158 胸に『刻む』
時間を戻して、悪魔っ娘ルートは終了。
仕切り直しと周回特典の紹介の回です。
腕が変化した僕を見る、ベルリネッタさんの視線が冷たい。
とても好意的とは言えない反応だ。
「その様子では、魔王輪の魔力に内側から喰い尽くされるのも、そう遠くはないでしょうね。おいたわしいこと」
「……心にもないことを」
そうなれば破滅だ。
絶対にそれだけは避けないと。
「僕も、残念ですよ」
「なッ……!?」
城の内部構造を魔王の権限で操作して、ベルリネッタさんの周囲に隔壁を下ろす。
変になったとは言っても動かせなくなったわけじゃないから、操作に差し障りはない。
「さっき話した通り、フリューあたりと少し話をしたら、戻します。ここには、もう……」
とにかく今は、時間を戻してやり直す。
この状況からはどうしようもないことが多すぎる。
さっき下ろした隔壁を、もう一目だけ見てから。
「……もう、用はありません」
その中にいる人に、別れを告げた。
こんな時間は、おしまいにしなくちゃいけない。
凰蘭さんたちには他のところの見回りをお願いしつつ、マップにフリューのいる座標を出して、さっさとそこへ向かって合流。
ミリオーネンの幽霊は、姿も声もなくなっていた。
「ああ、あんなもんはさっさとやっつけたわ。幽霊に……《不死なる者》になっちゃってたから勇者輪の魔力で楽勝。勝てて当たり前だから、特に語ることもないわよ」
さすがフリューは、力の使い方については戸惑いもためらいもない。
あっけらかんとしたものだ。
「それより、その腕よ……やっぱりそうなり始めたのね」
そうなるのがわかっていたと。
フリューの哀しげな眼差しには、そう書いてあるような気さえした。
それから、鳳椿さんも幽霊としてベルリネッタさんに使役されたことや、凰蘭さんなどに強く請われたことを受けて、アルブムと戦うまでもなく時間を戻す話をする。
「時間を戻せば腕も戻るかどうかは、なんとも言えない。でも約束したわよね? 戻すなら今度こそ最初からよ。なんなら強く意識して、もっと前に戻れないか試してみるくらいで行きなさい」
そう言いながら、フリューは着ている服の前をはだけさせた。
こんな時に何のつもりだと思ったけど、フリューにとっては冗談でも遊びでもなかった。
「アタシは心配ないわ。この通り、他の奴らとは違う。アンタのことを、アンタとのことを忘れない。文字通り《胸に刻んで》生きてくから」
「そうか、フリューは……」
その胸元には、時間を戻す呪文の写しが濃い紫色に輝いていた。
僕を忘れてしまうことはないからと、だからまたやり直せと、目に見える形で励ましてくれるんだ。
「そうよ。でもきっとしばらくは、易々とは会えなくなるわ」
「え……そんな、どうして!?」
なのに、どうしてそんな寂しいことを言うんだ。
覚えててくれるなら、また助けてくれたらいいのに。
「時間を最初に……初夏に戻したら、きっとアタシは魔王でも勇者でもなくなる。アンタが『今は』持ってる勇者輪も、いつもテラバヤシって小娘のところに戻るんでしょ。それと同じよ」
時間を戻すとこの勇者輪がまた寺林さんに戻るように、ファーシェガッハでもそうだと。
ということは、それをまた得るところからやり直す羽目になるわけだ。
「ネタがわかった以上はヒコーキなしでもミリオーネンには勝てると思うけど、後々にはアルブムが控えてるってことを思えばアレはただの前座みたいなもんよ。それにアタシもまた、アルブムに魔王輪や勇者輪を奪われないようにしないといけないはずだから、結界で引きこもることもありうるし」
そうだった。
アルブムが狙ってる魔王輪は、僕の……ヴィランヴィーのだけじゃない。
あちこちの次元を見境なく狙ってて、だからこそ言祝座が落とされたんだから。
「だから……アンタが無事にベルリネッタの心を射止めて『あとはアルブムを倒すだけ』ってなるまで、よっぽどの時以外、しばらくは別行動よ」
「フリュー……」
こんなにも心が通じてるのに、会えなくなる。
この優しい悪魔と。
それがどうしようもなく悲しくて、泣きそうになる。
「そんな顔しないの。これ、あげるわ」
僕に差し出してきたそれは、小さな……頭蓋骨。
角の生えた獣の頭蓋骨に、紐を通して吊り下げられるようにしたものだった。
ペットボトルのキャップくらい小さくて、金属っぽい重さと冷たさ。
ということは、これは作り物か。
わりと荒削りな造形かも。
「今はこれだけが精一杯だけど、アタシが会えない間、これが少しはアンタを守ってくれる」
お守りだった。
魔力を……フリューの気配を確かに感じる。
「言葉にすると、照れくさいんだけど……アタシの、愛の証だと思ってて。捨てちゃダメよ?」
「捨てられないよ……」
愛。
言葉にすれば短い単語ひとつだけなのに、そのひとつだけのためにどれだけ苦労してきただろう。
しなくてもいい回り道をしたり、気持ちがすれ違ったり。
その上これから、またどれだけ苦労するんだろう。
そんなことを考えながら……
