166 李下に『冠』を正さず
言祝座ケモミミルートはまだまだ続きます。
周回を捨てるメリットが見え始めたため、了大はもう少し捨ててみることに。
新しい周回になって、また最初から。
早い段階で捨てると決めて動いた前回を踏まえて、やっちゃいけないことをやらないようにしよう……
とは思ったものの、そのタブーがまだまだ他にも隠れていそうなんだよね。
ということで気を引き締めて行く一方で、また一周捨てよう。
今度は初動の段階で、もっといろいろ羽目を外してみるか。
記憶を持ち越してるファーシェガッハ組とヴァイスさえ押さえておけば間違いない。
ということで、保健室から戻ってスマホを確認した後は家に直帰して、着替えたらいきなり《門》を開けて、真魔王城へ。
「ヴィランヴィーの魔王輪が主を得て、ここに戻った!」
魔王の魔力をできるだけ回して、ハッタリを効かせる。
ナメられたら終わりだ。
特に、ベルリネッタさんあたりは表向きは職務に忠実でいながら、裏では『馬鹿な子』として見くびってくることもザラだからな。
時間が惜しいので、説明も端折らせる。
「だいたい分かる」
「さすがは魔王様……というところでしょうか」
「そんなところだから」
初動での選択肢を変えてこそ、違う展開が見えてくるはずだ。
ゲームの中の、あのアルブレヒトのように。
「となると、まずは鳳椿さんへの繋ぎに一人と……迷ったら、あの子か」
候狼さんと猟狐さんを呼ぶ。
それぞれに対する細かい説明は省くけど、候狼さんには鳳椿さんを呼びに行かせて、猟狐さんには前回のタイミングで前回の場所への《門》を繋ぐように命じる。
どっちも今日すぐに済む用事じゃないから、今日のところは真魔王城で何かいいものでも食べさせてもらうか。
「急にすまないね」
「いえいえ、いいんですよぉ♪ こぉんなにカワイイ魔王様がお望みでしたらぁ、がんばっちゃいますよぉ!」
食事当番はやっぱり魔破さんか。
予定外のことだったのに、けっこう手のかかるコースを用意してくれた。
もちろん安定の美味しさ。
「ごちそうさまでした」
「喜んでいただけて何よりです♪ ところでぇ……お食事の後のお楽しみは、いかがですかぁ?」
魔破さんもけっこう『ちょろい』系の子だからか、そういうお誘いに来てしまう。
でも今はそういう気分じゃないや。
「ごめんね、君に魅力がないわけじゃないんだけど、今はチャラついていられないんだ」
「きゃあ♪ カワイイお顔でそんなにも真面目だなんてぇ……そういうの、素敵ですよぉ♪」
どうせ捨てる周回だからとナメてると……遊んでいると、きっとまたベルリネッタさんは心から僕に従うことはないだろう。
それを確かめる意味でも、この周回では『なし』だ。
試しに一周捨てつつ、真面目に生きた場合の反応を見る。
それと。
「あの時は僕のお供で猟狐さんがいたから、例のロリ……仍美御前が助かったんだとすれば、これまでの周回、僕が言祝座に関わろうとしなかった周回には助からなかったはずだ……」
つまり、僕がいなくても同じように拉致されていて、僕がその場に居合わせず助けなかったとしたら、きっと彼女の命運はそこで終わり。
良くてそこで死ぬか、悪ければ死ぬよりつらい目に遭わされるかだろう。
もう一周捨てるのはそれを見るためでもある。
見殺しにするのは可哀想ではあるけど、これも本当に勝つための周回でタブーに触れないようにするためだ。
割り切ろう。
真魔王城で一泊。
朝食を済ませると、鳳椿さんと会えた。
候狼さんが無事に連れてきてくれたからだ。
かいつまんで説明。
「なるほど、時間を……確かにそうとでも思わねば、自分について、ましてやこの真魔王城について、説明せずとも知っておるのは不思議でありますな」
死と再生を繰り返す鳳凰という性質もあって、周回で時間をやり直す概念にも理解を示してもらえる。
そう言えば前回は、姉の凰蘭さんに会えなかったな。
その件も考え直すか。
「イグニス殿はどうする気でありますかな。先程の話が本当なら、放っておいては敵になるのでありましょう。今のうちなら自分の顔で、ここに呼んでおくのも可能でありますよ」
「そうですね、それでお願いします」
イグニスさんと鳳椿さんに鍛えてもらうのは大切だからな。
目に頼りすぎる欠点も、理屈ではわかっててもどうしても癖になっちゃってて、なかなか直せてない。
鍛えよう、勝つために。
前回初めて言祝座に移動した日と同じ日になった。
時刻も同じくらいに合わせて、出現位置だけ猟狐さんに任せて、移動!
