131 若い『ツバメ』
新ステージ新展開テコ入れキャンペーンなど。
説明が多いかもしれませんが、新ルートゆえということでどうか。
プロペラ機だって……!?
てっきりファンタジーだと思ってたファーシェガッハで、そんな機械を見るなんて思ってもみなかった。
何度かの旋回を続けるその飛行機を見ていると、高度を下げながら旋回をやめて、僕たちが立っている場所から見て屋敷をはさんだ向こう側に飛んだ。
「あちら側は滑走路を作ってあります。行きましょう」
滑走路まであるのか。
そりゃ、飛行機と言えば必須の設備だもんな。
行こう。
「以前見たものとは違う形、違うものですが……うん、無事に降りましたね」
滑走路を半分くらい使って着陸した飛行機から降りてきた人。
黒と紫の服で、長い髪も黒い、巨乳美女だった。
「アウグスタ、帰ってきてると思ったら、その子は……フフッ。《若いツバメ》かい?」
「また、そういう言い回しを……第一、《ツバメ》は君だろう。《シュヴァルベ/Schwalbe》」
若いツバメって。
年下の男を愛人にする、って意味だったかな。
ルブルム……りっきーさんがネットで言ってたっけ。
と言うより僕の周りは年上だらけなんだけどね。
「リョウタ様。こちらが私の盟友、《氷雪伯爵》のシュヴァルベです」
「シュヴァルベだ。フフッ、よろしく。君は?」
何はともあれ、紹介された上に先に名乗られたら、こちらも名乗るしかない。
普通に名乗ろう。
「僕は真殿了大です。よろしくお願いします」
こっちは魔王だけど、ファーシェガッハの人間じゃないから、御三家で伯爵というシュヴァルベさんには丁寧に接しておかないと。
するとシュヴァルベさんは僕の名前を聞いて、思うところがあったようで。
「ふーむ。了大……その名の響きは日本人か。実は『これ』も、日本由来のものでな」
立てた親指を向けられた、シュヴァルベさんの背後の『これ』……飛行機は、日本製らしい。
僕にはわからないけど。
「お好きなんですか?」
「そう! 私の趣味だ。いいだろう? フフッ」
趣味か。
それなら……うん、楽しいんだろうな。
「リョウタ様には説明が必要ですね。このファーシェガッハの空は浮島の周囲を除いては《門》も繋げづらいほど魔力の乱れがひどく、いくら呪文や能力があっても浮島と浮島の間を生身で飛ぶのは、自殺行為も同然なのです。そこで《氷雪伯爵》の家は代々、この空を安全に飛ぶ方法を考えているのですよ」
綺麗に見える空だけど、そんなに危ないのか。
やっぱりファンタジー。
それで飛行機に目をつけたと。
「故に《氷雪伯爵》の爵位、御三家としてだけでなく《空に挑む度胸/Skynerve》の大悪魔として、当家は一目置かれているのさ」
大悪魔、スカイナーブのシュヴァルベさん。
それは大変な相手だ。
僕は魔王なんて言われてても普通の人間で、生まれも中流の少し上くらい、何よりアルブムには負けっぱなしのリセット人間だからな……
腰が引けちゃう。
「大悪魔、か。考えてみればフリューは得意気に名乗っていたな」
「公爵家にて代々伝わる《星の嘆き》の大悪魔。確かにあの呪文は発動にこそ時間がかかるけど、発動させてしまうとお手上げだもの」
スターグリーフ。
フリューのそれは、確か……前々回の時間、愛魚ちゃんやセヴリーヌ様と仲良くしてた時に見た。
何でも吸い込んでしまうようなあれは、確かに敵に回したくない。
「そう言うアウグスタだって《雷霆を掴む手/Thundergrasper》の大悪魔だろうに」
「やめてくれ。私はそんな柄じゃない」
そして、サンダーグラスパー。
アウグスタは雷撃の呪文が得意だからな。
というように、ファーシェガッハとその御三家についての情報がどんどん入ってくる。
三人中二人と今まさに会っていれば、そうもなるか。
「《雷霆を掴む手》の異名は、いつかハインツが大成した時にそう呼んでやってくれ。私は《熟考の悪魔》だよ」
「相変わらず控え目なことだな。だが……フフッ、君らしい」
シュヴァルベさんは『フフッ』という笑いが印象的。
だけど、こうして仲良く話している二人の間には入りにくいな。
元々がぼっちだから、こういうコミュニケーションに割り込むってのは、ちょっと無理……
「ところで、君! 日本人なら、この機体は知っているか? 一八試局地戦・震電。試作のみで歴史の表舞台には立てなかった機体だが、性能は……」
「いや、ごめんなさい、僕は」
はっきり言ってわかりません。
僕はそういうののマニアじゃないから。
「ううむ……いや、試作のみに終わった機体だからこそ、巷では無名なのだろうな」
どうなんだろう。
今度インターネットで検索しておきます。
しんでん……しんでん……後でね。
「前のはどうしたんだ。君と同じ名前だからと張り切っていたのに」
「Me262シュヴァルベか。あれは問題だらけで、やっと飛んだと思ったら魔力はやたら食うわ、数度飛んだら空中で分解するわで散々だったから、見限った。私でなければ死んでいたな!」
メッサーなんとかもわかりません。
今度インターネットで以下略。
「となると」
「うむ、今は二人乗せられる飛行機はない」
なんだか、覚えることや調べないといけないことがいっぱい。
ファーシェガッハに来るのは初めてだから仕方ないけど。
「なんと。当てが外れるとは、考えが甘かったということか」
「そうは言うが、震電もやっと飛ばせたところなんだ。日本から機体を仕入れたわけじゃなく、少しの資料だけを頼りにこちらの次元に合わせたレプリカを作ったんだからな」
うん?
