15 臍を『噛む』
新キャラ、クゥンタッチのあれこれが明らかになる回です。
ちょっと「濃い」キャラにしすぎたかもしれません。
魔王クゥンタッチさんは、真の吸血鬼。
俗に伝承で言われる弱点であるはずの日光も、意に介さない様子だ。
トニトルスさんに教えてもらったやり方で魔力の流れの量と色を見てみる。
「……可愛い顔で熱い視線を送ってくるネ? 照れてしまうよ」
微笑みを絶やさないクゥンタッチさんだけど、その魔力は、量はさておき黒い。
黒だよ、真っ黒!
とにかく黒一色の魔力が、この人からにじみ出ていた。
「立ち話もなんだネ……ちょうどそろそろ茶会の時間だ。キミたちも来てくれたまえよ。そこで話そう」
茶会。
吸血鬼の茶会って、どういうのだろう。
たくさんの吸血鬼が集まるとか、お茶が全部人間の生き血とか、行ったら噛まれちゃうとか……?
想像したら怖い!
「安心したまえ、普通の茶と菓子だよ。雛鳥たちに喜んでもらうために、上質の品を用意させている」
失礼な想像をしてしまった。
でも『雛鳥』ってどういうことだろう。
鳥と一緒にお茶を飲むのかな?
城内に入ると、ここのメイドもヴィクトリアン。
露出を抑えた上品なメイドの装い。
必ずしも容姿だけで選ばれている様子はなく、初老の女性もいるようだ。
単純に実力重視と能力主義で成り立っているのだろう。
真魔王城の、あの『風雲ハレンチ巨乳美少女城』状態に比べると、安心感は段違いにこちらが上だと感じた。
しばらく歩き、大きな門の前で立ち止まる。
「《シャマル/Shamal》、準備はどうか」
「はい、クゥンタッチ様。万事ぬかりなく」
シャマルと呼ばれたメイドが、そこで主人を忠実に待っていた。
このシャマルさんは、かなりの美人だ。
……かなりの貧乳でもあるけど。
「うむ、よし。開けてくれたまえ」
クゥンタッチさんの命令で、扉が開く。
扉の中はホールと言っても過言ではないほどの広い部屋。
そこにはいくつものテーブルがあり、たくさんの出席者が席について、クゥンタッチさんの登場を待っていた。
「お待たせ、ボクの可愛い雛鳥たち!」
「……なっ……!?」
一際いい笑顔で、クゥンタッチさんは出席者たちに挨拶を投げかける。
しかし、その出席者たちは。
「キャー♪ クゥンタッチ様ぁー♪」
「クゥンタッチ様カッコいいー♪」
「魔王クゥンタッチ様に栄光あれー♪」
全員が女の子。
そして全員が幼い。
ちっちゃい女の子がたくさん。
ロリロリだ!
「こ……これが『雛鳥』……!?」
雛鳥ってこういうことかー!
そういえば、ベルリネッタさんはこの人を『最近までは悪趣味と思っておりましたが』と言っていた。
思わずベルリネッタさんの方を見てしまう。
「りょうた様、これが《雛鳥たちの茶会/Tea Party of Chicks》……クゥンタッチが毎月欠かさず開催する定例行事にして、魂を癒す場所でございます」
最低限のマナーについては、この場で教えているようだ。
しかし、そう特に口うるさく言う感じはない。
誰でも気張らず、リラックスできる雰囲気作りを重視されているのがわかった。
でも。
「どうだい、この茶会は……雛鳥たちを愛で、囀りに耳を傾け、心安らぐひとときを過ごす……最高だろう!?」
変態だー!!
とんでもないよ、この魔王!!
呆然としていると、出席者の女の子のうちの一人が、クゥンタッチさんに近づいてきた。
出席者の中でも比較的年上の子のようで、中学生くらいに見える。
「クゥンタッチ様……私、こちらにお邪魔できるのは、もう今日が最後なので……」
女の子は寂しそうにしている。
何か事情があるのかな?
