148 もうひとつの『空』
準備は万端、空中大決戦!
P-38の性能と魔王フリューの面目躍如です。
P-38に乗るメンバーは、マクストリィの飛行場に移動。
僕、愛魚ちゃん、カエルレウム、ルブルム、フリュー、アウグスタ、シュヴァルベさん、エギュイーユさん、黎さん、幻望さん、魔破さん、で十一人。
実戦仕様の機体はコストよりも納期の都合上、九機しか生産できなかったので、訓練用にしていた複座型の二機のうち片方に実戦仕様と同等の火器を搭載する改装を施して、頭数を増やした。
この複座型に黎さんと、索敵担当として魔破さんが乗り込んで、合計十機で出撃する。
でも、魔破さんが来るのは意外だったな。
「私は確かに言祝座で生まれ育った身ですがぁ、合の子である私にとってぇ、ファーシェガッハは第二の故郷、《もうひとつの空》ですからぁ。放っとけなくてぇ」
そうか、そう考えるとそんなに意外じゃないか。
僕は……ああ、僕にとってもヴィランヴィーが第二の故郷、またはそれに近いものになってるかも。
ちょうどそういう感じか。
そして今は、用意してもらった機体の点検が行われていた。
しばらく待つように言われて、関係者用の食堂で休憩。
「もー、ひどい目に遭った。あのババア、本気でつねりやがってー……」
「あれはカエルレウムが悪いからね?」
自分の頬をさすって愚痴るカエルレウムだけど、自業自得だ。
もう二度とあんなことを言わないようにたしなめておこう。
自分だって、言われる側になったら嫌な気持ちになるだろうに。
とはいえ。
「まあ、僕からしたらドラゴンやフェニックスの年齢なんて、そもそも桁違いだから……それ以外の皆も、もちろん僕より年上なんだよね?」
「それはそうだけど、りょーくん。それでも、女性に年齢を聞くものじゃないよ」
「聞かないよ……」
ルブルムに言われなくてもわかってるよ、それくらい。
年齢と体重は聞かないのがマナーだって言うよね。
「あーあ、それにしてもフリューの次は凰蘭様までもかー。りょーくんがどんどん、手練れのたらしになってく」
「……」
何も言い返せないな。
最初の時間じゃ『安売りはしない』とそこまでは進展しなかった凰蘭さんとそういう関係になったわけだから、ということは一応、最初よりは進歩した僕になってるってこと……だと思いたい。
そうでもなけりゃ、ここまで繰り返して苦しんできた意味がないだろ。
「ごめんごめん、考えすぎないで。あ、そうそう。凰蘭様と言えば、世代的にはトニトルスやイグニスとだいたい同期くらいなんだってさ」
「へえ……」
顔に出てたのか、ルブルムが気を遣って話題を変えてくれた。
あの二人もたいがい……ということか。
そして、その二人から師匠とか姉貴分とか言われてるアルブムは、それ以上のババアと。
え?
アルブムは別にいいんだよ、あのクソババアは。
トニトルスさんたちはあんなのでも助けたいみたいだけど、もしも助からなくても僕は困らない気がする。
「んで、ベルさんは母様より下だけど、トニトルスたちよりは上だって聞いたことがある。統括責任者じゃなかったけど、ワタシたちが生まれた時にはもうメイドだったんだって」
「そんなに」
まあ、あの人はなんと言っても《不死なる者の主》だからな……
見かけじゃ全然わからないのは結局、全員同じか。
「深海愛魚、ピチピチの十七歳です♪」
「あっ、はい」
「ちょっと! 何そのリアクション!?」
「いやいや、まなちゃん。『ピチピチ』って枕詞が、もうババ臭い」
「あ゛ァ!?」
本人が十七歳だって言うんなら十七歳なんだ、と否定しないでいたのに。
ダメだったのかな?
というより愛魚ちゃんの場合『ピチピチ』の意味が、その……海の幸って感じがしちゃうかも……
そんな話をしているうちに点検が一段落して、乗り込む機体を見るようにと呼ばれたので、確認作業と打ち合わせに入る。
機体の最終組み立てまではいかなかったものの、部品自体はもっと多く生産してあるため、緊急修理用の部品として持ち込む。
持ち込む先はもちろんファーシェガッハの、シュヴァルベさんが領地として持っている浮島。
できるだけの資源を持ち込んで、前線基地化して勝負をかける。
……というのが阿藍さんの立案した作戦だと、整備責任者の飛田さんから聞いた。
前線基地化のための物資は機体より先にあらかた搬入してあって、進捗も悪くないという。
そこでの整備、補給もあるから、飛田さんたち整備チームにも来てもらう手筈だ。
「ここまで来たら、あと少し。今度は仕損じないぞ……」
P-38のうち、何機かはストライプやマークが入ってる。
そういうのが入ってる機体は専用の微調整がしてあるから、識別の意味でもあるって言ってたか。
「できてますね。ありがとうございます」
「おー! お願いしてたやつだ!」
愛魚ちゃんは二本の弧を魚の形に組み合わせて、その上に『MANANA』のサイン。
カエルレウムはやっぱり青いストライプに『SAINT DRAGON』の英字プリント。
ルブルムは赤いストライプに『Ricky』……りっきー、か。
エギュイーユさんは、裁縫の針かな?
