160 習うより『慣れろ』
祝日というのに引越作業もあって、特に執筆の時間は増やせませんでした。
本当、自分都合じゃない引越ってクソゲーですね。
目だけに頼りすぎること、目で見えるものに気を取られすぎること。
そういった弱点を指摘されて、これまでどのようにして鍛えてきたかという話になったので、周回の話をする。
「時間を戻して、やり直して……ふむ……言われてみれば、内歩進の運びや組み立ては、自分と同じ流派でありますな?」
「それに、明らかに知ってることが多すぎんぜ。いろんな奴らの性分とか、アルブムの姐さんがやべェとか……だが、そこら辺にいそうな小僧がそんなに知ってるだけじゃなく、ここまで鍛えても来てんだ。まんざらフカシでもねェだろうぜ」
突拍子もない話と感じるだろうに、この二人は信じてくれた。
語れる知識や読ませられる記憶よりも、体で覚えたもの、鍛練の蓄積が僕を裏付けてくれた形かな。
「では、自分が伝えられることはできるだけ伝えるであります。手荒くなる時もありますが、でなければ覚えられんでありますよ」
「覚悟はしている……つもりです」
ともあれ、弱点を克服するために鳳椿さんが鍛えてくれることになった。
イグニスさんは鍛えてくれないわけではないんだけど。
「なんか、おめェは……見た感じ、己が教えたいことってだいたい基本は身につけてんだよな。もちろん全部が全部じゃねェけどよ。だからとりあえず? あとは鳳椿に教わる時間を増やしてみた方がよさそうだし……」
そこまで言うと、イグニスさんは険しい表情になった。
眼光も鋭く、背筋に冷たい感覚が走る。
「……トニトルスの奴が、なんか己らに隠してやがるかもしれねェし、な」
確かに、今回はまだ会ったばかりということもあってか、トニトルスさんのこちらに対する態度はまだ半信半疑、または半分以上疑わしい、といった感じだ。
イグニスさんに周回の話をしていなかったのも、何か企んでのことか……?
「あいつ、たまにわざと大事なところを端折って話しやがる時があってな……そんな時はだいたいいつもそうだ。後でろくなことにならねェ」
記憶を読んでもらった上でのことだから、僕は嘘でトニトルスさんを騙すつもりなんか一切ない。
トニトルスさんだって、自分の呪文で見たものなんだから、内容が嘘だと思ってはいないはず……
となると、それはそれでひとつの仮説が浮かぶ。
「記憶を見た上で、だからこそ僕が気に入らないかな……」
「トニトルス殿が魔王様の……了大様の『過去』に何を見て、何を感じたかはわからんものでありますが、その線で動いておく方がいいやもしれんであります」
「あんまり当てにはできねェッてか。そんならなおさら、己が目ェ光らせとくか」
トニトルスさんを全面的に頼るわけにはいかない。
こうなってみると、周回の呪文を最初に書き写して僕についてきてくれたアウグスタがいないのが、痛手に感じる。
御三家はファーシェガッハの掌握に動いていて別行動。
呼び出すわけにもいかない。
「周回の条件がわかっておるのであれば、むしろ積極的に、大々的に活用するつもりで丁度いいのであります。数周から数十周、武者修行でいいかもしれんでありますな?」
「そんなに!?」
そして鳳椿さんは鳳凰ゆえか、周回に頼るくらいでいいと言い出した。
周回できるとして、単純計算で一周あたり九ヶ月と考えても、十周で七年半。
二十周もすれば十五年だ。
そんなに延々と修行ばっかり……
「おや? 『そんなに』でありますかな? ほんの十年や二十年程度で、道を極める自信でも?」
「……いえ」
……修行ばっかりでも当然か。
アルブムに勝てないのなら、アルブムを殺せないのなら、何度でも、何年でも修行だ。
平日は学校へ。
愛魚ちゃんとも話をしておきたい。
そして、どうしてヴィランヴィーのことを知っていたのかと聞かれれば、正直に答えたい。
「真殿くんが魔王で、うまくいきかけてたけど時間を戻して、私と付き合ったり母さんに会ったりしてた……?」
愛魚ちゃんにはもちろん、周回の話は隠さない。
信じてもらえるかは、別だけど。
「そう。で、イル・ブラウヴァーグのセヴリーヌ様にも仲を認めてもらったり、それでも勝てないとまた時間を戻したり……」
「確かにそうでもないと、母さんの名前と次元まで知ってるの、変だよね」
セヴリーヌ様の名前で、いよいよ信じる気になってくれた。
さすが愛魚ちゃんは元から僕の味方でいようとしてくれる人だから、話がわかる。
