134 ローマは一日にして『成らず』
ファーシェガッハ遠征の続き。
ファルクラムがなぜダメなのか、なぜプロペラなのか、ファンタジー世界なりの理由を添えて。
それと今後の対策も。
阿藍さんの仕込みのジェット戦闘機、ファルクラムが失敗したところで、シュヴァルベさんは自分の震電の心臓部を見せてくれた。
そこには、ガソリンで動くレシプロエンジンは……ネットで調べて写真を見たような機関はなく、魔力で動く機関があった。
「フフッ、別に私でなければ動かせないということはないはずだ。そうだな……ええと、ジェット機の君、少し回してみてくれ」
「ええっ!? わ、私ですか?」
エギュイーユさんが指名されて、操縦席に乗り込んだ。
あれ、後ろにも席があるぞ。
震電って二人乗り込めたっけ?
「それはもちろん、複座型に改造したのさ。フフッ……了大くんを乗せて飛んで、あの空を見せてあげたくてね」
「わあ、わざわざありがとうございます」
あの不思議な空を中から見たら、どんな景色なんだろう。
楽しみになってきた。
でも、それは後の楽しみとして、今はエギュイーユさんの操縦だ。
計器類は……なんか、多いな……
「そう言えば、ピトー管とかエルロンやラダー、フラップの制御とかはどうなってます?」
「この空を飛ぶために、速度や高度などをある程度読むことと、この機体を自分の身体として扱うことを、感覚として身につけた使い魔を作った。それを機体に住まわせて、制御をあらかた任せている」
エギュイーユさんとシュヴァルベさんの会話には、僕がよく知らない単語があれこれ出てくる。
けっこういろいろ調べたと思ってたのに、まだまだ全然だった。
ネットでもっと調べておくか。
「それは、ちょっとした有機コンピューターか、AI……人工知能みたいなものですね。だったら、そんなに難しくはなさそう」
エギュイーユさんが左手で操縦捍を握った。
右手はスロットル、プロペラの回転数調節を操作している。
機体は格納庫の奥に向けて入っていて、着陸脚のタイヤをストッパーで止めて、後ろ端にあるプロペラが格納庫の扉側に向いている。
その状態でプロペラをごく弱めに回してみて、流れる風は格納庫の外に逃がして……
「これ、大丈夫ですか? 魔力を吸われる感じが、わりとはっきりありますけど」
……少し回したところで、スロットルをオフ。
プロペラを止めて、エギュイーユさんは操縦席から降りた。
「それなのだよな。実はあまり大丈夫ではなくて、魔力をやたら食う……要するに、原型機のエンジンで言うと『燃費が悪い』状態が改善できていない。私も気にしている」
「考えてはいるものの、抜本的な対策はできていないか」
つまり、長く飛び続けるには多くの魔力が必要ということか。
実用化を目指すなら、それは大きな問題だ。
飛ばせるだけの魔力を持つ者しか扱えないのでは、実用的とは言いがたいだろう。
「だいたい、なんでわざわざ震電なんです? 傑作と言われた機体も、資料が容易に手に入る機体も、他にもっとあるのに」
「エギュイーユと言ったか……フフッ、君は大切なものに気づいていないね」
確かに、なんでわざわざ震電なのかとは、僕も思うよ。
なんで?
「それは『カッコいいから』だ! フフッ、異論はあるかい?」
「……いえ」
カッコいいから。
それは……大事だよな、うん。
僕からとやかく言えることじゃないだろう。
「とりあえず、ジェット機は『ファーシェガッハの特性にエンジンが適していませんでした』で、父さんに報告ね」
「かしこまりました!」
愛魚ちゃんの指示を受けて、ファルクラムとその専任スタッフさんたちは、エギュイーユさんに大型の《門》をまた開けてもらって、撤収。
ジェット戦闘機なんて何億円もするんだろうけど、これで出番はおしまいだな。
「さて、今度こそこの震電の性能をお見せしようか。出してくれ」
シュヴァルベさんの家の使用人らしい人たちが、震電を格納庫から外に出す。
後ろには自走できないからだな。
いっそ前後の区別なく両方に扉があってもいいのに。
タイヤのストッパーを外して、何か大きな獣を太いロープで繋いで、それに牽かせる。
二頭で牽かせているからか、そんなに時間はかからずに出すことができた。
「よし。了大くん、乗ってくれ。私の操縦で、空の旅としゃれてみよう」
「よろしくお願いします」
操縦席の後ろにある席は見るからに狭そうだけど、まあ、僕なら乗れるかな。
僕はどうせチビだからね。
「了大くん、これ」
乗り込もうとしたら、愛魚ちゃんからゴーグルタイプのサングラスを渡された。
なんか、未来的でカッコいい。
「太陽がまぶしい時は、それを使ってね」
「ありがとう」
用意がいいなあ。
ありがたい。
遠慮なく使わせてもらおう……ん?
