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139 『三者』三様

マンフレート討伐作戦。

取り急ぎということでいろいろ不十分なまま、話が進んでしまいます。

本当はもっと、しっかり策を立てたり手を回したりしてからにしたかったけど、ハインリヒ男爵が捕まったとあってはゆっくりしていられない。

仕方ないから出たとこ勝負だ。


「ハインツ……無事でいてくれ……」


ハインリヒ男爵の身柄は心配だけど、同じくらい心配なのはアウグスタの精神状態もそう。

口ではあのお姉ちゃん大好きのハインリヒ男爵を冷たくあしらっておきながら、実際は彼のためを思って冷たく、厳しくしてきたアウグスタだ。

内心、気が気じゃないだろうな。


「私にできることはほとんどないかもしれない。だが、協力は惜しまないとも」


シュヴァルベさんは飛行機を……ファーシェガッハ仕様にあちこち変更した震電のレプリカを持っている。

二人乗りにもしてあるから、さっさとハインリヒ男爵を救出して震電の後部座席に載せて逃げるという手もあるかもしれない。

頼りにさせてもらおう。


「見てなさいよ……必ず、アタシが魔王輪を手に入れてやるんだから!」


フリューはいつも通り、自信たっぷりだ。

まあ、フリューにとっては『いつやるのか』が変わっただけで『どうするのか』は変わってないからだろうな。

こうして見ると《三者三様》、それぞれに理由も意気込みも違う。

でも、目的は同じ。

ハインリヒ男爵を救出して、マンフレートと魔王を討って、ファーシェガッハの魔王輪をフリューの手に。

あとは誰に来てもらうか。


「了大さん、あたしも行きます」


続々と皆が集まる中、いち早くヴァイスが駆けつけて来た。

そう言えばヴァイスは、フリューがいなくなる展開の時は《悪魔たちの主(デーモンロード)》になるほどの実力者だもんな。

ぜひとも来てもらおう。


「りょーくん、ここはワタシたちも」


続いて、ルブルムが来た。

カエルレウムも一緒にいる。


「ファーシェガッハの悪魔たちに対してなら、ワタシたちの光の属性がよく効くはず」

「そうか……でも、それは向こうからしてもそうじゃない?」

「それは承知。でも」


相性はお互い様、そう都合よく有利は取れないだろう。

大丈夫かなと不安が頭をよぎった時、カエルレウムが一歩前に出た。


「一人一人ならそうだろうな。でも、わたしたちは二人揃えば単に二倍じゃない。自乗、それか、それ以上だ」


自信たっぷりのカエルレウムの表情。

怖いもの知らずの勇気を感じる。

でも……


「実力だけならそうかもしれない。でも、危険を本当に承知してる? 地の利は向こうにある。どんな罠があって、実力を十分発揮できなくさせられるかもわからない。それでも来てくれるの?」

