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156 坊主憎けりゃ袈裟まで『憎い』

了大の心を癒そうとする愛魚やメイドたちですが、どうにもアルブムを許せない心がきっかけで別の方向に展開も。

ミルクレープケーキも食べ終わって、愛魚ちゃんの肩揉みも終わって。

夕食を待って、ぼんやりしているところだ。

本当は、こういう時間こそ内歩進(ナイファンチ)の稽古に充てれば、鍛練にもなって有意義なんだけど……


「ダメ。了大くんには、ゆっくり休む時間が必要なの」


……と、愛魚ちゃんに強く言いつけられてしまって、休んでいる。

こうしている間にも、アルブムは暗躍していると思うと気が気じゃないのに。


「もうすぐ出来上がりますゆえ、今しばしのご辛抱を」


間を持たせるために、候狼(さぶろう)さんが一言入れに来た。

今日は家には夕食はいらないって話になってるから、ここで待たないと食べられないんだよね。

もちろん待って……やっと来た。


「はぁい♪ 今日はぁ、酢豚に肉団子、エビのチリソース煮、ワンタン、などなど……中華で攻めてみましたぁ♪」


大皿の中華料理がいっぱいだ。

どれもこれも手間がかかるだろうに!

すごいな、魔破(まっは)さん。


「つきましては、御屋形様(おやかたさま)……」


メイドたちが集まってきた。

全員、フォークやレンゲ、それに取り皿を持ってる。

ということは、今日は皆と一緒に食べる形になるのか。


「……本当は、今日はリョウタさまがいらっしゃる予定は……ありませんでしたから……」


なるほど、それでメイドたちが食べるように大皿から取り分けるスタイルか。

具材がどれも一口大か、それよりちょっと大きい程度のものばかりだ。


「せっかくですもの。私たちも了大様に『あーん』していただきたいですわ♪」

「……ぇ」


そう言う幻望(げんぼう)さんの手にもフォーク。

他の子を見てみても。


「構えなくても大丈夫ですよ。取って食べるのは料理だけですから♪」

「なんでしたら、了大様から私たちに食べさせていただくのも……」


(れい)さんも、エギュイーユさんもやる気満々モード。

まさか、それで一口大カットばっかりなのか!?


「愛魚殿とばかり、ずるいのでは……?」

「候狼もそう思うよねー♪」


出たよ、候狼さんの『ずるい』が。

こうなると、後はそういうふうにしかならない。


「じゃあ、皆で順番にね……?」


まずはどれを行こうか、と思った途端に目に入った料理。

その赤い野菜に気づいて、手が止まる。


「これは……」

「はぁい、りんごの紅芯大根(こうしんだいこん)巻きでぇす♪」


最初の時間でのことを思い出す。

ケータリングで持ち込まれた、明らかに多すぎる量の昼食。

その中にもこれがあった。

食べたものの消化と吸収を助けてくれる効果があると言われて。


「これになさいますかぁ?」


改めて周囲を見回す。

何人ものメイドたちが集まっているけど……


「その前に……今日は、ベルリネッタさんは?」

「不在です。所用で外出だとか」


……ベルリネッタさんはいない。

つくづく、あの時とは変わっちゃったな。


「そっか。じゃあ……風味が落ちる前にいただこうか」

「いただきます♪」


メイドたちとの食事会という体裁で、夕食が始まった。

自分では食器を全然持たないまま。


「熱くて『ふーふー』しないと食べられない了大様、可愛い……♪」

「可愛いですねぇ♪」


何かするごとに、一口食べるごとに可愛いって言われてないか?

でも、今日はまあいいとしよう。

可愛いからカッコいいへのステップアップは……アルブムを殺してから考えよう。




夕食の後は入浴も済ませたから……あ。

今日はまだ平日なんだった。

学校があるから帰らないといけないけど、今からだと何時になるんだ?


「学校の時間に合わせて深海御殿(ふかみごてん)に帰れば登校は問題ないから、今日は……こっちの時間での今日は寝ちゃって、明日で大丈夫だよ。一緒に登校しようね♪」


廊下を歩きながら打ち合わせ。

学校が一緒の愛魚ちゃんに任せておけば大丈夫か。

それなら今日は、もう……


「ん、りょーた! 来てたなら来てたって言えよー!」


あ、カエルレウム。

言われてみれば挨拶してなかったな。


「ごめんごめん、いつもなら来ない曜日だったから、つい」

「ふーん、でも今日は泊まるんだろ?」

「そうだね。ちょっと早いかもだけど、寝る準備してた」

「早!」


学校帰りだったからそのまま持って来ちゃったスマホの時計で確認すると、午後九時台。

うん、早いな。


「まだ寝るまで時間あるだろ? 遊ぼう? ねー、ねー……」

「カエルレウムにはかなわないな。じゃあ、少しだけね?」

「やったー♪」


カエルレウムの部屋へ。

やっぱりゲーム機に電源が入っていて、ロールプレイングゲームの途中。

このゲームは前にも見たことがある。

一度クリアするとレベルやアイテムを持ち越して『つよくてニューゲーム』で遊べるやつで、選択肢次第で仲間になるキャラも敵になるキャラも変わるやつだ。


「パーティーを編成しなおしてー、っと」


仲間の一覧が表示されたけど、あのアルブレヒトがいない。

彼も選択肢次第で敵になったっけな。


「このルートはアルブレヒトは敵のまま和解できないから、もう倒しちゃったあと」


敵のまま、和解できない。

僕もこの時間じゃ、もうベルリネッタさんとは和解できないのかな……?

