145 『三本』の矢の教え
美徳の剣を揃えることと、それ以外のあれこれも。
P-38だけでは決め手に欠けるかもというところを、埋めるゲストキャラ登場回です。
ファーシェガッハの御三家にそれぞれ一本ずつが伝わるという《美徳の剣》を確保しておく話になって、そのうち《心意》と《技巧》は現物を確認した。
向きを揃えて並べると、刀身に走る線が光り始める。
共鳴するように、脈打つように、明るさを変えて。
「フフッ、見ているだけでも強い魔力が伝わってくるね」
「持ち寄るとこうなるとは。私も、考えもしなかったよ」
シュヴァルベさんもアウグスタも、代々のしきたりで大切に保管はしていたけど、だからこそ家から持ち出すこともなかったために、詳しい話はわからないらしい。
それにしてもすごい魔力だ。
まるで、今ここに強大な魔王が現れたかのような感じさえしてくる……
「あとは《剛力》だけ……だけど、二本でこの迫力なら、三本になったらどうなるのか。考えると少し怖くもある」
フリューは『家の当主だからすぐに持ち出せる』というようなことを言っていたけと、大丈夫かな。
気になる剣だ。
「これほどのものを、家の外どころかファーシェガッハの外へ持ち出すとなると、あの魔王や王太子はうるさく言ってきそう」
「フフッ、それがなぜか、何も。運がよかっただけかもしれないが、両者とも動きはなかった」
魔王ミリオーネンも王太子マンフレートも、この件をスルーしたのか。
あいつらは何を考えてるのか。
これらを失うなんて、さぞかし計り知れないほどの損失だろうに。
「楽観的に考えれば、そもそもこれの存在が知られていない……とか? いや、観測が希望的すぎるか」
「魔王が知らないなんて、そんなことがあるかな? だいたい、これがどのようにして作られて、御三家の先祖、初代にどういう経緯でもたらされたのか、それもわからないの?」
「そう言われると……フフッ、まったく聞いたことがないな? 笑い事じゃないが」
どうなってるんだ。
あまりにも謎すぎる。
まあ……相手に悪用されなくなるのならいいとしておいて、先送り。
推測だけであれこれ言い合っていても仕方ないし、フリューの《剛力》もここに並べて三本揃えたらわかるのかもしれないし。
それでも時間は惜しい。
いよいよ実戦仕様が仕上がって納品され始めたこともあって、P-38の飛行訓練の時間はできるだけ取る。
ファーシェガッハでしか飛ばせられないかも、とも言われていたけどそんなことはなく、プロペラさえ一定以上の回転数で回し続けられるなら、マクストリィでもヴィランヴィーでも飛べた。
「ノーズアートとかマーキングとか、凝りたいよね」
「わかる。専用機はロマン!」
ルブルムとカエルレウムは、そんな話をしている。
プラモデルを自分で作る時なら大いに結構だけど、P-38については整備員にお願いしないとできないだろ。
整備員の仕事を増やす気か?
「大丈夫ですよ。機体には乗員ごとの癖や好みに合わせて微調整を施すこともありますし、任務に合わせて追加装備を施すこともありますし。そうなれば他の機体とは識別を容易にする意味でも、多少の装飾はむしろあった方がこちらにも好都合です」
心配していたら、むしろ整備員側の上の人からオーケーが出た。
それなら……ええと、この人の名前は……?
