149 親が死んでも『食休み』
フリューがファーシェガッハを掌握するために、戴冠式をやったり茶番劇をやったりする回です。
あと、最後の少しは三人称視点です。
魔王を騙り、長くファーシェガッハの頂点に君臨していた勇者、ミリオーネンは討たれた。
隠されていた魔王輪は、幽霊となった先代の魔王、ヴィントシュトースからフリューリンクシュトゥルム……フリューへと受け継がれ、フリューはミリオーネンから勇者輪を奪い、王太子マンフレートをも討ち、真なる魔王としてその実力をファーシェガッハ全体に示した。
かねてよりマンフレートの専横やそれを黙認していたミリオーネンの態度に不満を募らせていた者が多く、フリューに対しては外部からの協力があったものの、それを取り沙汰する者はほぼいなかった。
取り沙汰した者は、ミリオーネンやマンフレートの後を追うことになったけど。
そして今は、新たな王政の第一歩。
さあ、戴冠式だ。
「今日からはこのアタシ、フリューリンクシュトゥルムが、新たな、そして真正なる魔王として、ファーシェガッハを統べる!」
王城はP-38による爆撃でかなりの部分が崩落していたけど、中央のホールだけをどうにか片付けて、式典が執り行われた。
式典と言っても、先代の王から継承する王位じゃないから、新しい王朝の新しい冠を用意して、それを戴いたフリューが貴族たちに宣言するだけの簡単なもの。
僕は来賓扱いで、フリューの背後の離れたところにいる。
「異議のある者は今すぐ、この場で申し立てなさい! 今、直接アタシに言えたら、爵位を剥奪して閑職に追いやるだけで許してあげるわ」
暴力革命によって生まれた王の前途は多難だろう。
フリューもそれをわかっているから、反乱分子のあぶり出しが急務だ。
異議があって、なおかつそれを申し立てられる度胸もある奴は……
「ふざけるな、簒奪者め!」
……いたよ、命知らずが。
鷲っ鼻の壮年という感じの貴族が、フリューを簒奪者と……所詮は武力で王位を奪っただけで正統性はないと……批判してきた。
「えーと……ハッセルバッハ子爵だったかしら。そんなにアタシが嫌? それとも……マンフレートに媚びへつらって吸ってた甘い汁は、そんなに美味しかった?」
「私は伯爵だ!」
ハッセルバッハ伯爵の周囲で、あちこちから笑い声が漏れる。
彼は王太子の取り巻き、イエスマンとして権益を得ていて、元は子爵だったのを陞爵……爵位を上げてもらったのもマンフレートのご機嫌取りをよくしていたからだ、というのをシュヴァルベさんが教えてくれた。
なるほど、それでフリューを罵ってれば、むしろいい笑い者だよ。
「ここまで出てきて、もう一度言いなさい。アタシからすればあのミリオーネンの方がよっぽど、簒奪者なんだけど」
前に出て来いと言われて、のこのこと出てくる伯爵。
フリューに対して物申してタダで済むほど強いんだろうか。
「何度でも言ってやるぞ、簒奪者め。しかも、ヴィランヴィーの魔王だと持ち上げてあんな小僧を引き入れおって!」
あ、僕が指された。
何か言った方が……いや、言わない方がいいのか。
ここはフリューが独力で切り抜ける局面だと、アウグスタから耳打ちされた。
「どうせこのガキは今回の件を恩に着せたり、協力だ何だと甘い言葉を並べたりして、ここを侵略する腹積もりに決まっておる! そんなこともわからんか、売女が!」
「やれやれ……アタシばかりか、リョウタまでも侮辱してみせるとはね。ま、肉体関係なのは認めるけど」
フリューの手に、炎が上がる。
無理矢理飲ませるようにそれを伯爵の口に押しつけて、そのまま手で口を押さえて、吐き出されないようにする。
「おご、ぼ、おっ……!」
「マンフレートの所へ駆けつけて、あの世で媚び売ってなさい」
少しの時間で内側から体全体が燃えて、伯爵は灰になった。
その灰自体もすぐに消えて、何もなかったように場所が空いた。
「は、話が違うのではないのか! 爵位剥奪と左遷だけじゃあなかったのか!」
「そうだそうだ! 横暴だろう!」
場は騒然。
たしかさっきそんなようなことを言ってたな。
確かに、話が違うぞ。
そりゃ皆して騒ぎ出すよ。
「アタシの王権に対する異議だけなら、確かにそうよ。話が違う。でもね、ハッセルバッハはヴィランヴィーの魔王であるリョウタを侮辱する言葉を吐いた。それはアタシとハッセルバッハの敵対だけじゃ済まない。ファーシェガッハがヴィランヴィーを敵に回すことになるのよ。アタシの一存では、到底許してやれないわ! ね、リョウタ? これで許してくれない?」
