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147 『烏合』の衆

腹にスイカバーを受けてしまっている実生活(リアル)の事情もあってピンチ。

今回はちょっと予定外な回かもですが、出撃前の地盤固めということで、ご容赦ください。

例のごとく寺林さんが勇者として転移させられて、その寺林さんの勇者輪も例のごとく僕が引き込んだということは、マクストリィでは夏休み中盤くらいの時期になっているわけで。

そうこうしているうちに、やっぱり言祝座(ことほぎざ)の魔王輪はアルブムに奪われたらしいという報告を、凰蘭(おうらん)さんから受けた。

そっちまでは手が回らないから、現地の人たちでなんとかしてほしかったのだけれど。

繊細な話になるので、場所を会議室に移す。


「跡目争いにばかり躍起になって、団結を知らぬ強突く張りばかりじゃから、集まったところで《烏合(うごう)の衆》やもしれぬのう」


凰蘭さんの下馬評が手厳しい。

言祝座の人々には会ったことがないから、僕からはなんとも言えないけど。


「せめて、セヴリーヌ様みたいに結界で閉じこもってくれてたらいいのに」

「それよ。そう言われればじゃ、トニトルス殿経由で見せてもらった坊やの記憶と、今回の外回りとですり合わせをしてじゃな……例のアルブムの足取りというか、時間割がつかめてきたぞよ」

「ほほう!」


僕たちが動いている間、アルブムはどう動いているのか。

よく考えてみたら、それは把握できてなかった。

そのあたりがどうなっているかの、時間割……タイムテーブルが、大まかにつかめたそうだ。

それはもう、ぜひ聞かせてもらおう。


「まずは龍の次元、ターミア。ここの魔王から魔王輪を奪ったことから、アルブムの一連の行動は始まっておるそうじゃが、これはマクストリィの時間で言えばおおよそ、今年の梅の花の頃だったそうじゃ。坊やの『仕切り直し』は葉桜の頃からと言うから、仕切り直してもターミアは無理じゃな。諦めるがよいわ」


梅はだいたい三月、葉桜はだいたい五月、という計算。

周回(ループ)の起点より二ヶ月も早ければ、どうしようもないな。

素直に諦めよう。


「ターミアの後は様々な次元をさすらう。しかし妾も知らなんだことじゃが、魔毒(まどく)にやられて滅んだ次元がいくつもあってのう……ヴァロークー、イアミィ、イーラァ、ドイズ・ダガード……」

「? ??」


聞いたことかない名前がずらずらと並んだ。

ごめんなさい、ちょっとすぐには覚えられなさそう。


「ああ、覚えずともよいぞよ。どこも同じく、坊やの記憶で言えばヴァンダイミアムの汚染区域と同じことになっておった。もう手遅れじゃし、アルブムにとっても無駄足踏みじゃったし、のう」


そうか……なら、そのあたりは飛ばそう。

何をしても変わらないなら、覚える意味もないや。


「そして、それらの無駄足に次いで狙われるのは水の次元、イル・ブラウヴァーグじゃな。《水に棲む者(アクアティック)》は魔毒が身体に馴染みやすいのかのう、仲間や手下を求めるためにか、先に狙われやすい」


イル・ブラウヴァーグは、愛魚(まなな)ちゃんのお母さんであるセヴリーヌ様が治める次元だ。

以前の周回では実際、部下のノエルさんを操られたところから突破口を開かれて負けた。


「しかしターミアでの異変を察知して《潮流結界タイドバリア》を張り、アルブムの侵入を防いでおる。先の無駄足踏みの時間があった分、結界張りが先んじた形じゃ」

「ということは、その結界がないと」

「うむ、イル・ブラウヴァーグは攻め落とされ、魔王輪はアルブムの手に落ちる」


あの周回では、僕が愛魚ちゃん一筋に生きようとしたからか、愛魚ちゃんが僕をセヴリーヌ様に会わせようと動いて、セヴリーヌ様は僕と会うために城を空けたり、結界を張らなかったりしていた。

そうか、そこに付け入る隙ができちゃったのか……


「ちなみに《潮流結界》を破れぬものかどうかと、攻撃を加えたり術式を組んだりというのでも、アルブムは一月ほど無駄足踏みじゃ。一度、勇者の転移が早かったというのは、それがなかったせいじゃろうのう」


種明かしをされれば、なんてことはない。

魔王同士で同盟を組んだつもりで、頑張りすぎが逆効果になってたわけだ。

セヴリーヌ様には今後も、結界で自己防衛に徹していてもらおう。


「空の次元、ファーシェガッハも動き自体は、普段であればイル・ブラウヴァーグと似たようなものじゃ。《暴風結界(ストームバリア)》で引きこもるが……今回はまだ張っておらぬな」

