151 仏の『顔』も三度まで
ベルリネッタの冷たさにとうとうフリューがキレたり、ルブルムも腹に据えかねたりします。
そしてこのルートがうまくいかない感じなフラグも、この話の中盤に。
今まで……それこそ、周回のどのタイミングでも、フリューからそんなことは言われなかったのに。
ベルリネッタさんはやめておけだなんて。
「アンタの仲間になるための下準備として、アタシもアンタの記憶を見てる。だから『最初』のアイツがどれだけアンタにぞっこんだったか、説明は要らないわ。その上で」
そこまで言うとフリューは目を閉じて、少しだけ考えるような仕草の後、また目を開いて、続けた。
その瞳で、しっかりと僕を捉えながら。
「アイツは……ベルリネッタはもう、あの時のアイツじゃないの。『今』のアイツは、アンタのことなんて養分程度にしか思ってない。だから」
そうは言うけど、そんなの今更だ。
そんなの、言われなくたってわかってる。
いちいち繰り返されなくたって、思い知らされてるよ。
それでも……
「だから諦めちゃえって言うのか!!」
……それでも諦められないから、こうして模索してるんだろ!
すぐには無理でも、もっと魔王として成長すれば、アルブムに勝てば、いつかはきちんと認めてもらえるかもしれないのに。
アルブムに負けたらそれどころじゃないから、今は先送りにしてるだけなのに。
そのために時間を繰り返してきておいて、ここで諦めたら、その『いつかは』を信じてやってきた意味がないだろ……
「僕は……僕、は……!」
「ゴメン、リョウタ」
フリューに抱きしめられた。
柔らかくて暖かい感触に包まれる。
「アンタは何度も何度も、繰り返し傷つけられてきたんだって思ったら、アイツがどうにも許せなくなってさ……とは思ったんだけど、結局はアタシもアンタを傷つけちゃったわね。ゴメンね」
「……ううん、フリューは僕を心配してくれたんだもの」
フリューは僕の顔を拭ってくれた。
やっぱり、泣いちゃってたらしい。
「やっぱり、例のアルブムとかいうのを倒さないと何ともならない以上、勝つしかないわね……」
今度こそ勝てるだろうか。
隣にフリューがいる今なら……
朝食を済ませて、少し時間が空いたところで、アウグスタに会った。
飛行機でミリオーネンを攻略していた間、ハインリヒ男爵がイグニスさんの下で修行していた件を振ると。
「本当にあの子は……きちんとやればきちんとできる子なのに、私の事ばかり考えるから……」
台詞だけ聞くと愚痴ってるようだけど、口元は緩んでる。
弟が成長していると聞いて、やっぱり嬉しいんだろうな。
「僕も修行中の身だから、模擬戦という形で成果を見せてもらおうと思ってる」
「遠慮なく負かしてやってください」
「僕の方がコテンパンに負けるかも」
そんな会話の後、イグニスさんとハインリヒ男爵に会って、訓練場へ移動。
手の空いてるメイドたちが何人か、見物目的でついて来た。
「ようし、今日は木剣で模擬戦だ。得物の長さは同じじゃねェが、ただ長けりゃいいッてもんじゃねェ。使いこなせるかどうかが大事だぜ」
僕もハインリヒ男爵も、無言でうなずく。
用意した木剣は、僕の方は勇者の剣を模した大型のもの、ハインリヒ男爵の方はやや細身の片手用のもの。
ということは、防御に関しては受けるよりも避けるスタイルだな。
「リョウタさま……がんばって……」
「魔王サマぁ、しっかり!」
「うん、ありがとうね」
猟狐さんや魔破さんが応援してくれる。
ハインリヒ男爵には……特に誰も声はかけない。
アウグスタもだ。
彼からすれば、この状況は……やりづらそうだな。
でも、手加減はできない。
やや間合いを離して、互いに正面から向き合う。
「はじめッ!」
イグニスさんの合図と同時に、とにかく打ち込む。
取り回しは向こうが上か。
連続での突きが嫌なタイミングで嫌な位置を狙ってくる。
最初はともかく、なかなか攻勢に回れない。
けど……!
「ここで……!」
相手の動きをよく見る。
見るにも《有意向上》で動体視力と思考速度を上げて、相手の突きの後、剣を引く動きに合わせられれば行ける。
「当たらん!」
もちろんハインリヒ男爵もむざむざと食らいはしない。
縦の斬撃は横に軸をずらして、横の斬撃は屈んだり間合いを離したりして、しっかりと避けて対処してくる。
高い精度で見切られてるか……
やっぱり彼も同じように《有意向上》させた速度の中で考えているんだろう。
となれば。
「てやあっ!」
「あぐっ!?」
斬りじゃなく、体当たりで流れを変えに行く!
