154 にっちもさっちも『行かない』
大晦日ですがお休みしないで投稿、更新です。
当初、シリーズ開始時は使い捨て予定だったフリューがどんどんいい感じのヒロイン的見せ場を得ていって、スーパーダイナミックツンデレタイムになってます。
戴冠式のあれこれを済ませて、僕とファーシェガッハの御三家とヴァイス、という五人で集まる。
場所はアウグスタの実家。
周回に関わることなので、内々での話し合いだ。
「なんでここまでしか戻してないのよ。もっと前に、それこそいつもの初夏くらいにまで全部戻さないと、手遅れなことだらけでしょ? 特にあのベルリネッタは」
「そうだけど……」
こんなことは初めてだ。
今まで、正確に周回の条件を把握してなかった時も、やさぐれて女遊びに明け暮れてた時も、戻る時はいつも五月の保健室だったのに。
「本当にアンタが『ベルリネッタのことはもういい』って言うならいいのよ? あの光の技でベルリネッタを吹き飛ばして、アタシとアンタとでアルブムを殺す。でもアタシは『とっちめてやんなさい』とは言ったけど、そういう意味で言ったんじゃないわ」
「……あれ?」
ちょっと待てよ?
僕は時間を戻したんだよな?
「フリュー……さっきの僕のこと、覚えてるの?」
「そうよ?」
フリューから周回の記憶が消えてない。
どういうことだ?
「お忘れですか、リョウタ様。例の時間を戻す呪文はその全文を、文字の配列から筆跡に至るまで全て、私の手帳に正確に書き写してあります。そして、原本である金属板そのものは発動の条件に含まれず、原本でない複写であるこの手帳でもリョウタ様の周回に付随して内容を持ち越せるということは」
「まさか、その呪文を!?」
「ええ、フリューと私は身体に書き込んでみていました。結果は成功のようで、ご推察の通りです」
驚いた。
まさか自分の身体に書き込むことで、周回に付いて来てくれるなんて。
でも、それは大きなプラスだ。
「シュヴァルベに書き込んでいた途中で時間が戻りましたので、シュヴァルベと、後回しと考えていたヴァイスには、これからですけどね」
「話の筋からすると『戻ってしまった』ようだから『今の私』は思い出せないが……フフッ、成功のようだね」
シュヴァルベさんはさっきの……僕から見て、さっきの……戦いにいなかったから、戴冠式までしか戻らなかったなら少し記憶が飛んでる程度で大きな差はないな。
でも、書き込むのはヴァイスが最後というのは。
「ヴァイスは《淫魔》ですからね。こと記憶や記録の再現に関しては特に秀でている特性を考えて、できれば自身で書き込めないか試してもらっていました」
「ごめんなさい、覚えてなくて……ということで、あたしはうまくいってないみたいです」
うん、まあ、それはいいや。
少なくとも『誰もが皆忘れちゃう』というよりは、ずっと好転した。
「あとはこれが誰でも可能なものかどうか、トニトルスに協力を頼んで、彼女にも書き込んでみました。成功して彼女も記憶を持ち越してくれるならいいのですが」
「トニトルスさんか……」
あの人も、味方に引き込むまでは結構面倒な手順が要る。
その書き込みで周回できるといいけど。
とりあえず、真魔王城に戻ってみよう。
戴冠式までしか戻せてないということは、P-38を使ったことやそれの片付けが必要なことについても変わらない。
なので『また僕だけで戻ってみて、反応の差がないか確かめてみる方がいい』とアウグスタから言われて、一人で戻る。
「お帰りなさいませ」
ベルリネッタさんは見たところ、変わった様子はない。
涼しい顔でよくもぬけぬけと……と考えてしまいそうになるけど『今』はやめておくか。
「貴様! 姉上はどうした!」
ハインリヒ男爵も変わらないな。
そしてまたイグニスさんから提案されて、実戦形式の組手の話になる。
「僕が負けたら、どこに致命的な弱点があるのか、ちゃんと教えてくださいね。自分で気づけとか察しろとか、そういうのはもういいので」
「何だァ、おい……それは『前の己』が、そう言ったのか?」
「ええ、次の時間になるようなら教えてやるって」
イグニスさんは考え込む仕草で少し固まる。
目を閉じて、ため息をひとつついて、目を開くと。