「で……せっかく両親公認で付き合って、結婚も前提にしてたのに、そのアルブムのせいで時間を戻すことになって、今に至る……」
ほんの短い時間、目を閉じて考え込む愛魚ちゃん。
ゆっくりと目を開くと。
「……うん、殺しましょう。アルブム殺すべし」
「おぅん……」
優等生のお嬢様らしからぬ台詞が、躊躇なく口から出てきた。
愛魚ちゃんって、基本的に善人で優しい時はとことん優しいけど、それだけに一度怒るととことん厳しいからな。
間違っても怒らせたくないタイプだ。
「真殿くんは『今』は、どうしたい? 私はきっと、真殿くんが知ってる通りの私だよ?」
澄んだ瞳が、僕を見つめる。
いつか見たイル・ブラウヴァーグの海のように、綺麗な深さの瞳。
言葉は添えない、視線だけ。
愛魚ちゃんは……
「交際を申し込むよ。僕とお付き合いしてほしい」
「真殿くんから、言ってもらえた♪」
……愛魚ちゃんは僕が言い出すのを待っていた。
男子からリードして女子を引っ張ってほしいという子供っぽい『待ち』なのか、それとも、いつまでも愛魚ちゃんに見守られるだけの子供のままでなく対等に、大人になってほしいという立場からの『待ち』なのか。
それはわからないけど。
休日は真魔王城へ。
メイドたちにも顔を売っておきたい。
「今宵はいかがいたしましょう」
ベルリネッタさんは良くも悪くもいつも通り。
ましてや今回は早々にヴァイスを指名して『お楽しみ』に興じるエロガキとして振る舞っている。
女をあてがっておけば済むと思われていて当然、むしろ思考を誘導してそう思わせてあるんだ。
「そうですね……また、ヴァイスでお願いします」
「かしこまりました」
寝室に移動してベッドに寝転がると、ヴァイスが来た。
ヴァイスは単に淫魔として楽しませてくれるだけでなく、周回のための呪文を書き写して記憶などを持ち越してくれる、心強い味方だ。
「あなたのヴァイスベルクですよぉ♪」
なんでもフリューから『一人くらいこっちに残ってないと、こっちにいる《悪魔たち》を取りまとめる奴がいない上に、アルブムの支配に対抗できる奴もいなくて、何より僕が寂しいから』と言われたと。
それでファーシェガッハの掌握に加わらずにヴィランヴィーで《悪魔たちの主》としてやっていくそうだ。
本当にありがたい。
「こちらは特に異常なしですねえ。フリューたちからも、しくじったとか時間を戻してほしいとかは聞いてません」
「むしろ、あっちが発動して戻ることはないの? 例えばほら、ミリオーネンに負けて掌握に失敗したから戻したいとかなんとか」
思えば確認してなかった。
写しが精巧で完璧なら、僕がうまく行ってても向こうの都合で戻されて台無しにされることはないのか。
「魔王輪と勇者輪を両方手に入れていれば、そういうこともあるかもですけど……手に入れてたら、むしろフリューは戻す必要はありませんよ? それに、それらを手に入れられなくて戻したいとしたら、今度は戻すための『原資』が……魔王輪と勇者輪がないわけですから、戻したくても戻せないと思います」
「なるほどな……」
つまり心配しても仕方なさそうだ。
御三家に任せればいいのに心配になるのは、僕が信頼しきれてないからか、それとも……
「フリューに、会いたいですか?」
……僕が寂しくて、会いたいからか。
ヴァイスには後者に見えたようで。
「会えなくても平気って言ったら、やっぱり嘘だな」
「じゃあ、今日はフリューたちの夢を見ながらにしましょう」
いい香りがして、眠気が来る。
気がつくと、景色は寝室のまま変わらなくても、全体的にピンク色に。
そして。
「フフッ。了大くんとゆっくり愛し合うのは私の、いや、私たちの大願だからね♪」
「そんなにも私の不在を重く受け止めて考えていただけるとは、感激してしまいます♪」
シュヴァルベさんと、アウグスタが。
そして。
「会えなくて寂しいのも仕方ないわね。アタシも寂しいもの。今夜はその分まで、愛し合うわよ♪」
フリューが。
三人が三人とも、僕が覚えてるまま、僕が知ってるままの裸体で、僕のすぐ側に集まってる。
記憶にあるそのままの感触と、温もりを確かめて……
* ヴァイスがレベルアップしました *
……四人で一晩中楽しむ夢を見て、次の朝が来た。
これはほどほどにしないといけないな。
ずっとこの夢に溺れたままになりそうで危ない。
翌日はベルリネッタさん以外のメイドたちから、メンバー選び。
特に言祝座出身者に絞って、紙の資料を持って来させて、書類審査だ。