「それはフリュー達、御三家が揃って当主不在だからかもしれませんね。結界を手伝うからとフリューに全然会えない周回がありましたから」

「それじゃの。御三家の力添えもあってこその結界なのじゃろうて。じゃが」


ファーシェガッハは空の次元と言うけど、その空はひどく不安定だ。

アルブムは魔王輪が一つか二つしかない時には行かないかもしれない。


「そうじゃな。アルブムの《全開形態(フルスロットル)》とて、無敵ではないからのう。ゆえに、ファーシェガッハそのものが後回しにされる。結界が間に合うのじゃ」


だいたいわかってきた。

だから、結界が張られない言祝座が目をつけられて、狙われると。


「うむ。まんまと魔王輪を奪われて、二つ目じゃ。その後はちと、推測になるが……二つの魔王輪をもって力技で結界を破るか、またどこか別の次元から魔王輪を手に入れるかして、三つ目を得た後、ヴァンダイミアムじゃな」


そこから後は最初の時間で見た通り、スティールウィルでも勝てなくて僕に『魔王輪を貸してほしい』みたいなことを言うわけか。

そして、ヴィランヴィーに戻ってきて、僕の魔王輪を狙うと。

ヴィランヴィーが後回しな理由は何だろう?


「坊や本人はともかく、坊やが周りを固めておるからじゃろう。真魔王城は実力的に選りすぐりの者しかおらぬ。(わらわ)とて、幻望(げんぼう)候狼(さぶろう)首里(しゅり)などを寄越しておるのは確と実力を見定めた上でじゃ。あの粗忽者の(れい)とて、縁故や贔屓目ではないぞよ」

「はい」


そう言われると、そうだな。

僕は決して、僕本人が強いわけじゃない。

もちろん、これまでトニトルスさんやアウグスタから習ったものが無駄という意味で言ってるわけじゃないけど、なんだかんだでアルブムに負けてやり直してると、どうしても『自己肯定感』というものはなくなる……


「……気落ちしておるのう」

「そう見えますか」

「それはそうじゃろう、と言うより、今の坊やを見て気落ちしておると気づかぬ者など、その目が節穴じゃ」


さすがに凰蘭さん相手には、強がりは無意味か。

これからもう少しして、P-38が出揃ったら、ファーシェガッハに攻め入りもしないといけないのに。

気が重……


「そのための仕切り直しじゃろう、くよくよするでないわえ」


……!?

凰蘭さんに抱きしめられた!?

会議室に二人きり、他に誰もいないとは言っても。


「一人で全部背負うことなどないわえ。周りを見て、振れるものは適当に振ってしまうがよい……妾にも、じゃ」


凰蘭さんは僕を会議室から連れ出して……寝室に。

そして僕を引き込みながら、ベッドの上へ。


「安売りはしないんじゃなかったんですか?」

「それはもちろんじゃ。じゃが、今の坊やならよいかの」


思えば、凰蘭さんとは一度もそういうことになったことがない。

前の周回だったかな、光の魔力と闇の魔力の使い分けの話の時、そうなりかけたことだけはあったけど。


「今のそなたを見ておると、あの方を思い出す。二度と帰らぬ時間を追い求め、決して振り向かぬ女を囲い……ベルリネッタを袖にして」


袖にして?

ベルリネッタさんを振った、ってこと?

