14 百聞は『一見』に如かず
第11話を「いい最終回だった」状態にしすぎてしまって焦りましたが、話の幅を広げるキャラクター増加がしばらく続きます。
落ち着いて考えてみても、やっぱり、どっちかなんて選べない。
それに愛魚ちゃんもベルリネッタさんも、僕がどっちつかずでもそれでいいって言ってくれる。
普通に考えれば男の夢だ。
でも……やっぱり不安になる。
「りょうた様、大事な現実をお忘れですよ」
ベルリネッタさんが改めて問いかけてくる。
いったい何だろう。
「りょうた様は魔王……たかが二股ごときでご満足なされてはいけません。この城の女を全部『喰い尽くす』つもりで、どっしり構えてくださいませ」
いやいや。
たかが二股ごときって。全部喰い尽くすって。
どんだけなんですか、魔王の貞操観念は。
「了大くん、大変なことを忘れてるよ」
愛魚ちゃんも改めて問いかけてくる。
こっちは何だろう。
「そろそろ、あっちの次元に帰らないと……月曜日の学校に間に合わない」
……ヤバい!
そういえばこっちで何日過ごした!?
土日どころじゃないよね!?
「……帰る必要が?」
ベルリネッタさんは素で言ってる。
そりゃそうか。
ここにいれば魔王として安定して暮らせるわけだもんな。
人としてはダメになる一方のような気がするけど。
「一応ね、帰らないとまずいわけなんですよ、いろいろと」
家族に言い訳したり、りっきーさんにも連絡したり、いろいろある。
電話やネットが通じれば、それでなんとかすればいいんだろうけど。
というわけで《門》を開けてもらって、家に帰った。
愛魚ちゃんは城の中に、僕の元々の次元にある家……深海御殿に直通の《門》が常時開けてあるということで、それを使って帰った。
久々の元の世界、電子文明の世の中だ。
部屋に戻ると、日曜日の夕方だった。
ファイダイにログインしてボーナスをもらって、ちょっとだけ遊ぶ。
『はろー☆』
りっきーさんからのチャット送信だ。
『昨日は忙しかったの?』
『レイドボスも殴ってなかったみたいだけど』
そういえば金曜日の夕方に出発して、今日が日曜日だから、土曜にログインしてなかったことになる。
『電波の届かないところに出かけてたから』
嘘じゃない。
真魔王城は別次元だから、電気も電波もネットもない。
魔法はあるけど、地味に不便だ。
『こないだのアプデで増えたボスが硬くてさー』
そういえばそんなこと言ってたっけ。
なんてボスだったかな?
『真オリハルコンウルフ、普通のやつの倍以上しぶといんだよー』
真だってさ。
絵としてはこれまでと同じで、色と名前とパラメータを少しいじってお安く新要素、というアップデートだ。
よくある話。
ん……? 『真』?
そういえば今まで気にしてなかったけど、真魔王城にも『真』ってついてる。
『真じゃない魔王城』が、あるんだろうか。
次の週末にまた次元移動。
今回は愛魚ちゃんと一緒に、深海御殿から常設の《門》で移動だ。
で、真じゃない魔王城の件が気になったので、ベルリネッタさんに聞いてみた。
「ありますよ」
あるらしい。聞いてみるもんだ。
なんでも、重要拠点なので先週のうちに行っておきたかったけど、行きそびれたんだとか。
「先週は、トニトルスさんの授業が始まった他は…………わたくしをご体験いただくだけで精一杯で、うふふ♪」
赤面してうっとりするベルリネッタさん。
いろいろ思い出しちゃうから、今はちょっとやめてほしい。
「精一杯と申しますか……わたくしの中にりょうた様の精がいっぱいと申しますか……はぁん♪」
誰がうまいことを言えと。
この状況だと、愛魚ちゃんの反応がまた怖いんだけど……
「ん?」
あれ?
普通だ。怒ってる様子もヤキモチ妬いてる様子もない。
「大丈夫だよ? 了大くんが女好きのドスケベになっても、私は了大くんが好きだから」
その安心の仕方はどうなの。
確かに若い男子としては、その……そういうこともしたいよ?
とはいえ、あんまり放任っていうのも『どうでもいい』と思われていそうで、何か嫌だ。
今度よく話し合うことにしよう。
「重要拠点ってことですけど、何があるんですか?」
それはさておき、そっちの魔王城に行って様子を視察するのは決定らしい。
それなら、行く前に質問とか心の準備とかはしておきたい。
「魔王がおります」
あれ?
魔王って……僕のことじゃないの?
