144 『机上』の空論
着々と準備を進めたり、やっぱりベルリネッタが諦められなかったり。
阿藍さんが用意したP-38ライトニングは、良好な性能を示した。
でも、浮かれてばかりもいられない。
「しかし、こうしてみると……今までの私の努力は……フフッ、まるで児戯だな」
シュヴァルベさんの面目を潰したいわけじゃない。
阿藍さんに目配せすると。
「それは違う。君がこの震電を作り上げ、飛ばしてくれていたから、私がライトニングにその技術を組み込めただけのことだ。先程『基礎設計は先人の英知』と言っただろう。それには《呪文転輪》を実用化させた君の、君の家門のそれも含まれている。君がいなければ、今日のこのライトニングはない」
「そう言ってもらえると、救われるよ……フフッ、ありがたい」
さすが阿藍さんは大人。
シュヴァルベさんの顔を立てることで、場を丸く収めてくれた。
「さて、そうとなれば増産の材料を出さなければならないね。採掘や精練は進めていたが……」
「こちらの機械と人員を入れさせてくれるなら、もっと効率的に掘れる。時間が惜しいからな」
「そうしよう。あとは少し、気になった点を詰めておきたい。尾翼が少し揺れたような?」
「バフェッティングだな。空力的な現象で、大戦当時から言われていたらしい。解決策は練ろう」
何しろ総動員だ。
金属を鉱脈から掘り出すのも、それを使える純度に上げるのも、工業力があるに越したことはない。
その辺は二人で詰めてもらって……
「了大くん、次はアウグスタとフリューを来させてほしい。御三家として、引っ張り出さなければいけないモノがある」
……御三家として、か。
それは必ず二人に伝えなくちゃ。
戻ってフリューにその話をすると、思い当たるふしがあるという顔で。
もうすぐにピンと来たようだった。
「《美徳の剣/Virtue Sword》のことね。アタシはすぐに持ち出せるわよ。当主だから」
ヴァーチュソード?
そういう武器があるのか。
聞くと、御三家それぞれの家に一本ずつあるらしい。
「アタシのところに《剛力/Kraft》、シュヴァルベのところに《技巧/Kunst》、アウグスタのところに《心意/Geist》……力と技と心を磨くことが美徳という意味で、それぞれの家の初代が与えられた剣だと聞いてるわ。武器というより、祭器……儀式的ものらしいけどね」
なるほど、確かにそれは必要そうだ。
前回もそれがあれば、もっと状況は変わってたのかな。
話していると、アウグスタも来た。
「正直、先代から継承した時以外に見たり触ったりしていないものですから『使えるかどうか』は未知数ですが……考えようによってはむしろ『相手に使われないため』に持ち出しておくのも、いいでしょうね。《心意》は私が持ち出しましょう」
決まりだな。
そのヴァーチュソードも、こちらで押さえておこう。
あとは……
「むしろシュヴァルベも《技巧》を持ち出すついでに、こちらに来させた方がいいと考えられますよ。例のライトニングに慣れさせたいですから」
「そうだね。そうしよう」
シュヴァルベさんもこちらに来させるとなると、御三家の当主が全員ファーシェガッハを空けることになる。
魔王と王太子の不興は買いそうだけど、どうせ仕留めるなら機嫌なんて取らなくてもいいかな。
取られて困るもの……重要人物の身柄や、重要な品さえ押さえておけばいい。
「機種転換訓練もそうですが、そろそろ実機操縦での訓練にも入りたいですね。机の上での模擬的なものだけで終わりというのは考えられません」
「そりゃそうだ」
改良点を突き詰めてライトニングの実機が仕上がって来れば、訓練の段階を上げる。
愛魚ちゃんも通して、阿藍さんに伝達しよう。
それはもちろん阿藍さんにもわかっていたことで、こちらからいちいち言うまでもないことだった。
シュヴァルベさんにもマクストリィに来てもらって、次の段階へ。
試作初号の好調を受けて追加生産した分から先行の二機が、複座……二人乗りに変更されていた。
元々のP-38にあったという夜間戦闘仕様を素案にした、後部座席からも操縦できる練習機仕様。
通常型より乗りにくいけど、いきなり一人で飛んで墜落なんかしたら大変だからね。
実戦仕様の生産が優先なのと『教官』をやれそうなのがシュヴァルベさんとエギュイーユさんしかいなさそうなのとで、二機だけ。
