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155 打てば『響く』

ハインリヒとの模擬戦からイチャイチャイベント。

戦いに勝つことは大事ですが、何を求めて戦うのかも大事です。

思えばこの模擬戦も、僕にとっては二度目か。

僕の弱点……本当、何なんだろう。


「魔王サマぁ、しっかり!」

御屋形様(おやかたさま)のお手並み拝見でごさりまするな。ご油断めされませぬよう」


魔破(まっは)さんや候狼(さぶろう)さんが応援してくれる。

ハインリヒ男爵には……


「ハインツ、お前が成長したか、ちゃんと見極めてやるからな」

「姉上……ええ、とくとご覧あれ!」


……アウグスタがついてる。

そのおかげでハインリヒ男爵はすこぶる元気。

これはうかうかしてたら今回も負ける。


「はじめッ!」


イグニスさんの合図と同時に、まず一度打ち込み。

やっぱりかわされるけど、ここは一工夫して……

無闇に打ち込まずに相手の突きをよく見て、引くところよりもう少し前、伸びきったところを狙う。


「くっ……当たらん!」


ハインリヒ男爵の回避動作が『前回』よりも苦しそうな感じで、惜しいような気はするんだけど、やっぱり当たらないな……

何が足りない?

速度とか手数とかか?


「ちえぇい!」


蹴りで相手の防御を揺さぶってみると、強めの突きが来た。

これを受け流し……パリィで、崩す!

行けるか!?


「負けるなッ、ハインツ!」


アウグスタの声がした。

これがあると彼の速度が……やっぱり、一瞬上がったか!

するとこの次は、突きと思わせて剣投げと素手での攻撃。

その組み合わせに『前回』負けた分、そこを一点読み。

剣には構わず、下だ!


「な!? 読まれて……」


先読みで斜め上に振った斬りに自分から突っ込むような格好になって、ハインリヒ男爵は僕の攻撃を受けてダウンした。

痛そうだけど訓練用の木剣だ。

命に別状はないだろう。


「それまで!……了大が勝っちまったか」


勝負あり、僕の勝ちだ。

でも、勝ったというだけじゃ、何が弱点なのかはよくわからないな。


「仕方ねェ、手がかりをやるよ。おめェ、相手をしっかり見て立ち回ってたわりに、最後のハインリヒのフェイントはろくに見てなかった(・・・・・・・・・)だろ」

「え? ええ……」


見てなかったのに勝った。

正直に言えば周回(ループ)で得た経験があったからだ。

正々堂々勝てたとは言いづらい。


「目に見えるもんだけが全部じゃねェのさ。世の中、絶対に自分の視野に入らねェもんもあるからな。もっと考えてみな」

「……はい」


結局、はっきりとは教えてもらえなかった。

むしろどちらかと言うと『脳筋』っぽいイグニスさんから『考えろ』って言われたのは意外。

考えると言えば、アウグスタは?


