161 上を下への『大騒ぎ』
言祝座ケモミミルートがスタート。
現地の説明多めですが、付き物ということでご容赦を。
そうして歩くこと……何時間だろう。
そんなに長い間歩き続けてたわけじゃないけど、とにかく襲撃が多くて疲れる。
犬、猪、猿……そして、人間。
どうも山賊がいるらしく、猟狐さんが『まだあるなら』と言っていた里はすっかり山賊の拠点になってしまっていた。
最初のを含めて数回、僕らを襲ってきた人間の一団は皆して似たような感じで、言う台詞もだいたい同じ。
そして今はもう夜。
里だった場所……拠点の様子を、隠れながら伺っている。
入口にはかがり火と、見張りが二人。
「どうするかな。特にわざわざ手を出すこともないような……」
襲ってきた連中は全員逃がさず仕留めて、しっかり息の根を止めて、地の属性の呪文の反復練習を兼ねて土の中へ。
戻って来ない奴らがいるという点は異変として知られても、僕の仕業だとは知られることはないだろう。
「確かに、頼まれたわけでも礼が出るわけでもなし……うん?」
鳳椿さんが、拠点に戻る山賊を見つけた。
何か大きめの袋を持ってるけど……袋の口から何か出てる?
あ!
「足……!」
「童の足、しかもまだ動いているであります。あれは人拐いでありますな」
子供の足だ。
助けられれば助けた方が、と少し迷っていると、すぐ側に風が起きる。
猟狐さんがもう飛び出していた!
「……ッ!」
「なんっ……」
「ぐえッ……」
子供を拠点の中に連れ込まれるのは避けられたけど、三人ほど逃がしてしまった。
まずいな。
拠点の中から新手が出てくる。
「猟狐! なぜ了大様の指示も無しに!」
鳳椿さんが、猟狐さんを叱る。
指揮系統は大切だから、そうなるのももっともだ。
どっちみち助けたい方に気持ちは傾いてたから、その辺でと鳳椿さんを止めようとしたら。
「ぷひゃ!」
猟狐さんが袋の口を緩めて逆さまにしたことで、中身……子供が出てきた。
頭に二本、斜め前に短い角が生えた、鬼の少女だ。
「これは、《仍美御前》!?」
「……下駄に、見覚えがあって……わかりました、から……」
なんとなくわかってきた。
この、なおみごぜんという子が身分の高い階級で、その救出のために猟狐さんは指示待ちなんてしていられなかったと。
これはむしろ、お手柄では。
「むむ、それであれば自分からは強く言えんでありますな」
「わあ、猟狐に鳳椿じゃ!」
かがり火に照らされた二人を見て、仍美御前は声をあげて喜ぶ。
名前を呼んだあたり、顔見知りらしい。
「一体どうして、このようなことに」
「実は……」
子供の小さい体でだけ通れる秘密の抜け道から、外に出て遊んでいたら急に周りが暗くなったり、逆さまになったり、との弁。
要するにこっそり抜け出したら袋をかぶせられてさらわれたんだな。
あるあるすぎて逆に落ち着くくらいだ。
「って、長話をしてる場合じゃありませんからね!?」
言ってる間に新手が出てきた。
でも所詮は数だけ、欠点の克服をと思っても練習台にもあんまり。
もう呪文でやっちゃっていいかな?
「そうでありますな。ここは御前の御身が第一、ならば」
新手は入口めがけてどんどん殺到してくる。
ということは、必然的に一点に集まるから……
「《灼炎》ッ!!」
……そこを狙って何か、と思っている間に、鳳椿さんが正拳突きを一発。
そこに込められた圧倒的な炎の魔力が渦巻いて、山賊どもを焼き払ってしまった。
たったの一発で、あれだけの炎が起こせるのか!
「ふむ、まあ、こんなものでありますな」
「すごい、すごーい!」
鳳椿さんは事も無げ、御前は大喜びだ。
ここまではいい。
「で、この御前様はどちらへ送り届ければいいんです?」
むしろ問題はここからだ。
御前を親元にお返しするのに、具体的な手段や伝はどうするのかと。
「それはもちろん、獣王城であります。鍛練のみであれば歩くつもりでありましたが、御前を無事お送りするのが先決でありますからな。《門》」
鳳椿さんが《門》を開ける。
行き先は……獣王城だって。
あの、うかうかしてるとアルブムの手に落ちる城か。
「……リョウタさま?」
「あ? あ、うん」
考えていても仕方ない。
この時期なら、まだ本来の主が……言祝座の魔王がいるはずだ。
何がどうして跡目争いなのか、見極めてやる!