「ああ……キミはもう、巣立つ時だったネ。ボクも寂しいけれど、雛鳥というのはいつかは巣立って、自分の翼ではばたくものさ……キミが飛ぶ空が、晴れやかであるように」
詩的な表現の別れの言葉だ。
そしてクゥンタッチさんが優しく頬にキスをすると、その子は元いた席へと戻っていった。
「今の子は、お引越しか何かされるんですか?」
なんだか素敵だなって、ちょっと感動してしまった。
流れでついうっかり聞いてしまう。
「ああ、そうじゃない……この茶会への参加は『十三歳の誕生日を迎えた後の、最初の開催日まで』と、取り決めているのさ」
つまりアレですか。
出席者は十二歳までの子たちに限定してるわけですか、このロリコン魔王は。
さっきの感動を返してください。
「ゆっくりと楽しんでくれたまえ」
すいません。楽しめません。
僕はぶっちゃけ巨乳のお姉さんが好みです。
ロリは根本的に無理です。
「大丈夫だよ? 了大くんがちっちゃい子を喜んで食べちゃうロリコンになっても、私は了大くんが好きだから」
愛魚ちゃんは頭がどうかしたんだろうか。
絶対ならないから、そんなくだらない心配をしないでほしい。
そういえば、ベルリネッタさんはこのロリコン魔王について『今ならわたくしもあれの言っていることの意味がわかるかもしれません』と言っていた。
「わたくしはもう、クゥンタッチを悪くは言えませんね」
ベルリネッタさんも頭がどうかしたんだろうか。
少しは何か言ってやってほしい。
例えばこっちの次元は僕らよりも結婚適齢期が早いとしても、もうちょっとこう何というか。
こう、節度というか。
「りょうた様の可愛らしさに、心を奪われてしまいましたので♪」
おお……
僕という『雛鳥』で年下趣味に目覚めてしまったので、クゥンタッチさんがロリコン趣味でも人のことは言えないということか。
むしろ僕はもう少しぐらい、背が高くなってもいい年頃だと思うけど……
茶会が終わり、親御さんたちが迎えに来て女の子たちは帰っていった。
なんでも全員が城下町に住む領民の娘たちで、ごく普通の人間だそうだ。
僕と愛魚ちゃんとベルリネッタさん、そしてクゥンタッチさんで、一つのテーブルを囲む。
シャマルさんは、クゥンタッチさんの斜め後ろに立って控えたまま。
「さて……ボクのことはだいたい把握してもらえたと思うけど……ベルリネッタ、この二人はどういう子たちかな?」
クゥンタッチさんは真面目な表情になって、僕と愛魚ちゃんを見据えた。
でも微笑みは絶やさない。
やっぱりイケメンだ。
「申し遅れました。《水に棲む者の主》アランの娘、愛魚と申します。どうぞお見知りおきを」
そして、こういう時は育ちの違いがありありと出る。
うろたえずに上品に挨拶を済ませる愛魚ちゃんに、出遅れた格好になってしまった。
「ほう! ムッシュ・アランの……なるほど、道理で綺麗な海のブルーだ。もっと早く、雛鳥のうちに会っておきたかったネ」
クゥンタッチさんが言う海のブルーというのは、愛魚ちゃんの魔力の色だろう。
あっちが黒一色なら、愛魚ちゃんは青一色だ。
しかし、雛鳥のうちにというのが本当にアレだな。
確かに愛魚ちゃんは小学生の時も美少女だったけど。
「そして、キミは……」
しまった、ぼんやりしてた。
えーと……
「……真なる魔王、というところかな」
「そう、このお方こそ真なる魔王、りょうた様ですよ」
出遅れに次ぐ出遅れ。
自分で言うべきだったはずのことを、クゥンタッチさんとベルリネッタさんに言われてしまった。
「は、すいません……真殿了大です。よろしくお願いします」
慌てて自分でも名前くらいは言い直す。
全然魔王らしくない。
「マドノ・リョウタくんだね……うん、リョウタくん。よろしく」
僕の名前を丁寧に繰り返して、クゥンタッチさんが僕を見つめた。
このまなざしには、女の子ならたいがいはコロッとやられると思う。
イケメン王子様の必殺技って感じだ。
僕は男であってビーがエルな趣味もないから、そういうことはないけど。
「そういえば『真』っていうのが気になって、今日はここに来たわけなんですが……クゥンタッチさんは、魔王なんですよね?」
魔王城と、真魔王城。
ここで魔王と呼ばれるクゥンタッチさんと、そのクゥンタッチさんに真なる魔王と言われた僕。
わざわざ城が二つあって、魔王が二人いるのは、どうしてだろう。
「雛鳥たちを含め、城下町の皆には魔王と呼んでもらっているよ……名目上で、ネ」
クゥンタッチさんは名目上の魔王ということなのか。
それで僕が真なる魔王。
ゲームで言うとラスボスと隠しダンジョンボスみたいな?
