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124 『泣く子』と地頭には勝てぬ

やっと友好的になったと思ったら、トニトルスが死んでしまいました。

そこからバタバタしたり、次の策を練ったりします。

トニトルスさんが、ヴァンダイミアムの汚染にやられて死んだ。

なんでそんなことになるんだ。

ルブルムに遅れて、凰蘭さんも来た。

でも、やっぱり表情が暗い。


()の次元に残る毒、《魔毒(まどく)/Mana Poison》にあそこまでひどくやられてはのう……(わらわ)の力でも、どうにもならなんだ」


凰蘭さんの再生も効かないほどのひどい毒なのか。

それほど危険な毒とわかって、どうして早めに引き下がらなかったんだ。

さっきから『なんで』『どうして』ばかりが頭をぐるぐる回る。

次はアウグスタが来た。


「トニトルスは少しでも手がかりを得ようとしたあまりにヴァンダイミアムに長居してしまい、不調に気づいた時には既に、毒の侵食がかなり進んでいたようです。《聖白輝龍(セイントドラゴン)》の治療も間に合わぬほどに」

「そんな……」

「リョウタ様の感覚、知識であれば、ええと……『急性放射線障害』によく似た感じでした。厳密にはそれそのものではありませんが、(たと)えとしては」


急性放射線障害。

学校の授業やテレビなどで見聞きした話を思い出してみる。

目に見えない影響で、知らないうちに体がやられていたのか。

それで、気づいた時には手遅れだったと。


「手遅れと悟ったトニトルスは治療よりも、私を呼びました。私に記憶を読ませて、何が起きたかを、これからの手立てを、リョウタ様に伝えるために」


となると、それを聞かずにはいられない。

アウグスタが託されている、トニトルスさんの遺志を。

でも、今はその前に。


「トニトルスさんの遺体は、どうなってます」

「それについてはのう」


トニトルスさんの遺体が安置されている部屋には、凰蘭さんが連れて行ってくれた。

凰蘭さん曰く『妾が付いておらねばならぬ理由がある』と。


「これが……?」


まるで農家の米袋か何かみたいな、そんな収納袋にすっぽりと納められていて、体の露出は一切ない。

言われなければ遺体とさえもわからない、中身が詰まった袋だけだ。


「魔毒がうつっては事じゃからして、こうせざるを得ぬ。中を見ようとするだけでも毒がうつるやもしれぬし、そもそも変わり果てた姿じゃし、中は見ぬ方がよい……わかっておくれ、妾もつらいのじゃ」


息が詰まる。

なんとも言えない気持ちになる。

こんな……こんなことって。


「故に、じゃからこそ……今からすぐにこの部屋に結界を張り、魔毒を(きよ)めながら『これ』を焼く。骨も灰も、念入りに」


このまま火葬ということだ。

そうしなければ他の人にも毒がうつって、被害が広がるから。


「坊やは……いや、主様(ぬしさま)は皆の所へ。アウグスタが後を託されておるゆえ」

「はい……」


もう仕方ない。

火葬を凰蘭さんに任せて、皆の所へ戻った。




食事という気分にはならなかったけど、無理にでも食べておくように言われた。

言われてみれば、夕食がまだだったっけ。

軽く、本当に少しだけ食べておいた。

それからやっぱり、サインバルタとベルソムラを。

薬なしじゃとても眠れそうにない。

僕に化けたヴァイスには、通院もそこそこさせてたから……


「お水をお持ちしました」


……あれ、ヴァイス?

薬を飲む水はメイドに頼んでたのに。


「サキュバスは夢魔(ナイトメア)より転じた存在ですから、眠りに関することなら呼んでくださいよ」


能力的に言えばそうなるのか。

偽装に行かせてたのもあって、その発想はなかったな。


「あたしに任せてくれれば、薬なんてなくてもぐっすりです。喉は渇いてるみたいですから、お水はお水として飲んでおいた方がいいですけどね」

「そっか」


それじゃ、と水を飲んでからベッドに入ると、裸になってヴァイスも入ってきた。

今日はそんな気分じゃないよ。


「わかってます。こんな時にまで求めたりねだったりなんかしません。そういうのじゃなくて」


ヴァイスは僕を抱きしめて、おっぱいに顔を埋めさせた。

でも、それ以上のことやいかがわしいことはしてこない。

僕を癒そうとしてくれているんだとわかった。


「あたしに甘えて、ゆっくり眠ってください」

「ふあ……」


いい匂いがする。

以前……最初の時間にだけど、この匂いにも安眠効果があるって言ってたっけな。


「何か、夢に見たい内容はあります? あたしにかかれば、思いのままの夢が見られますよ」

「んー……そういうのはいいや」


夢は……夢は、覚めたら何にもならなくなる。

それこそ、この周回自体が夢みたいなものだ。

周回して最初に戻ったら、夢から覚めるように皆、何もかも忘れて元通りになっちゃう。

それこそ、最初から一切何も起こらなかったかのように。


「じゃあ、夢の方にはお邪魔しないようにしますね。おやすみなさい、了大さん」

「うん、おやすみ、ヴァイス……」


さすがヴァイスだ。

薬なしなのにしっかりと眠気が来た。

ベッドも枕もおっぱいも柔らかい中で包まれて……

おやすみ……




……ここは、どこだ?

