150 『横槍』
腰は腰痛の持病がぶり返し、腹にはスイカバー……
リアルはままならない展開ですが、せめて投稿の展開は思うまま、今週も進めて行きます。
ファーシェガッハのミリオーネンに勝って、今日はヴィランヴィーの真魔王城で祝勝会だ。
立食パーティー形式で、いろんな料理をビュッフェスタイルでつまんでいく。
メイドたちには準備で仕事を増やしちゃったけど、交代で休憩したり食べ歩いたりしていいよと言ってあるから、そのあたりはベルリネッタさんがシフト編成をうまくやってるだろう。
……仕事だものね。
「メニューは……おー、いろいろある」
「それはもう、腕によりをかけて作りましたからぁ♪」
あっさり、こってり、スナック、デザート……
何でもあるんじゃないかな。
魔破さんは料理上手だな。
「なんていうかさ、明日メイドを辞めてどこかに嫁入りしても、全然困らなさそうだね」
「えぇ!? メイド、クビですかぁ!?」
「違うって。どこでもやって行けそうなくらい有能だなって」
ファーシェガッハで飛行機チームに入れるくらい操縦にも順応してたし、料理はこの通りだし、優良物件だよね。
クビにして手放すのは惜しい子だ。
「了大様、こうして何かしら一芸に秀でるところがないようでは、真魔王城務めに選抜してもらえませんから。クビ切りならぬ足切りに遭います」
「競争率が高いんだね」
そこに《首狩り兎》の首里さんから補足説明が入った。
そうだ、凰蘭さんも選りすぐりだって言ってた。
「料理だけじゃありませんよぉ。戦闘だってできます! この脚で!」
「うん……まあ、ね……?」
言葉を濁してしまう。
ここだけの話というか、僕の周回知識だけで言うと、魔破さんの戦闘、蹴り技は何度か見たことはある。
アルブムの支配にやられて、敵として現れたことがあったからだ。
時には正体である《夜陰の軍馬/Night Shadow Steed》の姿を現したことも……
またそんなことになるのは、嫌だな。
「ん、了大様、浮かない顔ですね。はい、あーん♪」
首里さんがミートボールを取り分けて、フォークで刺して僕に差し出してきた。
食べさせてくれる、ってことね。
「あー、んっ」
素直に食べる。
うん、美味しい。
ケチャップ一辺倒の単純な味付けじゃなくて、野菜かな、煮込んだ感じの味わいもある。
「はああ、了大様、可愛い♪」
「可愛いですねぇ……♪」
うーん、どうにも『カッコいい』にはなれないのか。
どうにも『可愛い』と言われがち。
……おっと、食べてばかりもいられない。
今日の主役は僕じゃなくて、フリューだ。
辺りを探すと……いたいた。
「フリュー、どう? 食べてる?」
「いただいてるわ。味も品揃えもいいわね。いい気分よ」
今のフリューはファーシェガッハの魔王輪と勇者輪を兼ね備えた、唯一の存在としてとてもパワーアップしている。
ヴィランヴィーのそれらを兼ね備えた僕もそうだと言えばそうなんだけど、ここで種族の……普通の人間であることの限界が出てくる。
僕は魔王の力を完全に引き出すことはできないけど、フリューは《悪魔たち》で、その中でもさらに良家の出だからそういうこともなく、今戦えばほぼ確実に僕より強いだろう。
それほどの存在になったフリューと共同戦線を張れるなら、アルブムを敵に回しても心強いと言うものだ。
「そうそう。アンタに言わないといけない台詞があるんだったわ」
「へえ、何かな?」
急に何だろう。
まさか、ありがとう……なんて言うようなキャラじゃないか。
役に立ったP-38は阿藍さんの手配だものな。
じゃあ何なのか……黙って聞いておくか。
「『べ、別にアンタの為に戦ったわけじゃ、ないんだからね!』」
「……?」
何だろう。
その、取って付けたような『ツンデレ』台詞は。
「あ……うん、フリューはいつでも、自分自身のためだもんね」
と言うより、それでなくてもフリューは元々《新たな魔王》として起つつもりだった。
僕のためなんて意味合いは薄いか、それこそ全然なくても別に不思議じゃない。
「あれ!? リョウタはこういうの、好きなんじゃないの!?」
「ベタだなーとは思うけど、そんな好きってほどじゃ……」
誰かに吹き込まれて、真に受けただけか?
そして、こういうのを吹き込みそうなのは……
「話が違うじゃない! ルブルム!」
「あれぇ? りょーくんは『最初は言うことを聞かない女がなびく』のが好みだと思ったのに」
……やっぱりルブルムか。
そんな薄い本基準でフリューをそそのかすなよ。
「でも、りょーくんが巨乳好きなのは絶対間違いないから」
「わかる。リョウタって本当、おっぱい好きよね? ほらほら♪」
「……それは」
ぐうの音も出ない。
わかった、認める。
認めるから、人目のあるところでおっぱいを押しつけてくるのはやめよう!?
