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153 『月』とスッポン

焼け落ちる城でバトル。

ですが、ボスのはずのアルブムが『空気』になるほど重要なイベントが起きる回になりました。

可燃物の集合体とさえ言える和風建築の《獣王城(じゅうおうじょう)》が燃える。

炎がどんどん燃え広がる中、僕と凰蘭さんとフリューが、アルブムとベルリネッタさんに対して構える。

ベルリネッタさんは操られている様子もなく、悠々と《奪魂黒剣(ブラックブレード)》を抜いた。


「凰蘭さん、他の面々は」

「操られれば足手まといじゃ。付いて来られなさそうな者は置いてきたわえ……まあ、ほぼ全員じゃが、のう」


やっぱり、この周回(ループ)でもアルブムの《服従の凝視(オーバーオウゲイズ)》に抵抗するのは至難の業。

敵に回られるくらいなら、来ない方がいいか。


「フリュー、アウグスタもダメそうだったの?」

「んなわけないわよ。でも、アイツにはアイツで、大事な用事があるから。シュヴァルベとヴァイスも」


フリューの瞳を見据えて、視線を合わせる。

いつも通りのフリューらしい、自信に満ちた視線を返してきた。

不安があったり、嘘をついていたりするような様子はない。

むしろ、嘘をついていたのは……


「アルブム様に楯突くなんて、本当に……」


こっちだ。

ベルリネッタさん……いや、ベルリネッタ。


「もう『馬鹿な子』なんて台詞は、ほとほとうんざりなんだよ。日頃はおべっかでも体でも何でも使って機嫌を取っておいて、利用価値がなくなれば、馬鹿な子供なんてあっさり切り捨てればいい……って思ってたんだろう?」

「説明の必要がない程度には賢いようで、手間が省けて助かります」


同じだ。

あの、忘れもしない二周目と。

つとめて従順なふりをしながら、腹の底では僕のことなんか何とも……いや、魔力の供給源としか思っていなかった、あの裏切り者と同じ目をしている。

今回が初めてのことじゃない。


「だからって……平気なわけじゃないんだよ! 子供だって、裏切られたら傷ついたり、腹が立ったり……悲しんだりするんだ! それを……」

御託(ごたく)はもうよろしいですか?」


言うに事欠いて、御託……御託だと。

ふざけ……やがって……!


「もはや言葉は無意味じゃの。主様(ぬしさま)、勇者の剣は(わらわ)がここまで移すことはできなんだが、正統の使い手が呼べば剣自らが次元をも越える! 呼び寄せるのじゃ!」

「はい!」


イメージを固めろ。

これまで扱っていた時には、置いても投げても呼べば手元まですぐに飛んで来て戻った。

それが次元も越えてくるというだけのこと。

たかがそれくらいのことなら!


「来いッ! 剣よ!」


声に出して呼んで、念じる!

すぐ目の前の足元に穴が開く。

覗き込んでも何も見えない真っ暗な穴の中から、勇者の剣が現れた。

柄が上向きで、下に刃先を向けて突き刺したのと同じような格好になる。

おあつらえ向きだ。

しっかりと柄を握って、引き抜く。

僕を正統の使い手と認めている状態で、重さを感じさせない。


「リョウタ、アルブムの方はアタシと凰蘭でやるから、アンタはクソメガネをとっちめてやんなさい」


言われなくてもそのつもりだった。

フリューにはお見通しだったか?