仕入れ、ということは日本にも来たことがある?
「そうだ。たまにだが、私は日本に行くこともあるぞ」
「だからシュヴァルベは変な言い回しを覚えるんです。かゆいところはごさいませんかとか《若いツバメ》とか」
そういうことか。
カエルレウムがゲームを買ったりトニトルスさんがお酒を買ったり、目的を持ってマクストリィに来ることがあるように、シュヴァルベさんもたまにはマクストリィには来て、資料だけじゃなく慣用句なんかも仕入れると。
「君、震電について何か追加の資料が手に入るような、そんな場所の心当たりはないかな」
「うーん、どうでしょう?」
都合よく手に入るならいいけど、僕がそんなのを手に入れられるとは思えないな。
その後は、帰ると言って震電で飛び去ったシュヴァルベさんを見送って、屋敷に戻った。
「あの騒がしい女はやっと帰ったか。うるさい道具の音が、屋敷から出なくてもバリバリ聞こえてかなわん。少しは姉上の落ち着きをを見習えばいいものを」
ハインリヒ男爵は、シュヴァルベさんや飛行機のことは好きじゃないみたいだな。
やっと飛ばせたと言ってたあたり、きっと実用化の目処も立ってないくらいだろうから、飛行機に理解が得られないのも仕方ないか。
「そんな事より姉上、姉上はもちろん、今日はこちらで過ごされるのでしょう? そうしましょう。ね? すぐ用意をさせますから、ぜひ」
まあ、彼はお姉ちゃん大好きのシスコンなのが今の様子でも伝わるからな。
お姉ちゃん以外の女はどうでもいいのか。
「いや、今すぐ帰るが?」
「はァー!?」
そしてアウグスタの、この塩対応っぷり。
もうちょっとこう、何と言うか……手心と言うか……
明らかにガッカリしたハインリヒ男爵に睨まれながら、触媒を経由した《門》でヴィランヴィーの真魔王城に帰った。
すると、もう夜になっていて、メイドたちは夕食の支度をしていた。
出かけたのは昼ごろだった気がするけど、ファーシェガッハでそんなに長居したっけ?
「時差ですよ。マクストリィとヴィランヴィーの間で体感する時間の流れが違い、後者の方が長く感じるように、ファーシェガッハのそれはかなり短く感じるのです。ざっと考えて、二倍かそこらには」
ううん……ファーシェガッハ、色々な意味で要注意な次元だぞ。
迂闊に長居したら浦島太郎だ。
アウグスタもそれを考えて、すぐ帰るようにしてくれたんだな。
気をつけよう。
そして、マクストリィの時間で週末になるまでは真魔王城で過ごす。
時間が戻ったばかりだから、メイドたちも僕のことを知らない状態。
それに対して『慣らして』いく意味でも、今週はマクストリィはヴァイスに任せて、こっちで活動するか。
さすがに魔王待遇だから、衣食住は何も心配ないし。
「へー、アンタが魔王って? で、シュヴァルベにも会ってきたんだ」
「フリューさんはすごいって話を聞いてきましたよ。なんでも御三家の筆頭だそうで」
「フフン! そうよ! アタシこそ《火炎公爵》にして、星の嘆きの大悪魔なんだから!」
フリューにもこれまでの周回より早めに会って、どうなるか確かめてみたかったし。
下手に出ておだてながら、それでいて魔王の魔力はわかるように出しながら接してみたらイケるな。
次からもそうしよう。
「リョウタって言ったっけ……今夜は『わからせて』あげるから、覚悟しときなさい」
「お手柔らかに」
やっぱり、フリューは悪く言えば偉そうな態度だな。
でも逆によく言えば自分に自信があるタイプで、だからそういう態度でいられるってことでもある。
自信……僕はあんまり無いな……
少しはフリューを見習ってみるくらいでもいいのかも。
* フリューがレベルアップしました *
「あっ、バカぁ……♪ アタシが『わからせる』はずだったのにぃ……♪」
でも、僕だってやるときはやるんだよ。
今回もフリューに『わかって』もらえたようで何よりだ。
週末になったらヴァイスと入れ替わりで、マクストリィに戻るか。
週末、僕の姿になってたヴァイスが帰ってきた。