「ふふふ、リョウタ様は今日もモテモテですね。だからと言って考えなしに手を出すと、火傷しますよ?」
「そのあたりは大丈夫だろう。何しろ以前、アレだ……身を持ち崩して……」
「ああ、そうでしたね……」
アウグスタとトニトルスさんだ。
この二人が並んでる絵面って、なんか圧が強いかも。
「トニトルスさんはアルブムが気になって、浮かれるのは反対かと思ってました」
「いや、我はそのような《横槍》は入れませぬぞ? こういう場では、酒が飲めますからな!」
この酔っ払いは……
まあ、ゆっくり飲むためにもこの次も勝たないといけないわけだけど。
その他にも愛魚ちゃんやカエルレウムなど、いろんな人と歓談しながら時間が過ぎて、祝勝会は楽しく終わった。
お腹もいっぱい。
今日は、もう……ゆっくり休もう……
片付けも終わり、静けさを取り戻した真魔王城。
夜番を除く大半の者は眠りに入り、明かりも減らした真夜中。
廊下を歩く人影は……ベルリネッタだった。
ベルリネッタは了大の寝室へ向かって進む。
あと一つ、角を曲がれば……
「こんな時間にどうしたのかしらね。暗殺?」
……曲がった先には、フリューがいた。
進路を塞ぐように立ちはだかり、ベルリネッタを寝室に行かせまいとする。
「暗殺だなどととんでもない。わたくしは」
「リョウタは、今日は一人で寝たいって言ってたわよ。なんか、珍しくよく眠れそうだからって」
この女はいつもそうよね、とフリューは内心で毒づいた。
魔力目当ての打算と計略で、過去の魔王にも近づいて股を開いてきた女。
今回もそんなつもりだろうと、フリューには容易に予測ができた。
「あら、それで貴方は追い出されたと」
「気を遣って出てきた、って言ってちょうだい」
何にしても、ベルリネッタからすれば不快な《横槍》が入った格好になる。
この邪魔な女を追い払って、魔王の魔力を頂戴しなくては……
そう考えたが。
「アンタさ、さっきはリョウタと一言も口をきかなかったじゃない」
「魔王様は他の皆様のお話相手もしなくてはなりませんでしたから、さぞやお忙しいことかと」
「顔も見せなかったくせに、それを言うわけ? ちゃんと見たの?」
「メイドとして業務が増えておりましたから、そちらの方がなかなか。ですが、お声は聞こえておりましたから」
「本当に聞こえてたなら、あともうちょっと気を利かせてもいいでしょうに」
ああ言えばこう言う。
面倒な女だ。
「祝勝会の場ではろくに動かなかったくせして、こんな夜更けに動いて忍び込もうだなんてね。こそ泥かしら」
「……聞き捨てなりませんね」
あまつさえ、こそ泥呼ばわり。
どこまでも尊大なフリューに、ベルリネッタの内心は少しずつ、しかし確実に穏やかさを失いつつあった。
「……あの子は、アンタのこと、好きよ」
「当然ですが? 急に何を」
不意に話の切り口を変えられたが、これは好機と切り返す。
了大はこの時間においてベルリネッタに周回の件を明かしていなかったが『あなたが欲しいです』とベルリネッタを求めて体を重ねたことはあった。
それゆえ『お手つき』としての優位性は、決してフリューにも劣らない。
「リョウタはね、ずっと、アンタに恋してきた。アンタを失って、アンタに裏切られて、アンタに忘れられて、それでもまだ、アンタのことを求めて」
「……?」
周回について知らされていない『今の』ベルリネッタは預かり知らぬところではあるが、了大の周回は単に時間の反復と言うだけでなく、ベルリネッタを失う体験の反復でもあった。
人の心の嘆きに寄り添う《星の嘆き》の大悪魔であるフリューだからこそ見えたもの。
それは、ベルリネッタとすれ違い、離れてゆくたびに摩耗していく、了大の心の疲弊だった。
「リョウタは傷ついて、疲れてる。アンタが本心から、あの子と向き合わないからよ」
「でしたら尚更、わたくしこそが魔王様を癒してさしあげなくては」
なおも了大の眠りに踏み入ろうとするベルリネッタ。
この期に及んでこの女は、全然わかっていない……!