ファーシェガッハの空って、太陽はどうなってるんだろう。
「フフッ、太陽はそんなに変わらないよ。むしろ、気流に含まれる乱れた魔力が曲者なのさ」
話しながらも、タキシングって言うのかな。
自走で滑走路の端の方、スタートの位置についた。
「では行くよ。座席のベルトはきちんと締めてくれ」
「はい。あ、サングラスも」
シートベルトで身を固める。
プロペラの回転数を上げて速度も上げると、風切り音の他に、何かをはじくような音もするかな?
ともあれ、滑走の後、離陸!
姿勢が安定してきたところで、外を見てみる。
サングラスは……
今のところ、なくても大丈夫そう。
「わあ……!」
ただ青いだけの空じゃない。
様々な色がついた風が気流になって、めまぐるしく吹いているのが視覚でわかる。
緑色だったり、黄色だったり……
そして、その中を泳ぐように飛ぶ震電。
大きく旋回してみると、機体のプロペラで空気を切った航跡にも色がついて見えてる。
不思議な光景だ。
「見ているだけなら綺麗なものだが、あの色はそれぞれ違う属性の魔力が多く含まれているから、ああいう色に見えるんだ。単一の属性だけじゃなく、複数の属性が混ざり合っているから、その比率で色がコロコロ変わる」
シュヴァルベさんの説明を聞くと、ただ綺麗なだけじゃない空だというのが伝わる。
悪魔の体にも翼があって、空を飛ぶ呪文だってあるのに、生身では飛ぼうとしないのが、その証拠だ。
「その、乱れた不安定な魔力を多量に含んだ風を採り入れて燃やそうとするから、ジェットエンジンはすぐ逝くんだ。それに、速度を出しすぎると滑走路の長さも足りなくなる。持ち込んでもらったファルクラムも、滑走の距離は危なっかしいものだったろう」
ただカッコいいだけの理由でプロペラ機にしたんじゃないんだな。
ジェット機が適していない理由は、ちゃんと解明されていた。
「風を採り入れてもすぐ逃がすか、風を作るかするだけのプロペラ機で、速度を出しすぎないなら大丈夫と気づいてね。この震電に目をつけたというわけさ」
あ、話していたらちょっとまぶしくなってきた。
サングラスを。
「とはいえ、今の震電にも満足というわけじゃない。旋回させてみてあまり小回りがきかない感覚や、離着陸の機首上げの分、プロペラが下がると壊しそうな怖さがある……」
満足したのか、シュヴァルベさんは帰るコースを取り始めた。
慎重に機体を操縦して着陸。
無事に帰ってきた。
「震電以前にも別な機体を検討していたことはあったが……もしかしたら、震電を選んだことも間違いかもしれない。その可能性は否定できないかな。いずれにせよ《ローマは一日にして成らず》ということ」
結果としてはファーシェガッハの空の魅力が直接伝わったフライトではあったけど、一方でシュヴァルベさんが命をかけて、危険を冒して飛んでいるというのが伝わってきたフライトでもあった。
撃墜される危険はなくても、別の危険とは常に隣り合わせだ。
「別の機体を考えたいなら、また模型を買ってきてあげよう。友として」
「フフッ、模型だけかい? もっと製造の工程も手伝ってくれよ。友人なら」
アウグスタと話してようやく緊張が解けたのか、フライト中は出ていなかったいつもの『フフッ』という笑いが出るようになった。
でも、これはそう何度もねだれるものじゃないや。
シュヴァルベさんの精神的な、消費魔力的な負担が大きすぎる。
僕にもいい解決案が浮かぶといいんだけど。
そんな感じでファーシェガッハで過ごして、真魔王城に帰ってみると、凰蘭さんが帰って来ていた。
周回の知識で言祝座の魔王が殺される展開は知っていたけど『どんな人物で、誰に殺されるのか』までは知らなかったから、それを見に行ってもらっていたんだ。
「よもや、本当に坊やの言う通りとはのう」
「やっぱり言祝座の魔王が殺されましたか」
トニトルスさんに繋ぎを頼んで、あらかたの説明をしてもらっているから、凰蘭さんも味方として動いてくれている。
今回は報告を聞こう。
「元々、妾のような鳳凰でもない限り《鳥獣たち》は不老ではないからのう。長寿にも限度はあり、そしてそれは他の種族よりは短い……ゆえに、魔王にも老いや病が来ておってな。腹違いの子、兄弟姉妹同士が、跡目争いを繰り広げておった」
鳥獣たちは言ってみれば、悪魔や不死とは違って『普通の生き物』だから、世代交代の最中だったということか。
じゃあ、魔王を殺したのはその子のうちの誰かとか?
