129 もっけの『幸い』
了大が意識を取り戻して、一人称視点に戻ります。
カエルレウムルートは今回で終了、ループして新ルート突入です。
めまいがして、吐き気がして、頭痛がして。
なんとなく、体をどこかへ運ばれてるような感じと、怒鳴られてるような感じがして。
何がなんだかわからない。
気がついたら、ここは……カエルレウムの部屋だ。
「りょーた……」
カエルレウムの心配そうな顔。
体を起こそうとすると、あちこちが痛い。
体だけじゃなくて頭も重い。
確か、僕は愛魚ちゃんの触手に刺されて……
「りょーくんの怪我は傷口から魔毒に入り込まれて、なかなか治らないんだよ」
……そうだった。
愛魚ちゃんを殺すなんて嫌だと思って、迷ったのがいけなかった。
それでこの大怪我だ。
「《罪業龍魔》が……全然役に立たなかった……」
「言われてたでしょ、ピーキーなタイプだから、りょーくんの気持ち次第だって」
自信と魔力をたっぷり込めた使い魔だけど、その力は僕の精神状態に大きく左右される。
僕の心が愛魚ちゃんを前にしてためらってしまったから、それに同調する形で《罪業龍魔》も力を発揮できなくなったんだ。
愛魚ちゃんを諦められなかった、僕の気持ちに応じて。
「でも、それでも」
「わかってる」
それでも僕は、愛魚ちゃんを殺せなかった自分が間違ってるなんて思ってない。
そう言おうとしたら、カエルレウムに止められた。
「りょーたは、誰一人として失いたくないんだよな。まななのことも、ベルリネッタのことも……それで、みんなといられる『真のエンディング』を探してる」
カエルレウムは明確に、そして的確に、僕の本心を言い当てていた。
そうだ。
僕は誰かを諦めて、見殺しにしたら、そこから先へは進めない。
それはアルブムに勝てないとまた周回するという意味じゃなく……失ったままじゃいつまでも心残りが消えないという、精神的な意味でだ。
「りょーたはたらしだけど、優しいもん……だから、まななを殺せないと思った時は本当に、心が泣いてた」
だから、たとえああなったとしても、愛魚ちゃんは殺せなかった。
これまでの、やさぐれて皆を雑に扱ったり、支配されてたから仕方ないなんて言って殺したりなんてのは、全部間違ってたんだ。
やっぱり、僕は諦められない。
諦めてたまるか。
「……でも、カエルレウムは時間を戻されるのは嫌だって言ってたよね」
諦めたくないけど、だからこそ。
ここまで僕を理解して、僕を好きになってくれたカエルレウムが、僕を忘れてしまうのだってつらい。
やり直しに賭けて時間を戻したら『今のカエルレウム』ともお別れだから。
「わたしのことは気にするな。りょーたが目指す『真のエンディング』には、わたしもルブルムもいるんだろ? だったら、大丈夫だから……」
大丈夫なもんか。
そんなの、ただの強がりだ。
もしも本当に大丈夫なら、どうして。
「そんなボロボロ泣きながら言ってても、全然大丈夫そうに見えないよ」
「……りょーたぁ……」
どうしてそんなに泣いてるのさ。
僕が間違えたから、僕の力が足りないから、また周回しなくちゃいけないせいだろ。
「わたし……わたし、また、きっと……ううん、絶対……絶対、りょーたを好きになる……」
全然泣き止まないのに、それでも笑おうとしながら。
カエルレウムは誓うように、僕に告げる。
「絶対、りょーたのこと好きになるから……! そしたら、また……また、わたしのこと、たらして……一緒にいられるようにして……!」
調子が出ない腕を伸ばして、カエルレウムの髪を撫でる。
新雪みたいな、白くてサラサラの髪だ。
「絶対たどり着くって、約束して……りょーた……!」
「ああ、約束する」
僕は絶対に諦めない。
諦められない。
いよいよたまりかねて僕に飛び込んできたカエルレウムを受け止めて、わんわん泣くのをあやしてあげていると、呼び出しが来た。
城内の機構を回線として使った、立待月からの呼び出し。
「了大クン、時間は戻せそう? アルブムの全開相手じゃ、アタシも長くはもたないかもしれない」
「立待月さんは戸締まりに気をつけると言って、外からのアルブムの侵入や、内からの造反に考えを巡らせてくださっています。後はリョウタ様次第」
立待月の話に、アウグスタからの補足説明も入った。
そういうことなら、いよいよ時間を戻さないとダメか。
「こちらを」
「あっ……この板は、たしか最初の時に……」
そこでアウグスタが取り出したのは、ノートサイズの金属板。
掘られている文を、改めて読み直す。