「行く!」


……でも、今ここにいるカエルレウムは、前回のカエルレウムじゃない。

僕と絆を深めて、アルブムの支配にも打ち勝てるほど成長した、あの時の強さはないはずだ。

なのにどうして、そこまで強気になれるのか。

むしろ、どうして自分に関係なさそうなファーシェガッハの事態に、手を貸そうとしてくれるのか。


「なんでか、わたし自身にもよくわかんないんだ。でも、なんでか……りょーたをほっとけない」

「そーゆーこと。実はワタシよりも、カエルレウムが妙に乗り気でさ。一人じゃ行かせられないし、二人揃ってこそでもあるし」


前回の記憶が完全には消えてなくて、何か残ってるってことかな……

でも、来てくれるのなら心強い援軍だ。


「あとは行かぬ方がよいでしょうな。手薄になった所を攻められて落とされましたでは、洒落になりませぬぞ」

「マジかよ。(オレ)も悪魔どもと戦ってみてェんだけどよ」

「イグニス、遊びや道場破りとは訳が違う。ここは留守番だ」


留守番か。

確かにトニトルスさんの言うとおりだ。

じゃあ……僕、フリュー、アウグスタ、シュヴァルベさん、ヴァイス、カエルレウム、ルブルムの七人だな。


「よし、じゃあ私が《(ポータル)》を開けよう」


シュヴァルベさんの土地勘と触媒で開けた《門》から、ファーシェガッハへ。

その前に。


「……行ってきます」

「必ず帰ってきてね、了大くん」

「行ってらっしゃいませ」


愛魚ちゃんとベルリネッタさんの顔をよく見て、挨拶を交わす。

僕を信じてくれる愛魚ちゃん、僕に事務的に接するベルリネッタさん……

何にしても、まずはファーシェガッハだ。

勇者の剣も持って……




……来てみると《氷雪伯爵(ブリザードカウント)》の領地は特に変わりはないみたいだ。

使用人の下級悪魔に確認しても、あれからは誰も来てないとのこと。

誰も来てない、か。


「フフッ、来ていきなりマンフレートの手勢と戦闘なんてことにならなくてよかった。対策を練りたいからね」

「誰も来てないのは、それはそれで逆に困るんじゃない? 向こうに何か要求があるとか、例のハインツくんがどこに捕まってるとか、情報も入ってきてないってことだから」


安心するシュヴァルベさんにルブルムが指摘するのを聞いて、なるほど、そういう考え方もあるかと思わされた。

落ち着いて一休みしたはいいけど、ここからどうしたものか。


「そもそもハインツくんに濡れ衣を着せて捕縛した目的が何なのか、ハインツくんがまだ無事でいるかどうか、それによって手段も、目的も変えなくちゃいけないかもよ」


場をルブルムが仕切ってくれてる。

余所者ではあるけど、だからこそ冷静に分析や判断ができるからだろうな。


「……だが、こうしている間にも、ハインツは」


一方で、いつもならこういう仕切りを買って出るようなキャラのアウグスタが冷静さを失っている。

これはまずいかもしれない。

と、そこへ神妙な表情の使用人が入ってきた。

お茶のおかわりって雰囲気じゃないな。


「シュヴァルベ様、城より召集の使者が」

「フフッ、城に来いと……それは、行くしかないかな?」


城から呼ばれたということは、行かないと魔王の意志に背くということになるだろう。

どうするかと皆の顔を見てみると、特に誰も異論は出さない。

……僕もだけど。


「使者は何と言っている」

「形式的な身支度は不要、急ぎ、直ちに馳せ参じよと」


せっかちなことだ。

言われなくても乗り込んでやるとも。


「使者というからには、城までの《門》を開けてくれるだろうな。楽ができていいじゃないか。裏技でショートカットみたいだ」

「ここはあたしに考えが……」

「フムフム?」


呑気なカエルレウムと、策が思い浮かんだらしいヴァイス。

やって来た使者はこれまた偉そうにしていて、やたら渋っていたけど『それがお前の受けた命令だろ!』と煽って挑発してやったら、城までの《門》を開けた。




王太子、マンフレートはハインリヒ男爵を捕縛し、その身柄を押さえていた。

そして《氷雪伯爵》であるシュヴァルベに召集をかけ、アウグスタを捕縛する命令を下すつもりでいた。

しかし、入ってきた知らせはシュヴァルベと共に、アウグスタもフリューもやって来るというもの。

手間が省けたとほくそ笑むマンフレートの前に、使者が戻った。


「連中を連れてまいりました」


得意満面で報告を述べる使者の後ろには……

誰もいない。


「誰もいないように見えるんだけど、ナ」

「いやいや、ここに……!?」


使者は一人、手ぶらでおめおめと戻ってはマンフレートに偽の報告を上げてしまっていた。

そんな馬鹿な。

さっきまでは余分なおまけも込みで全員、おとなしく付いてきていたはずだ。


「いない!? なぜ!?」

「なァーにが『なぜ!?』だ! バカだナ、お前! あいつらに化かされたナ、まんまと!」


全員連れて来たとばかり思い込まされていた使者は、ここでようやく気づく。

自分の、大きな、致命的な失態に。




僕たちは七人が全員、裏門に回ってきていた。

《門》で城まで来たところで、ヴァイスが使者に『僕たちを連れて戻っている夢』を見せて、門番とか見回りとかで不幸にも……双方にとって不幸にも僕たちを見てしまった者は、もれなく始末した。

そして今は裏門の門番に『戻ってきた使者を通らせる夢』を見せて、入り込んだところだ。


「今頃はあの使者、赤っ恥だろうね」

「まず、命はないと思うわ。あのクソ王太子の目の前で大失敗だもの」


そして城内で、ハインリヒ男爵を探す。

わざわざ呼び寄せるくらいならまだ無事か、それともさっさと殺しているかというのは、夢を見せてるついでに使者に喋らせた。

すると地下牢に入れたとのこと。

なら、まだ生きてるはずだ。


「こっちにはいない!」

「こっちもよ。どういうことよ……あの使者、ヴァイスの夢の中で嘘ついたってこと?」

「ううん、それはないよ。あたしは記憶も覗いたもん」


情報に基づいて地下牢をよく探したのに、ハインリヒ男爵が見つからない。

ヴァイスの情報は記憶を覗いたものだから確かだ。

というのは……


「ならば……『覗いた記憶の時点では確かに地下牢にいたが、移動させられたから今はいない』というのは考えられるか……」

「そっか、あくまでも当人の記憶に依存するだけで、リアルタイムに更新はされないから」


……情報が古い。

情報がないからではなく、情報が得られたからこその落とし穴か。

こうなると捜索範囲を広げるしかないな。


「手分けしよう。カエルレウムとルブルム、フリューとヴァイス、残り、で……」


七人を、二人、二人、三人に分けよう……と思ったら。

最後まで聞かずに、アウグスタが駆け出した!?