「姉上……私は、その……」

「いいんだ、ハインツ。成長したな」

「……あ、ありがとうございます!」


負けてしょげてたハインリヒ男爵に声をかけてた。

僕からは……やめておくか。


「お疲れ様でした」


ベルリネッタさんがおしぼりを持ってきた。

顔や手を拭いて……


「使い終わりましたものは、こちらに」


……無言で返す。

前回とまったく同じ、何も変わらない対応。

やっぱり、もっと前に戻らないとどうしようもないのかもな。

それでもできるだけ手は打ってみるけど。




別の日。

冬休みになるまでは、愛魚ちゃんと学校に行く。

文化祭は、クラスの用事を押し付けられても生徒会長に女装させられても面倒だから仮病で適当に休んだけど、そういうのがない日頃の出来事は、大事にしていきたい。

放課後のひととき。


「了大くん、疲れてない?」

「どうだろうね……」


ここで『疲れてない』とはとても即答はできない。

周回生活は疲れることだらけだ。


「うーん、やっぱり疲れてる! 夜は眠れてる? ごはんはちゃんと食べてる?」

「それはまあ、それなりに?」


心療内科の予約と受診は続けてるから、まだサインバルタとベルソムラは切らしてないし、真魔王城に行かなくても家で出る食事だって慣れ親しんだ味でむしろ安心するし。

そのあたりはあんまり問題ないけど。


「真魔王城、行こうか」

「え? 今はまだ週末じゃないけど……」

「いいの。今の了大くんには、癒しが必要」


そう言うと愛魚ちゃんはスマホで僕の家族に連絡を入れて、夕食は愛魚ちゃん側で持つと言ってしまった。

となれば……行くか。


「到着っと。さーて、今日のお出迎えは?」

(れい)でございます。お帰りなさいませ、了大様」


やけにハイテンションな愛魚ちゃんに連れられて移動すると、出迎えは黎さんだった。

そそっかしいところもあるけど基本的には有能な子だから、こうして出てくることもある。


「いきなり来て大丈夫だった?」

「何をおっしゃいますやら。ここは了大様の居城、いつお越しいただいても、二度と向こうへ戻られなくても、了大様の御心のままでございます」


うーん、改めて言われるとつくづく王様待遇。

愛魚ちゃんと恋人同士なだけでも、ぼっちとはまるで違う世界になるのに、こっちは名実共に『異世界』だもんな。


「さ、了大くん。何かしてほしいことがあったら、遠慮なく言ってね!」

「えー……?」


ラウンジに移動して適当な席についたところで、そんな話を振られた。

急に言われても、すぐには思いつかないなあ。


「それじゃ……おやつと、肩揉み……とか?」

「やぁん、遠慮なくって言ったのに遠慮がちな了大くん、カワイイ♪ おやつと肩揉みね!」


試しにそのくらい言ってみると、あっさり快諾。

ハイテンションを維持した愛魚ちゃんが、手近にいたメイドを捕まえる。

首里(しゅり)さんか。


「ん、了大様? ちょうどいいところに。今日はクレープ生地焼きの練習で枚数をたくさん焼いていましたから、重ねてミルクレープケーキにしたところです」

「ナイスよ、首里さん! じゃ、それを……私のも、いいです?」

「ええ。お持ちしますね」


ミルクレープケーキがあるらしい。

おやつは決定か。


「肩揉みは……私が♪ それっ♪」

「おぅん!?」


肩揉みの方は愛魚ちゃんが直々にやってくれてる。

マッサージって、けっこう重労働なんだよね。

疲れるだろうからメイドを呼べばいいのに。


「何言ってるの? 了大くんとイチャイチャスキンシップできるこんな役得、むざむざ他の子に渡すわけないでしょう?」

「あっ、はい……」


あまりにハイテンションだから、もしかして不思議な草か何かでも摂取したのか不安になったけど、急に冷静になられるとそれもそれで驚く。

でも、強引なところもヤキモチ妬きなところも、僕を想ってくれるからこそだもんな。

やっぱり愛魚ちゃんは、いいな……


「お待たせしました。ミルクレープケーキです」


そうしている間に、首里さんがケーキを二つ持って来てくれた。

綺麗にできてて美味しそう。


「ありがとうね、首里さん。いただきます」

「お安い御用です♪」


そしてメイドたちも皆、甲斐甲斐しく世話してくれる。

ありがたいことだ。


「でね、了大くん……この流れで私もメイドさんたちも皆、了大くんが好きっていうのは伝わったと思うの。そこで」


ケーキにはすぐに手をつけずに、愛魚ちゃんが話し始めた。

これは聞かずにいられないな。


「了大くんからも伝えてほしいの。私のことを好きだって、私一人だけじゃなくて私たち、他の子のことも含めた皆のことを、大事に想ってるって」

「……なるほど」


こないだからフリューばっかり贔屓してたようなものだったからな。

そういう、皆との心の触れ合いも必要だね。


「それじゃ、愛魚ちゃん。せっかくだから」


ケーキにフォークを入れて、一口大を切り取って、刺す。

それを愛魚ちゃんに向ける。


「ケーキ、食べさせっこしよう」

「……すっごいイチャイチャイベント来たぁ!?」


驚いてるな。

そう言えば最初のいつだったか、武闘大会の昼食の時はケータリングで持ってきてもらった昼食を、僕からも食べさせてたっけ……

周回の繰り返しすぎで、体感だともう二十年くらい前に感じるはずなのに、ありありと思い出してきた。


「た、食べる! 食べさせて!? あーん♪」

「はい」

「んっ……んー♪ 美味しいー♪」


恋人同士のイチャイチャ。

なるほど、これは心が癒される。


「あら。アタシも一口、いいかしら?」


そこにフリューも来た。

そう言われるとフリューには、こういうのはしたことがないからな。

