162 壁に『耳』あり障子に目あり
跡目争いのだいたいのところを聞き出したり、トニトルスとイグニスの間で意見が分かれたり。
日を改めて、真魔王城へ。
また言祝座に行くのにメイドたちの土地勘が必要だ。
僕が自分で《門》を繋げられるようになればいいけど。
「我々は了大さまのメイド。《門》以外にもお役に立って見せますから、ね♪」
そう言って立候補してきたのは、首里さん。
こっちのメイドになる前は獣王城の女中をしていて、母親もそうだったので顔が利くという。
なぜか獣王城には行きたくなさそうな候狼さんと、一度連れて行った猟狐さんを除いて選ぶという意味でも、今回は首里さんに頼むか。
「それでは! 開け、《門》よ!」
つくづく《門》は使えて当然、繋げられて当然なんだな。
僕も早く言祝座の地理に慣れよう。
出た先はいきなり獣王城のすぐ近く。
しかも門番から見えるところにって、割と失礼では?
「ご無沙汰しております、首里です!」
「おう、久しぶりだな!」
あ、門番の人にまで顔が利くのか。
それならいいか。
「もちろん、本当はもっと離れたところに繋ぐのが無難ですね。今回は私がお役に立つというところの売り込みです」
「当てにさせてもらうよ」
首里さんも首里さんで、さすが選りすぐりの『出向組』だな。
仕事はそつなくこなす。
「ホホ。ヴィランヴィーの魔王が言祝座に、一度ならず二度までもご訪問とは」
国家老の星十狼さんだ。
こうして何事もなく話していると、好々爺……気のいいおじいさんという感じだけど。
「……只事ではないようですな?」
眼力や身のこなしは達人のそれだ。
老人と思ってナメてかかれば、僕なんて秒殺だろう。
でも、だからこそこの人の信頼をいち早く得ておくのが肝要だとも思う。
「上様はご容態も思わしくなく、お目通りはかないませぬ」
「いえ、上様は」
「それとも、上様は既に死に体ゆえお目通りは無駄と仰せですかな?」
「うっ……」
僕程度の若造の考えなんて、何手も先まで読めるんだろうな。
どう切り出そうか……
「ここではちと……場を変えましょう。どこか、別の場へ。首里や、お主は仍美御前の遊び相手をしてさしあげなさい」
「委細承知」
首里さんにすら聞かせず、内々に済ませたい話か。
となれば……真魔王城へお越しいただくのはどうだろう。
「否。できれば、言祝座でもヴィランヴィーでもない場を」
そう来たか。
じゃあ、うーん……
ファーシェガッハに繋げられるか試してみるか。
アウグスタの実家を思い浮かべて……
ダメか。
仕方ない、マクストリィに行こう。
僕が生まれた次元だから完全に中立ではないけど、まあ要求通りではある。
公園の木の影、死角になりやすいところに出た。
「ふむ、ふむ」
星十狼さんは特に珍しげにするでもなく、いたって自然体。
日本だから言祝座とは時代以外あんまり変わらないだろうな。
公園ということでベンチがあるから、それに座って話そう。
「ここから先は、内々の話で……実は、上様のお命、もはや長くはありませぬ」
「でしょうね」
あの様子じゃ、アルブムが殺しに来なくても近々死ぬ。
国家老という立場では、城内で滅多なことは言えないだろうから、なるほどそれは別の次元にでも来なけりゃ言えないな。
「して、了大様は何故、言祝座の跡目争いにご興味を? ……よもや、国獲りなどとは申されますまいな?」
「それなんですが、そうしようとしている者の動きをつかんでいまして」
嘘や隠し事で協力を引き出せる相手でも、そんなものが通じる相手でもないだろうけど、話がわかる相手ではあるはずだ。
となれば、話せることは話してしまおう。
斯々然々。
「天轟超龍、アルブムが乱心でごさりまするか……厄介ですな」
「ええ、厄介です。僕もこれまでに何度もしてやられました」
「何度も、とは」
周回のことも、必要なら隠さない。
このあたりは鳳椿さんと、意外にも通りすがりのカエルレウムとで意見が一致した。
死んで復活する鳳凰という性質上『死に戻り』に抵抗感のない鳳椿さんと、ゲーム攻略に例えて考えると『捨てゲー』に相当すると考えたカエルレウムの合意形成。
いや、僕は進んで死にたいわけでも、人生を捨てたいわけでもないけど。
とにかく、トニトルスさんが今一つ信用できそうにないのも含めて、何でも試してみてダメなら戻せと言い含められている。
この周回では星十狼さんを信じて動こう。
「なれば……此度の跡目争いは大きく分ければ、長男と四男、次男と六男、三男、長女、三女と七男、と派閥が別れております」
拾った小枝で、地面の土に書いてみる。
一と四、二と六、三……
ん?