「うん、確かにこのあたりだよ。ありがとう」
「……? こんな、何もないところに……? どういたしまして……?」
猟狐さんには『この日時に、ここに出ること』以外伝えてないから、怪訝な表情。
でも説明はしない。
そうしたら猟狐さんは仍美御前を助けに行っちゃうから。
「あとは僕だけでいいから、先に帰ってて」
「……かしこまりました」
今回は単独行動にしてみる。
鳳椿さんからの見守りもなしだ。
最後に頼れるのは自分、そういう意識を、危機感を持って動いて……
「何だこのガキ? どこの里から来たんだ?」
「なんでもいいだろ。やけに身ぎれいじゃねえか。オラ、金目のもんがあったら出しな。痛い目に遭いた……ぐ!?」
……出くわした山賊どもを殺す。
やらなきゃやられる次元、そういう世界なんだ。
躊躇や手心は必要ない。
「た、助け……あぶっ」
「こいつ、い、イカレてやがる! 何なん……げぇっ」
一度向かってきておいて、今更命乞いか!
これまで散々、好き勝手に奪って生きてきたんだろうに。
一人も逃がさない。
逃がすとこの後の展開が狂うかもしれない。
前回と同じにならないかもしれないという意味で。
「小銭をもらっておいて……なまくらな小刀も一応、三本くらいはもらっていくか。どうせいつでも捨てられるし、捨てて惜しいものでもないし」
殺しに慣れていくのは危険だけど、相手にもよる。
それこそ、支配されて敵になったルブルムやカエルレウムあたりが相手だと気が進まないけど、こんな下種どもならね。
死体を地の属性の呪文で適当に埋める。
舗装されていないむき出しの土だから、簡単にいじくれる。
「このあたりの基礎も、トニトルスさんにはお世話になったな」
今はトニトルスさんに軽率に周回の件を明かすと、僕の記憶を読んだり読んだ記憶から僕の殺意を見破ったりして、味方になってくれない。
実際、前回は密告しに行ったのか加勢しに行ったのか、支配されて帰ってきてあのざまだった。
とりあえず今回は放置しておこう。
そんな考えをまとめながら山賊どもの死体を処理して、獣どもの襲撃も蹴散らして、前回も歩いた道を進んで、山賊の拠点に近づいた。
今夜は仍美御前が運び込まれるのを見届けたら終了だ。
魔力で眼を一時的に強化して、夜でも遠くでもはっきり見えるようにする。
魔王様の眼なら透視力。
「お、来た来た」
袋の口から、下駄をはいた足が出てるからわかりやすいな。
あれをわざと見過ごして……やっぱり、特に誰も助けに来ないな。
前回の話だと、大人からの視点だと『気がついたら、いなくなっていた』感覚だから、捜索に人手を割くにしてもかなり出遅れてるだろう。
ここにピンポイントでは間に合わないと、そういうわけだな。
「それが見られればいい。可哀想ではあるけど、ね」
確認できたところで《門》を開けて、真魔王城に戻った。
言祝座とヴィランヴィーの間にそう時差はないんだな。
もうけっこうな時間だった。
「お帰りなさいませ。夕食の支度ができております」
「ありがとう、いただきます」
夕食も入浴も済ませて……寝る時間か。
帰るかどうか。
「今宵はいかがいたしましょう」
ベルリネッタさんの確認。
このタイミングのこれは『今夜はどの女にしますか』という意味だ。
「いえ。浮かれてはいられませんから、やめておきます」
「魔王様が浮かれているなどとは申しておりませんが」
「だからこそ行動と態度でそれを示さないと、と思って」
確かに、一言言えば誰とでもお楽しみに入れる『食べ放題』の環境だ。
でもその環境に甘んじてしまうような奴に、この人は魅力を感じない。
どこだ。
この人が本気になるポイントが、どこかにあるはずだ。
「……かしこまりました」
捨てるついでに、仍美御前があの後どうなるかの様子見くらいはしておきたいかもな。
知ってる分にはどうするか考える材料にできるけど、知らないままで感傷を優先させたくはない。
手を打つなら、その先までも考えてからだ。
ひとまず、今日は寝よう。
翌朝。
ヴァイスが起こしに来た。
ラウンジに移動してテーブルを囲んで、朝食と昼食を兼ねたブランチをとりつつ、情報を交換する。
「う、ん……大丈夫、一応眠れてるよ」
「一応程度ですか? 眠れない時はあたしを頼ってくださいねえ?」
ヴァイスは記憶を持ち越してるだけでなく、ファーシェガッハで動いている御三家と示し合わせてるから、記憶を読んでもらって方針を伝えつつ、こっちからは向こうの様子を軽く尋ねた。
面倒に思われてなければいいけど。
「あっちはあっちで『せっかくだから最短ルートを考える』って、アウグスタが言ってました。大丈夫、了大さんは了大さんで何でもやってみましょう」
今回も捨てる旨を、ヴァイスから御三家に伝えてもらうことにした。
すると。
「了大さん、お家に帰ってないんじゃありません? 向こうで騒ぎになりかけましたよ?」
「あー、そうか。こっちは捨てるつもりでも、周囲はそうもいかないか」
家の……マクストリィのことを放置してた話をされた。
でも『騒ぎになりかけた』っていうのは何だ?