「あ、ちょっと、アウグスタ!」

「もうあんなに遠くに……まったく、そんなに弟が心配なら、最初から目の届く所に置いときなさいっての」

「……そうだね」


やっぱり心配で心配でたまらなかったんだな。

あんなに慌ててるアウグスタなんて初めて見るかもしれない。

仕方ない。

アウグスタはあのまま、合流できたら合流して、あとは二人ずつで動こう。


「じゃ、シュヴァルベさん、僕と」

「フフッ、よろしく頼む」


捜索範囲を広げるとは言ってみたものの、そうすぐには見つからない。

それに、範囲の重複も少なくないみたい。

誰か倒れてると思ったら、城の下働きが始末されていた後だった。

光の属性の魔力が残ってるのを感じるから……カエルレウムたちだな。

でも、そろそろ騒がしくなってきた。

僕たちを目撃した奴を始末しても、そいつの姿が見えなくなったとなれば『異常が発生している』ことに変わりはない。

それに、例のマンフレートも使者の失態に気づいて、手の者を見回りに出してきている。

そいつらも始末して……


「アウグスタが単独行動なのは、ちょっと気がかりだな」

「いえ、私でしたら大丈夫です……」


……何度目かも数えてない曲がり角の先に、アウグスタがいた。

ハインリヒ男爵は、一緒じゃないのか。

まだ見つけてないらしいな。


「よかった、アウグスタ」

「リョウタ様……」


合流しようと近づいたところに、産毛が逆立つような感覚。

これは……!


「覚えておいてください。あのトニトルスが敵になり、倒すしかない時が来るとしたら、そして、私もまた時の悪戯ゆえに、もしもリョウタ様の敵となってしまうことがあるとしたら。今日のこの話が、お役に立つはずです」


……雷撃の前兆!

思考速度を上げてかわすと、さっきまでの立ち位置に一瞬遅れて雷撃が落ちた!

アウグスタ、どういうつもりだ……!


「リョウタ様、お命頂戴いたします!」


雷撃が連発される。

城の廊下の狭さじゃ、かわすのにも不利だ!

でも、どうしてだ。

どうしてアウグスタが、僕を襲う?


「あのアウグスタは偽者とか」

「いや……盟友である私から見ても、あれは本物としか思えない」


偽者の線はないか。

となると、ますますわからない。

アウグスタが僕を襲う理由……


「なんで、なんで避けるの……死んでっ、死んでよ……でないと!」


いつもの口癖のような『考える』も言えないほど慌てて、辺り一帯に雷撃をばらまくアウグスタ。

その照準、精度の甘さからしても、いつもの……精度をこそ重視するいつものアウグスタとは大違い、むしろ正反対だ。

何がそこまで、アウグスタを慌てさせるのか。

思い浮かんだ仮説はすぐに、アウグスタの次の叫びで裏付けられた。


「でないと、ハインツがッ!」

「……やっぱり!」


アウグスタはハインリヒ男爵の身柄を盾に無理矢理言うことを聞かされて、僕を狙っているんだな。

マンフレート、どこまでも浅はかで卑怯な奴!


「アウグスタ、落ち着いて! ハインリヒ男爵は、きっと僕たちが」

「どうやって助けるって言うんです! あの子は今まさに、あと一手で殺されてしまうほどのところにいるのに!」


ダメだ。

根拠の乏しい説得になんか応じない。

別行動になってる二人ずつ……四人が、無事にハインリヒ男爵を救出して見せてくれないと、説得は無理だ!

何とかならないのか……




◎三者三様

考えや性格・やり方などは、人によってそれぞれ違っていること。

三人の者がいれば、三つのやり方、考え方、様子、形があるということ。

人数が三人でなくても使える語で、三人の様子に限定する場合は『三人三様』という別の語がある。


人質作戦で心ならずもアウグスタが敵対してしまいました。

次回は実際にハインリヒがどんな扱いを受けるかで、マンフレートにヘイトを集めていく予定です。

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