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132 恋に『恋する』

愛魚にも説明して、トニトルスも呼んで、今後の相談をする了大ですが、どうしても踏み込むのをためらってしまう時と相手があります。

周回の利点をうまく活かせるかどうか。

愛魚ちゃんは除け者にはできない。

ということで、これまでのことを話しておきたい。

けど……


「でも、さすがに学校では話せないよ。人目もあるし、内容の方もアレだし」

「そうだね。じゃ、学校が終わったら」


……愛魚ちゃんがどこまで聞かされているか、どこまで許してくれるか、それで今後の方針も変わりそうだ。

僕としては、誰一人として失いたくはないけど。

放課後になったらまず自宅へ戻って、私服に着替えた。

それから、深海御殿(ふかみごてん)で常設の《(ポータル)》を借りて、真魔王城へ。


「お帰りなさいませ」

「……ただいま」


ベルリネッタさんの事務的な出迎え。

じっと顔を見つめる。


「何か?」

「いえ、何も」


僕は本当に、取り戻せるんだろうか。

この素っ気ないメイドにも確かにあった、あの時のときめきを。


「さて、深海さん」


ここからは、そうそう誰にでも話せる内容じゃない。

人払いをしてから、周回(ループ)していることもその顛末も全部話す。

斯々然々(かくかくしかじか)


「時間を戻して来てる、か……確かに、言われてみるとね? そういう内容の夢を見てたような気がしてたの。あれは、本当に起きたことだったんだ……?」


愛魚ちゃんには、うっすらと記憶が残ってるみたいだな。

前の時間でもそんなことを言ってたっけ。

メルヘンな夢だなんて言って誤魔化してしまってたけど。


「僕は、そうやって失ったものを取り返したいんだ。皆の気持ちとか、絆とか。その中にはもちろん、深海さんだって含まれるから」

「真殿くん……」


愛魚ちゃんは目を閉じて考え込む仕草。

それから、ゆっくりと目を開くと。


「それで『だからいろんな女と遊ばせてください』ってこと? バカにしてるの?」

「そんな!?」


面と向かって僕に不快感をぶつけてきた。

想像以上に愛魚ちゃんは僕を疑ってて、不機嫌だ。

でも僕は、てっきり愛魚ちゃんは味方になってくれるものと見込んで、これまでのことを何から何まで正直に話した。

これ以上、何を言えばいいのか……


「おやおや、これまで散々傍観を決め込んでおきながら、いざ取られそうになったらあからさまに嫉妬ですか。考えの浅いお子様ですね」

「…………あ゛ァ!?」


そこに現れたのはアウグスタ。

愛魚ちゃんを煽るのはやめてよ。

というか愛魚ちゃんも愛魚ちゃんで……その『あ゛ァ!?』は本当、やめて……


「リョウタ様、ここは私にいい考えがあります。お任せください」

「……大丈夫? 殺したりしないよね?」

「しませんとも。こちらでしばしお待ちを」


まあ……アウグスタほどの実力者がそう言うなら……

でも『いい考えがある』って、なんだか逆に不安になるんだよ。

大丈夫かな?




愛魚はアウグスタに連れられ、会議室へ。

会議室には先にヴァイスが来て、着席していた。


「この会議室なら大丈夫。音の漏れない結界がありますからねえ」


ヴァイスがにこやかに応対しても、なおも愛魚は不機嫌。

この二人には単なる不信感だけではなく『了大を寝取ろうとしている』という疑念が大きい。

もっとも、それは杞憂ではなく実際問題なのだが。


「音が漏れないから、何? 私刑(リンチ)でもしようってわけ?」

「いえいえ、そんな! とんでもないですよ!」


真っ向から否定するヴァイスの向かい側に愛魚を座らせ、アウグスタはその両肩に手を置く。

力を込めて押さえつけるのではなく、あくまでも添えるだけ。


「マナナさん。あなたには是非とも、見ていただきたいのです。リョウタ様がこれまで何を得て、そして、何を失ってきたのか。そうすれば、きっと考え方が変わるはずですから」

「了大くんのことなら、私はいつも見てきました。言われるまでもなく」

「愛魚さん。了大さんが魔王としていつまでも少年ではいられないように、あなたもまた《恋に恋する》少女のままでいてはいけない、いられないんです。じゃ、行きますよー……」


なおも強情な愛魚だったが、ヴァイスの能力に抗えるほどではない。

ヴァイスは愛魚に《夢》を見せて……




候狼(さぶろう)さんに(ほう)じ茶と煎餅(せんべい)を用意してもらって、おやつの時間にしながら、待つこと一時間ほど。

愛魚ちゃんが涙目になって戻ってきた。

アウグスタと、それにヴァイスが一緒にいるけど……泣かせたのか!?


「うわぁあん、了大くーん!」

「って……ちょっと、二人とも!?」


愛魚ちゃんは僕の顔を見るなり、抱きついてきて泣き出した。

ひどく取り乱してる。

もしも愛魚ちゃんをいじめたのなら、この二人でも黙って許すわけにはいかない。

何をされたんだ?