「せめて自分の手でそうしないと、気が済まないでしょ」

「……うん」


やっぱりそうだな。

本当に、フリューは僕の気持ちに寄り添ってくれる。

僕の気持ちを裏切ってくるあのベルリネッタとは《月とスッポン》だ。


「十文字に切り裂け、最速の西風! 《西風十字(ゼファークロス)》!」


頼もしい援軍を背後に、牽制の攻撃呪文を飛ばす。

この呪文はアウグスタから習うことは習ったけど、天の属性の割合が大きいから、そもそも僕にはあまり合わない。

それもそのはず。

本来はファーシェガッハに住む、天の属性を多く持つ悪魔たちのための呪文で、シュヴァルベさんあたりが特に好んで使う部類のものだから。

僕は魔王輪からの闇の魔力で補ってようやく『当てられれば威力は実用レベル』という程度。

だから、今回は当てられるとは思ってない。

アルブムとベルリネッタの間に撃ち込んで……


「当たりませんね」


……あえて避けさせて、両者の距離を開けさせる。

この呪文はそういう用途でいい。

僕の狙い通り(・・・・)になって、フリューと凰蘭さんがアルブムをこっちから引き離してくれる。

これで一対一だ。


「おおおッ!」


勇者の剣は、柄も含めれば僕の身長ほどもある大剣で、それを重さを感じない効果でナイフのように軽々と扱う。

大剣のリーチと威力に、ナイフの速さが合わさってるようなものだ。

手を緩めず、どんどん打ち込む。


「おやおや、何を習っていたのやら」

「くッ……」


当たらない。

振りの縦横の組み立てだって、速さだって、今までで一番……

これまでの蓄積を全部盛り込んであるはずだ。

なのに、有効なヒットが得られない。

防御や回避で全部いなされてる。

どうしてだ。


「イグニスさんがおっしゃった通り、確かに致命的な欠点が丸出しですね」


またその話か。

僕の立ち回りに致命的な欠点があると、だからハインリヒ男爵にも負けたと、自分で気づかなきゃ意味がないと……

どうして。

自分で気づけって、どうしてわざわざ遠回りさせるんだ。

知ってるなら話せよ。

どうして僕に『察し』を要求してばかりで、きちんと話してくれない……!


「真面目に付き合う必要はありません。剣術に限定した試合の場ではありませんから」

「お前……!?」


そこに口を挟んだのは、あろうことか勇者の剣だった。

そう言えばこいつは『生きて』るんだと言ってたな。

何が言いたい。


「こだわりを捨てれば、あのような痴れ者など三手詰みですよ。了大様、まずは魔力をしっかり載せて、やや斜め上へ!」

「そうか……信じるぞ!」


信じる。

うっかり口にしたけど、なんてはかない言葉だろう。

何しろ目の前のメイドを信じて、何度も何度も裏切られてきたのに。

今は剣を信じて振り抜く。

振り抜いた軌道が弧になって、闇の魔力を飛ばす。

アクションゲームによくありそうな見た目の遠距離技になった。


「今更、手品など!」


やっぱり当たらない。

焼け落ちそうになっていた天井を打ち砕き、後には大穴が開いて、夜空が見える。


「これで一手。次は、了大様。勇者輪の魔力を意識して、よく回すのです!」

「そうだった。よし!」


頭に血が上ってしまっていたからか、すっかり忘れてた。

寺林さんの勇者輪を奪い取ったからこそ、この剣に正統の使い手として認められてるんだ。

なら、勇者輪の……光の魔力をもっと使えばいい。

だいたい、あの女はいつも光の魔力を嫌がっていた。

ここで使わずにどうする、ってことだよな。


「くうっ……あれではまるで、本物の、勇者……!」

「愚かなり。今や了大様は魔王や勇者といった括りを越えた、唯一の存在。光の射すところに出られぬあぶれ者に、勝機なし!」


ベルリネッタがこっちに近づけなくなってる。

直視もしづらいみたいだな。


「二手目までよし……次で詰みですよ。三手目!」


勇者の剣が光る。

僕の手元の、肩の高さくらいのところで、空中に枠と、文字が浮かび上がった。

何だかこれは……ロールプレイングゲームの、メニュー画面みたいな……?


「了大様は不慣れなようですので、補助として文字を出しております」


枠の上には……『勇者スキル』と書いてある。

勇者スキル?

そうか、寺林さんがたどたどしく選んでたのも、この補助の中からか。

枠の中の文字列に視線を移す。


《メガロファイヤー》


聞いたことのある名前。

ああ、そうか。

僕は最初は、これに焼かれて死んだんだった。

その時のことなら今でも思い出せる。

僕を愛してくれた(・・・・・・・・)メイド(・・・)が、涙をぼろぼろとこぼして泣いていた記憶だ。

こんな時なのにありありと思い出してしまって、そのメイドの名を呟いてしまう。


「ベルリネッタ……さん……」


未練だ。

あの女は違う。

僕を愛してくれた、僕が愛したベルリネッタさんは、もういない。

振り切るように、視線をもう少し下に滑らせる。

補助で出ている矢印が指すのは、下から三番目。

そこにあったスキルは。


聖奥義(せいおうぎ)神月(しんげつ)/Holy Arcane, God Moon》


神月。

最初の時間では悩まされて、以後は勇者輪を奪うことで使えなくするという形でだけ対策してきた奥義。

これを選ぶのか。

使われる側でなく、使う側になって。


「夜空には、(つるぎ)が如き三日月。昼でなければ、闇夜でなければ!」


月食でなくても、月が出てればいいのか。

枠内にも『使用可能です』と書いてある。

それならと、少し震える手で空中の文字に触れる。


「《聖奥義・神月》! 行くぞ!」


確か、最初の寺林さんは発動にけっこう時間がかかっていたような気がする。

間に合うのか?


「勇者輪の魔力を正しく引き出せるなら、発動までの時間は短縮可能です」

「それを早く言えよ!」


魔力が要るなら持って行け。

勇者輪の光の魔力は、魔王輪の闇の魔力に比べると、多く回しても身体にかかる負担は少ないように思う。

いつもより多く回して……いよいよ、剣が光る!