わけがわからなくなった。
剣と魔法と冒険の次元、所は城下町。
我こそ勇者たらんとする冒険者一行の四人は、町に着いてすぐ情報集めを始めた。
……この町こそ、魔王城の城下町。
あと少しで魔王のもとへたどり着ける。
そう考えていたのだが。
「あァ? 魔王様を倒すだァ? ざけんな、帰ェれ!」
「魔王様に危害を加えようなんて奴らに、出す飯はないね」
「恐れ入りますが、魔王様に仇なす者に販売する商品は、当店にはございません」
酒場でも食堂でも商店でも、皆が一様に魔王に心酔している。
そのせいで酒にも飯にもありつけず、残りが心もとない燃料や保存食の補給もできない。
困り果てて、子供たちに尋ねてみると。
「魔王様はとってもお優しいのよ!」
「字を読んだり書いたりする勉強をまじめにやると、魔王様がほめてくれるんだぜ!」
「私、大きくなったら魔王様のメイドになるの」
子供たちですら、このありさまだ。
終いには『町に着いたばかりの余所者が、魔王様を倒そうとしている』という噂が、あっという間にほぼ町中に広がる始末。
ついにはどこの宿屋でも宿泊を拒否され、その日の宿にすら困る事態となった。
考えた末、魔王を倒すという自分たちの目的について『それがいかに愚かな考えかを知り、反省するために町に滞在したい』と言い訳することで、どうにか宿泊だけはできたものの、やはり宿屋の主も疑念と警戒の目を向けてきた。
「この町、絶対ェおかしいって。なんでみんな魔王派なんだよ?」
「想像と違うどころか、およそ正反対ですね」
「そうだね。魔法で洗脳とか強制労働でガリガリとか、そういうの想像してたのに、全然」
「みんな元気だし、読み書きができる人だってすごく多いし。人間の国より豊かなんじゃない?」
とはいえ一行は皆、ここまで来て引き下がれない事情を持つ者ばかりであった。
魔王城は町の中心ではなく、少し離れた崖近くにあり、町と魔王城をつなぐ道は一本だけ。
「今日はとりあえず休んで、いったん町を出て、町を迂回して魔王城に近づく」
「で、町の見張りに見つからないようにしながら、この道に出て、魔王城へ」
「どんなに急いでも、一昼夜はかかるんじゃない?」
「夜襲のつもりなんだ。余裕を見て二日か三日かけてでもいいだろう」
結局は最初の目的の通り、魔王を倒す。
目的を再確認し、作戦通りに進み、ついに四人とも無事に魔王城へとたどり着いた。
城と言うには警備が手薄に感じたが、兵士の様子がおかしい。
「こいつら……《下級吸血鬼/Lesser Vampire》だ!」
「感染に気をつけろ!」
普通に殺しただけでは死なない、不死の兵士。
昼は外にも出られない弱者となるが、夜は超人となる。
それを、これまでの行程で蓄積した経験や獲得した装備で排除していく。
「クソッタレめ! こんなことなら、夜襲なんかするんじゃなかったぜ!」
「今更言ってもしょうがないでしょう!」
何匹かを倒したところで、吸血鬼たちの配置と動きが変わった。
進路を塞ぐのではなく、武器をかざして順路を指し示している。
「ッざけやがって……招き入れてやがる」
「罠かな? でも、もう進むしかないよね」
「そういうことです」
どうせ、雑兵にかまっている時間も余力も惜しいのだ。
四人は飛び込み、走り抜けた末に、一つの広間へとたどり着いた。
広さこそ十分で、いくらでも暴れられるほどの大きさだが、調度品の類は一切ない。
窓も明かりの類もないので、冒険者たちにとっては持ち込んだ松明と照明の魔法が命綱だ。
「ようこそ……もっとも、面倒だから来てほしくはなかったが、ネ」
それらの持ち込んだ明かりが届かない奥から、男とも女ともわからない中性的な人影が現れた。
顔立ちの整った、王子様といった感じの容貌。
そして、冷たい瞳と黒い魔力。
「白昼堂々、茶会の邪魔をしなかったことだけは褒めてあげよう……ボクの雛鳥たちが怯えずに済んでよかった」
その気配で四人全員が悟った。
『これ』が、魔王だ。
「でも、君たちみたいなのが一番面倒なんだよネ……手下に任せられないし、手下を減らしてしまうし」
迫力に動けない四人の間を一瞬で通り過ぎ、背後に回った魔王が振り向く。
何か赤いものが飛んだ、と全員が感じた瞬間、手足に力が入らなくなった。
「手足に力を入れるための、腱を切らせてもらったよ。血が出すぎて死ぬことはないだろうけど……」
これが、魔王の圧倒的な力。
後悔してももう遅い、絶対的な差。
「……君たちが減らした分の兵を、君たちで補おうと思うんだ。手下の手下の、そのまた手下となってもらおう」
四人が揃って一つの、しかし最後の過ちを実感した所に、ここまで無視してきた兵士たちが部屋に詰めかけてくる。
兵士たち全員が下級吸血鬼だ。
「さあ、諸君。新兵たちに挨拶と教育を」
魔王の瞳が紅く光る。
それと共に下された号令で、兵士たちは冒険者一行に襲いかかった。
「い……いや……」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
かくして侵入者の命運は尽き、兵士は四名補充された。
魔王城には魔王がいる。
ゲームでも漫画でもよく聞く、ベタな設定だ。
しかしそれとは別に真魔王城があって、僕が魔王だと言われている。
じゃあ、そっちの魔王はいったい何なのか。
魔王の名をほしいままにするほどの人なんだから、僕みたいな子供と違って、やっぱり怖いんじゃ……?
