141 泥棒を捕らえて『縄を綯う』
ファーシェガッハの魔王が全力を出す回として、ターニングポイントを設けました。
感じる魔力は、その大きさからしてファーシェガッハの魔王のものに間違いないはず……だけど、何だろう。
純粋に闇の属性だけではなくて、それは半分もなくて、他がいろいろ雑多に混ざってるような。
膨大なことは確かなんだけど、魔王かと言われるとなんだか『らしくない』魔力だ。
イル・ブラウヴァーグのセヴリーヌ様だって、魔力の属性は闇が半分くらい、あとほ水と地が半々くらいで『らしい』感じだったのに。
「来るわ! 下! アウグスタも!」
「ちッ!」
フリューがアウグスタを連れて、飛び退いて僕の近くに戻ると、マンフレートが倒れている床の近くが下側から勢いよく突き破られた。
そこから現れたのは……老人か?
だけど、姿は《形態収斂》でいくらでも作れる。
油断はできない。
「キサマらは『御三家』でありながらワシらに、王家に楯突いたばかりか、あまつさえマンフレートの命すら奪おうとした罪、言語道断……ここで死ね!」
老人の姿が崩れて、どんどん大きくなっていく。
これは《形態収斂》を解いているのか。
床どころか天井も突き破って、さらに大きな姿へと変わる。
「ワシは出し惜しみなどせぬ。全力で、確実に殺す!」
あまりにも大きすぎて視界のほとんどを占めていた姿が、飛び上がって離れていったことで、全容が見えるようになった。
悪魔と言うより……エイ?
海の底を泳ぐ動画を見たことがあるような、エイによく似た姿。
巨大なエイが、ファーシェガッハの空を泳ぐようにゆっくりと、ゆったりと飛んでいた。
「あれが、魔王《ミリオーネン/Millionen》……いきなり全開とはね」
あちこち突き破られた城の瓦礫を避けながら、態勢を整えようと良さそうな立ち位置を探る。
でも、何しろ相手は空を飛んでる。
飛んでると言えば、今ならカエルレウムもルブルムも全開だから、ドラゴンの姿で飛んでるけど……
「《輝く星の道》!」
「効かぬ!」
……全開で撃った《輝く星の道》も効いてないのか。
となると、どうしたものか。
「ん……よし、繋がった!」
シュヴァルベさんが《門》を開けてる。
逃げろってことか?
「飛べないことには話にならない。震電に乗って来る!」
そうか、こういう時も戦闘機があれば空中戦に持ち込めるか。
それは頼んでおこう。
動かし方はシュヴァルベさんしか知らないし、機体も一機しかないしで、シュヴァルベさんが頼りだ。
「ちなみに……今なら、これで逃げることもできるが」
「冗談! ここまで来て逃げられるわけないでしょ。あのクソジジイを殺して、魔王輪をアタシのものにするんだから!」
「……そうだな。アウグスタ……は」
シュヴァルベさんが震電を取りに戻れるということは、同時に逃げるチャンスでもある。
フリューはそんな気はないようだけど、それは僕も同じだ。
「アウグスタは……生身で飛んでるのか!?」
そして、アウグスタも逃げるつもりなんかない。
さっきからの全開のままで飛んで、魔王ミリオーネンに雷撃を仕掛けている。
でも、通じないのは同じらしい。
良くない状況だな。
「今は浮島の近くですから大丈夫ですけど、あの調子で高高度に誘い込まれたら、生身じゃもちません! アウグスタが自滅しちゃいます!」
ヴァイスから見ても、アウグスタは危険な状況だ。
自滅の危険性に加えて、弟のハインリヒ男爵を失ってすっかり頭に血が上っているという、精神的な意味でも。
「なんとか僕も飛べれば……《罪業龍魔》ッ!」
「……何の遊びだ、小僧?」
使い魔の能力を使えば僕も飛べないだろうか。
試してみたけど、何も起きない。
「了大さん、その使い魔は前の時間で作っただけで、今は時間が戻ってますから……」
「しまった、そうか!」
これは痛恨のミス。
時間が戻ったことで、使い魔も作ってない状態に戻ってしまっている。
だから僕は、今は飛べない。
「りょーくん! ワタシに乗って!」
「わかった!」
ルブルムが降りてきてくれた。
ここは乗らせてもらうしかないか!
乗ってみると、首の後ろあたりの角と鱗が、うまく体を預けやすい配置と形になってる。
ありがたい。
飛んでくれ!
「いっ! 痛っ……」
「まだ来るか。だが、ワシは容赦せんぞ」
飛んでる感じはするけど、体感する風が強すぎて、目を開けていられない!
