142 『憎まれっ子』世にはばかる
悪魔っ子ルートは1ループで終わらせない構成。
初日に戻して仕切り直しつつスタートダッシュの回です。
時間を戻して考える。
ファーシェガッハの魔王、ミリオーネンと戦って何が起きたか。
まず、あいつは呪文や魔力に対する抵抗力がとても高かった。
アウグスタの雷撃も、カエルレウムやルブルムが撃った光の属性の呪文も効かなかったくらいだ。
あの時はみんな《全開形態》にしていたのに。
反面、呪文や魔力を一切使っていなかったファルクラムの体当たりは、それなりに効いてたような感じだった。
ああいうジェット戦闘機はそれなりに重たいだろうから、その重さとか速さとか……
つまり、物理的な力なら効くのか?
そんなことを考えながら歩いて、教室へ。
「さっきの古文の授業は四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」
愛魚ちゃんは変わらないな。
この優しさに触れると安心する。
そして、絶対に除け者になんてできない。
「ありがとう。ところで、深海さん」
「うん?」
「後で話があるから、少し時間をもらえないかな」
「図書室に本を返してきてからでも、いい?」
「うん、もちろん」
いつか聞いたような、とりとめのない会話。
この何気ない時間を守るためにも、使えるものは何でも使わないといけない。
不良の猿からスマホを取り返して、鞄も持って、教室を出る。
保健室に戻って、フリューとアウグスタに会わないと。
「あ、戻ったわね。ちょっとアンタ、手帳の内容が本当なら、ただ事じゃないじゃないの!」
「時間を戻せるとか未来の出来事とか、簡単には信用できないが……しかし、書いてあった文字は確かに私の筆跡だった。本当だと考えて、いいのかい?」
「そもそも筆跡以前に、アウグスタ……アンタ本人じゃないとその手帳、開くことすらできないじゃない」
「そうさ。だから考えているんじゃないか」
やっぱり、手帳の中身は周回の状態を持ち越してるらしい。
前回の負けについても、判明した範囲で敗因を書いてあるんだろう。
二人とも当てにさせてもらうぞ。
もちろん、愛魚ちゃんもだ。
「真殿くん……誰、その人たち」
二人を連れたままで会ってるから、愛魚ちゃんの態度が懐疑的だ。
でも今回は腹の探り合いはなしだ。
いきなり核心に入る。
「実は、僕は魔王なんだ」
「この……闇の魔力……!?」
魔王の肩書きも、それで動かせるものも、総動員。
ファーシェガッハの魔王を狙う以上、これは戦争の準備なんだから。
「だから、お父さんに……阿藍さんに伝えてほしい。ヴィランヴィーの魔王が、工業力を必要としてるって」
「……わかった。でも、一体どういうわけで?」
そりゃ聞かれる。
工業力を使うということは、会社の……フカミインダストリの力を使うということ。
忙しい社長を、理由もなく呼び出せない。
「それについては、私から。マナナさん、この度のリョウタ様の発案は、様々な経験、失敗を経てのことだそうです。これから呪文でリョウタ様の記憶を拝見しますが、あなたにも一緒に見てもらいましょう」
手帳の内容について裏付けが欲しいというので、アウグスタには記憶を見る呪文《記憶の嗅ぎ分け》を使っていいかと聞かれた。
その際に相談して、愛魚ちゃんやフリューにも一緒に見てほしいと言っておいたんだ。
というわけで、三人に記憶を見てもらう。
「一大事じゃない! 父さんには、最優先で時間を空けてもらうから!」
「まさかハインツにまで累が及ぶとは……しかし、時間を戻したのなら安心か」
「そうね。アタシはあんな負けなんてまっぴらだもの。時間を戻してくれてよかったわ」
三人とも信用してくれた。
助かる。
となるとまず、初日は真魔王城の把握からにするか。
もう毎度おなじみの《門》!
魔王の魔力を多めに回しながら登場しよう。
「ヴィランヴィーの魔王輪が主を得て、ここに戻った!」
ちょっと偉そうにしてみるか。
こういうのはナメられたら終わる。
「メイドの統括責任者をしております、ベルリネッタと申します」
うん、ベルリネッタさんに話を通しておけば、ここは大丈夫だ。
周回の話は……どうするかな。
「今日はまだよいでしょう。詰め込みすぎも考えものですよ」
「それもそうだね。とはいえ……ヴァイスベルク、いる?」
時間が惜しいのは、いつでも同じだ。
時差を考えて、僕はヴィランヴィーの真魔王城で過ごすことにして、マクストリィのあれこれにはまたヴァイスに身代わりを務めてもらおう。
「はぁい。ご存知、ヴァイスベルクですよぉ♪」
うん……ご存知?
いや、確かに知ってるよ。
知ってるけど、逆に君は僕をまだ知らない状態のはずじゃないの?
「なんででしょうかねえ。初めて会う気がしないんですよねえ」
精神に作用する女淫魔だからか?