「申し遅れました。私は飛田と申します。今回のプロジェクトにおいては整備部門の責任者を務めさせていただきます」
……飛田さん。
P-38の性能については、維持も発揮もこの人たちが頼りだ。
痩せた初老の男性という風体で、阿藍さん関係の人材にしては魚っぽい名前じゃないけど、普通の人間なのかな。
「いえ。私もしっかり《水に棲む者》でして……トビウオなんですよ」
「なるほど、それで飛田さん」
「エギュイーユの奴も、針魚ですからね。秘書の鮎川を始めとして、アラン様に近い者、要職を任されている者は《水に棲む者》ばかりですよ」
まあ、普通の人間にはいろいろ無理な仕事だもんな。
そりゃそうなるか。
「真殿様も、身辺にはお気をつけください。誰に何を任せるか、任せないか……そこを見誤れば、ただ敵に負けるだけよりも痛ましい結果が訪れます」
「……ですよね」
飛田さんの忠告はもっともだ。
そして、また二周目のベルリネッタさんを思い出して、気分がブルーになる。
「おっと、話を戻して……このP-38レプリカプロジェクトでは、試作初号から訓練仕様、そして今回の実戦仕様も、機体の制御は《フライ・バイ・ワイヤ/Fly by wire(FBW)》化してあります。それらによる操縦補助もありますが、その補助を介入させる度合い、数値も乗員ごとに変えることもあるでしょう」
「そこを好みと癖に合わせてもらえると?」
「はい。数値を入力しておけば、それをコンピュータが出力して合わせます」
フライ・バイ・ワイヤ。
以前、シュヴァルベさんとネットカフェであれこれ調べた時に、一緒に調べておいた。
機体の制御を、鋼索や滑車といった機械的な仕組みで伝達して行うのではなく、コンピュータ制御で電気信号を伝達して行う方式。
よく知らないままだと『鋼索の方が金属製のロープだからワイヤ』『電気信号を伝える方がパソコンなどではケーブルって言うからケーブル』って思っちゃうけど逆で、機械式がケーブル、電気式がワイヤ。
「ありがとうございます、本当に」
ここまでお膳立てしてもらって負けたら、恥ずかしいじゃ済まない。
絶対に勝つ。
そのためには機体にひたすら慣れろ。
訓練あるのみだ。
そうして訓練していくことで、プロペラを回す《呪文転輪》に魔王の魔力を使うけど、使い切れない分は……
「今日は……」
……エッチして、誰かに渡してる。
実質、とっかえひっかえ状態になっちゃってるけど、別に誰でもいいというわけじゃない。
周回を重ねても失いたくない、大事な人たちだからそうするんだ。
そこを見失ったらダメだと、毎度ながら自分に言い聞かせる夜。
「いたいた。やあ、了大くん」
「……シュヴァルベさん?」
寝室へ向かう途中、シュヴァルベさんに出くわした。
なんだか、僕を探してたみたいな口ぶり?
「どうしました? 何か用事が……あ、フリューが戻りましたか」
「いや、フリューはまだだよ。今夜はそうじゃなくてね……フフッ、あとは言わせないでくれないかな?」
言葉は濁すけど、僕の手を取って意思を示してくるシュヴァルベさん。
これは、そういうつもりと……『合意』と見てよろしいですね?
握り返して、手を繋いで寝室へ。
* シュヴァルベがレベルアップしました *
シュヴァルベさんをじっくり味わって、堪能した。
でも、これまでそういう素振りはなかったように思ってたけど、どうしたんだろう。
僕が気づいてなかっただけ?
「フフッ……君にはいろいろと……助けられたり、気づかされたりしたからね。震電で満足していてはいけなかったとか、ライトニングに乗れるようにしてくれたとか、あとは私本人が、氷雪への苦手意識から逃げていてはいけなかったとか」
「P-38は僕の力じゃありませんからなんともですけど、僕から魔力を得たことで、そのうち氷雪が苦手じゃなくなるかもしれませんね」
「だといいね。フフッ」
この後、一緒に寝室から出るのを愛魚ちゃんに見られた。
その場では取り乱すでも叫び出すでもなく落ち着いてたけど、次の休みにデートに行くと言われた。
……拒否は許さないという強い意思を込めた視線を、僕に突き刺しながら。
そして愛魚ちゃんに付き合って、海へ向かうデート。
移動はエギュイーユさんに車を出してもらっている。
免許証はあるのかと見せてもらったら……
『氏名 敦賀さより』
……ちゃんと持ってた。
日本での氏名や身分も持ってるのなら大丈夫だな。
途中で寄り道もして、目的地は……防波堤?
「キス釣りです。うまく釣れたら、今夜はキスの天ぷらにしましょう」
「のんびり海を眺めながら釣糸を垂らして、静かに過ごすのもいいでしょ?」
「いいね、うん……でも、びっくりした」
釣具も一式準備万端、さっきの寄り道で餌も買ってあるという。
用意がいいな。
それにしても釣りデート、しかも餌の虫も平気で扱うとは……
さすが愛魚ちゃんも《水に棲む者》ということか。
「このチロリをね、こう……」
周回以前も何度周回しても全然そんな機会は今までなかったから、僕は釣りはド素人。
愛魚ちゃんとエギュイーユさんにひたすら頼るばかり。
「君は誰とキスをー釣ーるー♪」
エギュイーユさんは釣るよりも、お茶や昼食の準備をしてくれてる。
なんとも変なような、それでいて聞いたことがあるメロディのような歌だ。
「おお、釣れてる!」
すごくたくさん釣れた。
釣れた魚はその場で、エギュイーユさんが頭を落として血抜きもして、〆。
「頭は自然由来のものですからね。海に『さようなら』すれば自然に還ります。ビニールやプラ、ペットボトルなどは、必ず持ち帰りですよ!」
帰りもエギュイーユさんの運転。
一般の人の目もあるところに、呪文の《門》はまずいということだったけど、窓から見える景色は《門》じゃ味わえなかったから、車でよかったと思った。
「本当はね……了大くんが、釣糸を垂らすより他の女の子をたらす方がいいって言い出したらどうしようかと、ちょっと怖かったの」
「そんなこと言わないよ。愛魚ちゃんはとても大事な人だもの」
「よかった。餌の虫……チロリ、嫌じゃなかった?」
「大丈夫だよ。餌だけじゃなくて、今日は全部二人にお任せしちゃってるじゃない」
「おっ、私も忘れられてませんね! よかったー♪」
もちろん、裏方に徹してくれたエギュイーユさんもね。
恩に着るよ。
キス釣りから戻ると、フリューが帰ってきていた。
時間がかかってたけど、何かあったのかな。
フリューには魔王や王太子の妨害があったのかな?
