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16 覆水盆に『返らず』

クゥンタッチ視点の回想シーンから開始して、表裏ボス会談が終わります。

もうずっと昔の、魔王の真似などしていなかった時のこと。

寒い森の中で奇妙な男に会った。

赤子を連れていたが、髪の色も瞳の色も似ていなかった。

それに、大事にしている風でもなかった。


「この子は?」


家族でもなんでもないということは、人さらいだろうか。

育てて食べるのか、売って金にするのか、育てて『喰い物』にするのか。

ボクの感覚で言えばすぐだろうけど、人間の感覚では時間だけでなく手間もかかるはずだ。


「この森の中で捨てられていた。後先も考えずにその場の享楽で孕んで、育ててやれんくせに産んで、このざまだ」


口減らし、と人間が言う醜態だ。

でもボクには好都合だった。

格好の『食糧』を、わざわざ捨てて行ってくれるのだから。


「だが、キミは見たところ……この子を育てる気も、その余裕もないようだネ?」


人さらいというよりは単なる旅人という風体。

まだ若く、連れもおらず、赤子の面倒など見られそうもない。


「ないね。秘儀を身につけたら、惚れた女の所に戻るんだ。こんなお荷物は背負(しょ)ってられん」


ならばなぜ、わざわざ助けた。

後先も考えずにその場の気まぐれで拾って、育てられないくせに助けて、この不始末だ。

結局は自分自身の不覚悟から目をそらしたいだけではないのか。

それこそ、口減らしと変わらない醜態だ。

……まあいい。

人間などそうしたものだ。


「ならば、ボクに任せてくれないかな。少なくともここで、凍え死にさせたり獣の餌にさせたりはしないよ」


そうして受け取った赤子は、女の子だった。

この子を包むのに毛布と一緒に使われていた頭巾(カーチフ)には《ジョゼフィーヌ/Josephine》という刺繍があった。


「よし……キミの名はジョゼフィーヌ。ジョゼフィーヌだ」


純潔の少女の血は美味なる滋養。

美味しくいただくまでに時間がかかるなら、暇潰しと行こうじゃないか。

どうせ時間は売るほどある。

これまでにもたっぷりと、捨てるように費やしてきた。

それを思えばほんのしばらく。

その時は確かに、そうとしか思っていなかったのに。


「クゥンタッチ様! 菜の花が綺麗!」


今いるここではない別の人里の中で、最初はたくさんの友を得て、皆に愛された。

その中にあって羨まれるほど、愛らしく育った。

ボクを信じ、強く慕うようになった。

そしてボクも、情が移った。

滋養として扱って死なせてしまうのが惜しくなり、手を尽くして可愛がった。

どこへも行かない、ボクの手の内という籠の中で。


「私、クゥンタッチ様とずっと一緒にいたい」


ずっと一緒にいられる。

《眷属》にしてしまえば、ずっと若いままで永遠を共にできる。

日の光は多少つらくはなるだろうけど、真正の吸血鬼たるボクの直下の眷属であれば、死ぬほどのことではない。

そして、二人で決めたジョゼフィーヌの十三回目の誕生日。

ボクと彼女が出会った時のような、あの寒い日。


「これで……キミはボクと、ずっと一緒だよ」


ジョゼフィーヌの白く細いその肩を抱き、首筋に永遠の証をつけて。

ボクは彼女を眷属にした。

だがボクは愚かだった。

失うことが怖いあまりに、まだ雛鳥だったジョゼフィーヌから翼も空も奪っただけだったのだ。


「なんで? どうして?」


そして時間という狩人が、ボクと彼女を置き去りにしながら、それ以外のあらゆる者を狩りつくしてゆく。

永遠に雛鳥の姿のままのジョゼフィーヌを、人は恐れるようになった。

同じ時を生きた幼い友であった人々が、年月を経て親となり、老いて死に、またその子が親となり。

人々はジョゼフィーヌを避けるようになった。


「私は大人になりたいのに! どうして大人になれないの!? どうしてみんなは大人になって年寄りになって死んでしまうの!?」


その言葉はもはや、ジョゼフィーヌに対する感情が恐怖から嫌悪に変わった人々にとっては、最後の鍵でしかなかった。

嫌悪からさらに憎悪に、感情を爆発させた人々が口々に彼女を罵った。


「黙れ、化け物め!」

「子供の姿で油断させようったって、そうはいくか!」

「この町は人間の町だ! 化け物の町じゃない!」


そして、ずっと大人になれないままのジョゼフィーヌの幼い心を傷つけるには、それだけで充分だった。

残酷な現実と残酷な言葉が、彼女を苛んだ。


