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127 呉越『同舟』

いよいよアルブムとのバトルに入ります。

この時間ではどんな戦いを見せられることか。

年が明けて、もうアルブムが来てもおかしくない頃合いになった。

いつ来るんだろう。

具体的にわかれば、タイミングを合わせて万全の状態で迎え撃てるのに。


「せめて、アルブムがいつ来るかくらいわからないのか?」


なんとなくイライラしてしまって、アイアンドレッドに八つ当たりしてしまった。

すると。


「この時間軸でしたら……三日後の朝ですね」


回答が返ってきた。

知ってるなら先に教えてよ。

そうとわかれば作戦会議だ。


「了大クン、それなら打って出た方がいいかもね」

「どうしてさ」


いち早く……というか城内を瞬間移動して来た立待月(たちまちづき)が、そんな提案をしてくる。

どうしてそう思うのか、理由も話してくれ。


「カエルレウムやルブルム、それにヴァイスと……あと、あ、来た。アウグスタもなんとかいけるかな。今挙げた四人は、アルブムの支配に対抗できると思う。でも、そこらへんのメイドや門番はダメでしょ。たぶん、ベルリネッタさんクラスでもやられる」


言われてみればそうだ。

そうそう全員、魔力で強くしたり親密になったりできるわけじゃない。

特に、この時間では僕はベルリネッタさんに気味悪がられてる節すらある。

あの人もダメだろう。

聞いている間にアウグスタも来た。


「そこで、支配に抵抗できない人は全員城の中にいてもらって、抵抗できる人だけで迎え撃つのを勧めるよ」

「なるほど。いい考えですが、城内に直接《(ポータル)》を開けられたら?」

「そんなのはアタシが妨害して、開けさせない。外じゃかなわないけど、城内なら空間も何も全部、アタシのものだから」


大きく出たな。

城内限定とはいえ、さすが魔王と同等の権限を持つだけはある。

アウグスタの指摘にも動じない、すごい自信だ。


「支配される人を増やされて劣勢に立たされるくらいなら、籠城した方がマシ。籠城なら、城内を完全に制御できるアタシが起こされた意義もあるしね」

「じゃ、立待月さんは戦いには参加できないってことになります?」


籠城する話で固まりつつあったところに、ヴァイスも来た。

確かに、それは気になる。

立待月自身は戦えないのか?


「そりゃー、なるよ。城内の防御で手一杯になるもん。ま、ヴァイスならわかるでしょ? アタシにもアルブムの支配は効かないってこと」

「確かに。精神の《保護抵抗(プロテクション)》が、アイアンドレッドさんと同じであたしたちとは原理も系統も違う感じですからねえ。あたしもなんにもできないくらいですよ」


最初の世界でスティールウィルに会った時も、ヴァイスはそんなようなことを言ってたっけ。

アイアンドレッドは同じヴァンダイミアムから来てるとして、立待月の正体も系統としてはヴァンダイミアムに近いってことか。

使われてる技術もそっち由来らしいから、そうなんだろうな。


「じゃ、アイちゃんを信じて三日後の朝、アタシは結界を張るから。了大クン、ヴァイス、アウグスタ、カエルレウム、ルブルムは外。あとは籠城!」

「よし、それで行こう!」


こだわりの切り札は使えないらしいけど、籠城という形で立待月が力を振るってくれる。

なら、背後は安心か。

今の内容をカエルレウムとルブルムに伝えて、英気を養いながらその日を待つ。

イグニスさんや凰蘭さん、あとは鳳椿さんあたりにも声をかけて、城内にいてもらうことにした。




そして迎えた、当日の朝。

側には使い魔の《罪業龍魔(シンドラゴン)》も従えて、勇者の剣も携えて……

来た!