そんなことをした人がいたのか。


「仕切り直す前、ちらりと聞いたであろう? 本人から」

「……ああ」


そうだった。

最初の時間、ベルリネッタさんと過去の魔王の悲恋話を少しだけ聞いてた。

凰蘭さんはその人に会ったことがあるのか。


「うむ。その頃は妾もトニトルス殿も《形態収斂フォームコンバージェンス》を覚えたばかりの若輩者じゃったがのう。こんなじゃったわえ」


凰蘭さんの姿が変わって……小さく。

ロリになってしまった。

中身はかなり年上なのは知ってるから、これだとルブルムが言ってた『ロリババア』状態か。


「……はあ」


でも、僕はロリはダメなんだよ。

ルブルムことりっきーさんにもそれははっきり伝えてあって、以降りっきーさんのオススメは巨乳物にしてもらえた。

よくよく聞くと、それを真魔王城で言いふらしてメイドの皆の《形態収斂》を巨乳にしてもらったと言ってたけど。


「なんじゃ、坊やも若作りと馬鹿にするのかえ! 萎えることはないであろう! 萎えることは!」

「バカにはしませんよ。ただ、小さい子の姿にそんな気持ちは起こらないだけです」


そう言うとまた凰蘭さんの姿が変わって、元の大人の姿に戻った。

よかった、おっぱいも大きい。

そしてまた抱きしめられる。


「ふむ、やはり乳が恋しいかえ。坊やは思ったより甘えん坊じゃのう」

「……そうだって認めたら、甘やかしてくれますか」


僕を甘やかすと言えば、やっぱり最初のベルリネッタさんだ。

あの頃はどんどん自分がダメになるからと思って遠慮してたけど、こんなことなら遠慮なんかするんじゃなかった。

いっそダメになってしまいたかった。

今更言っても、遅いけど。


「……この妾が、他の女の代わりとはのう」

「そんなつもりは」


でも、その鬱憤を凰蘭さんにぶつけていいかというのは話が別だ。

凰蘭さんはあくまでも凰蘭さんで、ベルリネッタさんじゃないんだもの。


「なおもそうして強がるところが愛らしいが、張りつめて強がるばかりではいつはち切れるか、こちらまで不安になるのじゃ。よいぞよ。坊やなら許す」

「ありがとうございます……」


しばらく身を任せて、温もりを感じながら甘える。

凰蘭さんにしてもらってるのに、思い浮かぶのはベルリネッタさんのことばかりだ……


「仰向けになったら、勇者輪の光の魔力を回しておくれ。あとは妾に任せて、存分に甘えるがよい」

「はい……」


言われるままに従って、凰蘭さんに甘えて。

一糸まとわぬ姿の凰蘭さんが、僕にまたがって……


* 凰蘭がレベルアップしました *


……全部お任せして、重なりあって。

凰蘭さんの息が荒い。


「は、はー……よもや、妾の方が、ひいひい言わされるとは……♪」


繋がったままの部分が、まだ熱い。

僕はそんなにも、鬱憤が溜まっていたのか。


* 凰蘭がレベルアップしました *


僕の上から降りた凰蘭さんは、次は僕の隣で仰向けに。

でも、その動きはもうふらふらしていた。


「もう、今日は……腹一杯……いや、(はら)一杯じゃ……♪」


それだけ言うと、すやすやと寝息を立て始めた。

さすがに僕もこれだけ疲れたら、このまま寝られそう。

おやすみなさい。




翌朝。

起こしに来たのは、ベルリネッタさんだった。


「はあ……起きてくださいませー」


起こしには来たけど、遠巻きに、嫌そうに声をかけるだけ。

触れるどころかもう近寄るのさえも嫌という感じで、顔をしかめている。

昨夜は『やりっぱなし』のまま寝てたから、汚いと思うか……


「そうではない。魔王輪の闇の魔力を」

「あ、そっち」


……そうか、勇者輪の光の魔力だから嫌だったか。

失敗。

隣で寝ていた凰蘭さんに指摘されて、慌てて直す。


「誰を食い散らかしてもお咎めはしたしません。なんでしたらお勧めもいたしますが……魔王としての自覚は、お忘れなく」


これが現実だ。

甘やかすでもなくヤキモチを妬くでもなく、つとめて事務的に、ただメイドの職務だけで僕に接する。

あの時間は、もう戻らない。




いよいよP-38が出揃った報せを受けて、ファーシェガッハを攻める直前の機体チェックに、マクストリィへ。

攻め込むメンバーを集めて、真魔王城から《(ポータル)》を開けて、移動する直前。

凰蘭さんから呼び止められた。


「城内は妾が抑え込んでおくゆえ、坊やは……いや、主様(ぬしさま)は暴れてまいれ」


あ、二人称が『主様』に変わった。

外からの攻撃だけでなく、変な動きがないか内からの異変もないか。

凰蘭さんに目を光らせていてもらう。

そうしてもらえたら安心だ。


「妾は『暴れてまいれ』と言うた……よいか。『まいれ』は『生きて戻れ』という意味じゃからな」

「もちろんです」


当然、生きて帰るとも。

P-38まで用意して飛ぶのも、ファーシェガッハを攻めるのも、生きて未来をつかむためだ。

死ぬためなんかじゃない。


「りょーた……まさか、このババアまで『たらした』のか?」

「ちょっと!?」


カエルレウム!

いくらなんでもババアて!

ババアはダメだろ!?


「そなた、今、何と申した? この妾を何じゃと? ババア? ん?」

「あひゃ! いひゃい! いひゃ! ひゃへ!」


やっぱりただじゃ済まない。

カエルレウムは両方のほっぺたをつねられて引っ張られてる。

そんなこと言うからだ。


「この美しい妾をババアなどと申した悪い口は、これかえ? んん?」

「おへ、おへんらは、ほへーは!」

「さてのう。ババアは耳が遠いせいかのう。聞こえんのう」


今のはカエルレウムが悪いから、かばわないぞ。

僕も気をつけないとな。

具体的には聞いてないけど、凰蘭さんに限らず皆して年上なんだもの。

でも……こんな調子で大丈夫か?

この真魔王城の面々が《烏合の衆》でない保証はあるか……?




◎烏合の衆

カラスの集まりが無秩序でバラバラなことから、規律も統制もなく、ただ寄り集まっているだけの集団、秩序のない人々の集まりや軍勢のことを言う。

後漢書(ごかんじょ)耿弇伝(こうえんでん)より。


凰蘭の話にあった「滅びた次元」の名前は、廃業や倒産で模型・玩具から手を引いたり消えたりしたメーカー名のもじりで。

詳しい人ならだいたい察しがつくやつです。

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