「確かに己も今回、そう言おうとしてた。ッてことはそういうことなんだろう。わかった。だが、組手は全力でやれよ。勝てるようなら己が言わなくても気づきに近づくし、やっぱり自分で気づいた方がいいッてのは変わらねェしな」
「……わかりました」
素直に教えてはもらえないけど、条件はつけてもらえた。
ハインリヒ男爵だって強敵だ。
もちろん手抜きなんてできるわけがない。
「トニトルスさんは……」
「我が、何か?」
それだけじゃない。
トニトルスさんに呪文の書き込みが成功しているか、確かめないと。
「例のあれを、身体に……? いや、覚えがありませぬな? ちと失礼して《敗者の記憶》」
トニトルスさんに呪文で、また記憶を見てもらう。
今回は特に、言祝座に連れ去られたところやそこから時間が戴冠式までしか戻らなかったところ、その後の話し合いを重点的に。
「ふうむ……我には失敗してもアウグスタ自身は成功させておるとなると、魔王輪の有無は条件でなく……そしておそらく作者があやつであるなら……」
トニトルスさんは周回させるための呪文の作者に心当たりがあるらしいからな。
アウグスタは気がつかないところに気がつくかも。
「おそらくですが、闇の魔力の強い者でなければ身体への書き込みは成功せぬものかと」
闇の魔力の配分が条件か。
なるほど、僕は魔王でフリューやアウグスタは悪魔だから闇の魔力マシマシだけど、トニトルスさんは天と地の魔力の《銀閃雷龍》だから、闇の魔力はないもんな。
それでか。
「あやつも闇の魔力に満ちておりましたからな……とはいえ、確証まではない話。必ずやそれが条件とも、作者があやつであるとも、断言はできませぬぞ」
トニトルスさんの言う『あやつ』って誰だろう。
僕が会うことがあるんだろうか。
そもそも、まだ生きてるんだろうか。
そのあたりはプライバシーとか、アルブムを倒すのにはあまり関係がないとか、憶測で変なことは言えないとか、そういう事情があるんだろう。
今はいいや。
その後はまた扶桑さんとも話したり、祝勝会でご馳走を食べたり。
僕の体感だと『ミリオーネンを倒した後』というよりも『ベルリネッタさんに裏切られた後』という印象だから、全然祝勝会って気分じゃないけど、せっかく作ってもらえたご馳走に罪はない。
また魔破さんを褒めておこう。
「魔破さんはずっと僕のメイドでいてね」
「えぇ、ずっとメイドですかぁ?」
バカな、嫌なのか?
クビになんかしないで末長く重用したいって話なのに。
「リョウタさま……我々は皆、こうして仕えているうちに見初められて……ゆくゆくはメイドからお手つきに、そして側室へ……というのを期待してます……」
猟狐さんから補足説明が入った。
選りすぐりの美少女メイドたちが競い合うように腕を振るう中から、側室に取り立てられて成り上がるサクセスストーリーか。
そういうのもアリなんだろうな。
「メイドからそれ以上に……か」
周囲を見渡す。
やっぱり、あの人の姿は見えない。
「魔破さんも猟狐さんもよく聞いて、他の皆にも伝えてね。僕は強引な子でも嫉妬深い子でも、少しくらいおっちょこちょいな子でも嫌いにはならないけど、裏切り者は大嫌いだからね」
「んん……? 当然ですよねぇ?」
「それがリョウタさまのお言葉なら……メイド全員の鉄則」
アルブムの支配に抵抗できないのは仕方ない。
でも、自分の意思でアルブムの側について、僕を裏切るようでは……ね。
夜になった。
たしか、フリューの話だと祝勝会の夜はベルリネッタさんが夜這いに来るって言ってたな。
「どうする? またアタシが追い払う?」
「いや、迷ってる。むしろフリューに追い払われたからこそ、アルブムにつくことを考えた、とか……ないかな……」
「絶対ないとは言い切れないけど」
何度も手酷く裏切られてるのに。
この時間のこの段階ではもう、僕を裏切ってもいいくらい軽く見られてるのに。
勇者の剣の聖奥義まで引っ張り出して、消し飛ばしたいくらい憎かったはずなのに。
それでもまだ、あの人を信じたいと思う自分がいる。
自分の気持ちなのに、わけがわからない。
「そこで、フリューにお願いがある」
あの人を信じられなくなったら、終わり。
だからこそ、時間を少ししか戻せなかったんだ。
本当に諦めたら、あの心は二度と取り返せなくなる……!