まあ、敵対心がないならいいか。
ヴァイスにも記憶を見てもらって、身代わりを頼む。
「あの愛魚さんは、怒らせると怖いみたいですけど」
「今回こそは大丈夫だと思う。身代わりをよこした記憶も見てもらってるから」
「なるほど、それじゃ行ってきます」
ヴァイス、うまくやっておいてね。
さて、時差と言えばファーシェガッハもだ。
あの次元は時間の流れが速いようだから、なるべくあっちで過ごす時間は減らしたい。
それに。
「ハインリヒ男爵をこっちに連れて来てしまいたい」
「ハインツをですか。しかし、無理矢理連れ出すのは……」
「いや、それが前回の敗因の一つじゃない。あの子はこっちで押さえとくべきよ」
彼の身柄を盾に使われるのは防ぎたい。
さすがに前回の記憶を見せてるから、話が進んで助かる。
「男爵が自発的にその気になる方法は、僕にいい考えがある」
彼は別の意味でも放っておけないように感じたんだ。
他にもシュヴァルベさんへの繋ぎとか飛行機の話とかを相談しているうちに、夜も更けてしまって。
「もうかなり遅い時間だな……」
普通に寝るかな。
レベルアップという意味では、フリューやアウグスタを誘う方がいいんだろうけど、今日は時間が戻って初日。
僕の記憶を見ることで『以前の自分』も見たとは言っても、初日からこんな子供の相手はする気にならないだろ……う……!?
「何言ってんの。リョウタ、楽しい楽しい夜はこれから始まるのよ♪」
「魔王の闇の魔力を頂戴しますから、代わりに何をさせたいか、よくお考えください♪」
左右から腕を組まれて、連行されるような格好で寝室へ。
まさか二人とも乗り気なのか!?
そりゃ、僕としてもその方が、ねえ……
とはいえなんというか、積極的というか、大胆というか。
* フリューがレベルアップしました *
* アウグスタがレベルアップしました *
「可愛い顔して、魔力たっぷり……しかも、凄い……最高じゃない♪」
「これはもう……どう考えても、虜に……なってしまう……♪」
なかなか寝させてもらえないくらい、刺激的で激しい夜だった。
スタートダッシュは疲れるということかな。
おやすみなさい。
さて、明けて二日目。
フリューには別の用事を頼んで、アウグスタと二人で、ファーシェガッハにあるアウグスタの実家へ。
そう言えば昨夜がアレだったのも考えて、僕の考えが間違ってなければ大丈夫だろう。
到着するなり猛ダッシュで近づく足音。
「姉上から離れろ。貴様は姉上の何なのだ。なぜ姉上がわざわざ、貴様を連れて来た」
ハインリヒ男爵の登場だ。
やっぱり変わらない、安定のシスコンっぷりだな。
だからこそ。
「教えてやるよ。それは、アウグスタがもう僕にメロメロだからだよ!」
「はァー!?」
そこを挑発!
効いてる効いてる。
まあ、シスコンがそんなことを言われたら効かないわけがないよね。
「ちょっと、リョウタ様?」
「合わせて」
アウグスタ本人には小声で、調子を合わせるように言う。
もう一押し行くか。
「お前の姉はいいな。いい抱き心地で、飽きが来ない」
「き……ッ、貴様ァ!」
青筋が浮いてるハインリヒ男爵。
挑発も兼ねてアウグスタの腰に手を回すと、そろそろアウグスタは僕の考えてることに気づいたかな。
僕の腕に絡みついてきた。
「ハインツ。私はもう、リョウタ様なしではいられなくなってしまったんだよ。毎晩毎晩可愛がっていただくのが、今の私にとっての無上の幸せ……♪」
「あ、姉上ェ……!」
毎晩毎晩って。
さすがにそこまではまだ……ん……まだ?
まあいいや、そんな感じに話を『盛って』合わせてきたアウグスタの態度に、今度は顔面蒼白になるハインリヒ男爵。
「悔しいか? 悔しいなら、取り返しに来い。できるものならな。アウグスタを取り返せるまで、いつまででも僕の城に泊めてやるぞ」
「ッ、ぐあァー!」
こんなところでいいだろう。
また《門》を開けて、真魔王城に戻った。
「ちょっと可哀想になってくるくらい、派手に煽ってしまいましたね」
「まあね。《憎まれっ子世にはばかる》ってやつ?」
そう。
一連の挑発で僕に敵意を持たせて煽って『姉上を取り返すために、ヴィランヴィーに乗り込む!』と思わせれば、彼は必ずこっちに来るし、その判断は自発的なものだから、無理矢理連れ出したくはないというアウグスタの方針にも反しないし。
僕とハインリヒ男爵とは仲良くなれなさそうということに目をつぶれば、あとは円満解決する《憎まれっ子世にはばかる》作戦。
「考えたものですね……しかし、それではリョウタ様が悪役に」
「いいの、いいの。どうせ僕は、学校でも嫌われ者なんだから。もう慣れっこだよ」
僕を嫌いな奴が一人増えるくらい、なんでもないさ。
大事なのは……
「リョウタ様ッ! 私は、私は必ずや、リョウタ様の一番の忠臣として、生涯お仕えしますからね!」
……本当に失いたくない人たちと、みんなと、心を通わせることだ。
感激したアウグスタが僕に抱きついたところで。
「あー、了大様……来客、っつかハインリヒ男爵なんで、お通ししたんすけど……」
シュタールクーさんがハインリヒ男爵を連れてきた。
さすがにアウグスタの弟にして《雷霆男爵》なら、シュタールクーさんも知ってるか。
「貴様ァ! また姉上と……姉上も姉上です!」
思ったより、というかずいぶん、来るのが早かったな。
ファーシェガッハは時間が速く流れるから、準備の時間をかけてもヴィランヴィーからは短く感じたかな?