そんな考えが浮かんで消える。


「それにしても『わたしたちみんながアルブレヒト』か。別の時間でのわたしも、うまいこと言うよな」

「あれは考えさせられたよ」


カエルレウムが操作するまま、ゲームのキャラクターたちがダンジョンを進む。

これもレベルなどを持ち越しているからか、敵に苦戦することは全然ない。


「このルートはわたしもまだやったことがないからー……セーブポイントで、まめにセーブ!」


いかにもボスが出そうな扉の前に、わざとらしいセーブポイント。

でもこういうのがレトロなロールプレイングの味って感じ。

セーブと回復を済ませたカエルレウムが、キャラクターを先に進めると。


「なんだこれ! ドラゴン!?」


戦闘画面に出てきたドラゴンは《応龍(おうりゅう)》。

これまで楽勝で進んできたキャラクターたちが、一撃で体力を半分ほど減らされたり、連続攻撃で回復させる暇もないままやられたりして、全滅した。

でも、ゲームオーバーにはならないようで。


「もー、負けバトルかよー」


負けたなりに話が進む。

今のバトルがキャラクターに与えた影響があれこれ説明される。

大怪我で長期の療養が必要な者、恐怖で精神的に傷ついた者、行方不明になった者……

なるほど、シナリオの見せ場としてはわかりやすく盛り上げてくれてる。


「……ドラゴンにやられて負けて、か……」


カエルレウムが僕の方を見た。

なんだか申し訳なさそうな表情。


「すまん、りょーた。りょーたは、わたしの(かあ)さまのせいで大変なのに」


キャラクターと話を切りのいいところまで進めた後、データをセーブしたカエルレウムはそそくさとゲーム機の電源を切った。

そうか。

今の『ドラゴンに負けて話が続く』を、僕に重ねちゃったんだな。


「……なあ、りょーた……わたしのこと、嫌いか?」

「嫌いだなんて、どうしたの。カエルレウムのことは好きだよ?」

「でも、母さまは」


カエルレウムは一見すると気楽なお子様のようで、実はけっこう不安になりやすいところがあるように感じる。

アルブムの娘なせいで、僕に嫌われると思ったのか。


「確かに、アルブムのことは……正直言って憎いと思う」

「やっぱり……」


ぎゅっと両拳を握ったカエルレウムが、震える声を漏らして僕に寄り添う。

その拳に僕の手を添えてあげる。


「りょーたは母さまが憎いから、娘のわたしのことも憎くなって、嫌いになっちゃうのかなって……」


なるほど。

それは《坊主憎けりゃ袈裟まで憎い》ってやつだ。

あくまでも切り離して考えないとな。


「アルブムはアルブム、カエルレウムはカエルレウム、別だよ。だから大丈夫。カエルレウムこそ、僕は母親の敵なのに、いいの?」


僕がカエルレウムを嫌いになるより、むしろカエルレウムの方が僕を嫌いになる方が現実的だろうに。

それこそ、以前はそういう周回も実際にあった。


「いいんだ。というより、あれは本当の母さまじゃない。あ、いや、偽者ってことじゃなくて、本当に母さまなんだけど、なんていうか」

「カエルレウムが知ってる、いつものアルブムとは違うってことかな」

「そう! それ!」


いつものアルブム、か……

僕はそんなの見たことがないから、なんとも言えない。


「トニトルスが言ってたもん。あの触手が怪しいって。取り除いたらなんとかなるかもって」


ずいぶん無茶苦茶言うもんだ。

あの触手は自在に動くしやたら速いし、あれで斬られたり吸収されたりもするんだぞ。

そりゃ、いかにも後から付けましたって感じで異物感が丸出しだけど、取り除くなんて可能なのか。

わからない。


「あれをなんとかできて、母さまが正気に戻ったらいいのにな……」


カエルレウムは本心からそう願ってても、僕はそうは思わない。

あいつが正気を取り戻したところで、僕が失った時間と失った絆は取り戻せないから。

やっぱり、殺すしかないだろう。




カエルレウムとの話を切り上げて寝室に行くと、愛魚ちゃんがいた。

もうすっかり寝る用意でパジャマを着てるのはいいけど、表情が堅いな。


「さあ、了大くん……私、い……『YES』だから……」


ああ、愛魚ちゃんは本当に『なんでもしてくれる』つもりなんだな。

僕が癒されるためなら、そういう要求にも『YES』と言うと。


「添い寝はしてほしいな。でも、それ以上のことを無理にさせようとは思わないよ」

「了大くん……?」


愛には、愛で。

僕は、愛魚ちゃんのそういう気持ちにこそ感謝して生きたい。


