163 『捨てる』神あれば拾う神あり
先週お休みをいただいたところからの再開。
ままならないばかりです。
真魔王城の機能について一部の権限を許可していたヴァイスから、トニトルスさんの件を聞いた。
アルブムのところに行くのにイグニスさんを誘ったと。
拾った音声は記録されていて再生できたから、もう確定だ。
「アルブムへの殺意が気に入らないか……まあ、この殺意をこじらせると体が侵食されるという意味でも、何らかの精神的な切り替えは要るんだけどね」
「どっちにしても、この周回のトニトルスさんは了大さんの記憶を読んじゃってますから、その状態でアルブムのところに行かれるとかなり不利ですよ」
それは確かに。
これまで僕が得てきた情報や経験がどれほどかをアルブムに知られてしまえば、勝ち目はますます消える。
「トニトルスさんはどうします? 今からでも説得を?」
「いや、説得はしない」
そして時にはどうしようもなく頑固なのもトニトルスさんの特徴だ。
実力が伴わない半人前の口先で翻意は促せないだろう。
そうとなれば。
「この周回は捨てる。あらかじめ捨てるつもりで、普通ならあえてやらないような選択をしてみて、どうなるか見るだけ見てから、それを踏まえて次以降の周回に望みをかけよう」
「時間を戻してもあたしたちなら覚えてますからね。それもいいと思います」
カエルレウムが言ってた『捨てゲー』概念を早速実行に移すとはね。
でも、逆に考えれば捨てる前提というのはいくらか気が楽だ。
「じゃあ次の周回からは、トニトルスさんには記憶を見せないということですねえ」
「僕が精神的に割り切れればまだいいんだろうけど、まだちょっとね」
鳳椿さんも、修行の期間を長く……体感で長く取る前提でいたから、ここは一周捨ててみよう。
時間を戻せる前提だからこその言いぐさだけどね。
また言祝座へ。
周回を捨てる前にできるだけ、この状況下での情報は集めておきたい。
「ほほ、よもやヴィランヴィーの魔王が、かような童とは」
「半人前ですので、周囲の皆に助けられてばかりですよ」
魔王の長女、傀那様と歓談。
ロリロリっ子の仍美御前は、今回こっちと往き来するのに《門》を開けてもらう要員として同行させた魔破さんに相手をしてもらっている。
「成る程、成る程。それでこの言祝座へも、顔を売りに」
「そんなところです」
この時間で覚えられても時間を戻したら忘れられちゃうけどね。
こちらは下手に出ながら、相手のことは持ち上げて……
良くも悪くも、高貴な身分の女性としては典型的な思考なので、そうしておけば当たり障りなく話が進む。
「のう、了大殿からも一言添えてはくれまいか。親の欲目はあるが、それを差し引いても仍美には素質が……あの歳で『御前』と呼ばれるだけの素質があるのじゃ。ゆえに」
「だから余所者が跡目争いに口出しせよと? 恐れながらそれは逆効果、むしろ言わせれば言わせるだけ傀那様の恥となるかと」
獣王城の面々に顔を売りながらも、それでいて口出しはしない。
この周回は様子見、全員の人となりを見るのに使う。
傀那様は仍美御前の養育のためもあって城を離れないから、いつでも会いやすい。
城にずっといる分、城内の掌握を主眼に置いているみたいだな。
あとは皆、自分の勢力を伸ばすためにあれこれと手を打っているか、むしろ跡目争いに飽き飽きしてるかで、どっちみちなかなか城にいないという。
今日は傀那様だけでいいかな。
「むしろあんな小さい子を、血生臭い跡目争いなどに巻き込みたいとでも?」
「……そうじゃのう。なまじ城に置いておるから、そう考えてしまう者が出る。この私とてそうじゃ。いっそ、良縁を見つけて嫁にやってしまえば、そのような心配などせんで済むのじゃが……?」
何か雰囲気が変わった感じがする。
傀那様は口元を緩めると。
「そうじゃ、了大殿。了大殿が仍美を娶ってくれればよいではないか」
「はあ……?」
そんなことを言い出した。
星十狼さんの言ってた通りじゃないか。
あの幼女を嫁に……?
「そういうのはまだ早い気がしますけれどもね」
「いやいや、今から手を打つくらいでなければ。私が、今の仍美くらいの歳だった頃は、既に何人もの殿方に引き合わせていただいておってな?」
いや、やっぱり要らないよ。
もうなんていうか女の子は増えなくていい。
純真無垢な路線なら扶桑さんだっているし、それ以前に手が回らないしさ。
「本当は跡目争いなどさせたくないと仰せであれば、仍美御前には『ご留学』という形でヴィランヴィーにお越しいただき、勉学に励んでいただく一方で御身をお守りすることならばできましょう。こちらより出向の女中を使えば、身の回りのお世話も不自由はなさらないかと」
「うわ!」
知らない間に星十狼さんがいた!?