「実機での訓練では、パソコンでのシミュレーターで成績が良かった者でもうまく適応できないこともあるでしょう。実際に空に上がってしまえば《机上の空論》は通用しませんからね」
エギュイーユさんが釘を刺してくる。
でも、正論だ。
墜落して死ぬのは誰でも嫌だから、全員が真面目に聞いていた。
そして、飛ぶ。
やっぱり、元々空を飛ぶ能力のある人は馴染みやすいみたいで。
カエルレウムやルブルムあたりは良好な動きだった。
反面、そうでない人はここでうまくいかなくなることもあって。
「……せっかく、リョウタさまのためにパソコンも覚えたのに……残念」
「やっぱり、首を飛ばすようにはいきませんね!」
猟狐さんや首里さんといった、正体全開でも飛べるようにはならないタイプの子たちから、けっこうな数が脱落してしまった。
所詮はシミュレーションだけでの成績ということだね。
「まあ、仕方ないですよ。言ってしまえば、どうせ人数分の機体は用意できませんから、計画としてはこうなるのも織り込み済みです」
それもそうか。
生産ペースも思うままとはいかないから、仕方ない。
その分、うまく飛べる人の訓練飛行の時間をより増やしていくことで、少数精鋭志向で行くとしよう。
しかしようやく実機で飛べるわけで、僕も楽しみだったんだよ。
飛行機には夢があるからね。
さあ、僕も訓練飛行へ……
「もちろん了大くんも乗るだろう? おいで、じっくり操縦を教えてあげるからね」
「ちょっと? 了大様には私が、しっかり操縦をお教えいたしますから」
……ああ、シュヴァルベさんとエギュイーユさんで、僕の取り合いに!?
でも、周回でとはいえ場数を踏んだ僕は、このくらいでうろたえない。
「まあまあ。訓練飛行は一回こっきりじゃないんだから。まず今日はシュヴァルベさんに、次回はエギュイーユさんに。繰り返し飛んで、僕は操縦を覚える。それで交互でいいでしょ?」
「フフッ、確かにそうだ。この空のように、広い心を持てということだね?」
「さすがは了大様です。それでしたら三方丸く収まりますね。仰せのままに」
うん、よし。
それに、どっちかが専任じゃなくて両方に操縦を見てもらうことて、片方が気がつかないことについて、もう片方に気づいてもらえることもあるだろう。
魔力や呪文の使い方も、トニトルスさんとアウグスタの二人体制でそういうことがあったからね。
「ちょいちょーい……」
一部始終を見ていたらしいカエルレウムが、なんだか困ったような顔をしている。
操縦で困ったことでもあったのかな?
「なんか今のは、二人してりょーたにうまく『操縦』されてたように見えたぞ。記憶を見た時に、そういう経験も見たけど……りょーたは『たらし』だよな?」
「あはは」
出たよ、カエルレウムからの『たらし』呼ばわりが。
なんだか久々のような気がして、なんとも不思議な気持ちになる。
「そうだね。実は、僕はそうらしいんだよ。カエルレウムは、たらしは嫌いかな?」
ちょっとキメ顔っぽい感じを意識してみる。
いきなりのスキンシップは避けて、間合いも詰めすぎない。
でも視線はまっすぐ相手の瞳を見て、逸らさないのが重要。
「もー、なんだよその、手慣れた感じ! やっぱりたらしじゃないかー!」
カエルレウムの方が視線を逸らした。
照れくさいのかな、ちょっと顔が赤いかな?
「うちの姉に何、ガンくれてんだ? あぁん?」
ヤンキーみたいな因縁の付け方をしてくる声の方に振り向くと、そこにはルブルム。
別に機嫌が悪いというほどではなさそうだけど、複雑な表情かな。
「あーあ、りっきーさんは悲しいなー? 素直で可愛いはずのりょーくんが、そんなたらしだったなんてなー?」
本気で悲しんでるわけじゃなくて、こっちをからかって来てる。
ルブルムは時々、そうやって『りっきー』としての付き合いの長さを持ち出してくるんだよね。
「誰でもいいわけじゃないよ。僕は、僕の心を支えてくれる人じゃなきゃ嫌なんだもの。それこそ、りっきーさん……ルブルムみたいに。ね?」
なんだかんだ言っても『もしもりっきーさんとの付き合いがなかったとしたら』というのは時折考えてた。
その場合の僕はもっとひねくれた奴になってたり、もしくはもっと嫌な奴になってたり……はたまた、今まで生きてなかったりしてたかもしれない。
それを思うと、本当はルブルムには頭が上がらないくらいなんだよ。
「ん、んんっ……もう、ワタシがりょーくんをほっとくわけないんだから……」
ルブルムも顔が赤いかな?