「……《Go back in time with your burning heart》……熱い心であの時に戻れ、か……?」
そうか、これが周回の仕組み、時間を戻す呪文だったのか。
今まではずっと、僕が死んだところで自動的に反応していたけど、自分で意識して戻すことができるなら、またやりようはあるのか。
「でも、熱い心でって……どうやるんだ」
「そこはイメージが大切だと思います。周回の途中に絶望して拗ねてた了大さんも、心の底には『こんなの嫌だ』って気持ちが……熱い気持ちが残ってたから、だからここまで周回して来られたはずなんです」
イメージが大切か。
精神と夢を操るヴァイスがそう言うなら、そうだろう……
それを踏まえて、まだ僕に抱きついたままのカエルレウムを見る。
視線が合って、伝わってくるこの気持ちを。
カエルレウムの熱い心を。
もちろん、他の皆も。
「熱い心で……今、ここにいるカエルレウムの心も持って……!」
僕は絶対に取り戻す。
だから『今』は、いったん手放す。
いつか必ず、まためぐり逢うために。
「戻れ……時よ!」
目に見える色が変わる。
世界が回る。
気が遠くなって……
……目が覚めたらまた、化粧ボードの天井。
学校の保健室だ。
「戻った……戻れたのか……?」
体の調子は悪くない。
魔毒に汚染された触手で受けた傷もない。
まあ、深海の水圧に潰されたり《奪魂黒剣》で刺されたりしても、戻ったばかりの時は体調も回復してた。
今回も同じか。
服も同じで、体感する気温も同じくらい。
教室に戻ってみよう……ん?
「何だ、この手帳?」
僕の生徒手帳じゃない、社会人が持つような手帳が、ベッドの枕元にあった。
誰のだろう。
愛魚ちゃん……深海さんかな?
教室に戻って、聞いてみよう。
「さっきの古文の授業は四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」
古文は四十七ページまで、つまり前までと変わらないか。
じゃあ、この手帳は?
「ううん、私のじゃないよ。保健室の先生のかもしれないから、持って来ちゃダメだったのかも」
そうか、それだったらまずいな。
保健室に戻ろう。
と、その前に素行不良の猿からスマホは取り返して、と。
「いいえ? 私のでもないわね。落とし物や忘れ物なら、職員室に持って行ってちょうだい」
どこか面倒そうに、保健室の先生は僕にそう告げた。
やっぱり、やる気のなさそうな人だ。
でも、そうなると誰のものなんだろう。
中に持ち主の名前とか書いてないかな?
「失礼だけど仕方ない、少しだけ中を……んっ……!?」
開かない。
見た目は普通っぽい手帳なのに、全部のページを接着してあるような感覚で、どこからも全然開かない。
まるで一枚の板みたいだ。
「こうなるとお手上げだな。これ以上はどうしようもないなら、職員室に届け出ておしまいかな」
「やあ、こんにちは」
そこに、あいさつの声がかけられた。
手帳の持ち主かと思って振り向くと……なんと、アウグスタがいた。
服が普通のスーツっぽくて、学校の中で会うと教師みたいだ。
って、真魔王城じゃ教師だったか。
でも、なんで学校になんて現れたんだろう。
「何を考えているのか知らないけど、それは私の手帳でね。返してくれないかな」
なんだ、この手帳はアウグスタのものだったのか。
手帳を探しに来たわけだ。
それなら、愛魚ちゃんや保健室の先生に心当たりがないのも、なぜか全然開かないのも、不思議じゃないや。
素直に返しておく。
「そうそう、子供は素直が一番だよ」
手帳をしっかりと受け取って、中を確認するアウグスタ。
さすが持ち主のやることだけはあって、手帳は普通にあっさりと開いた。
「……うん? 何だ、これは……」
「いや、僕は何も。拾っただけだし、開かなかったし」
でも、アウグスタの様子がおかしい。
慌てたようにページをぱらぱらとめくり、時々眼鏡を動かしてはせわしなく視線を動かしている。
何か書いてあるのか?
「……君、この学校に『リョウタ』という生徒はいるかな」
僕のことが書いてあるとかかな。
それとも他にも『リョウタ』って名前の生徒がいるとか?
とりあえず、僕はこの学校の生徒だから。
「他の誰かかどうかまでは知らないけど、僕は『リョウタ』だよ。真殿了大」
さっきの質問には、僕が該当する。
そう答えると。
「なるほど。つまり君が……いや、あなたがヴィランヴィーの魔王。そして、時間を戻して来ているのですね」
あれ?
まだ何も説明してないけど、なんでそこまで話が進むの?