「五男と八男は」
「うむ、五男の《悠飛》様は、跡目争いからは抜けると明言こそされぬものの、辟易とはしておられるご様子。男子ゆえに目は完全にはなくなりませぬが、智鶴様と似たような感じですな。八男の紗斗様は前にもお話いたしましたが、まだまだ幼いゆえにどうとも」
「三女と七男が組んでいるのは」
「御輿ですな。三女の《敦乃》様が、都合よく動かせる男子として担ぎ上げておられるに過ぎませぬ。注意すべきは敦乃様だけかと」
補足説明も聞いて、だいたい五分割か……
国が五つに割れて争って疲弊してたら、アルブムに勝てるわけがないな。
「長女が他と組んでないというのは何なんでしょうね」
「長女……《傀那》様は、仍美御前の夫となる者を立てる腹積もりですな。請け負ってもよろしいですが、近いうちに了大様との婚姻話が持ち上がるかと」
「はぁ!?」
僕!?
なんでだよ。
あんなロリロリなのは趣味じゃないよ。
「勿論、了大様のお立場で言祝座に婿入りは無理ですが、了大様の妻となられるのであればそれに見合う力を、という名目で魔王輪の継承を迫るやもしれませぬな」
「うえぇ……」
ロリ云々を抜きにしても、なんか面倒くさそう。
話を変えてみよう。
「それにしても子沢山ですね。奥様がお一人で?」
「否、奥方様のお子は三男の獅恩様のみ。あとは妾や女中に……つまり、腹違いにござりまする」
典型的な荒れる原因じゃないか。
病気になる前は相当元気だったんだな、上様。
「同じ腹から生まれた兄弟でも仲が良いとは限りませぬからな。魔王輪のためなら寝首をかく者もおるやもしれませぬ」
誰を勝たせるにしても、その後が大変そうだ。
しかし、よく話してくれたな?
「ホホ。なに、了大様がこの老いぼれを信じて先にお話してくださったからには、こちらも相応の話をお聞かせするのが筋というものにござりますれば」
そうか。
最後に物を言うのは、敬意や誠意といった人間性……
心を失ったら終わりということだな。
「只今の件、城では到底言えぬ話ゆえに、くれぐれもご内密に。《壁に耳あり障子に目あり》とも申しまする」
「ですよね……」
確かにこんな話、言祝座じゃ言えないし、ヴィランヴィーでも誰から漏れるかわからない。
マクストリィにしておいて正解だった。
ん、漏れると言えば。
トニトルスさんはアルブムと会ったり情報を流したりしてないだろうか。
イグニスさんは目を光らせておくと言ってたけど。
ヴィランヴィーの真魔王城。
城内の機能について一部の権限を与えられたヴァイスは、それによって城内の動向を探り、場合により監視をつけてもいた。
今は、了大が不在の間に何が起きたかの情報を司る参謀のような立ち位置を得て動いている。
「んー……さすがに、あたしでもちょっと頭が疲れますねえ」
機能の呼び出しはどこでも行えるため、権限を与えられたことそのものを隠して動くために自室を選ぶことが増えた。
今はくつろぎながら、甘いものを食べつつ情報を整理している。
「今日の要注意対象は……っと、こっちは普通ですねえ。普通すぎるくらい普通」
要注意対象と呼ばれた表示のいくつか。
そのひとつは、ベルリネッタだった。
特に不審な点もなく、メイド統括責任者の業務をこなしている。
「ルブルムさんは不在……あっちの次元ですかね。カエルレウムさんは今日もゲーム三昧、あとは……」
要注意対象表示のひとつが、地図上の《書庫》の隣の部屋にある。
これはトニトルスが自室にいるという意味の位置表示。
そして、そこに近づく者がいる表示が出た。
イグニスだ。
「これはちょっと、音声を拾いましょう」
要注意な組み合わせだ。
嫌な予感がする。
ヴァイスは城内機能で、トニトルスの部屋の音声を拾えるようにした。
「むッ」
イグニスがやって来る前に、トニトルスが何かを察知した。
しかしこれは。
「城内の魔力が一瞬、揺らいだような瞬いたような、何か変な感じがしたが……気のせいか」
「あ、あっぶな……バレたんじゃないんですか、ふう……」
城内機能を向けたからこその、ほんの少しの魔力の揺れ幅をなんとなく察知された。
特に何かを探したり騒いだりする音声が拾えないあたり、どうやら気のせいで済まされたようだ。
そうしている間に、イグニスがやって来た、
「よう。どうした、話ってなァ」
「うむ……まあ、座れ」
トニトルスはイグニスに座るよう促し、自らも同じように座る。
二人がせいぜいの小さい机と、二脚の椅子だ。
「イグニスよ。お主、リョウタ殿に……あの少年に、本気で肩入れするつもりか?」
「何だよそりゃ。まるで、しちゃいけねェような聞き方じゃねェか」
雲行きが怪しい。
自分からの発声伝達は入っていないのを再度確かめてから、ヴァイスは部屋の集音伝達に耳を傾ける。
「いいも何も……あの少年はアルブム様を殺す気だぞ」
「あいつが、アルブムの姐さんをかよ。そうは見えねェが……ッつか、無理そうだがな」