これが『達人は気配を完全に断つ』ってやつか!
「しかし、実際にそうしてしまえば」
「跡目争いは仍美御前を抜きに進み、戻る頃には既に代替わりを終えて『過去の人』となるでしょうが、なあに。《捨てる神あれば拾う神あり》とも申します。仍美御前でしたらばどこであっても誰かが拾うことでしょう。ホホ」
なんだか、思ってたのと違う。
仍美御前には婿を取らせて、その婿を立てるつもりじゃなかったのか。
「私とて最初はそのつもりでした。しかし、それに相応しいような……仮に仍美が魔王輪を継いだとして、それに見合うような殿方など、なかなかおらぬと思うと」
高貴な身分は結婚も恋愛オンリーでとはいかないからな。
利害とかしがらみとか大変そうだ。
「身の振り方はそれ以上に大事ですよ。他の方々にはまだお会いしてませんが、跡目のためなら何でもやる人がいないとも限りませんよね?」
捨てる周回だからこそ、やや失礼な質問もあえて飛ばす。
嫌われても気にしないで大胆に攻めよう。
「……」
あれ、黙った。
図星?
「……父上の病、本当に病なのかのう」
「毒を盛られたとでも仰せですかな。上様に、薬師は信用のおけるものしか近づけておりませぬぞ」
いよいよきな臭い話になってきた。
疑いだしたらきりがないから、こういう話って厄介なんだよな。
追い払われるまでは話を聞いておいたけど。
この周回を捨てる話を、ヴァイスを通してファーシェガッハにも伝えてもらった。
向こうでもあれこれ試してみるという返事だったそうだ。
「フリューが『だとしても何周したところであのマンフレートにはなびかないから、安心しなさい』ですって」
「うん、安心した。いかにもフリューらしくて」
あんなボンボンにフリューを取られるなんてことがあったら、言祝座の跡目争いなんて無視して時間を戻してやる。
大丈夫だろうけど。
「せっかく捨てるなら……もっといろんなことを……」
「あら、穏やかではありませんね」
そこに現れたのはベルリネッタさん。
表情が険しい。
「ヴァイスさんから何を入れ知恵されたかは存じ上げません。しかしメイドもメイドである前に一個人なのですから、欲望のまま楽しむだけ楽しんだら捨てる、というのは褒められた行いではありませんよ」
「違っ……」
どうやら『捨てる』という単語を『遊び飽きた女を捨てる』という意味に取ったらしい。
この周回のベルリネッタさんには、僕のことは『女淫魔がお気に入りのエロガキ』と思わせてるから、そんな風に予想されても当然かもね。
「捨てませんよ。僕が捨てられることはあるかもしれませんけど」
「……そうならないよう、お気をつけて」
気をつけて、か。
ベルリネッタさんから捨てられたことだって何度もあったのにな。
それを思うと悲しくなるやりとりだ。
《捨てる神あれば拾う神あり》とは言うけど、どうやったら僕を『拾う』ベルリネッタさんになってくれるんだろう。
「もうこの周回、捨てたいかも……」
「さすがに早すぎますって」
捨てると言えば、トニトルスさんはどうしたかな。
もうアルブムのところに行ったか?
「おう、リョウタ殿ではないか。だが我はこの通り、楽しい時間」
行ってはいなかったけど、酒は飲んでた。
授業の予定があるわけじゃないんだから、いいけどね。
「酒の楽しみ方も知らぬ子供に、飲ませる酒はないのでな。失礼する」
「程々に」
記憶を見せたことで、僕の酒癖なんかも見てるからだろう。
僕だってそんな飲み方はもうしないと決めてるよ。
「はー……」
前途多難。
そういう一言が思い浮かんだ。
この周回、捨てるとはいえ無駄にはできない。
捨てる前提だからこそ無茶をしてでも突破口を見つけてやる……!
◎捨てる神あれば拾う神あり
世の中には色々な人がいて、こちらを見捨てて相手にしなくなる人もいる反面、親切にこちらを助けてくれる人もいるということ。
困ったことがあっても、くよくよするなという意味。
一週間休んでおいてこの程度かよと思われたかもしれません。
確かに尺、品質とも満足いっておりませんが、なにしろ作者のリアルでの周囲が『捨てる神』ばかりでこのありさまでした。
いつか『拾う神』が増えると期待すればこそ、継続していきます。