僕のお腹にある、あのアザ……魔王輪が、やっぱり重要なんだろうか。
「このクゥンタッチは、わたくしの相棒……《不死なる者の主》として、わたくしと双璧をなす存在です」
アンデッドロード。
なるほど、真の吸血鬼といえば死なない系モンスター最上級の代表格だ。
こういう時にゲームの聞きかじり知識をあてにするのはいいのか悪いのか。
この場はいいということにしておこう。
しかし、ベルリネッタさんもそういうレベルの人だと……
デスゲイズとか真っ黒の手枷足枷とかで只者ではないとは思っていたけど、そういうことだったのか。
「先代の魔王と勇者が相討ちとなり、魔王輪が失われたことを人間に対して隠すために……表向きの魔王を演じさせておりました」
ベルリネッタさんの相棒。
格下ではなく同格ということなら、よほどの実力者と見て間違いないと思う。
趣味は……まあ、どうあれ……それほどまでに重要な役を演じきれるほどの人だ。
見かけで判断してはいけない。
「その魔王輪がこうしてまた顕現したとなると、近いうちに何か起きるのかもしれないネ」
そう語るクゥンタッチさんだったけど、今はそういう予感や証拠はない。
どうなんだろう。
「確証ではないよ。単なる予想さ。未来なんて誰にもわかりはしない。そう、それこそ……どれほど強く将来を誓い合っていても」
クゥンタッチさんの笑みに、寂しさが混ざるのを僕は直感した。
ああ、この人はつらい思いをしてきた人だ。
胡散臭いと言われる笑顔はきっと、それを隠す仮面。
「将来、ですか……クゥンタッチさんは? あのお茶会で仲良くなった子から、お妃様を探すとか?」
でも、愛魚ちゃんは気づかなかったらしい。
知らず知らずのうちに、愛魚ちゃんが繊細な部分に踏み入ってしまった。
それはきっと、言っちゃいけなかった。
部屋の中に、黒い旋風が吹く。
「シャマル、やめろ!」
クゥンタッチさんがシャマルさんを止めたかと思うと、そのシャマルさんはあろうことか。
「え……あ……」
なんと一瞬で愛魚ちゃんの真後ろに移動していて、手に持った黒いナイフを愛魚ちゃんの首元に当てていた。
止められるのがあと少し遅かったら、愛魚ちゃんの首はここで胴体と離れていた気がする。
それほどまでに鋭い、シャマルさんの動作と眼光。
「しかし」
「二度言わせるな!」
黒い魔力が漏れ出すほど強く睨みつけて、改めてクゥンタッチさんがシャマルさんを止めた。
クゥンタッチさんの顔からは微笑みが消え、シャマルさんは無言で最初の位置に戻る。
一方でベルリネッタさんは、大事には至らないという確信があったのか、冷静なままだ。
「愛魚ちゃん、たぶん以前に何かあったんじゃないかな。今のは愛魚ちゃんがうっかりしてたんだと思うよ」
「……ごめんなさい」
なんだかんだで愛魚ちゃんは育ちがいいけど、だからこそ見えないものもある。
そしてきっと、それを踏んでしまったんだと思う。
「いや……マナナくんは悪くないさ。ただ、シャマルのことも許してやってほしい。悪いのは全部……あの時のボクなのだから」
それでいてクゥンタッチさんは他の誰も責めない。
口を滑らせた愛魚ちゃんが悪いわけでもなく、その首を狙ったシャマルさんが悪いわけでもなく、ただ自分が悪いと。
「君たちが気に病むことはない。これはボクの、終生許されない罪の記憶……忘れる自由などない、解放される権利などない、ボクに課された罰」
愛魚ちゃんも神妙な表情だ。
そして、もうクゥンタッチさんの顔には、微笑みどころか精彩もない。
よほどつらい記憶に触れてしまったのだろうか。
「話しておこう……いや、話しておくなどという言い方も思い上がりか。ベルリネッタには前にも話したけど、聞いてほしい」
そんなつらい記憶を、今日会ったばかりの僕が聞けるものだろうか。
「《臍を噛む》思いなのです。ここは聞いてやってくださいませ。その方が、これも楽になります」
それきりベルリネッタさんは何も言わない。
なら僕もそうしておかなければ、聞き手にならなければ、クゥンタッチさんが納得しなさそうだ。
「ボクが長い長い時間をかけて愛したジョゼフィーヌの……破滅を」
破滅。
ここにいないジョゼフィーヌという人がなぜいなくなったのかが、クゥンタッチさんの罪らしい。
「雛鳥のままの……幼いままの恋慕は、永久には続かない。憧れが強い分だけ、現実との差に打ちのめされることになる」
俗に伝承で言われる話では、吸血鬼の仲間になれば老いなくなり、寿命がなくなるらしいけど。
それなのに破滅するというのは、どういうことだろうか。
◎臍を噛む
自分のへそを噛もうとしても口が届かないのに、それでも噛もうとするほど残念なことから、どうにもならないことを悔やむこと。
本文中でも触れましたが、クゥンタッチが表ボス&了大が裏ボスみたいな感じになります。
次回は回想シーン、ジョゼフィーヌの破滅編からになります。