コックピットの近くに絵がついてる。
「愛魚お嬢様と幻望さんの機体には、防御として《霞の力場/Mist Field》を張れるように転輪の組み合わせを変えてあります。エギュイーユの機体に先行で搭載したものと同じです」
「ありがとうございます、感謝いたしますわ」
「カエルレウムさんの機体はそれを応用した《霜の力場/Frost Field》です」
「ありがとう!」
あとの機体は外見の差もなく、それぞれの魔力の属性から変換して、特に属性のない防御力場を張れるそうだ。
納期の余裕がなかったこともそうだけど『どれに僕が乗っているか』を特定されにくくできるので、これでいいとのことだった。
あとはこれを大型の触媒でファーシェガッハに持ち込んだら、爆撃用の投下爆弾を装備させる。
僕たちは、持ち込むための《門》で消耗した魔力を回復させてから作戦に入る。
「妨害らしい妨害もなかったわね」
「外部の協力を取り付けて研究の成果を挙げたと言ってあるから……フフッ、呑気に信じてるんだろうね」
シュヴァルベさんの屋敷で一晩休んで、作戦開始!
十機のP-38が順番に飛び立つ。
訓練期間自体はそんなに長く取れなかったけど、機械的な補助も魔術的な補助も、両方入った機体だ。
安定して飛べている。
「城が見えてきたわ。まずは挨拶代わりに!」
最初の段階、ミリオーネンをおびき出すための爆撃は、フリューに仕切ってもらっている。
ファーシェガッハの魔王城もそれはそれでなかなか堅固な作りだから、どこに当てるかはやっぱりフリューの判断が欲しかったからだ。
時間差をつけて次々と爆弾を投下して、命中を軽く確認したらすぐ旋回して引き返し、前線基地へ補給に帰る。
雑魚っぽい兵士が慌ててるのが見えるぞ。
というか……悪魔なんだよな?
こんなので慌ててどうする。
「マンフレートのご機嫌取りしか能がない奴しか残ってないんでしょうね。飛ぶわけにいかないのは生身ならアタシたちも同じとしても、反撃すらないってのは拍子抜けだわ」
通信越しにフリューの推察が聞こえた。
僕たちの機体は無線で音声通信がつながっている。
搭載している電子機器は発達している一方、敵は現代的な電子戦を仕掛けてこないので、まんまと通信したい放題。
機械の恩恵を最大限に活かせる。
「私たちで最後ですね。魔破さん、よーく狙って!」
「行けー!」
最初に引き返したフリュー機が前線基地に着陸した直後くらいに、最後の黎・魔破機が爆弾を投下。
動かない大型建造物が目標とあって、訓練通りやるだけで全員が命中させた。
さすがにこの段階からは失敗してられない。
「よし、もう一回よ!」
また爆弾を搭載したフリュー機が飛び立って、僕の機体とすれ違う。
僕も次の爆弾を載せなきゃ……
「おのれェェェェ!!」
……不意に、空全体に響くような声。
ミリオーネンのお出ましか!
「メインディッシュが出た! 投下目標を変更! 城はもういいわ!」
あの巨大なエイの姿に、膨大な魔力。
間違いない、ミリオーネンだ。
闇の魔力を半分くらいしか感じないと思ったら、よーく感知してみると光の魔力も多い。
なるほど、実は勇者か。
そして、フリューが持つ魔王輪と出会ったからか、太陽が急に影に隠れる。
日食だ。
「本命が現れました。次の装備をお願いします!」
「爆弾より機銃ポッドがいいかもしれません。ダメそうならすぐに帰投を!」
補給に戻った僕の機体には、機銃ポッドが装備された。
僕の腕だと、動きのある相手に爆弾は外しそうだから、それがいいかもな。
機銃なら、後ろから近づいて同じ方向に飛べば、あの巨体が目標ならまず外さないだろう。
いくら格闘戦がやや苦手なP-38と言っても、ミリオーネンよりは小回りも効いて速度も出る。
過去の運用に倣ってシュートアウト、一撃離脱だ。
補給を済ませて戻ると、既に何発かの爆弾を命中させた後のようで、ミリオーネンがかなりダメージを受けている感じだった。
動きがさらに鈍い。
当たると死ぬような赤い弾を撃ってはくるけど、P-38の最高速度なら余裕でかわせる。
落ち着けば大丈夫だ。
「これなら!」
慌てず後ろについて、速度と照準を合わせて、機銃のトリガーを引く!