体当たりでぶつかったところでそれ自体で勝負は決まらないけど、体当たりで体勢を崩させてその直後に斬り込みに行けば、回避は断然難しくなる。
彼も体当たりで来るとは警戒してなかったようで、いい形でこちらが先に動けるように入った。
ここを狙え!
「(……もらった!)」
剣の軌道と相手の体勢からして、勝利を確信した瞬間。
場の全体に、凛とした声が響いた。
「負けるなッ、ハインツ!」
アウグスタが、ハインリヒ男爵を応援する声。
ただ一言の声援だけではあっても、彼にとっては他の何よりも、他の誰よりも熱烈に求める声。
それを得て、彼がただ負けるわけはなく。
「(避けられた……速度を上げられて!)」
僕の一撃は避けられ、間合いを開けられてまた突きが来た。
しっかり確認して、受けて……
「(剣だけ!)」
……受けたのは、投げられた剣だけ。
ハインリヒ男爵は僕の懐深くへと潜り込み。
「ごっ、はっ……」
腹の急所に、鋭く重い拳を入れられて、背中を丸めてうずくまる。
僕の負けだ。
「それまで! まあ、そんなもんだろうな」
イグニスさんは、こうなるって……予想できてたのか……
は、吐きそう……
「おめェだって決して弱ェってわけじゃねェ。だがな、今のおめェの立ち回りにゃァ、致命的な欠点がある」
致命的な欠点、だって……?
なんだよ、それ……
「自分で気がつかなきゃ、意味が無ェ。が……もしも『次』の時間になるようなら『その時』は教えてやる」
自分で考えろってことか。
少し休んだら、いくらか楽になってきた。
ハインリヒ男爵はどうした。
「成長したな、ハインツ」
「姉上……ありがとうございます!」
アウグスタに褒められて、上機嫌か。
僕に勝ったことなんかより、彼にとってはそっちの方がよっぽど嬉しいというのはわかる。
仕方ない。
僕も立ち上がって……
「お疲れ様でした」
……僕に差し出された、熱いおしぼり。
その手は、ベルリネッタさんのものだった。
おしぼりを受け取って、顔や手を拭く。
「あ、ありがとうございます、あの」
この人は僕に何を言うのか。
残念でしたとか、もっと頑張りましょうとか、かな。
負けた以上、褒めてはもらえないだろう。
「使い終わりましたものは、こちらへ」
「……はい」
それだけだった。
何も言ってくれない。
いっそ、情けない奴だとか、実戦なら死んでたはずだとか、けなされてた方がまだマシだった。
それなのに何も、一言も触れようとしない。
この人は、僕のことなんて、何も見てない……!
日を改めて、電子文明のマクストリィに戻った。
ルブルムの住まいにお邪魔して、無線のネット回線と電源を借りる。
今日は……ソーシャルゲームでぼんやり過ごしたい。
ファイダイを立ち上げて、キャラクターのレベル上げだ。
「りょーくんと会うとついつい真魔王城に行っちゃうから、こうして一緒にイベントやボス走るのって、実はほとんどなかったかも」
ルブルムは今日は『りっきーさん』状態。
攻略に必要なキャラクターを借りられるようにフレンドとして設定してくれてて、自身も手持ちのキャラクターを周回させてる。
「そうだね。真魔王城に電波は来ないし」
「それな」
寒い季節になってきた。
コタツに入って暖まりながら、トングでお菓子をつまみながら、ひたすらクエストの周回。
黙々と時間が流れる。
「でも、今日はどうしたの、急に。周回……時間の方のね、周回に疲れててファイダイどころじゃないのかなって、思ってたんだけど」
「うん……ちょっとね……?」
そんな生返事を返しながら、スマホの画面をタップ。
編成しているキャラクターは自動戦闘でも確実に敵を倒していく。
そしてクエストを繰り返す。
何の疑問も持たずに。
「ルブルムはりっきーさんだから、相談するならりっきーさんにと思って」
「おっ……うんうん! そう! 悩み事ならワタシ、りっきーさんの出番だからね!」
前の時間では、ルブルムを差し置いてフリューに悩みを聞いてもらったら、ルブルムにキレられたことがあった。
それに、フリューには『だから言ったでしょ』って呆れられる気がしたから、ルブルムに話を振ってみる。
ベルリネッタさんの、冷たい対応の話を。
「それでか……」
ルブルムは神妙な面持ち。
決して、僕を嘲笑ったり、事務的に聞き流したりはしない。
「ワタシもりょーくんの記憶は見てる。『最初』のベルさんが、それはもうりょーくんにベタ惚れだったのも、ね」
ルブルムはスマホを脇にどけて、ゲームをやめて僕に向き合ってくれる。
僕も同じように、スマホはどけておいて話を続ける。
「実は、さ」
ルブルムがゆっくりと切り出す。
何か僕に言ってなかったことがあるのかな。
「そのことについては、フリューから相談されてたんだ」
「え……フリューから!?」
いつの間にそんな根回しを。
というか《悪魔たち》であるフリューと《聖白輝龍》であるルブルムが、そんなに協力し合えるの?
