164 『風見鶏』
なんだか展開が遅いですが、私生活の方が改善しましたので、今後はきっとよくなるはずと信じて執筆と投稿を継続しています。
そしてまた獣王城へ。
今回は周回を『捨てる』と割り切ったので、僕が土地勘を得るまでの《門》要員には、嫌がる候狼さんを無理矢理来させた。
「ううっ、獣王城……」
もう入る前から嫌そうだ。
でもせっかくだから『どうして嫌なのか』をここで見極めてやる。
捨てる周回だと思うと、こういう無理もできて気が楽だな。
「ホホ、了大様は余程、こちらが気がかりと見えますな」
星十狼さんもすっかり顔なじみになったのに、周回を捨てるのは残念だけどね。
その星十狼さんと顔を合わせると、候狼さんがいよいよぎこちなくなった。
「候狼や、向こうでのお勤めはしっかりやっておるかな」
「は、それはもう……」
「了大様。この老いぼれに遠慮は要りませぬ。候狼に何か至らぬ点があれば、どんどん指摘してビシビシと鍛えてやってくだされ」
「ううっ……」
胃が痛そうな候狼さんというのはなかなか珍しい。
って、うん?
候狼さんの扱いに、星十狼さんへの遠慮が要るか要らないかになるのか?
「それに、候狼ももういい歳ですじゃ。これが了大様のお手つきとなるなら、拙者も鼻が高い」
「お祖父様、もう、その辺で」
おじいさま!
そうか、星十狼さんは候狼さんのおじいちゃんか。
それであれこれ口出しされたりやりにくかったりして、来たくなかったんだな。
なんか納得。
「喝! 今は公の場であろうが! お祖父様だなどと、血縁に甘えるでないわ! 大体、昔からお前は……!」
「おぅん……」
ちょっとしたことでももうダメ。
廊下に正座させられた候狼さんに、厳しいお説教が始まってしまった。
問い詰められること小一時間。
「ご家老、もう、その辺で」
「む……」
結局、僕が区切るまでずっとお説教、ずっと正座だったから、候狼さんは足がしびれたようで。
足取りがどこか頼りなくなっていた。
「だから……来たくなかったのでござる……」
「そうか。でも今日は僕のお供だからね。お勤めに私情は禁物」
厳しくしておく。
お説教の途中で『了大様もこれを甘やかす必要は、何もありませんぞ!』と飛び火してきたからだ。
僕まで叱られた気分だよ。
「さて、今日は跡目候補のうち、誰に会えるか……」
「にゃーん!」
廊下を曲がったところに、小さな黒い影。
猫だって?
首輪はついてないようだけど、誰かの飼い猫だろうか。
「ああ、紗斗様。お客様の前ですよ。いけません」
しゃと?
名前だけ聞いてた八男か。
猫の姿というか《形態収斂》で人間の姿になってないんだな。
女中さんに抱えられて、猫はどこかに連れていかれた。
「紗斗様はあの通り……まだ小さく《形態収斂》もお使いになれないのです」
それじゃ跡目も何もあったもんじゃないな。
他が全滅でもしない限り、あの子の出番はないや。
「これはこれは、了大殿ではないか。仍美との話、考えてくれたのじゃな?」
「すいません、違います」
次に現れたのは傀那様。
気が早いのか強引なのか、とりあえずこの周回ではどうともな。
まずは全員に会っておいて、誰がよさそうかを見極めておかないと。
「ああ!? 候狼が帰ってきてるじゃないか!」
傀那様との話もそこそこなところに、無遠慮な大声が届いた。
白髪に赤いメッシュという見た目はそう悪くないはずなんだけど、なんかこう……
声から受けた印象のまま、振る舞いがいかにも無遠慮そうな。
そんな小男というか少年というか、背が僕とどっこいくらいの男。
「候狼、ようやくおれの妻になる決心がついたか? そうだろうそうだろう、おれの妻となれば、せかせか働かなくてもいい、おまえには楽をさせてやるから」
「否、拙者は己を鍛えておる最中にござりますれば」
「これ以上鍛えてどうする。もうおまえは充分にいい女だろうに」
「否、妥協すればそこで終わるものにござりますれば」
なんか候狼さんにしつこく言い寄ってるな。
咳払いでも一発飛ばしておくか。
「何だ、おまえ……いや、もしかしてここ最近噂の、異界の魔王ってのはお前か」
「そうだ。だから候狼さんは僕のお供として連れてきてる。遊ばせてる暇はないんだ」
雰囲気が怪しくなる。
でもすぐに手下らしいのが来て、少年は連れられて行った。
あれは何だったんだ。
「あれが六男、哮様にござりまする」
「実は拙者の見立てからすれば……他の誰より哮様だけは『無い』でござる」
六男の評判が悪いぞ。
八男はさっき見た通りに幼すぎ、七男はたしか三女の都合のいい神輿という話だったけど、六男もダメなのか?