たっぷり弾を叩き込んでやる!
「おおおォォォォ……ォォ……!」
呻くような、叫ぶような声。
ポッドの弾をほぼ全部命中させたら、速度を上げて追い越す。
だいぶ痛めつけたな。
「まだ落ちないの!?」
「まだ落としちゃダメなんですよ、考えてみてください」
落とせないことに焦り始めた愛魚ちゃんに、アウグスタがブレーキをかけてくれた。
そう。
ミリオーネンを落とす前に、もらう物がある。
フリュー機が風防を開けた。
「食い合うは、月と太陽……アタシの元へ来い、ファーシェガッハの太陽!」
「……なんだと!?」
そうか、ミリオーネンは知らなかったか。
今のフリューはヴィントシュトースさんから直々に魔王輪を継承して魔王になってる。
そして、魔王輪と勇者輪とが食い合うことも知らなかった。
そのままでは無理でも、P-38に搭載できる火器でひたすら物理的な攻撃を加えて、弱らせてから仕掛ければ……
「バカな……力が、抜ける……」
……成功だな。
フリューから感じられる魔力の質と量が変わった。
これでもうミリオーネンは脱け殻だ。
「かくなる、上は……」
そのミリオーネンの周囲に、赤い弾がどんどん増える。
前回のあれをやる気だな。
「……《百万の破壊》!!」
来た、ミリオンデストラクション。
でも前回のものに比べて明らかに、弾の数も威力も劣ってるな。
これなら、機体の防御力場で防げるか……!?
いけた!
僕の機体は防御に成功した。
他は、無傷とはいかない機体もあるか……
「慌てなくていい! ライトニングは片肺でも飛べる! 被弾した機体は戻れ!」
シュヴァルベさんの声で、被弾した機体は落ち着いて前線基地への帰投ルートへ。
無事な機体はそれを援護するために撹乱だ。
残弾がなくても、進路を妨害するくらいなら。
「アンタはもういいわ。今日で用済みよ。せめて最後に……こう?」
フリュー機の周囲に、赤い弾が増える。
ミリオーネンにまだあんな余力が……いや、違う。
あの弾を作ってるのはフリューの方か!
まだどんどん増える。
フリューが魔王輪と勇者輪の両方の魔力を、ひたすら回してる。
空が、赤い……
「アンタ自身の技、その上位版で死になさいな! 《十億の破壊/Billion Destruction》!」
ビリオンデストラクション。
今のフリューだからこそ仕掛けられる大技での意趣返しで、空を埋めるほど多数の赤い弾が全部、ミリオーネンを狙って飛ぶ。
勇者輪を失ったミリオーネンは呪文に対する防御力も落ちていたようで、半分近くを防御したあたりで防御しきれなくなって、残りをまともに食らってしまっていた。
傷だらけ、穴だらけの巨体が、高度を下げながら崩壊していく。
「ヴィントシュトース、勝ったわよ」
魔王城のある浮島の端に衝突したところで、ミリオーネンは無数の粒子になって、飛び散って消えた。
僕たちの勝ちだ!
「やった!」
「とうとうやったな! まだ震えが止まらないぞ!」
「ワタシも!」
ミリオーネンの消滅を目で見て確認したところで、全機を前線基地に帰す。
あとの雑魚は地上から入り直して倒す。
皆にはP-38を飛ばしてた分の魔力の消耗はあるけど、その中でも僕とフリューは大して消耗してない。
「何なんだ……こんなの、こんなの許されないんだナ!」
半壊した魔王城の中に入ってしばらく歩いていたら、マンフレートに出会った。
最初の爆撃で死んでなかったのか。
「許すか、許さないか、それを決めるのは力のある者……つまり、アタシよ!」
「ナ……!」
クリティカルヒット。
フリューが一発でマンフレートの首をはねて、あっさり終わった。
これでもう、ファーシェガッハは掌握できるか……
「ありがとね、リョウタ」
フリューにお礼を言われた。
なんだか意外というか、新鮮というか。
「次はアタシが、リョウタを助ける番ね……魔破がここを《もうひとつの空》って言ってたように、アタシもヴィランヴィーは《もうひとつの空》って感じだから、そのヴィランヴィーを荒らされるのがわかってて、黙ってられないし」
真っ直ぐな視線で、フリューは僕を見つめる。
その表情に、迷いは一切ない。
「それに、アンタが殺されるなんて、嫌だし」
「……ありがとう」
フリューが助けてくれるなら、突破口も見えるかもしれない。
アルブム……必ず倒す!
◎もうひとつの空
第二の故郷という感じの意味の言い回し《another sky》の和訳。
ファーシェガッハはフリューが掌握できる流れになりました。
悪魔っ娘ルートが大詰めになって行きます。