「私はずっと、あなたたちを子供の頃から見てきたわ! あなたたちのお父さんやお母さんのことも、子供の頃からよ! あなたたちは本当は優しいはず……」


無理だった。

人間の優しさなどしょせんは、自分たちだけのためのものだ。

既にボクの眷属となった彼女は、もう人間たちから見た『自分たち』の内には入らなかった。


「化け物を殺せ! 逃がすな!」

「ただじゃ死なん! 教会から銀を!」

「家の食器でもいい! 銀を使え!」


二人で人里を飛び出しては山の中に逃げ込み、なお追ってきた山狩りから隠れ、そうしているうちにボクは彼女とはぐれてしまい。


「クゥ……ン、タッ、チ……さ、ま……」


離れたのはほんの数刻。

しかし、やっと見つけたジョゼフィーヌは体中にありとあらゆる銀の何かを打ち込まれ、人間たちに吊るし上げられ。


「も……いや……たすけ……て……」


そしてボクの目の前で、灰になって散った。

愛らしかった姿も、ボクを愛してきた心も、ボクに縋って最期に流した涙も、すべてが灰になった。

《覆水盆に返らず》……すべてがボクのせいで、すべてがすでに手遅れだった。

後先も考えずにその場の衝動で眷属にして、わかりあえないくせに人里で暮らして、この結末だ。

人間のことに大口を叩く資格などないボクの醜態、ボクの不始末だったんだ。

そしてそれこそが、永遠に消えない、許される資格もない、ボクの罪。




とんでもない話だった。

『老いなくなったのに破滅した』のではなく『老いなくなったからこそ破滅した』んだ。

僕の考えが甘かった。


「あとはもう、お決まりの通りさ。その場の……いや、その町の人間を皆殺しにして、気がついたら魔王呼ばわり、ってネ」


もう何も言えない。何を言えばいいんだ。

場を沈黙が包む。


「リョウタくん、キミにこの話を聞いてもらったのはネ……もうひとつ、理由がある」


そう言って沈黙を破るクゥンタッチさんの顔に、少しだけ微笑みが戻る。

でも、やっぱりとても寂しそうだ。


「不死の主であるベルリネッタと、水の主の娘であるマナナくんと、普通の人間であるキミと、キミが暮らしてきた世界」


考えてみると、姿は《形態収斂》で人間の姿でも、僕以外はみんな他の『何か』なんだ。

みんなの感覚で言えば、すぐに『終わり』が来る。


「キミは選ばなくてはならないからだよ。魔王などやめて、元の世界で普通の人間として一生をつつましく生きて終えるか、それとも……人間であることをやめて、魔王として生きていくのにふさわしいよう、心も体も変わるか」


答えを出さずに、いつまでも暮らしていくことはできない。

それを避けたまま魔王ごっこをしていても、話の中のジョゼフィーヌのように破滅するだけだ。

だからクゥンタッチさんは僕に、破滅の話をしたんだ。


「キミはどうする? キミはどうするか……キミは」


でも、僕の答えは決まっている。

愛魚ちゃんもベルリネッタさんもクゥンタッチさんもいるこの場で、はっきりと言葉にしよう。

固めた決意を言葉にして、自分を後に退けなくするんだ。


「ボクは、魔王になります。人間をやめて」


今まで生きてきた次元には、こちらにはない便利さや面白さだってある。

でも、ほとんどは嫌な思い出ばかりだ。

向こうにいる人間と仲良くできなくたって、どうせ元々仲良くはない。


「本当にいいのかい? 今までのことに未練はないかい?」


それならこの次元で、人間などやめてしまっていい。

一人だけではつらさばかりでも、愛魚ちゃんやベルリネッタさん、それにみんながいてくれれば、きっと大丈夫だ。

クゥンタッチさんの目を見て、しっかりとうなずく。


「いい()だ……もう、心は決まったようだネ。ならば」


ゆっくりと立ち上がったクゥンタッチさんが少し歩いて、僕の隣に立った。

座ったままの僕の肩に、そっと手を置いたかと思うと。


「!!……がっ、は……ぁう……?」


一瞬。

自分では何が起きたのかわからなかった。

耳で聞き取れる、何かをすする音で察する。

クゥンタッチさんが僕の首筋に噛みついていた。


「りょうた様!」

「了大くん!?」


力を抜き取られるような、その代わり何かが入ってくるような、それでいて淫らな気持ちよさのような。

不思議な感覚を混ぜ込んだように心が乱れて、僕の頭がぼんやりし始めたところで、クゥンタッチさんは僕から離れた。


「クゥンタッチ……貴方、りょうた様になんてことを!」


ベルリネッタさんの声が聞こえる。

僕は……


「キミたちのためだよ。ボクの眷属になってしまえば、老いて死んでキミたちを置き去りにすることもない」


……そ、んな……

僕も、吸血鬼に、なる……?