「幼いだけならまだいいのでござる。将来を見据えて育てればいいので。哮様はそれなりのお歳にはなられたものの、ご自身の『芯』というべきものがないご様子。あちらへふらふら、こちらへふらふら……挙句、先程のような有様では」
芯がない、か……
それについては僕も自信がないから、何ともな。
評価は星十狼さんにも聞いてみよう。
城内では言いづらいだろうから、また少しマクストリィに来てもらって……
候狼さんは言っていいのかって?
将来的にはさておき今は僕のメイドだし、そもそもこの周回は捨てるし。
「否、今日はヴィランヴィーでお願いできますかな。これの仕事ぶりも見てみたくなりましたのでな」
「ではヴィランヴィーで」
連れ出して、獣王城で言えない話ができれば僕はどっちでもいい。
サクッと《門》を開けて、真魔王城へ。
「お客様に失礼のないようにね、候狼さん」
「うぐっ……御意に……」
接客、つまり星十狼さんにお茶を出すなどの仕事を、候狼さんにやらせる。
ご覧いただこう、その仕事ぶりを。
「さて、六男の哮様は……確かに、跡目としては頼りないお方にござる。決断力に欠けるようで、あれでは誰かの傀儡にされても不思議ではないかと」
「確かに、跡目がどこかの傀儡では大変ですからね」
一瞬『誰か』と言うところで、僕を見る視線が厳しくなった。
僕があの哮とかいうのを立てて裏から操る構図を警戒してのことだろう。
このところ獣王城に入り浸りな時点で、僕は『誰か操れる相手を探してる』と思われていても仕方ない。
実際はこの周回を捨てるから、それどころじゃないけど。
「というよりあの方は……《風見鶏》のような感じでしてな」
風見鶏と来た。
そう言えば候狼さんも『芯がない』って言ってたな。
「今、次男の《咆》様と組んでおられるのも、単に同じ腹の兄弟というだけで、勢いのある派閥があればそちらへ鞍替えしようと狙っておられるご様子。その性根を見越して、獅恩様などは歯牙にもかけられませぬが、な」
ああ、そりゃダメだ。
僕としてもそんな奴とは組みたくない。
これだけ聞いた時点でもう『無い』と理解できる。
「それでいて何故か、候狼にはご執心でしてな。これをこちらへ奉公にやりましたのも単に修行というだけでなく、哮様からあまりにしつこく言い寄られるのを見かねて、遠ざけるためでもあり」
候狼さんは器量よしだから、そういうしつこい男がいても不思議はない。
いくら魔王の息子とは言え六男じゃ、そんなに出世もしなさそうだしな。
嫁にやる相手としては得策と感じないか。
「その点、了大様でしたらば奥ゆかしいお人柄に、将来性もありそうですので」
「それは、どうも……」
将来性なんて、むしろ今の僕にこそないんじゃないかな。
何しろアルブムに負けるとなれば時間を戻して『将来』に進んでない。
自信がないな。
「さて、折角お邪魔したからには、他の者どももきちんとやっておるか、見て帰りますかな」
結局、星十狼さんは他にも猟狐さんや幻望さんといった『出向組』の仕事ぶりをチェックしてから帰った。
相当厳しく言われた人もいたようで、黎さんはへとへとになってたな。
でも、それは個人の課題か。
そういう感じで進めていても、鍛錬は欠かせない。
こまめにイグニスさんや鳳椿さんに会って、修行を積む。
「トニトルスの奴が《風見鶏》みてェにふらふらしやがらねェか、安心できねェからな。己はここを動くべきじゃねェかもな」
トニトルスさんはもう、この周回ではダメだからな。
捨てるまでおかしなことをされないか見てもらっておくか。
「いや、そうとばかりも言えんのでは? むしろあえて泳がせるのも一興でありますよ。いよいよとなれば、例の手でありましょう」
そこに鳳椿さんのアイデアが出た。
なるほど、どうせ捨てる時間なら好きにさせてしまうのもアリか。
それで本当にアルブムのところへ行くなら『失敗パターン』として覚えておいて、次以降はそうさせないように立ち回ると。
うん、そうしようかな?
