165 どんぐりの『背比べ』
捨てるにしてもあんまりだろ、という展開にしてみました。
家事がなかなか多くて、なかなか開始当初の定時に戻せなくて申し訳なく思います。
そうしてまた、ヴィランヴィーの真魔王城から出向組のメイドをひとり選んでは《門》を開けさせて、言祝座の獣王城と行き来。
なるべく全員にやらせたいので、今日は黎さんに。
「了大様、そろそろご自身で繋げられそうです?」
「何回も来させてもらったから……そうだね。次は自分でやってみるよ」
メイドたちがこれを業務としてやりたくないというわけじゃない。
僕が自身の目的として『ゆくゆくは自分で《門》を繋げられるようにする』と定めて、公言もしているからだ。
それからはまた、跡目候補と会ってみる話。
次男の《咆》さんと会うと、前回会った六男の哮さんと似たような感じで、白髪に赤いメッシュという髪。
この二人は腹違いではなく同じ母親から生まれていて、今の魔王である獅霊様の愛妾だという母親と同じく、正体が鶏であるために髪色に鶏冠の影響があるんだそうだ。
でも、次男というだけでずっと『二番手』に甘んじて暮らすことを強いられていたという生い立ちのせいか、どうにも周囲に対する人当たりは……
「この俺様を予備扱いしやがった奴は許さねえ。ただ長男というだけで絶対に自分が跡取りだと思い込んでいる、あのバカもな!」
……あまりよろしくないね。
魔王輪を継いだら継いだで、反動であれこれわがままに振る舞いそうな予感がする。
僕としては、あまり推したくないと思った。
「確かに哮の奴は優柔不断というか、自分の保身が先に立つ奴ではあるが、なあに。俺様がしっかりしていれば済む話だ。同じ腹の弟は、邪険にはせんよ」
「お、おれだって、兄ィをないがしろになんかしないさ」
「そうだぜ。協力しなけりゃ、他の奴らには勝てねえ」
次男・六男間の仲がよさそうなのは、せめてもの救いだな。
六男も、次男が無事なうちはそれを差し置いて自分が魔王にとは考えなさそうだ。
……候狼さんにお熱なのはさておき。
昼食をごちそうになったところで、いよいよ噂の長男とも会えた。
どこか頼りなさそうな……痩せぎすの男だった。
「やあ、わたしが長男の《一紗》さ」
一紗さんは、やせっぽちな体型はこれまた母親譲りで……
というのも長男とはいえ、正妻の子どころか愛妾の子ですらなく、獅霊様が手をつけた女中さんの子だとか。
いくらなんでも遊びすぎだろ。
「これでも長男だからね。わたしが魔王輪を受け継いで、次の魔王としてしっかりしなくては。皆して好き勝手、わがままばかり言っていて困る」
そういう生まれと見た目だから、愛妾の子である次男・六男組や、正妻の子である三男の獅恩さんにもすっかりナメられていて、なんなら長男と認められてすらいないふしもある。
ちなみに、当の母親は一紗さんを生んでそう経たないうちに亡くなられたとか。
あまり言いたくないけど……きっと、いびりとかイジメとかがあったんだろうな。
「咆と哮には会ったそうだね。あれらはわたしの生まれをバカにしてはばからないし、かと言って獅恩は何事も力ずくで解決しようとする暴れ者だし、四男の《虎曜》に至っては獅恩にすっかり感化されて似たような感じさ。他もおとなしくはしていないし、敦乃は自分が女子だからと《貞》を推す始末だし……ああ。貞というのは七男でね。《まだやっと《形態収斂》が使えるようになったばかりという程度なのに」
話が長い!
いつもこんな調子なのか?
「長男も楽じゃないということさ」
話が長いというより、二言目には長男長男と、自分が長男であることを鼻にかけている感じがした。
それは生まれの問題じゃなくて、人格の問題だと思うけどな。
あとは日を改めて、その敦乃さんや貞さん、虎曜さんなどにも会ってはみたけど……
誰もパッとしない。
「なんか《どんぐりの背比べ》って感じがしません?」
「ホホ、これは手厳しい」
捨てる周回ということもあってやや失礼に切り込んでみたけど、星十狼さんは特に気にするふうでもなく。
異界のとはいえ魔王である僕に遠慮してるのか?