横を通り過ぎようとしたベルリネッタ相手にとうとう手が出て、フリューはベルリネッタの手首をつかんで止める。
「邪魔をなさらないでくださいまし。魔王様がわたくしをお求めなのであれば、わたくしはいつでも」
「アンタの体が欲しいんじゃないのよ! リョウタは!」
フリューの声が自然と荒くなり、怒気がこもった。
互いの表情に緊張が走る。
「あの子がこの城で、体だけの女に困ってるわけないじゃない。わかんないの? あの子が欲しいのは、アンタの心。損得抜きであの子を慕う真心を、今でも求めてんのよ」
「青臭いこと。いかにも子供らしい、年相応の幻想ですね」
幻想。
了大が心の底から願うもの、想いを、この女は踏みにじった。
フリューは思わず、泣きそうな表情になってしまう。
「幻想?……本気で言ってんの?」
「ええ。だって、あのくらいのお子様の愛なんて『母親』が欲しいだけでしょう? いくらでも『母親』を演じてさしあげますとも」
「……それで満足なのね」
「ええ」
この女は『ダメ』だ。
一周回って、逆に頭から熱が引いて行く様子が、フリューには実感としてはっきりわかった。
「アンタっていつも、そうだったわよね。過去の魔王も、たぶらかして、甘やかして、ダメにして……滅ぼして」
「わたくしのせいになさらないでくださいませ。歴代の皆様も、ご自身でそれを望まれたのですよ」
フリューもまた、今は了大に感化されて、子供のような幻想で動いている……
そう見えたベルリネッタには、既にフリューもお子様同然に見えていた。
「それでもアンタは、男の方がアンタを放っておかないから、いつでも思い通りになる分だけ、肝心なところで男の扱い方が下手なんだ……って、そう思ってた。鼻の下を伸ばしてアンタに言い寄るだけのつまんない男なら、それでいい。アンタの体に溺れて肉欲に耽るだけのくだらない男なら、好きにしたらいい。でもね……!」
だが、そうではない。
今のフリューの瞳には、今までになかった炎が灯っている。
裏切りに傷つき喪失に嘆く了大の心に、寄り添い照らすための炎が。
「……心の底からアンタを求めて、アンタにすがりたくて……アンタを愛してるリョウタを! 内心で蔑みながら腐らせても、魔王の魔力さえもらえればいいのかって! それで満足なのかって! 聞いてんのよ!」
「……ッ!」
魔王の魔力がせわしなく回る。
フリューの、天空の魔王の、闇の魔力が。
その威圧感は、魔王の地位に恥じるような弱さなど一切ない。
「そんなに魔力が欲しいんなら、たっぷりぶち込んであげるわよ」
そして次は、勇者の魔力が回る。
天空の勇者の、光の魔力が。
その光はさながら、ありのままを照らす太陽……
「あ……ッ! あつ、い……!」
故に《不死なる者》であるベルリネッタには、本来であれば近づくことさえもままならないほどに真逆。
それを、手首をつかまれた状態でわずか数センチの至近距離から浴びせられる。
つかまれた手首は接触しているから、さらにダメージが大きい。
「魔王の魔力目当てに股を開くアンタのこと、淫魔っぽいって思ってたこともあった。でも、違う」
「は……はな、して……ッ」
離してと言われて離すはずもなく、フリューは静かに続ける。
その間も光の魔力は、ベルリネッタを焼き続ける。
「一時の夢と言っても、淫魔は相手の心に寄り添う。でも、相手の心を踏みにじるアンタに、淫魔ほどの満足は与えられない。アンタは違う」
フリューはそこまで言うと、手を離してベルリネッタを解放する。
魔力はそのまま。
つまり『今引き下がれば見逃す』という無言の威圧だ。
「前までならいざ知らず……今、本気になったら、魔王輪と勇者輪を両方手に入れたアタシに、アンタがかなうわけないわ。やめときなさい」
歯噛みしながら逃げるように去るベルリネッタの後ろ姿を見届けて、フリューも今日は部屋に戻った。
朝、起きるとフリューがいた。
疲れたような、泣きそうなような、浮かない顔だ。
何かあったのかな。
「つらいことを言うようだけど……リョウタ。ベルリネッタは……あんな女は、やめときなさい」
「え……?」
どうしたんだろう、フリューは。
今までだったら、僕が他の誰と過ごしても特に嫌がったりとがめたりしなかったのに。
◎横槍
人が話すこと、やることに、誰かが横から口を挟んで妨害すること。
余計な一言を言う、なにかと文句をつけるなど、どちらかというと「厄介な口出しをする」用法で「横槍を入れる」のように使う。
終盤のフリューのやりとりは、投稿開始前の初期稿ではトニトルスが言う台詞だったもので、改稿で使わなくなっていたものを再利用しまして、再構成に時間がかかりました。
悪魔っ娘ルートの大詰めとして、フリューを本格的にデレさせつつヒロイン力を上げるための措置です。