イグニスは完全に否定するでもなく、かと言って全面的に信用するでもなく、と話半分に聞く態度。
実現可能性からしても、そのくらいが妥当だろう。
「イグニスさんもなかなか役者ですねえ。いい感じです」
この流れなら、うまくトニトルスを誘導できるかもしれない。
ヴァイスは監視を続ける。
「無理だな。我は呪文であやつの記憶を見たが……時間を戻せるなどと言いつつ、何をさせても中途半端の負け続き。挙句、殺意に駆られて魔王輪の魔力に侵食され、ただの獣になりかける始末」
「何ですか、トニトルスさん……了大さんの記憶を見ておいて、その上でそんなこと言うんですかあ!?」
記憶を持ち越しているヴァイスには聞き捨てならない台詞が出た。
ぐっとこらえて、続きを聞く。
「魔王輪の魔力を使いこなせんのは、まだいい……鍛えれば改善もするだろう。だが、アルブム様に向かって二言目には殺す殺すと生意気をほざく。我が鼻持ちならんと、気に入らんと思うのは、そこよ」
「ならそう言ってやりゃァいい。直接、本人にな。なんだって己に言うんだよ」
「お主は敵に回したくないからな。あやつの記憶に、凰蘭殿が推察したアルブム様の足取りもあった。共に、アルブム様のもとへ行かんか」
裏切りの誘い。
これを口にしてしまっては、もうダメだ。
ヴァイスの中で、トニトルスを『切る』決意が固まる。
「姐さんのもとへ、か……操り人形になりに、か?」
「それは……いや、話せば、きっと」
「その話なら、話だけは己も聞いたぜ。本人の意思に関係なく支配される、なんとかッて《凝視》……おかげで己は、ろくに実力も出せずにあいつに殺されたこともあったらしいな。今のじゃねェ、もっと未熟なあいつにだ。その時よりもっと修練を積んだ今のあいつにも、まともにやりゃァ己は負けねェのによ」
場合によってはイグニスも『切る』べきかと迷ったヴァイスだったが、その迷いは捨ててよさそうだ。
イグニスはこのトニトルスに、安易に同調しない。
「あいつはあいつなりに、修練を積んできた。姐さんに勝ちてェから、勝って未来に進みてェからだ。己があいつに肩入れすんのは、まだ弱くても勝てなくても、自分の力で勝とうとするからなんだよ。なあ、トニトルスよ、聞きてェんだがな」
「……何だ?」
今、イグニスは目の前の盟友ではなく、了大が積み重ねてきた修練の意味を信じている。
だからこそ聞きたい。
それに匹敵するものがあるのかどうか、それを翻させられるものがあるのかどうかを。
「おめェが見た、了大の記憶の中で……一度でも、ほんの一言だけでも了大は『自分の代わりに姐さんを殺してほしい』なんて、誰かに頼んだか?」
「ッ……」
トニトルスは言葉に詰まる。
それもそのはず。
「無ェはずだ。勝てなくて嫌になって女遊びにかまけた時も、諦めて魔王としてここに来ること自体が嫌になった時も、あいつは一度だって『誰かがなんとかしてくれる』なんて考えなかったはずだぜ。戦うにしてもそうだ。『勝ちてェから一緒に戦ってほしい』とはあちこちに頼んだが『戦いたくねェから代わりに殺してほしい』なんて、誰にも頼んでねェだろ?」
無い。
了大はアルブムに勝てないと諦めてかかったことはあっても、アルブムとの戦いを全部他人任せにしようとしたことだけはない。
そして、今は再起してアルブムに勝つための対策を練っている。
「……お主は、見たのか、あやつの記憶……」
「あ? 見てねェよ? ざっくり話を聞いただけ、それから拳を交えて、修行の成果を見ただけだ。だがそれでわかる。なのにおめェときたら、記憶を見ておいてそんなこともわかんねェのか」
最初のうちの、修行の足りない了大ではこうは行かなかった。
積んだ修練の成果が、挑み続ける姿勢が、イグニスの心を打つ。
「それでもどうしてもッてんなら、己に遠慮はいらねェ。いつでも姐さんのところへ行って、尻尾振っとけ」
「意外です、イグニスさんがここまでトニトルスさんと意見が分かれるなんて。俗に《壁に耳あり障子に目あり》と言うそうですけど、この機能のおかげで聞けてよかった……でも」
トニトルスはダメでも、イグニスは心強い味方になりそうだ。
しかし、同時に懸念はある。
あくまでも全員失いたくないというのが了大の意向であれば、この時点でもうダメなのではないか……
◎壁に耳あり障子に目あり
隠し事をしようとしても、どこで誰が見たり聞いたりしているかわからないということ。
秘密が漏れやすいことのたとえ。
来週は転居に関する作業が佳境、かつ手配された業者の予約日が間近ということで、申し訳ありませんがお休みさせていただきます。
評価が上がらなくて嫌になったとか心身を病んで書けなくなったとかではありませんので、転居さえ済めば今よりマシになるだろうと思っております。
むしろ心身を病む原因なんて今回の他人都合転居そのものしかありませんので。
再来週、3/11には続きをお届けします。