アルブムだ。

気配からして、魔王輪は……三つ持ってる。

最初に魔王を殺したらしいターミアの分と、たぶん言祝座(ことほぎざ)の分と、あとはどこのだろうな。

ちょっとわからない。


「あら、出迎えご苦労様。あとはいっそ、その剣で腹でも切ってくれたら何よりだけど」

「死ね」


ふてぶてしい態度があまりにもウザすぎて、つい『死ね』って言っちゃった。

でもまあいいか、アルブムだからな。


「なんて礼儀のなってない子かしら。そんな子に魔王輪はもったいないわね!」


周回の中で何度もやり合って、少しずつはパターンを覚えてきた。

カエルレウムみたいにゲーム的用語で言うなら『死に覚え』に相当するかな。

初手はいつも通り《服従の凝視(オーバーオウゲイズ)》からだ。


「どうしたの、カエルレウム、それにルブルムも。私の言うことが聞けないと言うの? こっちに来なさい!」


そう言いながらアルブムは、平然と《服従の凝視》を仕掛けている。

本人の意思を尊重する気なんか最初からない、傲慢なやり口だ。


「イヤだ! わたしは、りょーたと生きる! 母さまが敵でもだ!」

「嘘であってほしかったけど、りょーくんの敵になるなんて……そんな母様の方へは行けないよ」


二人とも支配に抵抗できている。

こうなるためには魔王の魔力で格を上げるだけじゃなくて、精神的な強い結びつきが必要だろうな。

本心から僕を選んで、ついてきてくれるということだ。

こんなにありがたいことはそうそうない。


「親の言うことに従わないなんて、どこで育て方を間違えたのかしら。この子の方がよっぽど、素直に言うことを聞くのに」


アルブムとしては、双子が揃って自分の支配に抵抗するのがよっぽど気に入らないらしい。

でも、そう言うアルブムの隣に現れたのは。


「どうしてもダメなら殺すしかないかもしれませんよ、アルブム様」

「愛魚ちゃん……!?」


愛魚ちゃんだった。

そうか……この時間じゃ僕があんまり愛魚ちゃんに構わなかったから。

籠城するのに姿が見えなくても、マクストリィの方にいると思い込んでしまっていたから。

僕がそんなだから、愛魚ちゃんはアルブムの支配にやられたんだな。

なんてことだ。


「さ、了大くん。こっちに来て。私はいつでも、了大くんが好きだから」


そして、愛魚ちゃんの様子がとにかく変だ。

精神をアルブムに支配されているというだけじゃない。

体中に淀みというか、嫌な魔力を感じる。

なんというか……堆積したヘドロみたいな感覚……?

いや、違う。


「どうしてアルブム様の味方になったのか、って聞きたそうな顔してるね。これはね……《呉越同舟(ごえつどうしゅう)》ってやつだよ、了大くん」


これは、トニトルスさんの遺体からも感じていた嫌な感覚。

魔毒だ。

愛魚ちゃんの中に魔毒が混じっている。

精神だけじゃなく肉体までも、アルブムに弄られてるのか……!


「やっぱり《水に棲む者(アクアティック)》が一番、これを受け入れやすいわねえ。本当は水の魔王をこうして引き入れられたらよかったのだけど、それは追々とするわ」


魔毒を受け入れるだって?

そう言われると……前回の時間でセヴリーヌ様が刺されて毒にやられつつあった時、患部を吹き飛ばしてまで抵抗していた様子を見て、その時のアルブムは言った。


『その身体に回ったものを毒と思わず受け入れておけば……』


アルブム……!

まさか、あの時もこれが狙いで!


「なるほど、魔毒とは単に毒となるだけでなく、それを受け入れられる者を変質させ、異なる力をもたらすのですか。そして、それにより発現したものが、あの触手や、異質な魔力……!」


アウグスタが分析する。

死に際のトニトルスさんの記憶を急いで読んで、触手の存在と、触手が生まれつきのものじゃないことを伝えられているアウグスタが、これまでの情報を総合して考察した。


「アルブム様は魔王輪さえあれば了大くんはいらない。私は了大くんさえいれば魔王輪なんていらない。だったら、分け合えばいいだけのことでしょ?」


そして、愛魚ちゃんも半開だ。

タコかイカみたいな触手が何本……二十本近くも伸びる。

でも、前に見た《全開形態(フルスロットル)》の時とは違う。

アルブムの体に付け足されてるような、黒っぽい暗い紫の部分が愛魚ちゃんにも足されてて、元々持ってる触手を染めてる。

こんな……こんな愛魚ちゃんは見たくなかった……!


「了大くんがいけないんだよ。私がこんなに了大くんを好きなのに、私がこんなに了大くんを求めてるのに、私のことをほったらかしにして」


たくさんの触手が、縦横無尽に飛び交う!

愛魚ちゃんの猛攻になかなか手が出ず、防戦一方になる。

それに、できれば愛魚ちゃんは助けて、目を覚まさせてあげたいけど……


「あの女からも母さまからも、イヤな魔力を感じるよな。ドブみたいな汚いのを」

「ドブって……いや、うん……」

「悪いが、わたしにもあれは助けられない」

「カエルレウムとワタシ、束になってもダメだと思う。あれは……あの魔毒はもう、お嬢様の体に馴染みすぎてるから」


清めと癒しの《聖白輝龍(セイントドラゴン)》にも、あそこまで魔毒にやられた愛魚ちゃんはもうどうしようもないのか。

ということは……殺すしか、ない……?

愛魚ちゃんをか……!?