「そん、なっ……!」


やっぱりだ。

ベルリネッタは杖をつくように剣で体を支えて、しっかりとは立てない。

そして。


「うっ、く……おやめ、くださ、い……ゆるし、て……」


いよいよ大丈夫じゃなさそうだ。

所々、ヴィクトリアンメイドの服がほつれ始める。

あの服も闇の魔力でできてるからか。


「おねがい、です……なんでも、しま、す、から……たすけ、て……」


バカな。

命乞いだと。

ここまで来て……散々僕を侮って、偽って、裏切って、敵に回して。

それで今更命乞いだと!

そんなの……


「何でもするって、言うなら……」


……そんなの、もう遅いんだよ!

僕だって、こんなの、本当に求めてたわけじゃない!


「……どうして! どうして僕を、愛してくれなかった! 肉体(からだ)だけの関係でも、子供扱いで甘やかすだけでもなく、どうして僕の心を見てくれなかった!」


もう《神月》は止めない。

止めるやり方を聞いていないのもあるけど、それを別にしても、この状況から《神月》を止める選択肢はあり得ない。


「……ここ、ろ…………だっ、て、わた、くし…………は……」


服だけでなく髪も、全身もほつれるように崩れて。

ベルリネッタは消えてなくなった。


「ね。三手詰みです」


『消えた』んじゃない。

僕が『消した』んだ。

消した。

なくなった。

もういない。


「僕が……消した……」


後には《奪魂黒剣》と、メガネだけしかない。

それ以外を、僕が消してしまったから。


「これで……これでよかった、のか……?」


決着がついたところで、アルブムとフリューたちの様子を見る。

フリューが……こっちに来て、僕を抱えて飛び上がった。

姿が《全開形態》になってる。


「ちょっ……あ、アンタ、何やってんの!?」 

「何って、勇者スキルで」

「そうじゃなくてベルリネッタよ! アンタ、あんなので魂ごと消しちゃったらどうしようもないでしょうが!?」


それだけ、不死系や悪魔系には効くスキルってことか。

あ、フリューはさっきの、大丈夫だったのか?


「アタシも同じ、勇者で魔王ってこと、忘れんじゃないわよ! 『今の』アタシならね!」


そうだ、フリューもファーシェガッハの魔王輪を得たり、勇者輪を奪ったりして来ている。

ついつい忘れるけど、見るからに大丈夫だ。


「んなことより! これは失敗よ! アンタね、もうさっさと時間を戻しなさい!」

「えぇ……?」


まだアルブムにも勝ててないけど、今回はまだ負けてもいない。

今度は行けそうな気がするのに。


「そんな、フリューだってやっとファーシェガッハの魔王になれたのに、戻しちゃったら」

「そんなもん、いいのよ! また何とでも、何度でも取り返す! アンタも! アンタの大事なものを取り返せ!」

「わ、わかったよ……」


やり直すのか……

せっかく、ファーシェガッハの御三家と仲良くなったり、フリューが僕をこんなにも心配してくれるようになったりしたのに。

また、アウグスタの手帳のメモ内容以外消えちゃうのか。

でもフリューが……そのフリューが言うんだ。

戻してみるか。

保健室を出て、愛魚ちゃんに会うところから……




……あれ?

天井が化粧ボードじゃない。

石造りだし、やけに高いし、なんか高そうなシャンデリアか?

キラキラしたのが吊り下げられてる。

ここって、保健室じゃないような?


「おご、ぼ、おっ……!」


何かの……ここは、え。

ファーシェガッハの王城!?

なんで!?

保健室じゃない!


「あ、えーと……あの世でマンフレートに媚び、売ってなさい?」


近くにはフリュー。

誰かの顔をつかんでると思ったら、つかまれてた人物が灰になった。

この場面はそんなに遡らなくても見覚えがある。

ミリオーネンを倒した直後の、フリューの戴冠式だ。

騒ぎ始める周囲を、フリューが言いくるめるところまで同じように進んでる。


「ね、リョウタ?」

「……あ、うん、ファーシェガッハ全体を敵視することはない……よ、うん、ね?」


だったかな、確かそうだ。

そんなに経ってないイベントだから思い出せる。

むしろ……

時間を戻したはずなのに『ここまでしか戻せていない』ということ。

これは、まずいんじゃないか……!?




◎月とスッポン

月もスッポンも同じように丸いが、比較にならないほどその違いは大きいこと。

二つのものがひどく違っていることのたとえ。


なんと了大がベルリネッタを殺す(消す)ルートになってしまいました。

その上、慌てて戻してみたものの戴冠式(148)までしか戻れず……?

けっこう急展開かも。

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