防御の呪文を、空気抵抗を減らすのに使って……なんとかなったか。
これはこれでつらいぞ。
でも、贅沢は言ってられない!
ルブルムに飛んでもらって、魔王ミリオーネンに近づく。
「表面がつるんとしてるな……どこかに弱点はないのか」
「見えるようならまずワタシたちも狙ってるよ」
それもそうか。
あのエイの姿は一様に平滑で、隙間や継ぎ目は見えない。
厚みはそんなにないみたいだけど、縦横の長さは相当なものだ。
全開のカエルレウムやルブルムより大きい。
魔王ミリオーネンの全身から、赤い弾が時折飛んでくる。
浮島にも流れ弾が飛んでいるようで、それが当たった城や地面は大きく抉れていた。
当たると死ぬぞ、あれは。
「おい、アウグスタが」
カエルレウムと合流して、遠巻きに様子を伺う。
時折見える放電は、アウグスタの攻撃か。
表面で拡散しているようにも見えるけど。
「効いてないよね、あれ」
「ああ、わたしたちの攻撃もそうだけど、表面で散らされて効かない感じだ。あの体に秘密があるのか、魔法に対する防御が強いのか……」
「あるいは、その両方か。正直、ワタシもお手上げっぽい」
打つ手がなくて迷っていると、魔王ミリオーネンは少しずつ高度を上げてるように見えた。
あまり浮島から離れるとまずいはずだけど……
「何だ? この音」
唸るような音が聞こえて振り向くと、その方向から震電が飛んで来ていた。
シュヴァルベさんだ。
「飛行機か。何か武器は積んでないのか?」
「武器があるなんて、聞いてないけど……」
震電の前の方で何かが瞬いて、青い光が飛んだ。
でもやっぱり効いてないらしく、何度やっても同じ……と思っていたら、赤い弾が震電に当たった!
操縦席にもダメージがあったようで、シュヴァルベさんは震電から脱出しようとして外に飛び出し……
「いけない!」
……震電の後端に付いているプロペラが、高速で回転したままだ!
シュヴァルベさんは脱出に勢いがなかったせいで……プロペラに当たって……!
「細切れだな。つまらん道具がなければこの空に耐えられん程度の奴には、分相応の末路だ」
「てめェー!!」
ハインリヒ男爵に続いてシュヴァルベさんまで失って、アウグスタはもう止められなくなってる。
動きが荒く、単調になったところを予測で撃たれて、赤い弾が当たった!
落ちていくアウグスタを、なんとかフリューが拾ったみたいだけど、あれはかなりまずいだろう。
「ちまちま落とすのも面倒になってきた……全力の中の、さらに全力を特別に見せてやる!」
魔王ミリオーネンが魔力を高めて気合を入れると、空が赤く染まった。
いや、空が赤くなったんじゃない。
何千、何万……数え切れないくらい、赤い弾が同時に作られてる!
あんなもの、一度に撃たれたら避けられないぞ!?
「《百万の破壊/Million Destruction》!!」
ミリオンデストラクション!
隙間のほとんどない赤い弾幕に晒され、かわしきれない。
ルブルムにも《防御の光輪》を使ってもらって、当たるものもどうにか防御はしてみるけど……!
「わああっ!」
「りょーく……ん……」
ダメだ、とても飛び続けていられない!
ルブルムが地面に不時着して、長い距離を滑る。
その体に守られて、なんとか僕は無事に降りられた。
「!……ルブ……ルム……」
なんとか『僕は』無事に降りられた。
でも、ルブルムは体中のあちこちと……頭の半分近くが抉れていて、事切れていた。
ルブルムがやられるなんて……!
「他は! フリューやヴァイスは!?」
さっきの弾幕は地面にもたくさん降ったらしく、あちこちに痕ができていた。
フリューたちを探す途中、ルブルムと同じように不時着していたカエルレウムを見つけた。
……こっちは、頭全体がなくなっていた。
ひどい。
吐きそうになる。
「こんな……こんなボロ負けって……!」
「リョウタ!」
フリューと合流できた。
アウグスタは……生きてるけど、下半身や翼がもぎ取られていて、上体しかない。
ヴァイスの姿が見えないな。
「ヴァイスがかばってくれて助かったのよ。あの子はやられたわ」
ヴァイスまでやられたのか。
あの中で全員助かるのは、無理だったんだろう。
「これは……もうおしまいね。アタシじゃ、魔王の器じゃなかったってことか……」
フリューが諦めを口にした。
いつも強気の、気丈なフリューが。
「見つかったか。ゴメンね、リョウタ。アンタまで道連れにしちゃって」
魔王ミリオーネンが追撃の態勢に入ったのを見ても、抵抗する気力もなくなってる。
こんなの、フリューらしくない。
僕はこんなのは嫌だ。
そう思っていると、急に……
空中に大きな《門》が開いた……?