立っているようで、足場が不安定なようで、嫌な浮遊感がある。

あやふやな空間の中、すぐそこにベルリネッタさんが現れた。


「どちら様でしょうか」


また周回(ループ)して、僕を知らないところから始まってるのか。

仕方ないな。


「真殿了大くん。君はもう用済みなのだよ」


今度は阿藍(あらん)さんが現れて、そんなことを言い出す。

用済みだって?


「おとなしく魔王輪さえアルブム様に明け渡してくれれば、そのように苦しむことなどなかったものを」


トニトルスさんまで僕を責める。

なんでだよ。


(かあ)さまが言うことに間違いはないんだ。りょーたは『たらし』で、嘘つきだけど」

「りょーくんは家で一人で、薄い本でも見てたらいいよ。魔王輪は母様(かあさま)が有効に使ってくれるから」


カエルレウムに、ルブルムまで。

どうしたって言うんだ。


「巣の中の雛鳥でさえもやがては羽ばたき、自分の翼で翔ぶと言うのに……キミはいつまでそうして、巣の中で守られながらピーピー鳴いているつもりだい」


次はクゥンタッチさんか。

僕は雛鳥以下だとでも言うのか。


「魔王輪がなければ、小童(こわっぱ)に用などないわえ。どこへなりと()ぬるがよい」

「ガキのくせして魔王なんて、なれるわけねェだろ。弱ッちいくせによ」

「考えるまでもありませんね」


凰蘭さんに、イグニスさん、アウグスタも。

何だよ、皆して。


「アンタにはもう飽き飽きなの。サヨナラ」


フリューが軽く手を振ると、足元の手応えが消えて、自分の体が沈んだ。

真っ暗な水の中に落ちたような感覚。


「うふふ、うふふ」


奇妙な笑い声と共に、何か細いものにまとわりつかれる。

この声は。


「大丈夫。魔王輪なんてなくても、私は了大くんが好きだから」


愛魚ちゃんか?