「ごめっ、ごめんねぇ、了大くん……私、わたっ、私が了大くんを信じてあげなきゃダメなのに……うえぇー!」

「……?」


どういうことだ?

話が見えない。


「愛魚さんにも見てもらいました。了大さんのこれまでの記憶を」

「最初のうちはまやかしと決めつけていましたが、マナナさんに過去の記憶の断片があったようで、それと符号するとなってからは考えを改めていただけましたよ」


見せたのか、あれを。

確かに、僕に化けるために記憶や仕草が違うとバレるからというのと、早いうちに味方に引き込んでおきたかったのとで、この時間でもヴァイスには僕の記憶を見せてたからな。


「もう泣かないで、愛魚ちゃん」


名前を呼ぶ。

他人行儀はやめて、頭をそっと撫でる。

いくら僕のためとは言っても、やっぱり愛魚ちゃんが泣いてるところなんて見たくないもの。


「了大くん……了大くん……♪」


悪魔たち(デーモン)》の御三家とヴァイス、それに愛魚ちゃんにはわかってもらえた。

でも、他にもわかってほしい人はたくさんいる。


「……トニトルスさんにも、連絡を取れないかな」


何と言っても《龍の血統の者(ドラゴンペディグリー)》の皆は一人一人が一騎当千。

心情的にも戦力的にも、是非とも味方につけておきたい。


「では『新しい魔王には専属教師が要る』とでも言って呼び出しましょう。実際、最初はそうでしたからね」

「トニトルスさんって……お酒の好きなドラゴンだっけ。手土産があった方がいいんじゃない? 父さんがもらったまま全然飲んでないお酒があるから、もらってくるよ」

「お願い……あ、ちゃんと阿藍(あらん)さんにお許しをもらってからね」

「もちろん」


ということでトニトルスさんを呼び出してもらえることになった。

一方、シュヴァルベさんにネット検索を見せてあげたい話は……


「時差を考えると、休日にしなくてはならないでしょうね。まず呼び出しをハインツにさせられない上、シュヴァルベもこの間のように都合よく飛んできてくれるとは限りませんし、検索となればそれ相応の時間も欲しいですし」


……また今度。

そう言えばまだ月曜日だった。

自分でもファーシェガッハに行けたら楽なのにな。

でも、愛魚ちゃんもこれまでの記憶を共有してくれてるのは話が早くて、そっちは楽だ。


「ところで、了大くん」

「何?」


帰る支度を始めたところで、愛魚ちゃんから不意に話しかけられた。

そう言えば二人称が下の名前になってるから、対外的にはもう彼氏彼女でいいかな?


「また、あのりっきーって人とも付き合うの?」

「んんっ!?」


なんで、りっきーさんの名前が……

あ、そうか!

愛魚ちゃんに信じてもらうために『これまでの記憶』を見てもらったということは、当然その中にはりっきーさん、つまりルブルムのことも含まれてる。

特に前回の、互いに対抗意識で吹き上がってた様子は大変だったからな。


「……いいよ。私、それくらいのことで了大くんを諦めたりなんかしないもん」


前回の時間でも聞いたような台詞。

でも、あの時の圧力のこもった言い方じゃなくて、僕を信じてついてきてくれる優しさのこもった言い方。

心強い。




それからはまた……僕にとっては、また……愛魚ちゃんとは交際を始めた。

学校ではまた妬まれたり憎まれたりだけど、そんなのは慣れっこだ。

愛魚ちゃんはこれまでのことを覚えてるわけじゃなくて、僕から見たこれまでの記憶を基に合わせてくれてるわけだけど、それでも何も知らないよりはずっといい。

そして金曜日。

家族には愛魚ちゃんと遊ぶからと言い、深海御殿から真魔王城へ。


「ふむ。当代の魔王とやらのお出ましか」

「トニトルスさん。まだ子供ではありますが魔王ですよ。言い方を考えてください」


会議室ではアウグスタと一緒に、トニトルスさんが待ち構えていた。

僕はこの人にも、わかってもらわないといけない。


「そうは言うがな、アウグスタよ。お主が下げたくもなかったであろう頭を我に下げて会わせようとしたのが、斯様(かよう)な子供とは……」


この段階ではトニトルスさんは僕を全然知らないから、こういう態度になる。

そのトニトルスさんを来させるために、アウグスタが頭を下げて……下手に出て、頼んでくれたのか。

ありがたいことだ。

ここは僕からも。


「僕は真殿了大と申します。トニトルスさんのご高名は聞き及んでおります。はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます」


まず名乗って、お辞儀をしてお礼を述べる。

トニトルスさんはこういうところは厳しいから……


「うむ。いかにも我が《雷のくちばし(トニトルス・ベックス)》だ。アウグスタにだけ頭を下げさせて自分はふんぞり返っているような小僧なら、今すぐ席を立ってこの卓を蹴ってやろうと思っておったが、そうして礼を尽くすのならこちらも話を聞かねば無作法というもの。我一人が無駄足を踏むだけならまだよいが、頭を下げたアウグスタの面子が立たぬからな」