「りょーくんはずっと……それこそ、ずっと前の時間から、いつもベルさんのことで悩んで、苦しんでる。それはワタシも同じ意見だけど、自分よりもワタシ相手の方がりょーくんは話しやすいだろうからって、フリューがね。意外でしょ?」
意外と言えば意外かもしれないけど、前の時間でルブルムにキレられた時は、待ち合わせに遅刻すること自体はフリューが使い魔で伝えて、根回ししてくれてた。
そういう所に気がつくのも『悪魔は人の心に寄り添う』の体現かも。
「で……その時にフリューから聞いたの。りょーくんがゆっくり寝ようとしてた日、ベルさんが夜這いに来てたんだって。フリューが止めたけど、ベルさんは……りょーくんのこと、バカにしてたって」
「……そっか」
普通ならそういうのは陰口って言って、むしろ言った人の印象が悪くなる部類の話なんだけど、これまでのことからして『今』のベルリネッタさんの印象がどんどん僕の中で悪くなってる。
だからか、相対的に考えて許せてしまうような、そんな感じがした。
「……僕、何のために周回なんてしてるんだろう」
「りょーくん……」
「いっそゲームのキャラだったら、画面タップひとつで何も悩まず繰り返していられたのに、どうして……」
ルブルムが頭を撫でてくれる。
暖かい手だ。
「……どうして、こんなこと繰り返してるんだろう」
視界が歪む。
やっぱり、どうしようもないくらい悲しくて、涙が出てくる……
「それはシンプルにね……諦められないからだよ。諦められるなら、泣くほど悲しむことなんてないんだもの」
「やっぱり、そうなの?」
あんなに何度も裏切られて。
いつもいつも冷たくされて。
それでもまだ諦めてない。
そうなんじゃないかとは思ってたけど、我ながら未練がましいにも程があるよな。
「りょーくんはそれでもいいよ。りょーくんのそういうところ、ひたむきなところが、魅力のひとつだとワタシは思うから」
ルブルムがハンドタオルを貸してくれた。
さすが電子文明の工業製品、繊維が細かくて肌触りがいい。
涙を拭いて……
「でもね。だからこそ、りょーくんのその、ひたむきな誠意を繰り返しバカにするから『今の』ベルさんを許せなくなる。ワタシも、フリューも。《仏の顔も三度まで》だよ」
ルブルムの表情が険しい。
僕のためとはいえ、そんな怖い顔するなんて。
つい『やめてよ』と言いそうになってしまう。
でも、僕のためなんだ。
言えない。
「本当はワタシだって、あんな女を追っかけるのなんかやめちゃえって思う。そう言いたい。でも……きっと、ベルさんを諦めたら最後。きっとりょーくんは周回できなくなるよ」
周回の条件は、例の呪文と魔王の魔力じゃないのかな?
ベルリネッタさんを諦めて、周回を仕切り直しちゃダメなの?
「あの呪文は『with your burning heart』って書いてある……つまり、何のために戻るのかという動機、熱い心が何よりも必要なの。りょーくんがベルさんをまだ想い続けてるように、それと同じくらい他の誰かを想うか、他の理由か……とにかく何らかの動機、心の熱さがないと、呪文に魔王の魔力を込めても戻れない。実は、トニトルスがそう予想してた」
トニトルスさんか。
あの人はなんだかんだ言っても知恵者なんだな。
「トニトルスには、あの呪文の作者の予想がついてる。きっと、トニトルスもワタシも知ってる子だって。りょーくんは知らない子だけど」
誰が作った呪文か知らないけど、周回に入ってやり直して来られたのは、あの呪文のおかげだ。
いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない。
大切なのは、僕の動機か……
「時間を戻したくなるほどベルさんにベタ惚れ、ってことだもんね。なんだか悔しいなー、りっきーさんは」
それは本心でもあるだろうけど、おどけて茶化してくるのはルブルムなりに和ませようとしてくれてる気遣いだろう。
ベルリネッタさんだけじゃない。
皆を取り戻すために、勝たないといけないんだ。
◎仏の顔も三度まで
どれだけ温厚な人でも、無礼な行いを繰り返せばさすがに怒るものだということ。
「仏の顔も三度撫ずれば腹立つ」という言葉が省略された形といわれる。
縦斬りとか横斬りとかは「ソウルキャリバーVI」をイメージすると書きやすかったです。
Steamのセールで安かったので買って、積んでいます。