なるほど、僕を引き合いに出したことを逆手に取って、衆目のある中で反乱分子を粛清してのけたか。
こちらに振り向いてウィンクを飛ばすフリューもたいがい役者だな。
となれば僕は『乗っかる』のが賢いだろう。
「確かに謝罪を受け取った! 只今のことが彼の個人的な発言のみであるなら、それによってファーシェガッハ全体を敵視することはしない!」
魔王輪の魔力を回して、存在感を誇示。
こういう時は偉そうにするくらいでちょうどいい。
ナメられたら負けだ。
「というわけ。で、他に、こうなりたい奴は?」
「…………」
後はもういなさそうだな。
まあ、何しろ悪魔たちの次元だ。
面と向かって『あなたと敵対します』なんて、馬鹿正直に言うわけもない気がする。
余程のバカでもなければ……
さっきの伯爵はその『余程のバカ』だったけどな。
「よし……なら、皆アタシに従うものと見なす。じゃあ、次……キルシュネライト侯爵、いらっしゃる?」
「ほほ、この老いぼれをご指名ですかな」
話題が変わる。
呼ばれたキルシュなんとか侯爵さんは、人の良さそうなおじいさん。
でも、見かけにはよらないんだろう。
このタイミングでわざわざフリューが名指しするくらいだ。
「摂政として、内政の立て直しをお願いするわ。マンフレートのわがままをそれなりにあしらいながら決して同調はしなかった、その老獪な手腕を信頼して、当てにさせてもらうわね」
「これはこれは……高く買っていただき、恐縮ですな。ほほ」
フリューの態度がさっきまでとは打って変わって、侯爵に敬意を表する物腰になってる。
そして、この侯爵のおじいさんが摂政、だいたいのことはお任せする要職だそうだ。
どのくらい任せるつもりだろう。
「じゃあ、アタシはヴィランヴィーに戻るから。皆、当分の間はキルシュネライト侯爵の言うことをよく聞くのよ」
丸投げかー!
……って、フリューが政治をやってるところなんて思い浮かばないか。
アウグスタやシュヴァルベさんならそうでもないけど。
「式は終わりよ! 解散!」
用事が済んだ途端にパッと解散とは。
まあ、むしろそれくらいがフリューらしいか。
「では私たちも戻りましょう。トニトルスたちが、あっちはあっちで考えてうまくやってくれているはずです」
「そうだね。あの人たちなら任せておけるから」
勇者・寺林さんという最大の障害を事前に除去してから、こっちに来ている。
トニトルスさんたち留守番チームに任せておいて遅れを取ることなんて、後はそれこそアルブムが来るまで何もないだろう。
ということで、まずは僕だけ《門》で真魔王城に戻った。
僕以外の飛行機チームはP-38の後片付けがあるから後で、と言われたからだ。
「お帰りなさいませ」
このベルリネッタさんは良くも悪くもいつも通りだな。
さて、留守番チームには何が起きてたかな。
「貴様! 姉上はどうした!」
おっと、ハインリヒ男爵か。
姉上……言われてみるとアウグスタも飛行機チームの片付けだから、一緒には戻ってないや。
「後処理があるから遅れるだけだよ。無事だから」
「当然だ! 姉上にかすり傷でも負わせてみろ、承知せんぞ!」
本当にこのシスコンはブレないな……
ある意味、最高にわかりやすいけど。
「そうバカにしたもんでもねェぜ。こいつ、己が言いつけた修行は必ずこなしてきたし、それで弱音も吐かねェしな。向こうが一段落したんなら、今度はおめェらで実戦形式の組手でもしてみろ」
「実戦形式か……」
飛行機チームの編成から早々に漏れたイグニスさんは、割り切ってハインリヒ男爵に稽古をつけていたそうだ。
それはもう、みっちりと。
「貴様には負けんぞ!」
「うん、油断も手加減もしないからね」
なんだか果たし合いみたいだけど、まあいいか。
せっかくだからその時はアウグスタにも立ち会ってもらおう。
弟が成長したなら、きっと喜ぶはずだ。
「我も働いておりましたぞ。リョウタ殿の記憶にあった《虫たち》の方に、先手を打って対応しましたからな」
「つかみはオッケー、もうバッチリですよ!」
トニトルスさんとヴァイスは《虫たち》対策に走ってくれてたそうだ。
僕の記憶にあった情報から類推したり特定したりして、大事になる前に済ませてくれたとのこと。
「単に陰謀を叩いただけではありませぬぞ。その後についても万事抜かりなし……これ、この通り」
「ああっ!?」
トニトルスさんの後ろから出てきた、白くて小さな人影。
それは、あの扶桑さんだった。
「扶桑さん、だよね?」
「……はい、扶桑です……あの……?」
あ、そうか。
まだ扶桑さんは僕のことを知らない状態か。