「いや、違う違う。アタシにね……縁談が来てたのよ。アホかってほどたくさん! 中にはあのマンフレートに媚びて、アタシとくっつけようとしてくる奴もいたから、そいつは『クビ』にしたけど」
「クビ? 解雇?」
「いや?」
フリューは悪どい顔で、立てた親指で首をかき切るハンドサインをして見せた。
あー……『クビ』だな。
「縁談を全部蹴るにも、返事くらいは最後に直筆で、魔力入りのサインをしないといけなくてね。そっちで時間がかかったけど……ほら! これがアタシの《剛力》よ!」
確かに、他の二本と同じ風格や魔力を感じる。
青い線が入った、黒い剣だ。
線の色以外はだいたい同じ。
「ほー……心・技・体を揃えるたァよォ、鳳椿みてェなことを言いやがるぜ。まるで修行だな」
三本揃ったことで、何が起きるか見たい人や、何か起きたら止めるのに力を借りたい人を集めた。
その中から、イグニスさんがそんな感想を漏らす。
確かに……なんか日本人には聞き覚えのある概念かも。
「使い方もわかりませんが、試しに空にかざしてみましょうか、なんとなく」
「アタシはそれでいいわよ。シュヴァルベからやる?」
「フフッ……では、そうしよう」
アウグスタがそう言うのでお任せする。
御三家の家宝だから、御三家の人の判断に従おう。
「技巧!」
「心意!」
「剛力!」
三人が剣をかざして、空中で交差させると……
剣から魔力と一緒に色が抜けて、その魔力が黒い球になって、宙に浮かんだ。
「……やっとこの時が来たか。ずいぶんかかったな」
球から、男の人の声がする。
誰かいるのか……というか、意思があるのか?
三本の剣を全部集めた魔力は形を変えて、半透明な人の形になって……
「俺は……《ヴィントシュトース/Windstoss》。よくぞ三本の剣を……《三本の矢の教え》を守り通して、俺を復活させてくれたな。大義であった」
……ヴィントシュトースさん、という人になった。
この人は封印されていたのかな。
それにしてはずいぶん力があるような……それこそ、魔王レベルの。
封印なんてされた理由は何だろう。
「お前か。久しぶりだな、フリューリンクリート」
「フリューリンクリート? それ、確か高祖母の名前よ。アタシはフリューリンクシュトゥルム」
「んな、っ……ひいひいばあちゃんって……そんなに、経ってんのか……!?」
「あなたはいったい、どういう方でしょう? お名前や雰囲気は、ファーシェガッハの出のようですが」
「俺はな、ファーシェガッハの魔王だよ」
ファーシェガッハの魔王?
それって、あのエイみたいな姿になったミリオーネンじゃないの?
「話せば長くなるが、何から話したものか……」
話が見えない。
確かにこの人もすごい魔力ではあるけど、半透明なせいか、どこか存在感が薄い。
それに、魔王としてこの人がいるのならミリオーネンは……
まさか?
◎三本の矢の教え
戦国武将、毛利元就の教えとされる。
一本の矢では簡単に折れるが、三本を束にすると容易には折れないので、兄弟三人共がよく結束して毛利家を守るようにと言い残した逸話。
ただし国の重要文化財である「三子教訓状」には三本の矢に関しての記述はなく、江戸時代に編纂された「前橋旧蔵聞書」との混同が見られるとのこと。
このゲストキャラ、ヴィントシュトースは本物の魔王です。
誰がなぜ封印してどうこう、みたいなのが次回の主題になります。
あと、今回のサブタイトルとして日本の逸話がファーシェガッハに持ち込まれている理由も次回に。