「正直……拙者もそういう気はいたしますので、な」
思ってたのか。
じゃあいいや。
「意外と……悠飛様や智鶴様の方が、その資質があるのやもしれませぬな。まず要らぬ欲をかかぬ、という一点において」
えーと……五男と次女だったかな。
まだ会ってないけど二人とも全然城に来ないから、城に訪問してるだけだと会えないんだよね。
次はそのあたりにも会ってみよう。
なんてことをして過ごしていたら、電子文明では夏休み直前。
期末テストの時期がやって来てしまった。
基本的には毎回同じ範囲で同じ傾向だから、本気を出しすぎるといい点が取れすぎてしまって困る、今回は程よく手を抜いて……
なんて思っていたらそこそこ忘れていたので、程よくそこそこの点で終わった。
まあ、よし。
「了大くん、夏休みだよ、夏休み。夏休みらしいことしない? 海が見える別荘とか」
「それも悪くないね」
愛魚ちゃんから遊びの提案。
悪くはない。
斬新とは言いがたいだけで。
「うーん? 反応が薄いなぁ? せっかく『水着姿で了大くんを悩殺!』とか思ってたのに……?」
「言っちゃったら台無しでしょ」
本当なら楽しくて嬉しいはずなのに、周回生活のせいで新鮮味が損なわれてしまっている。
これもアルブムの奴が悪いんだ。
そういうことにしておく。
「は! もしかして! 城にも女の子がいっぱいいるから、どんどんハードルが上がって……結果として《どんぐりの背比べ》になっちゃってる!?」
「あっ……?」
ヤバい、それはあるかもしれない。
何しろ皆して、美女・美少女としてかなりレベルの高いルックスで揃えてきている。
しかもルブルムが言いふらしたからか、皆して僕の好みを狙って巨乳。
どんぐりの……ちちくらべ……?
「……了大くん。今、何かいやらしいことを考えたでしょう。正直に言いなさい」
「か、考えてないよ!?」
ちょっとだけ『サイズ順』に並べたらどうなるかと思っただけだよ。
触った感じ、それだとたぶんヴァイスが一番なんだけど、でもサイズだけがすべてじゃないからなあ。
「……正直に言えば、私が……」
「愛魚ちゃんはもっと自分を大事にしよう」
三周目以降のやさぐれていた時期も、愛魚ちゃんのこういう気持ちに付け込んで弄んだことすらあった。
そして、それでも愛魚ちゃんは僕にあれこれ許してきた。
でもそれじゃいけない。
いくら捨てる周回でも、捨てちゃいけないものがある。
真魔王城で魔王として、勇者が現れたらすぐ知らせるように網を張るよう命じておく。
思えば『出現地点』もきちんとはつかんでなかったっけか。
「現れました。北北東の大国で歓迎され、送り出されたようです」
その北北東の大国というのがスタート地点か。
もう面倒だから、そこまですぐ攻めて勇者輪を奪って済ませてやろうか。
カエルレウムがシューティングゲームで、次の硬い敵が出る位置を覚えて、至近距離で連射して素早く倒していたのを思い出した。
そういう感じでさっさと済まないかな。
……ん?
「いや、そうじゃない。ここは『捨て』だから」
逆だな。
捨てる周回として、あえて人任せにしてみよう。
ベルリネッタさんあたりは過去の勇者も見たことがあるんじゃないのか。
そのあたりを聞いてみるか。
「そうですね、過去にも勇者と呼ばれる存在、勇者輪を持つ者とは戦ったことがあります」
やっぱりそうか。
今までの勇者も、あの剣みたいな便利な強い武器を持ってたんだろうか。
「いえ、必ずそうというわけではなく、質が良い方とはいえ所詮は人間が普通に作れる程度の武器しか持たぬ者もおりましたよ。そういう者は当時の魔王様のもとへたどり着くこともなく、わたくしや他の者でも勝てましたから」
「じゃあ、まずはベルリネッタさんにお任せしてもいいですかね。危ないと感じたらすぐ退いていいですよ。無理をしないで、生還すること、できれば情報を持ち帰ることを念頭に置いてください」
「かしこまりました」
ベルリネッタさんは強いけど、寺林さんにはあの便利な剣があるからな。
必勝とはいかないかもしれない。
なので退却についてはあらかじめ取り決めておく。
ここでベルリネッタさんに死んでほしいわけじゃないからね。
「行ってまいります」
昼食が済んだところで、ベルリネッタさんは出かけた。
定番になったメニューで技や体を鍛えつつ時間を潰して、そろそろ夕食かなという頃。
「仕留めてまいりました」
ベルリネッタさんがもう戻ってきた……って、仕留めた!?
例の《神月》は使われなかったのか?