日本ほど、マクストリィほど紙を使うことが普及してないんじゃないかと思ってたら、確かに普及率自体はそれなり程度だけど採用したメイドの身分証明のものはあった。
記入された履歴書としての情報以外に、メイドとしての職務に対する誓約書のような能力が、呪文で付与されているそうだ。
なるほど、魔法の世界ならではだな。
「さて、誰がいいかなー、っと」
言祝座出身のメイドに現地の案内をさせたいとは鳳椿さんにも申し入れて、そうした方がいいと言われている。
あんまり大人数を連れ出しても、この真魔王城の業務に支障が出たり、現地で身軽に動けなかったりするから、一人か二人だな……
「黎さん、幻望さん、候狼さん、猟狐さん、首里さん、魔破さん、他にも……凰蘭さんの推挙と出向か……」
書類は日本の履歴書ほど詳しく書いてないから、よくわからないや。
なんとなくだけど、猟狐さんにするか。
「……現地の案内なら、私を選んで、正解です……」
自信ありげな猟狐さん。
口数は少なめだから印象が薄くなりがちだけど、腕は確かなんだよね。
「《狩り立てる狼》の私は……真魔王城のメイドになる前は……言祝座で狩人として暮らしてました……私は、ハンター」
ハンター。
現地の自然環境に精通してなければ、できない稼業だ。
むしろそういうことを書類に書いておいてよ。
「迷ったら、猟狐……覚えてください」
ということで僕と猟狐さんと鳳椿さんで、言祝座へ。
移動のための《門》は、最初は僕では繋げられないので、土地勘が身につくまでは猟狐さんに頼む。
「あー、なんか想像通り……?」
《門》をくぐった先は、自然あふれる風景。
気温は少し肌寒く、傾いた地面で、小屋が近くにあるのと申し訳程度に道がある以外は、人の手が入ってない山の中。
その小屋……山小屋は中を見ても相当長い間使われていなさそうな感じで、備品らしい物もボロいのばっかりだった。
「小屋として形が残ってるだけ……まだマシ……」
そんなにも田舎なのか。
確かにこれは、掃除したところで倒壊しそうだもんな。
「こっちに里があるはずです……まだあるなら」
なんか最後に物騒な言葉がついたぞ。
大丈夫かと不安になりながらも、しばらく歩くと。
「何だテメエら、見かけねえ顔だな」
「死にたくなきゃあ、野郎どもは出すもん出して消えな。女も置いて、だ」
「ガキが逆らうんじゃねえよ。おとなしく言うこと聞けや」
山賊だか、追い剥ぎだか。
とにかく略奪目的の、ごろつきの一団に出くわした。
数を察知して……八人か。
見えてるのは六人だけど、二人隠れてる。
「リョウタさま……」
「猟狐、ここは了大様のお手並み拝見であります。この程度のことで命を落とすなら、お仕えする価値もないのであります」
僕の前に出ようとした猟狐さんを、鳳椿さんが止める。
確かに鳳椿さんが言う通り。
こんな所でいちいち死んでたら、アルブムを殺すなんて夢物語だ。
「目以外もきちんと使うでありますよ」
「わかりました」
このごろつき共を練習台にして、目に頼りすぎる欠点を直す鍛練を積もう。
僕に逆らって、命があると思うなよ!
「結構、結構! 軽く仕留めましたな。上出来であります」
ごろつき共に遅れを取るほどの未熟者じゃない。
隠れてた奴も含めて全員、きちんととどめを刺して終わる。
ついでに持ち物を調べる。
……なまくらな短い刀と、ちょっとの小銭か。
小銭だけもらっておこう。
「そう。奪いに来た者を返り討ちにしたならば、奪うことも許されるのであります。そして、奪うつもりで襲って、仕留めた時も」
今の日本からしたら野蛮としか言えない治安の悪さ。
でも、ここじゃこれが普通なのか。
「リョウタさま……《習うより慣れろ》です……ここの自然にも、こういう襲撃にも……」
猟狐さんが言う『こういう襲撃』というのは、今回のようなごろつきたちというだけの意味じゃなかった。
ごろつきたちの死体から流れる血の臭いで、今度は獣たちが寄って来ている。
休まる暇がないな。
「なるべく埋めておくでありますよ。血の臭いは隠すに限るであります」
確かにこれは、習うより慣れるしかない。
殺して奪って当たり前。
ここは言祝座……ぬるい世界じゃないんだ。
◎習うより慣れろ
人に教えてもらって伝聞だけの学習で済ませるよりも、実際にやってみて体感として経験する方が、ずっと身につくということ。
やらないとわからないことも多いため重要。
鳳椿もそうですが、猟狐も出番が少なかったので、増やすことにしました。
言祝座もまた模型メーカーのもじり、個人的に応援するコトブキヤからもじってます。