「ど……どんな人なんです?」
恐る恐る聞いてみた。
怖い人だったら嫌だなあ……
「一言で申し上げれば『胡散臭い』ですね」
胡散臭いって。
バッサリですね、ベルリネッタさん。
「しかし、つい最近までは悪趣味と思っておりましたが、今ならわたくしもあれの言っていることの意味がわかるかもしれません」
悪趣味な人なんだろうか。
というか、趣味は人それぞれのような気がする。
散々な言われようだ。
「ここで噂するより、お会いいただく方が早いでしょう。さ、まいりましょう」
確かに。
《百聞は一見に如かず》と言うからね。
会ってみなくちゃわからない。
これまた《門》で直通。
超有名ネコ型ロボットの便利道具みたいだけど、まともに移動したら片道だけで一ヶ月近くはかかるとあっては、魔法の力を使わざるを得ない。
……でも、それはそれとして、いつか愛魚ちゃんやベルリネッタさんと旅行もしてみたいかな……
なんてことを思いながら《門》を抜けると、目の前に城がそびえ立っていた。
壁は白く、屋根は赤く、真魔王城ほどは大きくないけど、それでも十分に立派な城だ。
そして、僕たちを出迎えたのは。
「ようこそ……そろそろキミの顔を見たかったところだよ、我が友」
髪はカラスに近い、時々蒼くきらめく黒髪。
肌は血色が少ないような気がする白い肌。
瞳はルビーのように紅く。
彫りが深く整った顔立ちに、すらりと伸びた長い脚、そして高い身長。
イケメンの王子様だった。
「久しぶり。相変わらず胡散臭い挨拶ですね、貴方は」
「胡散臭いとは随分だネ……でも、その鋭さもキミの魅力のひとつさ」
はたから見ていると口説き文句の部類に入る感じがする。
ベルリネッタさんは大人の女性だから、本当はああいう大人のイケメンの方が好みなのかな……
ちょっと不安になってしまう。
「りょうた様、今よりもう少々だけでかまいません。どうか、わたくしをもっと信用してくださいませ」
王子様から視線を外して、ベルリネッタさんが僕に語りかけてきた。
「わたくしは誓って、これには絶対になびきませんので」
そうなんだ……よかった。
愛魚ちゃんはと慌てて振り向くと。
「私は了大くんじゃなきゃ嫌。イケメンならあっさりなびくような子と、一緒にしないでね?」
大丈夫だった。
少しでも慌ててしまった自分が恥ずかしくなるくらい。
自分が二股状態で、一筋でもないくせに身勝手だとは思うけど、つい安心してしまう。
不安がったり安心したり、やっぱり僕はまだ子供だ。
「ははは、妬かれてしまったネ。大丈夫……キミからベルリネッタやそこのお嬢さんを取ったり、仲を邪魔したりはしないよ。というところでベルリネッタ、皆にボクを紹介してくれないかな?」
ともあれ、この王子様は怖い人や悪い人じゃないようでよかった。
ベルリネッタさんもうなずく。
「これが《クゥンタッチ/Countach》……この城の主である、魔王にして《真正吸血鬼/Stark Vampire》です」
魔王にして、真の吸血鬼。
この人が……そうなのか……?
◎百聞は一見に如かず
人から百回話を聞くよりも、自分の目で一度見て確かめることのほうが確実であるということ。
胡散臭い魔王、クゥンタッチが登場です。
いわゆる「真祖」格として、日光も弱点にならない強キャラに設定しました。