周回のせいとはいえ、そこは残念だな。
「無理に絹糸を作らせないでくださいね」
「当然ですぞ。《虫たちの主》としての責務がありますからな」
トニトルスさんには言うまでもなかったか。
でも、今の扶桑さんを……何も知らない扶桑さんを安心させるために、一応ね。
「それはそうじゃが、たまには頼む。扶桑の糸は普通の絹糸よりも格段に、魔力を通わせやすいのじゃ。のう、たまにでよいから」
凰蘭さんはそういう観点や目的もあったのか。
てっきり着飾るためだけかと。
まあ、扶桑さん次第だな。
「扶桑さんには《魅了》能力の基礎を手ほどきしておきましたから、もう無意識に発動して駄々漏れにはならないはずです。まあ、今は発現してませんけどねえ」
そうだ。
最初は扶桑さんの《魅了》にやられて、皆がおかしくなるという事件もあった。
それも対策を考えてくれてたのか。
ありがたい。
「メイド各員は平常業務に異常なし、いつも通り対応させていただきました」
「あっ、はい……」
まあ、今のベルリネッタさんはそうですよね。
こうして聞き流すと、自分が少しずつ『ベルリネッタさんに期待しなくなってる』のを思い知らされて、それはそれでつらいかも。
あんなに心を通わせてた人だったのに……
ん、業務で思い出した。
「そうそう、フリューたちが祝勝会をやりたいって言ってました。良さそうな料理をお願いします」
「かしこまりました」
ファーシェガッハの王城は派手に壊した上に政敵だらけだから落ち着かないって、フリューが駄々をこねたんだよね。
それで、戴冠式とは別に祝勝会を、真魔王城でやりたいって。
「……あ、それなら……」
「フソウよ、それには及ばん」
扶桑さんが何か言いかけたのを、先んじてトニトルスさんが止めた。
何だろう。
「《沼芋虫》は、リョウタ殿の口には合わぬ。やめておけ」
「あ……うん、そうなんだよ。気持ちだけ受け取るね。ありがとう」
そうだった。
スワンプクローラー……あの汁はもういいや。
でも、そもそも祝勝会って言われても、僕の方はまだアルブムに勝ててないから、どうなんだろう。
「御屋形様は少しくらいお休みになられた方がよろしいのでござりまする」
候狼さんがそんなことを言い出した。
そういうものかな。
「古来より《親が死んでも食休み》と申しまする。休みなく働き続けることなど誰にもできぬのですから、この機会によく休むべきでは」
「んー……そっか、そうしよう」
というやり取りがあって、祝勝会をやることに決まった。
ご馳走に期待していよう。
そしてメイドたちが祝勝会の準備に奔走する頃。
P-38関連の撤収を終えて戻ったアウグスタが、トニトルスを呼び出していた。
「どうした、話というのは。やはりリョウタ殿絡みか」
「ああ。試してみてほしいことがあってね」
アウグスタは自分の手帳を取り出す。
自分以外の者には決して開くことができないよう、呪文を仕込まれた特別製だ。
その手帳のページを開き、時間を戻す呪文を書き写したものを、トニトルスに見せた。
「この呪文がリョウタ様の周回の鍵で、どうやら魔王輪にこれが刻印されて、今の状態になっているらしい」
「ふむ」
「これを書き写したために、手帳が周回に付随してそれまでの状態を持ち越す。だから私はリョウタ様の求めにいち早く応じられたわけだが、そこでだ……ならば、他の物に刻印できたら、それも周回に付随させられないか? そして、物でなく人に刻印できたら? そう考えたのだ」
「そうすれば、もしもリョウタ殿がまた敗れても、次からが楽になる、か」
トニトルスは呪文の写しを見つめて……思い出したことがある。
初めて見る呪文ではあるが、初めて見る筆跡ではないかもしれない。
「この字、写しでなく原本も、この筆跡だったか?」
「そのはずだ。何が呪文の発動に必要かわからない以上、筆跡も可能な限り再現したはず……『私』ならそうしたはずと考えている」
指を這わせて、トニトルスは筆跡を確かめていく。
やはり、見覚えがある字だ。
「あやつならば……こういう呪文も組むだろうな……未練だが」
トニトルスには思い当たる節がある。
そんな、懐かしさと寂しさを感じる字だった。
◎親が死んでも食休み
どんなに忙しくても食後の休みは必ず取れ、という教え。
休息の大切さを説いたことわざ。
ここでぶっちゃけると、フリューは『スタースクリーム』をモチーフ、またはオマージュの発想元としておりますので、偉そうにするくらいでちょうどいいと思ってキャラクターを描写しています。
戴冠式という行事もそのために一回割きました。