「さようならは言わないわ。止まらずに、進み続けなさい」
……時間を戻す。
世界が回る。
フリューのくれたお守りを……愛を、離さず握りしめて。
そしてまた、ベッドの中で陽気を感じる。
学校の保健室、化粧ボードの天井だ。
時間は戻ったらしいけど。
「腕、腕は!?」
目で見て確認する。
一見、普通に見える。
動かしても特に変わった感じはしない。
「よかった……戻ったか……」
安心したら、疲れが押し寄せてきたかも。
でも寝てばかりはいられない。
「教室に戻るか……今度はもっと前に戻せてたらいいんだけど」
学校の廊下を歩いている途中、あんまり時間が戻りすぎて前の学年に戻ったり、入学前に戻ったりしたら……という考えも浮かんだけどそんなことはなく、僕の知ってるままの教室だった。
「さっきの古文の授業は四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」
「……ああ、ありがとう」
また古文の授業の後、範囲もまた四十七ページまで。
今度こそ初夏には戻れたけど、逆に言えばそれ以上には戻れていない。
いつものスタート地点だな。
「真殿くん、考え事?」
「ん、まあね」
次はどうする。
誰に会って、どう手を打って、どこに行く?
選択肢は多いけど……
「まずはスマホか」
……スマホを不良の猿から取り返すのは、いつも面倒くさい。
やり過ぎると簡単に怪我をさせてしまうし、最悪の場合は死ぬし。
加減しないと。
「おい、スマホ返せよ」
「は? ねーよ!」
ない、だと?
いつも時間の戻るところより前の時点で盗んでるだろうに。
とぼける気か。
「本当にやってねーよ……お、脅したってマジで、やってねーもんはやってねーっての……」
少し強めに魔力を込めた《威迫の凝視》で白状させてもなお、やってないと言い張る。
本当にか?
自分の鞄を確認し直すと。
「……あれ、ある」
ちゃんとスマホがある。
盗まれてない。
「疑って悪かった。あったよ」
物があることを見せて、謝って見せておく。
すると不良たちは怒り出すことはなかったけど、ひどく嫌そうにして。
「わかったから、それ近づけねーでくれよ。なんかキモいんだよ、それ……」
僕のスマホの、ストラップのあたりを指さす。
するとそこには。
「これ……ここにあったんだ……」
フリューがくれたお守りがあった。
彼女の言葉を思い出す。
『これが少しはアンタを守ってくれる』
なるほど、早速スマホ泥棒から守ってくれたわけか。
本当につくづく……優しい悪魔だ。
ありがとう、フリュー。
「んー……」
あ、愛魚ちゃんがお守りを見てる?
フリューの闇の魔力が入った品だから、変に思われてるかな。
「真殿くん、それ、どうしたの?」
「もらったんだよ。大切な人から」
「……大丈夫なの?」
この時点で愛魚ちゃんは僕が魔王だとは知らないから、悪魔がくれたような闇の魔力のある持ち物なんて大丈夫か、という意味だろう。
そうか、そこから説明しないといけないんだっけな。
「大丈夫さ」
でも、説明はまた後日にしよう。
今日は疲れたから、帰って寝よう。
「……ダメだ、やっぱり眠れない」
家に帰って、夕食とお風呂を済ませてベッドに入ってみたけど、眠気が来ない。
そうなんじゃないかとは薄々思ってたけど、心療内科はまだ予約も入れてないから薬もない。
『よっぽどの時以外、しばらくは別行動よ』
フリューに会えないと思うと、なおさら会いたくなる。
スマホに付けたお守りを見つめて……
「で、朝かよ……」
……ほとんど眠れないまま、通学。
曲がりなりにも寝坊ではないから、早い時間の空いてる電車に乗って、ぼんやりする。
通学どころか何もしたくない気分。
『しゃんとしなさいな。魔王でしょ?』
いつだったか、朝にメイドが起こしに来てもだらけていた時、フリューにそう言われたことを思い出した。
ああ……
僕もフリューのことを《胸に刻んで》るんだな。
電車が学校の最寄り駅に着いたところで、心療内科に電話で予約を入れてから登校……
「おはよう、真殿くん」
……愛魚ちゃんだ。
そう言えば、別に付き合ってなくても同じ電車になると言うか、僕が早い電車だから同じ電車で来るって言ってたっけ。
「おはよう……」
今日は、周回を基準にして言うと二日目になる。
この段階での選択肢が後々に大きく影響するはずだ。
とりあえず……フリューは無理でも、ルブルムには会えるかな。
ネット上の『りっきーさん』に連絡してみる。
『はろー☆ こんな朝早くにどうしたの、りょーくん?』
スタートダッシュが肝心。
いろいろぶちまけて、トニトルスさんやイグニスさんへの繋ぎを頼む。
斯々然々。
『それは……とりあえず、放課後ごろにそっちに行くから』
最初からアルブムのことは言わないで、トニトルスさんの呪文で読んでもらえば、ドラゴンたちはなんとかなるはずだ。
あとは……前回特に言われたのは、鳳椿さんだな。
僕の知らないところでアルブムに負けて命を落とすらしいから……鳳凰なのに死ぬのか?