「今日は、甘えさせてね」


愛魚ちゃんの胸に飛び込む。

もちろん、愛魚ちゃんは優しく受け入れてくれた。


「今日だけじゃなくて、いつでも甘えていいのに」


温もりの中で癒されるのを感じると、薬なんかに頼らなくても眠気が来た。

おやすみなさい……




翌日。

誰に起こされるでもなく二人で目が覚めて、来た時の服……学校の制服に着替え。

それから常設の《(ポータル)》で次元移動して、深海御殿で朝食をいただいて、登校。

すっかりリフレッシュした感じだ。

ありがたい。

それからまた週末は真魔王城で過ごす。

アウグスタに話を聞くと、どうやら例の呪文をシュヴァルベさんと……あと、ハインリヒ男爵にも書き込んでみたという。

僕としては正直、ハインリヒ男爵よりもヴァイスあたりに書き込んでほしかったんだけどな……?


「ヴァイスは今度こそ自分で書き込めたと自負しています。考えなしに言い切る子ではありませんから、大丈夫かと」


そうか、それならいいや。

アルブムを殺すのには、確実な味方は多い方がいいに決まってる。

そうそう、ハインリヒ男爵と言えば。


貴公(・・)はただ魔王というだけでその座に甘んじているのではないのだな。認識を改めることにする」


僕を呼ぶ二人称が『貴様』から『貴公』に変わった。

ひとかどの男として認められたのかな?


「……だが、姉上と貴公の仲を、まだ認めるわけにはいかない」

「だろうね」


アウグスタに相応しい男とは、まだ認められてないみたいだけど。

それはまあ、追々でもいい。

今はとにかく、アルブムを殺さないと。


「うーん……?」


僕の様子を見て、フリューが不思議そうな顔。

特に変わったことでもあるかな?


「リョウタ、ちょっと魔王輪の魔力を強めに回してみて。できるだけ強く、もう目の前にアルブムが来たつもりで」

「……?」


魔力か。

確かに、アルブムを殺すには欠かせないことだ。

言われた通りに回す。

いつもより、これまでより、多く……

もっと行けるか?

アルブムを殺すためなら……もっと!


「けっこう引き出せてる。今までより手応えがあるよ」

「そう……」


魔力を多めに回しても、体に負担を感じにくくなってる。

ところがフリューは、不思議そうを通り越してむしろ浮かない顔。

何か不安要素があるのか?


「アルブムを殺すのには、まだ足りないかもしれないけど」

「殺す、つまり殺意か……それが原因だとしたら、あり得るわね」


あり得るって、何がだろう?

いつもならずけずけと物を言うフリューにしては珍しく、慎重に言葉を選んでいるのかな。

そんなに言いづらいこと?


「よく聞いて、リョウタ。アンタは、アルブムを殺すという決意と、そうしたい気持ち……つまり、殺意が高まってる。そして、その殺意に魔王輪の魔力が反応して、アンタの体を少しずつ、でも確実に、作り変えようとしてる」


体が魔王輪の魔力に耐えられるようになったのかと思ったら、そういうわけなのか?

それって、悪いこと?


「そのままだと、アンタは人間でいられなくなる。それだけなら別に、こっちで暮らせばやっていけるかもしれない。故郷の次元は、人間の暮らしは、捨てないといけなくなるけど」

「人間で……なくなる!?」


そういうカラクリか!

何の副作用もなく、魔王の魔力を使いこなせるわけはないとは薄々思ってたけど……


「でも、本当に恐ろしいのはその先よ。人間でいられなくなるだけでは済まないかもしれない。心まで殺意に支配されてしまえば、何もかも皆殺しにするだけの怪物になるかもしれない。当のアルブムを殺しても、なお止まらないほどの怪物に」


思えば、アルブムについて『殺す、殺す』言うことが少しずつ、何気ないことになっていたかもしれない。

アルブムを殺すつもりでいることに、カエルレウムたちの思惑とは別にそういう危険まで浮かび上がってくるとは。

これは……大丈夫だろうか……




◎坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

人や物などを憎むあまり、その対象に関わるすべてのものが憎くなることのたとえ。


とうとう日をまたぐレベルで遅刻してしまいました。

週一回分を落としてないだけ、まだなんとかという言い訳をしつつも『ギリギリででも踏みとどまる』って大事ですねとオチをつけてみます。

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