ちょっとわかりにくいけど。
そんなこんなで、僕も訓練飛行へ。
「噂の、周回の記憶にも、操縦捍を握った経験はないんだろう? まず離陸、それから実際に飛ぶ感覚、そして着陸、一連の手順を全身に覚えさせて、慣れて行こう」
実戦仕様は一人乗りだけど、今日はシュヴァルベさんが後ろについていてくれる。
まずは言われた通りに、慣れることから始めよう。
しばらく飛んで……
「魔力は大丈夫かい? 《呪文転輪》は魔力で動くからね。飛びすぎには要注意だ」
「今のところ大丈夫です。魔王だからかも、ですけど」
「フフッ、そうか、愚問だったかな」
魔王輪の魔力を回してやれば、このライトニングは飛んでくれる。
自分の体に回しきれない魔力を使えると思えば、この金属の翼は僕に相性がいいのかも。
……金属か。
スティールウィルは、この時間ではどうしてるのかな。
最初の時間以来、彼には一度も会えてないや。
魔力はよくても、肉体や精神は疲れるわけで、ずっと飛びっぱなしとはいかない。
訓練飛行が終わったら、夕食と入浴だ。
今日は魔破さんの料理。
ハンバーグをリクエストしたら、しっかりしたのを作ってもらえた。
肉の挽き具合を均一にするんじゃなくて、粗挽きのも混ぜるのが秘訣だという。
とても美味しい。
それから、入浴を済ませて……
「今宵はいかがなさいますか?」
……ベルリネッタさんだ。
いくら『たらし』と言われても、この人をたらし込める気はしない。
最初の時間では僕のどこがよかったんだろう。
それと、愛魚ちゃんだけにしようと思って生きて、セヴリーヌ様に会った時の周回か。
ベルリネッタさんは、決して性悪なだけの冷たい人じゃない。
本気にさえなってくれれば、文字通り命を賭けて僕を愛してくれる。
今まで見てきた中ではそうじゃない時間の方が多かったけど、僕の心がけと行動次第で、きっと変わってくれる。
きっと……いや、必ず。
今でも僕は信じてる。
「ベルリネッタさん。あなたが欲しいです」
避けてばかりいちゃいけない。
きちんと向き合って、ベルリネッタさんの内面を見極めるんだ。
「まあ。噂に違わぬとはこのことですね。ええ、喜んでお相手をつとめさせていただきます」
噂……?
カエルレウムやルブルムが『たらし』って言ってたからかな。
まあ、それよりも今はベルリネッタさんだ。
* ベルリネッタがレベルアップしました *
「やはり、わたくしたちの扱いに、既に慣れていらっしゃるご様子ですね」
「そう……ですかね」
噂ってそのことか。
でも、たらしかどうかは置いといても、そんなに慣れてきた感じはしないよ。
だって。
「わたくし、すっかりいいように扱われて、喘がされてしまいましたもの」
だって、体は思うままにできて、快楽を与えることはできても。
心をつかんで、本当に愛されることは、それとは別なんだもの。
実際、僕はこれまでの周回においてベルリネッタさんの気を引こうとしたことも、そのために手段をあれこれ試したことも、いろいろあった。
でもそのほぼ全部が、まるで《机上の空論》でしかなかったかのように空振りして、裏切られた。
いや、裏切られたというのは間違いか。
僕が、ベルリネッタさんが求めている『何か』を差し出せなかっただけのことなのか。
ベルリネッタさんが僕を本気で愛してくれていた時間は、自分で知らないうちにその『何か』を差し出していたのか。
本当のところは、何が望まれているのか……
それはまだはっきりとはわからないけど、それでも。
やっぱり、諦められないよ。
実家に戻っていたアウグスタが、真魔王城に帰ってきた。
その手には、黄色い線がたくさん入った黒い剣。
線の面積が広いから、ベルリネッタさんが持ってる《奪魂黒剣》みたいに真っ黒には見えない。
これが……例の?
「はい。《美徳の剣》のうちの一本、《心意》です」
どうやら無事に持ち出せたようだ。
シュヴァルベさんは言い出しっぺだけあって、きちんと自分の《技巧》を持ち出して来ている。
こちらも見せてもらうと、似た感じで赤い線。
あとはフリューの《剛力》だっけ?
すぐに持ち出せるって言ってたわりに、まだ戻ってないのか?
……まあ、心配しなくていい……よね?
◎机上の空論
頭の中だけで考え出した、実際には役に立たない理論や考え。
実践や体験が伴わないものが特にこう言われる。
今回は、ベルリネッタは嫌なだけの女じゃないよと『持ち上げなおし』パートを入れてみました。
あとは三本の剣が揃えばどうなるか。