忽然と姿を消した仍美御前が正門に現れて、城は《上を下への大騒ぎ》になってしまっていた。
時間が遅いこと、鳳椿さんと猟狐さんは城内の人に顔が利くこと、それで僕の身分も信用してもらえたこと、などでまず詳しい話は明日、今日は一泊……ということになった。
「ふうー、いい湯……」
言祝座は純和風だから、日本人の僕の感覚であればとても馴染みやすい。
問題は。
「……リョウタさま、いいお湯加減ですね……」
猟狐さんと混浴なこと。
どうしてこうなったかな?
「あの、旅先、しかもこちらの魔王の城では」
猟狐さんも猟狐さんで惜しみなく巨乳を見せつけてきたり押し付けてきたりする。
どうしても体が反応するのを止められない。
「お布団ですると……こちらの洗濯番に迷惑……ですから、ここで」
確かに、お風呂でだったら汗も何もすぐ流して綺麗にできるからね。
いやいや、だからって……!?
「……実は、ずっと……リョウタさまのこと、襲っちゃいたかった……です……♪
押し倒された!?
しかもなんか抜け出せない!
どうなってる!
「……押さえ込みは、動きの起点を押さえること……いただきます♪」
* 猟狐がレベルアップしました *
猟狐さん主導で、しっぽりお楽しみの時間にしてしまった。
まさかこんなにまで猟狐さんが『肉食系』とは、やさぐれてた時間に手をつけたことはあったけど、知る機会がなかった。
まあ……この城の人に手を出したんじゃなくて、猟狐さんだからまだ……
いいのか?
翌朝。
着物を貸してもらい、浴衣から着替えて、城内を歩く。
「おう! あんたか、鳳椿や猟狐を連れてきて、仍美を助けてくれたってーのは!」
途中、茶髪のイケメンが現れた。
背も高めでマッチョ、髪型は放射状、顔もいいけどちょっと暑い……熱いタイプ?
この人は?
「まあ、結果的にそうです……?」
「礼を言わなきゃあならんな。仍美の奴は誰に似たのか、元気が余って仕方ないらしい。ありがとうな」
「いやいや、ご無事で何よりでした」
社交辞令を交わす。
やっぱり日本的だから、謙遜しておくのが好ましいみたいだ。
成功。
「ホホ、奥ゆかしいお方ですじゃ。ヴィランヴィーの魔王であらせられるのに」
「星のじっさま! そりゃ本当かよ!」
せいのじっさま?
次に現れたのは、身分の高そうなご老人。
確かに見た目はおじいちゃんだけど、視線や姿勢は抜け目がない。
間違いなく達人だ。
「この《星十狼》、今まで一度たりとも《獅恩》様に嘘や冗談など、申したことはございませぬ」
「確かに。てことは本当にか……そんな雰囲気を感じさせねえ自然体、あんた、できるな」
「いえいえ……」
魔力を隠している自然体と言うより、魔力を使いこなせない未熟者なだけですよ。
買いかぶらないでください。
「これ、獅恩様。こちらの了大様はただ恩人であるだけでなく、異界のとは言え魔王様ですじゃ。そのような口は」
「いえいえ、普通になさって……」
まずいな、さっきから『いえいえ』以外ろくに言えなくなってる。
それはそれでダメだろう。
「ま、まずはお互い、自己紹介にしませんか。僕は真殿了大、異界……ヴィランヴィーの、半人前です」
「おれは獅恩! 獣王の三男にして《信義の獅子/Faith Lion》の獅恩だ!」
「拙者は星十狼。今は国家老を仰せつかっておりまする」
ふむふむ。
獅恩さんはこちらの魔王の三男、星十狼さんは城の偉い人。
それは失礼はできないぞ。
「獣王、《獅霊》様は病の床にあり、今は仍美様などの見舞いだけが心の支え。故に、既に跡目争いは始まっておると申してよいでしょうな」
「ではその候補者は何人?」
家族構成を聞き出せた。
八男三女。
仍美御前は長女の子、つまり孫だそうだ。
基本的には男子が跡を継ぐけど、男子が全滅した場合や、あまりに男子が不甲斐ない場合は、女子に継がせることもあり得ると。
幼くて御輿か傀儡にしかなりそうもない仍美御前は除いても、候補者は十一人いる。
なかなか厄介かも。
「いや、次女の《智鶴》様は争いを嫌い、自らの庵にこもっておられますじゃ。庵と書物と山ひとつあれば、跡目など他に譲ってよいと」
その智鶴さんが一番賢いかもな。
兄弟姉妹で殺し合いなんかするなら、本を集めて引きこもりたいか……
ん?