「この手帳に書いていました。『前回の私』が」
「あっ!?」
そう言われて、僕に向けて開いて見せられた手帳のページには、例の《Go back in time with your burning heart》……時間を戻す呪文が書き写されていた。
そしてアウグスタは手帳を自分の手元に戻して。さらに他のページを読む。
「マナナさんを選ぶ。イル・ブラウヴァーグに行く。セヴリーヌ様とお会いになる。トニトルスと殺し合う。ベルリネッタさんが死ぬ。時間が戻る。トニトルスが疑う。カエルレウムと親しくなる。ルブルムとも……ふうむ……」
って、そんなにいろいろ書いてあるのか!?
どうしてそうなった!?
「いやいや。どうやらこの手帳、私自身とは違い『前回の時間』の状態であると考えられますね」
「……?」
手帳が前回の状態?
なんで手帳だけが?
「おそらく、時間を戻す呪文を書き留めたからではないかと考えられます。しかし言うなれば《もっけの幸い》と言ったところですね」
もっけ?
何だっけな、えーと……
「これは思いがけない幸運ですよ。『前回の私』はおそらく、全容までは知らずに何気なく書き留めただけでしょうが、まさかリョウタ様の周回にこの手帳が付随するようになるとは」
そうだ、思わぬ幸運。
全部じゃないだろうけど、前回の時間で得られた手がかりのいくつかが、アウグスタの手帳に記されている。
また最初に戻った『今』、それは心強い武器になるんじゃないだろうか。
「何はともあれ、まずは真魔王城へまいりましょう。リョウタ様、《門》の方はどうなさいます。ご自分で?」
「うん」
意を決して《門》を開く。
行き先はもちろん、真魔王城だ。
繋がった手応えを得て、くぐった先には……
「止まりなさい。ここは気安く立ち入ってよい場所ではありませんよ」
……殺意満点のベルリネッタさん。
眼光も《奪魂黒剣》も、その鋭さが僕だけに向けられていた。
やっぱり、会ったばかりのベルリネッタさんはいろいろキツいな。
あの頃を思い出して比べると、つらいものがある。
「よした方がいいですよ、ベルリネッタさん。その方はヴィランヴィーの魔王輪をお持ちでいらっしゃいます」
「なんですって!?」
あれ?
ああ、そうか。
魔王の魔力は不用意に漏らさないよう鍛練して、意識しなくても抑えるようにしてたんだった。
イグニスさんには、その件ではお世話になった。
ということで、少しだけ意識して魔力輪の魔力を回す。
それから少しずつ強くしていくと。
「まあ……これはまさしく、魔王の魔力……! それでアウグスタさんはこちらの方を、魔王様をお連れしたと」
「そんなところとお考えください」
やっぱり話が進んだ。
ベルリネッタさんを動かすには、どういう方向でも何かしらの形で魔王輪の魔力を使うことになるな。
「そうとなれば話は別。先程は知らぬこととはいえ、大変失礼をいたしました。どうか、寛大なお心を」
「いえいえ。職務上というか立場上というか、べっ、っ、コホン……メイドさんの行動は仕方ないことですよ。気にしてません」
「恐縮です」
うっかり名前を呼びそうになっちゃった。
でも、前回のベルリネッタさんは僕が周回の記憶を持ち出すと、気持ち悪そうにしていたっけ。
この『会ったばかり』のベルリネッタさんも、きっとそうなるだろう。
周回のことは言えない。
そして、魔王としてもてなされながら夕食をご馳走になる。
やっぱり味はいい。
「さあ、入浴の支度もできております。連れ込みたい者がおりましたら、どうぞお申し付けください」
「……例えば、あなたでも?」
「ええ」
これだ。
ベルリネッタさんは僕に本気にならないうちは、あの手この手で僕に色仕掛けをしてくる。
逆に言うと、こんな対応をされているうちは、ベルリネッタさんは僕のことを愛してなんかいないということだ。
なんだか気が滅入る。
僕の苦労も知らないで……
ん?
知る?
「そうだ。アウグスタは?」
アウグスタなら、手帳に書いてある範囲とは言っても、今のこの状況についていくらか知っている。
ここはアウグスタを頼ろう。
「おやおや、私と入浴をなさりたいとは……やはり男子、と考えてよろしいということですか?」
「まあ、それもあるんだけど」
手帳にどこまで書いてある?
足りなければ、記憶を読んでもらう呪文もあったはずだ。
アウグスタ以外にも、ヴァイスにも……
とにかく、これまでの時間は無駄じゃなかったはずだ。
入浴という状況を利用しながら、そのあたりを話しておきたい。
◎もっけの幸い
思いがけない幸運に恵まれること。
『もっけ』は『物の怪』のこと。
時間を戻す呪文をメモしておいたことで、アウグスタの手帳が状態を持ち越しました。
これも今までなかった要素として、新ルートの開拓に繋がります。
……とはいえ、思った以上にカエルレウムのヒロインパワーが上がって計算外の事態ですが。