まあ、そんなところだろう。
僕はアウグスタと顔を見合わせると。
「言っただろう。アウグスタは僕にメロメロなんだよ」
「ハインツ、お前も懲りない奴だな。私は既に身も心もすっかりリョウタ様のモノなんだ」
二人でまた挑発。
とうとうブチ切れたらしく、ハインリヒ男爵は……
「……あね、うえ……うーん……」
……卒倒した。
今日はこのくらいにしておいてやろう。
メイドに客間を用意させて、ハインリヒ男爵をそこのベッドに寝かせた。
そしてまた翌日。
フリューに頼んでおいた用事は……トニトルスさんへの繋ぎ。
ベルリネッタさんに頼んでもよかったんだけど、どうなるかとフリューに頼んでみたら。
「気位の高いこのフリューを使い走りにするとは、それだけ只者ではないということだろうからな……」
「アンタも見ればわかるわよ、リョウタの記憶を見れば」
そんな理由で連れ出しに成功してた。
ははは。
気位云々を言うなら、あなたもたいがいですからね。
それはそれとして、トニトルスさんにも記憶を見てもらう。
系統は違うけどだいたい似た効果の《敗者の記憶》という呪文があるので、それを。
「由々しき事態ではないか!」
なので最初からそう伝えてますよ。
イグニスさんへの繋ぎをお願いして、トニトルスさんには急ぎで飛んでもらった。
ルブルムへの繋ぎは自分で『りっきーさん』に言うことにしよう。
カエルレウムはどうしようかな。
ルブルムに相談するか。
というようにそれぞれとの関係の再構築。
イグニスさんはちょっと後から来るらしいけど、あちこちに手を回しているうちに、阿藍さんのスケジュールが合う日が来た。
阿藍さんには飛行機関係の協力をお願いする。
シュヴァルベさんの領地の浮島に来て、震電を見てもらう。
「フフッ、どうかな? 私の震電は」
「ふむ……少ない資料からよくここまで作り上げた、とは誉めておく」
厳しい表情の阿藍さん。
性能面で何か、改良できればいいんだけど、何かないかな。
「だが、所詮は道楽だな。実戦での使用に耐えられる出来ではない……そもそも震電というのが間違いだ。やめておけ」
「なに……!」
バッサリ。
改良どころか『震電なのがダメ』とまで言った。
これはシュヴァルベさんが心中穏やかじゃない。
「震電は所詮、試作機止まり。資料の量も信頼性も、制式採用され戦果を挙げた機体には到底及ばんからな。君一人の道楽までにしておけ」
「フ、フフッ……! そこまで言うなら、あなたはより実戦的な機体を用意できるんだろうね?」
「勿論だ。材質と発動機をこの次元を飛ぶ仕様に変更する必要があるそうだから、その資料と原材料は提出してもらうが、それさえあればこちらの時間で一ヶ月もあれば、試作初号を用意しよう」
今度は阿藍さんがシュヴァルベさんを挑発する構図になってしまった。
いいのかな、これ。
「既に機種の選定と、生産に必要な設備と人員の手配は済ませております。《憎まれっ子世にはばかる》というやつですよ」
今回は魔王とその部下の構図だから阿藍さんが僕相手に敬語だけど、逆にそれが怖い!
さて、いったいどんな飛行機を持って来る気だ?
◎憎まれっ子世にはばかる
他人に嫌われるくらいの人の方が、世間で幅をきかせられるものだということ。
親に憎まれているかのように甘やかされずに育った人の方が、世間でしっかりと幅をきかせられる、という解釈もある。
(幸田露伴『東西伊呂波短歌評釈』による)
震電については前回も搭乗員の脱出に失敗させたり、今回も阿藍にボロクソ言わせたりと散々ですが、運用実績がない機体は信頼性が担保できないということでこんな扱いです。
さて、次回以降その対案として別の飛行機を出します。
何が出るかな?