「何よ、改まって」
「ベルリネッタさんにだって、心はある。だから、ベルリネッタさんの心の嘆きに寄り添ってみてほしいんだ」
「はあ!?」
自分でもバカなことを言ってる自覚はある。
でも、何が違う気がしたんだ。
「これまで僕は、裏切られたとか騙されてたとか『被害者』意識が強くなってた。でも、心を傷つけられたら嫌なのは誰だって同じだ。ベルリネッタさんだって」
「アンタねえ……」
そんな気がしたのは、聖奥義で消し飛ばしてしまった時の、あの人の最期の言葉。
消える瞬間に『だって、わたくしは』と。
あんな言葉が出るということは、あのベルリネッタさんにだって何か、聞いてほしい話があったのかもしれない。
むしろこれまで僕はどれだけ、ベルリネッタさんの話を聞いてきた。
ただ甘やかされるままで状況に流されたり、ただ追い求めるだけで理想を押しつけたり、そうして大事な話をしてこなかったんじゃないのか……
「……いいわ、乗ったげるわよ。アンタがそんな思い詰めた顔でずっといるのは、アタシもつまんないから」
「ありがとう、フリュー」
僕のことを好きと言ってくれたフリューに、なんて失礼な話だとも思う。
でも、決着をつけたいから。
「ただし、条件をひとつ。今度でダメなら、次こそはできるだけ前に、少なくともちゃんと例の初夏に、全部戻すこと! いいわね? 諦めんじゃないわよ!」
「わかったよ」
ベルリネッタさんの心。
いったい何を求めていて、何が足りていないのか。
それを確かめたい。
「ところで、ね……アタシも、確かめたいことがあるのよ、アンタに」
「何かな?」
僕にとても良くしてくれるフリューの言うことだ。
絶対に聞かなくちゃ。
「アタシの戴冠式までしか時間を戻せなかったこと。アタシがミリオーネンに勝ったのを戻さなかったこと。それって、あの瞬間は……いつもはともかく、あの瞬間だけは……ベルリネッタより、アタシを想って、選んでくれたって……そう考えて、いい?」
そうか、そういうことか。
時間を戻すことに本当に必要なのが僕の心なら、あの時は僕の心が確実にベルリネッタさんよりもフリューに傾いていたから。
だからあそこまでだったんだって……
「そうさ。今だって、僕は」
「嘘」
……そのフリューに、嘘をつきそうになったのか。
僕は言いかけた言葉を止めるように、フリューの胸の中に抱きしめられる。
「こうしててもアンタの嘆きが伝わるわ。でも、今までのとは少し違う。ベルリネッタに振り向いてもらえない嘆きじゃなくて……ベルリネッタを追うためにアタシにひどいこと言ってるって、そういうのを自覚してる嘆きが」
フリューの言う通りだ。
僕はなんてひどい奴だろう。
「アタシ、この時間になるまで知らなかったのよ。アタシってこんなに『尽くすタイプ』だったなんて」
もちろん僕だって知らなかった。
きっと、夢でフリューを再現してたヴァイスも知らなかっただろう。
「リョウタ……明日からはまた、アイツのことを想っててもいい。アルブムに勝つまで、結論は全部先送りでもいい。けど、今夜は……今夜だけは他の全部の女を忘れて、アタシだけを見て、アタシだけを想ってほしい」
「……来て」
そこまで言われて粗末に扱うなんて、絶対しちゃいけない。
フリューを寝室に誘って、丁寧に、丁寧に……
丁寧に愛する。
* フリューがレベルアップしました *
「リョウタ……好きよ、大好き……♪」
* フリューがレベルアップしました *
一度で終わるわけがない。
昇り始めた次の朝陽に見とがめられるまで、二人だけで何度も、何度も愛し合った。
寝るのが遅くなったせいで昼寝になって、朝食並みの軽いメニューで昼食。
昼食にしてもけっこう遅い時間だ。
「昨夜は随分と、ご熱心でいらしたようで」
ベルリネッタさんの表情が、事務的というよりやや険しい。
結果として追い払った形になったせいか、よほど僕にうんざりしてるか……
いまひとつ読み切れない。
「今日は……ハインリヒ男爵と模擬戦の約束だ」
それに、もうひとつの課題。
僕の立ち回り、戦い方にある致命的な弱点。
それを自覚して直さないと。
「リョウタ様、相手がハインツでも、私は」
アウグスタが心配そうにしてくれる。
前回、自分が応援したからハインリヒ男爵が勝ったと思ってるのかな。
それは関係ないように感じる。
「いや、アウグスタは彼を応援してあげて。でないと……誰からも応援されないのは、一番応援してほしい人が応援してくれないのは、とても寂しいから」
「ッ!……そうですね。申し訳ありません」
「いいんだ」
欠点を克服して、気持ちに決着をつけて、アルブムを倒す。
でないと僕は未来にも過去にも行けない。
誇張抜きで《にっちもさっちも行かない》状況なんだから。
◎にっちもさっちも行かない
どう計算しても、どう工夫しても、どうにもできないこと。
元々『にっち』は二割る二の『二進』、『さっち』は三割る三の『三進』で割り切れることを表し、二でも三でも割り切れないことを『二進も三進も行かない』と言うようになり、そこから計算が合わないことや、商売がうまくいかないことと意味が転じていった。
前回と今回とで了大の気持ちがややブレている感じは筆者としても自覚していますが、忘れられない初めての女性と、心情を理解して尽くしてくれる女性との間で揺れ動く状態としてギリギリのところかなと、現状ではギリギリセーフと思っています。