喜んで差し出す。


「うん、いいわね……二人ともそのまま続けて、周囲に存分に見せつけててね」

「……?」


ちょっとだけ『邪魔するな!』みたいな表情になってた愛魚ちゃんだったけど、フリューがケーキ一口ですぐ立ち去ったから、また元の感じに戻って、続き。

今度は愛魚ちゃんから僕に食べさせてもらう。


「何、あれ……言われなくても続けるのに、ねー♪」

「そうだね?」


まさかあのフリューが『ケーキを食べたかっただけ』なんてことはないだろうけど、確かに、わざわざ言われなくても続けるよな。

僕も食べる……食べさせてもらうか。


「あー、んっ、美味しい」

「了大くんって結構、甘党だよね。そこもカワイイ♪」


そうカワイイカワイイ連呼されるのもどうなんだろう。

……いや、今日はいいや。

愛されてなかったら(・・・・・・・・・)言われないもん。


「楽しそうですね」


そこに……ベルリネッタさんが来た。

何の感情も読み取れないような冷たい表情だ。

だとしても一度は打って出るけど。


「ベルリネッタさんも、食べます? 食べさせっこしましょうよ」

「…………」


切り分けた一口大のケーキを、ベルリネッタさんに向ける。

彼女は動かない。


「甘い物が嫌いとは聞いたことがありませんけど」

「ええ、特には」

「もしくは、特にお腹はすいてませんでしたか」

「ええ、特には」


動かない。

この人の心が、動かない……


「なら、無理にとは言いません」


切り分けたものを、自分で食べる。

同じケーキから切り分けた同じ味のはずなのに、愛魚ちゃんに食べさせてもらった時より味気なく感じる。

でも、それは表情には出さないで、余裕のあるところを見せておく。


「ごゆるりと」


それだけ言い残して、ベルリネッタさんは立ち去った。

何がしたかったのやら。


「いいじゃない。続き、しよう?」

「だね」


動かないベルリネッタさんとは違って《打てば響く》愛魚ちゃんを相手に、食べさせっこをしてケーキを食べ終わった。

ごちそうさまでした。




所詮は幼稚な子供。

侍らせた女と浮かれていれば満足する程度の器か。

そのように受け取ったベルリネッタの心は、了大を相手には動かなかった。

しかし、引っかかるものはある。


「あらあら。いつもなら魔王からでも言い寄られるアンタが、ずいぶんあっさりとあしらわれたわね」


廊下を歩いて四つ角に。

そこに右から現れたのはフリューだ。


「アイツは……リョウタは《打てば響く》奴よ。こっちがちゃんと愛情を持って接すれば、向こうだってちゃんと愛してくれる。愛情に飢えてるところがあるけど、だからこそ相手の態度が本物かどうかに敏感ってこと」

「それが、何か?」


明らかに逆撫でしてくるフリューを睨むベルリネッタ。

眼鏡さえ外せば常人なら簡単に殺せる視線でも、それでうろたえるフリューではない。


「心が伴わない今のアンタになんて、リョウタは振り向かないのよ。何をしようと、たとえ股を開こうとも、ね」

「自分は愛されているからと、勝ち誇りたいわけですね」

「ええ、そうよ?」


なおも煽る。

フリューは、自信に満ちた表情を決して失わない。


「愛されない女は可哀想ね。アンタはいつもそう。その場しのぎで性欲や食欲は一時的に満たせても、相手の心を満たすことはできない」


ベルリネッタの表情が次第に歪む。

シンプルに、不快だからだ。


「何をするにも心が伴わないから、愛されてないと気づかれればそんなもんなのよ。誰も愛さないアンタは、同じように誰からも愛されない」

「……やめなさい……」


か細い拒絶の声をわざと無視する。

聞こえなかったふりで流して、フリューは止まらない。


「さっきのケーキを食べてたリョウタがどれだけ楽しそうにしてたか、その目で見たでしょう? あの子……マナナが、心からリョウタを愛してて、愛情を与えていたからこそよ。アンタには真似もできない芸当を、アンタには到達もできない領域で、あの子はやってのけてる。しかも、それを何の苦もなく」

「黙りなさいッ……」


拒絶の声はより大きく、殺意すら匂わす魔力もまた大きく。

ベルリネッタの表情は憎悪が支配していた。


「だから愛される。アンタと違って、ね」

「やめなさいと言っているでしょう!?」


とうとう我慢の限界。

フリューの襟首にベルリネッタの両手が伸びた。


「腹が立つんでしょう? 悔しいんでしょう? なら、認めなさいな。本当は自分も、心から愛されたいってこと。魔力とか地位とかの打算なんて関係ないくらい、寂しいんだってことを」

「ぐっ、く……」


掴みかかったベルリネッタだったが、そこから動くことはできなかった。

自分でも忘れたつもりだった感情のせいで。


「本当は愛されたいくせに……面倒な女ね」


しかし、そういうところが男の心を引くこともあるのだろうと、フリューの結論は帰結した。

本当は愛されて満たされたいと願う、ベルリネッタの本心。

それもまた、違う形の『嘆き』のひとつだからこそ。




◎打てば響く

働きかけるとすぐに反応すること。

刺激を与えた分だけ、それに応じて成果を挙げる様子を表すという使い方もある。

弦楽器や吹奏楽器では綺麗な音を出す為に長く練習をしなければならないが、打楽器は素人でも叩けばすぐ美しい音が返ってくることから、と言われる。


了大を癒そうと本心から尽くす愛魚を比較対象にして、ベルリネッタを煽って揺さぶるフリューの作戦で心情を掘ってみるテストでした。

悪魔ですから。

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