いや、むしろ『鳳凰だから死ぬ』のか。
やられてから再生するまでのどこかに隙があるんだろうな。
イグニスさんを引き入れられたら、イグニスさんに繋ぎを頼むとしよう。
それから……
「真殿くん? そんなにスマホばっかり、何してるの?」
……愛魚ちゃんにも説明しなきゃ。
でも、愛魚ちゃんはこう、ちょろいって言ったら悪いけど、僕のことを信用してくれるから大丈夫って安心感があるから、ドラゴンたちの後ででいいかな。
ものは言い様だけど。
「デートの約束」
うん、ものは言い様。
りっきーさん……つまりルブルムが来るから、まんざら嘘ってほどでもない。
ないけど。
「…………あ゛ァ?」
この時点での愛魚ちゃんにはダメな言い方だった。
愛魚ちゃんが小さく、ぼそっとそう呟いたのが聞こえちゃって、失敗。
魔王様の耳は地獄耳。
授業を適当に流して放課後、校門前にはルブルムが待ち構えていた。
もちろん、ナンパなんてお呼びじゃない。
「ワタシの体感からして、昨日までは普通だったりょーくんがだよ? 今日は急に『あっち』の話をし始めるなんて、どう考えても変だものね。まずその時点でじっとしてられない」
「ヴィランヴィーの……真魔王城のこと、真殿くんがどうして知ってるの?」
僕とルブルム、それに、僕の『デートの約束』という言い方に釣られてピッタリ付いてきた愛魚ちゃんも交えて三人で、真魔王城へ。
来るだけならもう簡単に来られるけど、アルブムという敵を予見していながら勝てない現状では気が重い。
城の会議室ではトニトルスさんとイグニスさんが待ち構えていた。
「ふむ。そこな少年の中にヴィランヴィーの魔王輪が。しかもアルブム様の身の上に起こった出来事も知っておるとは、妙な話だな」
「けッ。つまんねェフカシだったら、とっちめてやるまでよ。アルブムの姐さんに限って、滅多なことでドジなんか踏むかよ」
やっぱりこの二人は序盤に押さえないと味方にできないんだろう。
なので今、早いうちに呪文で記憶を読んでもらう。
「イグニス、お主は鳳椿を連れて来い。早く!」
「お、おう!?……何だァ、そんなに慌てて……」
周回を繰り返していること、その周回の中で鳳椿さんがほとんどの場合は僕に会えずにやられること、そもそも最初の時間では無事に鳳椿さんに会えていたこと、それらを総合すると『今なら間に合う』という結論を出すのは容易。
イグニスさんを使い走りに出させて、トニトルスさんは。
「その、お守り……見せていただけますかな」
フリューのお守りに目が行ったらしい。
トニトルスさんならいいや。
スマホごと手渡して貸す。
「なるほど、あやつをして『愛の証』とまで言わしめるだけはある品のようですな」
フリューが僕を愛してくれてるだけじゃない。
僕だって、フリューを愛してる。
そう言っても嘘じゃないだけの絆を作り上げたんだ。
あの時間だって、無駄なんかじゃないはずだ……!
◎胸に刻む
人物や出来事などの記憶を心の中にしっかり留めて、忘れないようにすること。
当初の予定以上に、フリューが了大の中で大きくなってきています。
さて、他ヒロインはどう対抗するか。
来週から言祝座ルートの予定ですが、後々にはヴァイスに着目した悪魔っ娘別ルートや、ルブルムが大活躍の聖白輝龍別ルートも構想しています。