本当に大騒ぎにはなっていない?
「短時間なら、あたしの使い魔を了大さんに変身させられるようになりましたから、それでなんとかごまかしておきました。でも、そうそうずっとは無理ですし、変身させてる間はあたしの力がけっこう落ちますから、毎回はつらいです」
「そうなの? それは、ごめんね?」
「いえいえ♪」
ヴァイスなりの周回の効果かな。
そんな能力がついていたとは知らなかった。
でも、だからって無理はさせられない。
「悪いと思うなら……たっぷりの魔力でお返ししてくれれば、いいんですよ……♪」
「やっぱりそう来るよね」
何しろ今回はチャラつかないで真面目に生きてみて、ベルリネッタさんをメインに周囲の反応を見るから、ヴァイスの魔力が不足気味になってこうして迫られても『お返し』してあげられない。
お返しするのは僕からしたら、つらいどころかすごく気持ちいいから、いつもだったら全然問題ないんだけどね。
ここは《李下に冠を正さず》……まぎらわしい行いも慎むことが大事だろう。
「でも今回はごめん」
「わかってます、それも今回には必要だってこと。でも、あたしがいつも了大さんの味方ってことも、了大さんにはわかってほしいです」
「もちろんだよ。ありがとう」
せめて頭を撫でる。
身長の差があるから、ヴァイスには座ってもらって、僕が立って差をカバーする。
「えへへ……こういう純なのも、たまにはいいですねえ♪」
ただ交尾するだけなら、そこらへんの獣と同じだからね。
精神的な要素を、人間性をこそ、大切にしたい。
「ふむ。ヴァイスさんに迫られてもうろたえずにあしらうとは……浮かれていられないとおっしゃるのは、本当のようですね」
ベルリネッタさんが通りがかった。
今の様子を見て、何か思うところがあったかな。
「本当ですとも。この通り、頭を撫でるくらいしか触れてません」
「ねー、触れてくれないんですよ。真面目すぎて困りますよねえ」
「……ふむ」
ヴァイスのアシストもあって、今回の僕は『女の色香にデレデレしない奴』という印象になりつつあるようだ。
印象付けは最初が肝心だから、これは継続していこう。
そして夜になったところで、また言祝座に移動。
ようやく自分で《門》を繋げられるようになったから、前回と同じ出現位置から同様に移動して、山賊の拠点へ。
「自分で忍び込むのは、失敗した時にどころかそもそも行くのが面倒だからな。ということで……《罪業龍魔》」
夜になるまでの時間を活用して、過去の周回で作ったドラゴン型の使い魔を改めて生成しなおしておいた。
これを小さくして忍び込ませて、視界を共有して様子を見よう。
ついでにどこまで小さくできるか試したら、なんだか豆粒くらいになっちゃった。
せっかくだからこのまま行かせて、適当に飛ばす。
「そんなに広い拠点じゃないんだな」
里というか村落の建物を使い回してるだけだから、建物の数自体も少なくて、そしてどれもそんなに大きくはない。
軽く見て回ると、仍美御前も簡単に見つかった。
「……うげぇ、これは」
死んではいない。
生きてはいた。
ただし、山賊どもの毒牙にかかって、穢されながら。
「子供なんか相手に、よくそんな気になるなあ……」
でも、あえて助けない。
でないと『助けなかったらどうなるか』が、ひいては『これが跡目争いにどう影響するか』が見られないから。
◎李下に冠を正さず
人から疑いをかけられるような行い、まぎらわしい行動は避けるべきであるということのたとえ。
李はスモモ。
スモモの木の下で冠をかぶりなおそうとして手を上げると、実を盗むのかと疑われるから、そこでは直すべきではないという意味。
古楽府「君子行」から。
今は捨て周回ですが、捨てる展開で得られる情報こそが望む展開を引き寄せる手がかりに、筆者と読者の視点からは伏線になる、ということでご容赦いただけましたら幸いです。