「そうですね、それで行きましょうか」
「マジかよ。まァ……トニトルスの性格からして、そうするしかねェ気もするか」
周回を捨てるついでに、腹の探り合いをもう少しだけ続けよう。
今の状態のトニトルスさんがどう出るか、時間を戻す前に見極めてやる。
こんな風に策略のために飛び回ってばかりの生活は疲れる。
今はメイドに紅茶を入れてもらって、ラウンジで一休み。
誰か癒してくれないものか。
「りょーくん、誰か忘れてない?」
「いや……忙しいかなと思って」
りっきーさんことルブルムが来た。
どこまで関わったら味方でいてくれるか、何を怠ると敵に回るか、いまひとつわからないから後回しにしちゃってたな。
それも周回を捨てるついでに見極めるか?
「あーあ、りっきーさんは悲しいなー。りょーくんがワタシを頼ってくれなくなっちゃった」
「そういうわけじゃないんだけどね」
ルブルムは特殊な立ち位置だと思う。
愛魚ちゃんのように周回が始まる前からつながりがあるけど、愛魚ちゃんほど絶対に僕の味方というわけではなく、実の母親のためという理解できる理由でアルブムの味方になることもあって、実際に何度も僕の敵になった。
周回の呪文は闇の魔力が強い者でないと自分自身に書き込んでも消えると言うから、トニトルスさんは消えてしまったようだし、ルブルムにやってもおそらく消えてしまうだろう。
そんな中で、どこまでルブルムを頼れるか……
「ルブルムは僕の話、信じてくれてる?」
「もちろん。ワタシが今までどれだけ、りょーくんの話を聞いてきたと思ってるの」
りっきーさんとしての信頼と実績。
僕は何度となく精神的に支えられ、助けられてきた。
「だから、今ここにいるワタシがりょーくんの話を信じてる前提で言うと……りょーくんは、別の結末のワタシたちや、そこに至るまでの過程を見てきたわけでしょ。じゃあ、ワタシがどういう女か、知ってるはずだよ。ワタシね……」
捨てる前提の周回なんて淋しいことを言うのは、今はやめておこう。
ルブルムが僕を癒してくれるのなら。
「ちょ、ちょっと!?」
ルブルムの手を引っ張って、寝室に連れ込む。
驚いたような様子は見せても案の定、本気で拒否はしなかったから、連れてこられた。
そのまま、ルブルムをいただく。
* ルブルムがレベルアップしました *
勢いのまま、まず一度。
終わるまで離さない。
「けっこう強引なタイプが好みかも、って言う前に……強引にされちゃった……♪」
けっこう手荒に扱ったような感じだったけど、ルブルムは嫌がらなかった。
やっぱりそういうのもいいんだなという、僕の『これまで』から逆算した扱い。
「でも、僕はこういうのより、甘々な方が好きかな」
* ルブルムがレベルアップしました *
次はもっとずっと優しく扱って、イチャイチャしながらもう一度。
離さないのは変わらないけど。
「りょーくん、考え事? ……もしかして、他の女? そういうの、一番ダメなんだよ」
「ん……理屈ではわかってるんだけどね」
ルブルムは欲しい。
でも、愛魚ちゃんもカエルレウムもフリューも、そして……
取り戻したいベルリネッタさんの気持ちも。
あれも欲しい、これも欲しい、もっと……そう思う僕こそ《風見鶏》かもしれないね。
◎風見鶏
自分の意見を持たず、その都度周りの状況に合わせて優勢な方につく人のこと。
元々は「風に向かって雄々しく立つ」という肯定的な意味で用いられていた語。
しかし、戦後日本の政界で中曽根康弘が「風向き次第で態度がすぐ変わる風見鶏」と揶揄されたため、日和見主義という意味合いを持つようになった。
ルブルムは本当になんというか現実にはほぼ間違いなくあり得ないような性格をしているような気もしますが、そこはファンタジーと割り切っていきたいと思い、そのまま暴走させています。