「ぬうッ!? 速い……!」
その《門》から飛び出したのは、ジェット機、たしか……ファルクラム!
ファルクラムは魔王ミリオーネンに衝突するコースで飛び、直撃して爆発。
「おのれェ……ッ……うぐ……」
避けきれなかったそれで、魔王ミリオーネンは今度こそダメージを受けたようだ。
あれだったら効くのか!?
「了大様! 皆様! なんとかして、こちらへ!」
そして、開いたままの《門》からはエギュイーユさんが顔を出して、僕たちを導いた。
あの《門》に入れれば、助かる……とりあえず、この窮地は脱出できるか!
「リョウタと、半身だけのアウグスタだけなら……最大パワー!」
フリューが全開になって、僕たちを抱えて《門》に飛び込んでくれた。
僕たちの通過を確認して《門》は閉じられたらしく、追撃はない。
「命だけは助かったか……」
そう、自分の命だけは。
シュヴァルベさんにルブルム、カエルレウム、そしてヴァイス。
四人やられて、アウグスタも死にそうだ。
僕とフリューは顔を見合わせて、周囲を確認する。
ここは……やたらと広い道路、いや、滑走路か。
アスファルトで舗装された地面の少し先に、鉄筋コンクリートの建物。
ファルクラムが離陸した施設だろう。
ということは、ここはマクストリィか。
「ヴァイスさんが呼んでくれましたので、先程の《門》を開けられました。ファルクラムは遠隔操縦で飛ばしましたので、ぶつけても機体以外の損失はありませんが……」
エギュイーユさんはそこで、言葉に詰まる。
アウグスタを見て『機体以外の損失』に思い至ったんだろうな。
「考えなしに突っ込んだせいではなく……先手を打たれて、考える余裕なしに突っ込まされたせいだな……」
ようやくアウグスタが口を開いた。
口調は、荒っぽくなくなってる。
「ですが、いくつか見えたこともあります。書き留めて……おきましょう……」
手帳を開いて、ペンを走らせる。
見た目にはペンだけが空中でひとりでに動いてる感じだ。
「ちょっと、アンタ。こんな時に手帳って……もうアタシたちは」
「説明しただろう……忘れたか、フリュー……」
ペンを止めずに、アウグスタは僕の顔を見つめる。
そうか、そういうことだな。
「リョウタ様なら……時間を戻せば、この負けも糧にできる……そうすれば、ハインツも、シュヴァルベ、も……」
ペンの動きが遅く、不安定になってきてる。
やっぱりアウグスタは、もう死にそうなのか。
「ヴァイスも……ね」
それに、ルブルムとカエルレウムもだ。
こんな負け方、認めてたまるか。
「この手帳に……今回起きたこと、見えたものをできるだけ……書き留めました……次こそは、必ずや……」
「……リョウタ、アタシからもお願い!」
アウグスタとフリューが、僕にすがる。
見守っていたエギュイーユさんも、僕に注目している。
「僕たちの思いが、この負けの悔しさが、熱く燃えるなら……」
時間を戻す。
この状況ではもう、アルブム以前の問題だ。
そうするしかない。
今回のように《泥棒を捕らえて縄を綯う》ような準備不足じゃなくて。
今回の負けで得られたものから準備を揃えて、あいつに勝つんだ。
イメージしろ。
「熱い心で……アウグスタの、フリューの悔しさも持って……戻れ……時よ!」
目に見える色が変わる。
世界が回る。
気が遠くなって……
……化粧ボードの天井。
保健室に戻ってきたか。
「さて、戻ったとなると、とりあえず……!?」
「とりあえず、どうするって?」
「なぜ私たちはここにいるのか、考えてもわからないが」
保健室にフリューとアウグスタもいる!?
他には……誰もいないか。
「なんでか、アンタに用があるっぽいのよね。なんかそんな気がする」
フリューは、ぼんやりと何か覚えてるのかな。
思い出してくれるといいけど。
「そうか。アウグスタの手帳を読んでてよ。僕は教室に戻って、またすぐ来るから」
「なぜ君が、私の手帳のことを?」
「それも手帳の中。じゃ」
魔王ミリオーネン……大変な強敵だ。
でも、あれに勝てないようじゃ、どのみちアルブムにも勝てないだろう。
次こそは、勝つ!
◎泥棒を捕らえて縄を綯う
日頃何の準備もせず、事件が起きてからあわてて用意をすることのたとえ。
どろなわ。
ここでまたループ。
悪魔っ娘ルートは1ループで終わらない構成にしてみました。
マンフレートに『ざまぁ』ぶちかまさないといけませんし、ね。