「りょーた、諦めてくれ。あの女がいなくても、わたしが……わたしたちがいるから」

「でも!」

「りょーくん! また負けてもいいの!? 今度こそダメかもしれないんだよ!?」

「……そうか……」


剣を構える。

僕のせいで愛魚ちゃんがそんなことになってしまったのなら。

せめて、僕が決着をつけないといけないのか……!


「アルブムは私とヴァイスで牽制しておきます。リョウタ様はマナナさんの対策だけお考えを」

「言ったそばから、そんな女たちとイチャイチャして……許せないよねぇッ!」


触手の猛攻は続くけど、やるとなれば対策はできる。

アウグスタ直伝《思考速度有意向上シンキングスピードアップ》と《動体視力ダイナミックビジュアル有意向上アキュイティアップ》!

コマ送りのように感じられる世界の中、魔毒に汚染された触手を切り刻む。

愛魚ちゃんを傷つけるのは嫌だけど……

愛魚ちゃんを殺すなんて、もっと嫌だけど……!


「触手が再生してくる!?」


元々の能力が魔毒の力かはわからないけど、とにかく触手がまた生えてくる。

斬っても斬ってもきりがない。


「私を傷つけるだけじゃなく、殺そうとするなんて、ひどいよ、了大くん」


本当にそうするしかないのか……?

助けられないとかダメだと思うとかは、結局は見積もりでしかない。


「私はそんなに邪魔なの? 私を殺してでも、そんな女たちとイチャイチャしたいの?」


……それが僕の選択なのか?

前回の時間では、あんなに愛し合ってた愛魚ちゃんを斬り捨てて、カエルレウムやルブルムと暮らすことが。


「だったら、殺せばいいでしょう!? 了大くんになら、この命だってあげるよ!?」


そうしなければ……前回のように……

……『前回』!?


『もしも、愛魚一筋に生きたところで例のアルブムには勝てないとしたら? むしろ愛魚と付き合うことで、かえってアルブムに勝てなくなるとしたら、あなたはそれでもそう言える? それともあなたは、そんなふうに愛魚を切って他の子に手を出す? 誰もが忘れてしまうからと他の子に乗り換えて、今と同じように、愛魚に言うように『君だけだよ』とでも言う?』


そうか、今になってやっと実感するなんて!

セヴリーヌ様が言ってたのは、こういうことか!

こうなることもありうるって、セヴリーヌ様は読めてて……

だから……

ああ、僕もまるで、あのゲームと同じだ……


『  そうするしかないか……やるぞ!

 → 僕は嫌だ! そんなのはごめんだ!』


ゲームの中の主人公とアルブレヒトのように。

選んだ方が手元に来る。

そして、選ばなかった方が敵になる。

殺さなきゃいけなくなる。


「僕は……」


愛魚ちゃんを……

こんなにも僕を好きで、僕を好きだからこそ道を誤ってしまった愛魚ちゃんを……


「『僕は嫌だ! そんなのはごめんだ!』」


……殺すなんて、できないよ!

どうしてこうなるんだ。

どうしていつもいつも、どこかでうまくいかなくなるんだ!

そう思った途端、手足が鈍って。


「げうっ……ぐ……」


僕は、何本もの触手に串刺しにされていた。

体中が痛い……


「りょーくん!」


この声は……ルブルム……?

とにかく、助け出された僕は、愛魚ちゃんと離れた場所に移された。


「りょーくん……あんな所で迷うなんて……!」

「ルブルム。それがりょーただろ。りょーたのそういうとこが好きだろ」

「そうだけど……!」


好き放題言ってくれるなあ……

痛くても聞こえてるんだぞ。


「ルブルム。りょーたの傷は魔毒のせいで治りにくいだろうけど、頼む」


カエルレウム……?

何を考えてる……?


「りょーたにできないなら、わたしたちでやるしかない。悪いけど……わたしはあんな奴に、りょーたを奪われたくない」

「確かに。それに、あのお嬢様の属性なら、カエルレウムの方が相性が勝つだろうからね。お願い」


カエルレウムが立ち上がって、僕に背を向ける。

痛みに耐えながらその後ろ姿を見つめていると、シルエットに変化が起きた。

翼や尻尾が生えて、みるみる変わる、その姿こそ……


「聖白輝龍、半開形態!」


セイントドラゴン・パーシャルモード。

これまでは敵としてしか見られなかった、カエルレウムの戦う姿だった……




◎呉越同舟

共通の危機の中、仇同士であっても協力し合うこと。

また、仲の悪い者が同席すること。

春秋戦国時代の中国の故事による。

このルートは愛魚を放置しすぎたという意味で、了大から見て失敗ですね。

愛魚がいよいよ病んでしまいました。

次回はカエルレウムが半分くらい本気になる予定。

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