「魔王を殺したのは、噂のアルブムじゃ。やはり狙いは魔王輪という軸はぶれておらんかった。跡目争いの戦乱にまぎれて、あっさりと討ち取られてな」
結局はアルブムか。
本当に、あいつはろくなことをしない。
「じゃが、見てきて帰ったはいいものの、結局は『言祝座の魔王輪がアルブムの手に落ちた』という結果は変わらぬ。聞いたところで何とする?」
「確かに『今』は、何とも……でも、もしもまたやり直すことも、あり得ないとは決まってませんから。
力も足りないけど、情報も足りない。
自分で『選んだもの』をきちんと見て覚える一方で『選ばなかったもの』がどうなるのかの情報も欲しい。
この周回で勝てなくても、そっちを選ぶ周回もあるかもしれない。
他の次元の魔王か……
「イル・ブラウヴァーグはどうでした?」
「そちらは坊やの話と同じじゃな。言祝座を見ておるうちに《潮流結界》を張りよったゆえ、最早立ち入れぬわえ」
セヴリーヌ様は引きこもるか。
魔王輪を奪われないならそれでいいか。
そしてまた、勇者こと寺林さんをあっさり破って、修行の続き。
今度はルブルムが来てくれた。
「ワタシからはなんにもネタバレしてないのに、りょーくんには全部バレてるなんて、不思議というか、つまんないと言うか」
「まあまあ、そう言わないでよ」
最初のあの仕掛けには、本当に僕は驚かされたんだから。
もしも周回の記憶がなかったとしたら、またあれをやられたら驚かされるだろうな。
「はい。というわけで、りっきーことサンクトゥス・ルブルムです。今日、ワタシが来たのは、真面目な話だからね」
真面目な時のルブルムは、とことん真面目だ。
怠けたり茶化したりしないで、きちんと聞こう。
「りょーくんは勇者から勇者輪を奪った。これまで、このことにはあんまり注目してなかったらしいけど、実はとても大事なことなの」
そう言われるとそうだ。
魔王輪と対をなすものであるはずの勇者輪を奪っておいて、それがどういうものか考えてなかった気がする。
「勇者輪を持つということは、魔王輪から闇の魔力を引き出すのと同様に、勇者輪から光の魔力を引き出すことも可能、ということ。ワタシやカエルレウムが使う《輝く星の道》を始めとする光の魔力が必要な呪文も、今ならりょーくんは使えるようになれる」
「そうか!」
魔王の肩書きと周回の挫折に気を取られて、全然気づかなかった。
今の僕には勇者輪が、勇者の力の源があるんだ。
「確か、これはりょーくんの記憶の中での母様も知らなかったはず。そこでワタシの出番。ワタシがりょーくんに、光の属性の呪文を教えられるから。『超必殺技伝授』!」
ルブルムがこういう形で味方してくれる展開も、今までになかったな。
よし、光の属性の呪文も自分のものにするんだ!
「じっくり教えてあげるからね。でも、すぐ覚えられると思って甘く見ないこと。《ローマは一日にして成らず》だからね!」
「わかってる。ありがとう」
周回で時間や展開が変わっても、ルブルムの優しさは変わらないんだな。
そう思うと、新しい呪文を覚えられることよりも、そっちの方がずっと嬉しくなった。
「噂の魔毒に本当に対抗できるのは、魔王の力じゃなくて勇者の力なのかもしれない。だから、母様を救うためにも……お願い」
勇者と呼ばれる者なら、個人的な恨みは我慢してアルブムを殺さず救わないといけないのかもしれない。
アルブムを救う方法なんかなくて、勇者だろうと殺すしかないのかもしれない。
どっちにしろ、もっと強くなってからの話だ。
強く……ならなくちゃ……
◎ローマは一日にして成らず
英語のことわざ「Rome was not built in a day.」の訳。
「すべての道はローマに通ず」と言われたほど繁栄したローマ帝国も、築くまでには約七百年もの歳月を費やし、長い苦難の歴史があった。
転じて、大きな成果は決して短期間で完成するものではないということ。
震電と言っても、要求性能としては一撃離脱戦法向け、それも試作のみということで、そんなにいいものでもないでしょう、という展開になります。
しかし、ルブルムは考えてみれば不思議な子ではあります。
初期案からの変化が著しくて。