何があったかは呪文で夢にして見せてもらって、記憶のすり合わせをしておく。
* ヴァイスがレベルアップしました *
「はぁ、了大さん、素敵……♪ こんなに『良く』してもらえるなら、あたし、もっと頑張っちゃいます……♪」
その労働の代価はバッチリ、ガッツリ取られた。
と言っても支払いは魔王の魔力、エッチでだから……
衣食住どころか女にさえも困らない、自由気ままな魔王ライフ。
恵まれすぎてるから、だらけないようにする注意も必要なんだよね。
ちなみに、身代わりの件は愛魚ちゃんには話してなかったのに、初日どころか一目でバレてた。
どういうことだよ。
「さてと、こっちに戻ったからにはネットで、えーと……『しんでん 飛行機』っと」
人類の英知の行使、インターネット検索。
シュヴァルベさんが言ってた『しんでん』について何か手がかりがないか、まずはネットを頼る。
どんな漢字かわからなかったからひらがなで入力したけど、すんなり出てきた。
震動の震に電気の電で、震電。
『震電は第二次世界大戦末期に日本海軍が試作した局地戦闘機である。試験飛行の段階で終戦を迎えた。略符号はJ7W1』
なんとなく検索を続けていたら、図面すら出てきた。
試作機だって言うわりにすんなり調べられたぞ。
インターネットってすごい。
シュヴァルベさんは『巷では無名なのだろうな』って思ってたみたいだけど、むしろわりと有名っぽい。
題材として扱うゲームもあるそうだ。
「なんか、こう……震電ってずいぶんと古い飛行機なんだな」
大戦が終わる間際ということは、七十年以上も昔。
そんな古い技術なら、もう国家機密というほどではないということか。
もしシュヴァルベさんがネットに詳しくないなら、ネットで資料がたくさん手に入る話をしてあげよう。
そしたら、日本に来て収穫が得られるはずだ。
それはまた次の機会として、今日はあらかじめ支度を済ませて寝て、早めに起きたら学校へ。
新しい一週間の始まり、月曜日だ。
「おはよう、真殿くん」
愛魚ちゃんだ。
なんだか視線が厳しいかな?
間違っても、前回みたいな暴走をされないようにしないと。
「……女の匂いがする」
「え!?」
そんなバカな。
ちゃんと風呂には入ってきてるのに。
「そういう意味じゃないし……そうやって、言われて慌てるところのことだし」
うーん……
僕が本物なのはわかってるんだろうけど、だからこそ厳しいのかな。
この時間では、スタート直後くらいなのに既にアウグスタとフリュー、それにヴァイスとエッチしてるからね。
「深海さんはもっとお父さんと話をした方がいいよ」
「何、それ?」
お父さんと言えば、最初の数日分はマクストリィを離れてたから、秘書の鮎川さんが車で迎えに来て阿藍さんと会うイベントも飛ばしちゃったな。
あれはあれで重要だったか。
「あ、いや、ちょっと最近、忙しくなっちゃって、ね」
「女遊びで?」
うわ、辛辣。
何と言えばいいのやら。
「父さんからは聞いてるよ。真殿くんは魔王で、別の次元に行ってたって」
「それなら」
「私は真殿くんから直接話してほしかった。なのに、偽者なんかよこして」
それは悪かったよ。
でも、こっちだって遊びでやってるわけじゃない。
色々なものがかかってる。
「なら、話すよ。どうして忙しくなったのか、どうして先週は偽者をよこさなきゃいけなかったのか。全部、訳があるんだ」
それには当然、愛魚ちゃんだって含まれてる。
今度は、あんな風にほったらかしにはしたくない……!
◎若いツバメ
年上の女性の愛人となっている若い男性のこと。
明治時代の婦人運動・女性解放運動の先駆者であった平塚雷鳥と、年下の青年画家、奥村博史の恋愛の中で、奥村が自らを指して手紙に記したことに由来する。
新キャラ、シュヴァルベの登場で『御三家』が出揃いました。
ハセガワとは別のメーカーの架空飛行機もモチーフにしつつ各キャラのギミックを決めて《悪魔たち》ルートのアングルとブックの下地にしていきます。