へその下あたりで何かがせめぎ合う感覚。

最近感じていたじくじくする鈍痛が、しばらくぶりにまた来た感じだ。

そうしているうちに少しずつ頭のぼんやりがなくなってきて、じくじくも少しずつ消えた。


「あ、でも……気配が変わってないみたい。抵抗したのかな?」


愛魚ちゃんはそう言う。

見た目の姿以外でわかるのかな。


「む、確かに。《眷属化》に失敗するとは……魔王には無効なのか」

「魔王輪が支配を拒んだのでしょう。そもそも、りょうた様は人間をやめるとはおっしゃいましたが、吸血鬼になるとはおっしゃってません」


どうやら人間をやめるのはまだ後らしい。

まだ体の一部に違和感があるけど、大丈夫そうだ。

ベルリネッタさんの言うとおり『やめ方』まではまだ決めてないから、正直助かった。


「急ぐことはございません。りょうた様はまだまだお若いのですから、方法も何もゆっくりお考えになって……」


そうだね。

急がなきゃベルリネッタさんがいなくなっちゃうとか愛魚ちゃんが消えちゃうとかじゃないんだ。

ゆっくり方法を考えて……


「でもボクは、リョウタくんが今の愛らしさを失わないうちに、サクッと人間をやめてほしいかな」

「……急いで方法を考えましょう、帰ったらすぐ」


……僕はクゥンタッチさんの雛鳥じゃない。

というかちょっと待ってベルリネッタさん。

なんでそこで態度が変わったの?


「とはいえ、ボクでさえ無理となるとどうしたものか……《聖白輝龍(セイントドラゴン)》なら、なんとかできるかな?」


セイント? ドラゴン?

そんなのどこにいるんだろう。


「真魔王城に、どうしようもないグータラの引きこもりがいるはずだ。それに聞いてみたまえ」


クゥンタッチさんが言うには真魔王城にいるらしい。

ということでここではこの話題は終わり、今日はこっちの魔王城に一泊してから帰ることになった。




夕食をご馳走になり、客間を用意してもらったはいいものの、困ったことがある。

まだ体の違和感が消えない。


「違和感が……というか、股間が……」


クゥンタッチさんに噛まれてからというもの……男子のアレがずっと元気だ。

別なことを考えてみてもじっとしてみても、一向に治まらない。


「了大くん、いい?」


い、今!?

部屋のドアがノックされて、愛魚ちゃんの声がした。

ちょっと今はあんまりよくない気がするけど、追い返すのもどうか。

仕方なく、いいよと返事をすると、ベルリネッタさんも一緒に入ってきた。


「やはり……りょうた様、滾ったままではおつらいのではありませんか?」


服を緩めて僕の股間の様子を見たベルリネッタさんは、予想通りといった顔。

ベルリネッタさんは僕がこうなっていることを見越していたようだった。

隠していても無駄らしい。


「まななさん、ここはまななさんが助けてさしあげるというのはいかがでしょう」

「え、私……また痛いかと思うと、ちょっと怖くて」


二人が揃って、さらけ出した僕のアレを見ながら、どうするか話し合っている。

正直、すごく恥ずかしい状況だ。


「大丈夫ですよ。りょうた様は、ここで包んでさしあげると……とてもお悦びになります♪」


ベルリネッタさんが指し示した『ここ』というのは、おっぱいの谷間だった。

うん……確かに。

それについては前歴もあるので、否定のしようもない。


「それならできそう……じゃ、じゃあ私、がんばってみるね……?」


って、愛魚ちゃんがするの!?

なんにも知りませんって感じの純情お嬢様の愛魚ちゃんが、まさか、パ…………


「了大くんが楽になるなら……遠慮せずに、出しちゃってね♪」


愛魚ちゃんはそう言うと自分の服をはだけさせて、おっぱいを露わにしてきた。

そのまま僕の違和感とかアレとかが愛魚ちゃんに包まれて、全部埋まって……


* 愛魚がレベルアップしました *


結局、それでどうにか治まったはいいものの……一度では治まらず、愛魚ちゃんのおっぱいをたっぷりと汚してしまった。

浴場を借りに二人が部屋を出た後も、僕は余韻でろくに動けず、そのまま眠った。




◎覆水盆に返らず

器からこぼれてしまった水をもとに戻すことはできないことから、いったん離縁してしまった夫婦はふたたび縁を結ぶことはできないこと、また、いったんなされたことはもはや元通りにはできないこと。


愛魚のおっぱいご奉仕イベントはR15の限界により中略仕様となります。

次回からは聖白輝龍(セイントドラゴン)編です。

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