「リョウタ様はそういうお気遣いはしっかりなさっておられますからね」


……よし。

押さえるべきところは押さえておけば、トニトルスさんはきちんと話を聞いてくれる。

軽い説明の後、トニトルスさんの自前の呪文《敗者の記憶(ルーサーズメモリーズ)》で僕の記憶を見てもらうと。


「アルブム様を蝕む魔毒と触手、そして対応を誤れば敵となる我等……あいわかった、お任せあれ。龍の名誉にかけて、お助けいたしますぞ」

「ありがとうございます!」


トニトルスさんも、僕にとっては大事な先生だ。

味方についてくれると思うと、嬉しさでつい声が弾む。


「ふふ……そうとなれば、まず今日のところは祝杯を挙げたいものだな」

「それなら! はい、父の許しを得て、一本ご用意しました!」


お酒好きのトニトルスさんのことですから、ちゃーんと用意してますよ。

……愛魚ちゃんが。

だって、お酒って高いし、そもそも僕には売ってもらえないし、阿藍さんが飲んでないのをいっぱい持ってるって言うし。

そんなわけで。


「ほう、これは美味い! 何、リョウタ殿の味方にならばもっとくれるのか。ありがたくもらってやるとも。そして、アルブム様もお助けして、勝利の美酒を……!」


なんか、お酒につられてるようでカッコ悪いけど、それだけじゃないと信じてトニトルスさんも味方にした。

それから、トニトルスさんには他のドラゴンたちへの『繋ぎ』をお願いした。

イグニスさんやルブルム、カエルレウム……

誰も失いたくない。


「あとは……言祝座(ことほぎざ)の様子を、凰蘭(おうらん)さんに見ていてもらうか」


前回の時間の流れでは、言祝座の魔王が殺されたことでイル・ブラウヴァーグとファーシェガッハは結界を張って出入りを断ち、防御に回った。

でも、そうなる前に何が起きたのかを詳しく知ることはできなかった。

僕が聞き忘れていたせいだろうか。

今回はそのあたりも、凰蘭さんに見ていてもらおう。


「ふむ。ターミアはどうされますかな」


ターミア?

何だっけ……


「ターミアは我ら、龍の起源たる次元ですぞ。アルブム様が『ターミアの魔王を殺した』と仰られたのなら、それがいつの出来事なのか、今からでも阻止は間に合うのか、それも調べておかなくては」


……そうか、そもそもアルブムが他の魔王から魔王輪を奪うという発想に行き着いたのは、ターミアの魔王から魔王輪を奪えたことがきっかけだったはずだ。

となると、そっちに当たってみるのも必要だ。

忙しくなるぞ。

作戦会議を終わらせた後は、夕食と入浴を済ませて、あとは寝るだけ。

ベッドに入ってみたけど、やっぱりなんだか眠れない。

どうしよう、誰か呼ぼうかな?


「失礼いたします」


ベルリネッタさんが来た。

特に呼んだわけじゃないのに。


「お一人では淋しいでしょう?」

「まあ……そうですけど」


眼光が僕を狙う。

……僕が持つ、魔王の魔力だけを。


「わたくしにお任せくだされば、抜かりなくお世話させていただきますよ」


もう、雰囲気でわかる。

覗き込んでも何も見えない、汲む水も残っていない、それでいて落とした釣瓶が底に当たる音だけが虚しく響く、枯れた井戸のような雰囲気で。


「アウグスタたちに出し抜かれているのが、面白くありませんか」

「なんですって?」


やっぱり。

少し揺さぶってみたら、案の定だ。

作り笑いが台無しになってる。


「愛魚ちゃんを呼んで、ここに来させてください。そしたら、今日のお仕事はもうおしまいで大丈夫ですから」

「……わたくしではご不満ですか?」


ベルリネッタさんの誘惑を突っぱねて、愛魚ちゃんを呼びに行かせる。

これはおそらく、ベルリネッタさんのプライドを傷つける行いだろう。


「言われた通りに、愛魚ちゃんを連れてきてください」

「……かしこまりました」


でも、ここであっさり誘惑される程度の奴を、この人は本気で愛さない。

それは二周目に、痛いほど思い知らされた。

まさに《恋に恋する》馬鹿な子だった時に……




◎恋に恋する

恋愛の中で真に相手を好きになるのではなく、恋愛をしている自分を好きだったり、自分が物語の主人公になったように酔いしれたりして、相手をきちんと見ないこと。

相手を尊重してこその恋愛ですよ。


二周目の手酷い裏切りがやはり尾を引いていて、ベルリネッタ相手には対応を決めかねています。

本当は振り向いてほしいのに、それを表に出せばたちまち色仕掛けで惑わせに来て、それでいて本気になどなってもらえない。

もどかしさの中であがく展開が、まだ続きそうです。

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