「え、勝てたんですか? 日食とか月食とかは」
「何の話です? 普通に天気は晴れでしたが。そもそも普通に戦うなどいちいちやっていられませんよ。花を摘んでいたところを背後から一撃で終了です」
花を……?
まあ、不意打ちのタイミングがあったんだろうな。
それにしてもまさか、昼食から夕食までの間にあっさり終わるとは。
意外だ。
「あ、そう言えば勇者輪は……」
「さすがに勇者輪は繋ぎ止めておくことはできませんでした。わたくしとは相性が悪すぎますので。おそらくまた次の持ち主を選び、どこかの赤子にでも宿ったことでしょう」
しまった。
人任せにしたせいで、勇者輪を奪えなかったぞ。
これはよくない。
「しかし、勇者の魂だけでしたら繋ぎ止めておけましたよ。このように」
「あ、うー」
変な声を出す寺林さんが現れた。
胸には刺し傷のせいだろう、大量の血が出た赤黒い汚れで服が台無しになっている。
そして目は虚ろで、なんだか言っちゃ悪いけど、消費期限が過ぎた肉の臭いがするかも。
「これはもはや死者、わたくしの意のまま操れる下僕ですので。やがて肉は腐り果て形を失い、魂はその心を失うことでしょう」
「うげぇ……」
ゾンビ寺林さんか……
嫌な状態になっちゃってるな。
「さて、口がきけるうちに喋りなさい。貴方が知っている事を、全部」
「あーい……」
そして操り人形に成り下がった寺林さんの口から、洗いざらい語られた。
寺林さんがヴィランヴィーの人間ではなく僕と同じマクストリィの人間であること。
アルブムに転移させられて勇者として旅に出始めたばかりだったこと。
剣はアルブムからもらったものであること。
有益な情報、新しい情報は、特になかった。
「アルブム様の真意やいかに……わたくしでは、わかりかねますね」
「真意ねえ。そう言えば、トニトルスさんは?」
何をするにしても、このルートはダメだからな。
あとは最後にトニトルスさんがどう出るかだけ見たら、もう戻そう。
「? 外の……天気が?」
「おかしいですわ。昼はあんなに晴れてましたのに」
急に雲行きが怪しくなった。
いくらなんでもあり得ない。
通りがかった幻望さんとも意見が一致するほどだけど……
それを可能にする何かがあるとすれば。
「うわっ! 雷!?」
「そこかしこに雷が落ちてきて……こんなの、あり得ませんわ!」
落雷!
しかも一つや二つじゃない、何度も起きてる。
こんなことを可能にする人なんて、僕は二人しか知らないし、そのうち一人はファーシェガッハにいてここには来ない手筈になっている。
そうとなれば!
「やっぱりか!」
外に出ると《全開形態》のトニトルスさんが飛び回って、あちこちに雷撃を落としていた。
魔力の雰囲気がやっぱり少し違う。
アルブムの支配にやられている、そういう波長のようなものを感じる。
「あの、バカが……姐さんに尻尾を振りに行った結果がそれかよ!」
イグニスさんが来た。
予想できていたとはいえ、トニトルスさんがあんなことになって、腹が立つんだろうな。
表情がそうとう怖い。
「了大、もういいだろ。お前は時間を戻せ。己だって、己とトニトルスとの決着がこんな形なんて、まっぴらなんだよ」
そう言うと、イグニスさんまで《全開形態》になって飛び上がった。
赤い鱗に炎のような文様が浮かんだ《灼炎緋龍》の真の姿か。
「たとえ時間が戻るッつってもな、一発ブン殴ってやらねェと、気が済まねェだろうがよ!」
銀と緋、二体のドラゴンがはるか上空で取っ組み合う様子を見ながら、僕は時間を戻した。
世界が回って……また、保健室へ。
「ここまで戻って来られたか。戻れなかったらどうしようかと焦ったけど」
捨てるにしても、適当にやりすぎてあんまり見られたものがなかったかもしれない。
今後はたとえ捨てる前提でも、もうちょっと選択を大事にしておかないとな。
また毎度のように教室に戻って、スマホを確認して……
うん、フリューのお守りもちゃんとある。
また初日からだ。
今度は気を引き締めて行くぞ。
◎どんぐりの背比べ
どれもこれも似たり寄ったりで、抜きん出た者がいないことのたとえ。
どんぐりの粒はどれも似ていて違いがわからないことから。
捨て周回はここまで、次回からまた新しい周回で気をつけていきますが、ままならないことばかりなので了大はまた何周も捨てないといけなさそうです。