「……カエルレウムの同類か……?」
あんなグータラだったらどうしよう。
それはそれで魔王に不向きかもな。
「例えば、八男の子が実は何かの生まれ変わりで、一番才能があるとか……」
「八男?……《紗斗》様はまだまだ、才能がどうこうという御歳ではありませんのう」
そりゃないでしょう、ということか。
確かにそうそう都合よくはいかないというのは、アルブムに負け続けの僕自身がそうだものな。
「さて……先程も申し上げましたが、上様は病ゆえ、手短にでご容赦を」
「そんな、わざわざ……いえいえ……」
えっと、御簾だっけか。
やんごとなきお人を直接見ないための、すだれの上質な奴がかかっていて。
その向こうに、布団で寝ている人影があった。
御簾越しだから輪郭しかわからない。
「おお……仍美の命の恩人とは其の方か……」
病気で弱っていても厳かな声。
これが魔王、言祝座の獣王……
「たまたま、運よく通りすがったまでにこざいます」
「その運は……いくら金子を積んでも買えぬ……ふうー……ありがたいことよ……」
獣王、獅霊様はたったこれだけの会話でも既にきついみたいだ。
でも誠意がしっかりこもった言葉をもらえた。
だいたい、主に働いたのは猟狐さんと鳳椿さんだ。
僕はもういいと言うか、言われるほどじゃない。
「大儀であった……ごふっ、がふ」
「上様、それまでで! 了大様、面目次第もございませぬが」
「いえいえ、どうかお大事に」
また『いえいえ』になっちゃった。
でも今回はそうしておかないと命にかかわるから、これでいい。
仍美御前も無事だったし顔も売れたし、帰るか……?
「うわーん! いたいー!」
今のは、例の仍美御前の声!?
今度は何をやらかした!
「この子ったら、もう! 今日は本当に怒ってますからね!」
「いたっ! ごめんなさい! あいた!」
高貴そうなご婦人が、仍美御前のお尻を叩いていた。
なるほど、きっとあれが長女、御前のお母様だな。
それならいいや。
教育方針は個々の家庭のもので、他人が口を挟むものじゃない。
そんなこんなで、ヴィランヴィーに戻った。
また平日が来るから、支度をして帰らなきゃ。
「猟狐ばかりずるいのでは!? ずるいのでは!」
出たよ、候狼さんの羨ましがりが。
ここは埋め合わせをして『ずるくない』にしておくのがいいかな。
「じゃあ、次に行く時は候狼さんと行こう。野山で修行じゃなくて、城で跡目争いの話になるだろうから」
「城で!?」
あれ、引いてる?
候狼さん、まさか獣王城が嫌なのか?
「ご家老の星十狼さんにも、また会わなくちゃいけないから……あれ?」
「ごかっ……そ、それであれば……拙者、遠慮いたち、いたしたく……」
「そう?」
噛んだ!
しかも目に見えて元気がなくなってる!
そんなに嫌なら、まあ、仕方ないか。
それと、あとは一応、跡目争いから抜けたっていう次女さんにも、会うだけ会いたいかな。
そんなことを考えつつ、月曜日。
「ということがあってね?」
「……ふーん」
誰もいない電車で二人きり、愛魚ちゃんにあらましを話すと、露骨に不機嫌に。
え、不機嫌になるようなところ?
「年端も行かないちっちゃい子を助けて、お供と仲良くして……了大くんって、そうやって見境なく女の子を増やすんだ?」
「違っ……」
仍美御前はロリロリすぎて全然だけど、猟狐さんとは致してしまったからなあ……
つい言いよどんでしまう。
「とにかく、遊びじゃないからね!?」
結局、月曜日は放課後まで、愛魚ちゃんに機嫌を直してもらうのに苦労した。
愛魚ちゃんに構ってばかりいると、今度はメイドたちがやいたり、たるんでるぞとイグニスさんや鳳椿さんあたりから喝を入れられる。
魔王って楽なことばかりじゃないなあ。
跡目争いなんてしてまで、こんなのなりたいものかな?
……そこは価値観の差か。
命を懸けても、兄弟姉妹を蹴落としても、なりたい理由があるんだろう。
そこら辺を見極めて、どう介入するか。
誰を勝たせて、アルブム相手にどう協力するか……
この時間はまだ始まったばかりだ。
さて、どう戦い抜くかな!
◎上を下への大騒ぎ
入り乱れてひどく混乱すること。
大勢の人が慌てふためいている状況。
「上や下へ」「上へ下へ」などは誤り。
いろいろゲストキャラを増やしてしまいました。
まあ、なんとかします。
ちゃんと引越を済ませて、MODEROIDのブロディアを買いたいんです。