はベルリネッタさん本人で《形態収斂》の出来をいじって幼女の姿になっていただけだった。
そう言えば、凰蘭さんも『ロリババア』状態があったな。
「やれやれ。ではどうすればよろしいのでしょうね。わたくしたちはいつでも、仰せのままにいたしますのに」
ぼやきながら、ベルリネッタさんはいつもの姿に戻った。
今回はベルリネッタさんだけだったけど、もしかしたら全員このくらいのことはできるのか?
メイドたち全員がロリに……?
うわあ、嫌だ!
「というかぁ、ベルリネッタ様のあの若作り、キッツいですよねぇ」
「自分でベルちゃんとか……ないわー……」
「そこ、聞こえてますよ?」
メイドたちにもさっきのロリ姿は不評だったようだ。
とりあえず魔王の権限で『ロリ化厳禁』は言い渡しておくか。
ベルちゃんは、ないわー。
日を改めて、また鳳椿さんに会った。
当たってもらうように頼んでおいた、悠飛さんと智鶴さんの件の続報だ。
「悠飛は、蕎麦屋に移っておったのであります。元々は揚げ場でありましたから、天ぷら蕎麦の評判がいいのであります」
板前修業の中でも揚げ物を任されていたところに、どういうわけか蕎麦屋になったと。
それで順調なのなら、ますます跡目争いなんかには巻き込めないな。
「それは……跡目がどうこうは脇に置いといて、純粋に食べに行きましょう」
「名案であります」
「で、智鶴さんの方は」
「それが……」
やっぱり嫌そうな顔。
そんなにその智鶴さんを嫌いなのか、何なのか。
「ぜひ連れてきてほしいと言われたのであります。自分は、智鶴殿は苦手なのでありますが」
「それなら、行かないと失礼ですね。行きましょう」
どうも気が進まない様子のままの鳳椿さんに《門》を開けてもらって、言祝座へ。
出た先の風景はまた山の中らしく、自然は自然なんだけど、今まで見たことがない風景。
山賊の拠点があったあたりとは、生えてる植物が違う。
「鳳椿様! お待ちしておりました♪」
銀髪……いや、白髪だな。
真っ白な長い髪をなびかせて、鳳椿さんに駆け寄るスレンダーな美少女。
見た目は《形態収斂》でなんとでもなるはずとはいえ、化けるにも本人の腕は出るそうだからな。
あの美しさも実力の片鱗ってことか。
「遠路はるばる、お疲れ様です。私が獣王の次女、《叡智の鶴/Wisdom Crane》、智鶴です」
なるほど、正体が鶴だから名前も智鶴さんなのか。
跡目争いで一度にいろんな人と会ってるから、わかりやすい人は覚えやすくて助かる。
「ヴィランヴィーの魔王、真殿了大です。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします♪」
高貴な生まれと言っても特にわがままなわけでも強気なわけでもなく、柔らかい物腰で人当たりもいい。
着物が似合う、正統派美少女だな。
……だからこそ、跡目争いなんて嫌なんだろうなと察しがつく。
殺伐としたことばかりの言祝座には珍しいタイプだ。
「なんだか《掃き溜めに鶴》って感じですね」
「あら」
智鶴さんの視線がキツくなった。
魔力も若干こもってるな?
「私を褒めてくださったおつもりでしょうけど、言祝座は私にとって捨て切れぬ故郷です。その言祝座をして掃き溜め扱いは、良い気分はしませんね」
「あ!? すいませんでした!」
これは失言だった。
なんだかんだ言っても、基本的な会話の経験が足りていないのが出てしまった。
失敗。
「ふふ。いいのですよ。私相手にそれを言ったのは七人目ですが、了大様はマクストリィの生まれということでしたら、仕方ありません。マクストリィにはここにはないもの、ここより進んだものがたくさんですものね」
「まあ、その……」
「それに、鳳椿様ととても仲良くされておられるということで。私、お会いできるのを楽しみにしておりましたから」
どうやら、許してもらえたのか?
器の大きい人でよかった。
胸はびっくりするほど小さいけど。
「マクストリィには私も、しばしばお邪魔するんですよ。こちらでは手に入らない書物も、たくさんありますから」
「へえ、読書がお好きなんですか」
世間話もいいけど、今回のうちにもっと切り込んでみるか。
失礼を承知で、もう一歩。
「静かな環境みたいですから、読書もはかどりそうですけど、お付き合いされている方などは?」
恋人がいるかどうかあたりから攻めてみよう。
明確に恋人関係ではなくても、さっきの様子からして、鳳椿さんに気があったりなんかしてね。
で、鳳椿さんにしてもまんざらでもなくて、僕に取られたくないとか、だから智鶴さんを会わせたくなかったとか。
どうなんだろう。
「いえ? いませんが?」
「そうなんですか。モテそうなのに」
「は? 私がモテてどうするんです」
何だろう、この違和感。
ただの読書好きとも、カエルレウムみたいなグータラとも、また違うタイプだな……?
◎掃き溜めに鶴
つまらない所に、そこに似合わぬすぐれたものや美しいものがあることのたとえ。
今回は了大にわざと失敗させましたが、ことわざの誤用はなかなかの赤っ恥ですから気をつけないといけませんね。
そういうのも関心を持っておきたいところ。