でも、真っ暗で何も見えないよ。


「私と一緒に沈んで行こうね……いつまでも!」


どんどん下に引きずり込まれる感覚の後、息ができなくなって……




「わああッ!?」


……慌てて周囲を見回す。

寝室。

ベッドで上体だけ起こした姿勢なのは、飛び起きたからだ。

隣には全裸で眠るヴァイス。

窓を開けてみると、一応朝日は出てる。

一晩寝て、起きただけというところだ。

でも。


「何だよ、今の夢……!」


夢の内容はひどいものだった。

魔王輪を失ったところなのか、何もできなくなった僕を皆が次々に罵り、愛魚ちゃんに引きずり込まれて。

ふざけるなよ。

いくらなんでもあんまりだろ。

すっかり目が覚めてしまった割に誰も来ないから、自分から寝室の外へ。

厨房から甘い匂いがするから、覗いてみる。


「まあ、了大様! もうお目覚めですの。もっとごゆっくりなさってよろしいのに」


幻望(げんぼう)さんが何か焼いて……フレンチトーストか。

砂糖が入れてあるから、甘い匂いなのかな。


「寝室までお持ちするつもりでしたが、それでしたら食卓の方を用意させますわ」


ということでメイドたちが手際よく朝食を用意してくれた。

フレンチトーストにミニサイズのサラダに紅茶。

美味しくて癒される。

さて……


「了大さん! びっくりしました。起きたらいないんですもん」


……おっと、ヴァイスをほったらかしにしてた。

ごめんごめん。


「ちょっと、嫌な夢見ちゃって」

(それ)ならなおさら、あたしに頼ってくださいよぉ!」


ヴァイスにもだけど、アウグスタにも頼らなきゃ。

あんな夢を現実のものにしてたまるものか。

今日はちょっと悪いけど、イグニスさんの稽古を休みにしてもらうかな。


「いや、(わり)ィが……むしろ(オレ)の方がやる気になんねェわ。トニトルスがあんなことになるなんてよ……実感わかねェよ」


稽古の休みをもらうつもりでイグニスさんに会ったら、逆にイグニスさんから休みを切り出された。

トニトルスさんの件がショックらしい。

これは、迂闊なことは言えないな……

休みとは決まったから、あとはそっとしておこう。




そしてヴァイスと一緒に、アウグスタに会う。

書庫(ライブラリ)》につながった小部屋、司書準備室で、ドアを閉めて話す。

トニトルスさんからどこまで伝えられているんだろう。


「私の呪文《記憶の嗅ぎ分け(メモリスニッフィング)》で、トニトルスが見聞きしたものや考えついたことは読み取っていますよ」


アウグスタはアウグスタなりに記憶を読む呪文がある。

そう言えば、寺林さんが僕と同じ次元から来たのを突き止めたのも、その呪文だったな。


「もっとも、時間の猶予があまりありませんでしたから、拾い読み程度のところも多いですが」


それでも、何もないよりはマシだ。

アウグスタの熟考がなければ、今後はとても勝てないだろう。


「トニトルスの考えでは『アルブムは通常の状態ではなく、寄生した触手が原因で、肉体のみならず精神にも異常を(きた)している』という見解でした」


つまり、あの触手がなければということか。

でも僕に何ができる。


「その見解そのものには異論はありません。ただし、トニトルスは触手の除去を優先的に考えていたようですが、私はそれが重要とは考えておりません」

「触手が除去できればアルブムが敵対してこなくなる保証も、そもそも触手が除去できる保証も、ありませんからねえ」


そりゃそうか。

それに、僕の心情としても、アルブムを許す気にはなれない。


「じゃあやっぱり、アルブムを確実に仕留めて、周回を終わりにするか」

「可能ならばそれも良いですが、別の考え方をしてみましょう」


別の考え方って。

負けたらまた殺されるんだけど。


「この周回で『勝てない』としても、確実に次の周回へ入れれば、少なくとも『負けない』と考えるのはいかがでしょう。そこで、ここはまず『時間を戻す条件』を確定させれば、勝ちはなくとも負けは確定しないはず」

「なるほど。時間が戻れば、トニトルスさんが死んでしまったことも戻せますもんねえ」


そうか、なぜそれを考えなかったんだ。

時間を戻す条件が確実にわかれば、また次の周回で立ち向かえる。

トニトルスさんが死ぬ前に、もっと早いうちに記憶を見てもらって、味方に付いてもらうことだってできそうだ。


「トニトルスはやはりドラゴンで、アルブムは師匠ですから、どうしても気を取られて見落としたこともあるかもしれません。伝聞ではなく私も、リョウタ様の記憶を直接拝見できればと考えますが」

「あたしも。トニトルスさんはあたしが重要って言ってました。あたしにしかできないこと、あたしがしちゃいけない失敗例が、あるかもしれません」

「うん、わかったよ」


ということで、二人にも記憶を見せることにした。

アウグスタはさっきも言った《記憶の嗅ぎ分け》で、ヴァイスは持ち前の能力で、それぞれ僕の記憶を見た。


「これって結局、最初の時間が一番よかったんじゃ……?」

「ヴァイス、それを言ってはおしまいですよ。ですが、時間を戻してそれにかなり近い結果を求めることも視野に……」


記憶を見せ終わった後、アウグスタが途中まで言いかけたところで、急にドアが開いた。

入ってきたのは……カエルレウム。


「わたしはイヤだぞ!」


嫌って、どういうことだ。

カエルレウムの情緒がかなり不安定みたいだ。


「イヤだ、イヤだ! りょーた、時間を戻すなんて言うな!」

「落ち着いて、カエルレウム」


仕方ない、ここはカエルレウムをなだめてからだ。

カエルレウムの部屋へ。

ゲームにでも付き合って、遊んであげればいいかな。


「……わたしは、イヤだ」


部屋に入ると、ゲーム機のうちよく使うものにカセットが挿してあって、テレビにもゲームのタイトル画面が映っている。

カーソルが合っている文章は。


『→ つよくてニューゲーム』


強くてニューゲーム。

クリアデータのレベルやアイテムを持ち越して、最初からプレイするモードだ。

ということは、このゲームはロールプレイングか。


「……時間が戻ったら、また最初からになっちゃうだろ」


まだ泣き止まないカエルレウムが、ようやく『イヤだ』以外の話をし始める。

黙って聞こう。


「そしたら、わたしはりょーたのことを忘れちゃうじゃないか……戻る前からりょーたと友達だったルブルムは違う、戻った時点でもりょーたと仲がいいルブルムは違う、でも」


全然泣き止む気配がしない。

そうか、ロールプレイングの強くてニューゲームを見ちゃって、心配になっちゃったんだな。


「でも、わたしにはなんにもなくなる! りょーたのことを忘れて、りょーたがどんなにつらいのかも、わたしがりょーたをどんなに好きかも忘れて! ただの引きこもりに戻っちゃう……!」


カエルレウムとルブルムは双子と言っても色々違いがある。

言われてみれば、一番の違いはそこか。

『りっきーさん』であるルブルムと違って、時間が戻ればカエルレウムは『知らない人』になる。


「やだ、やだ……忘れたくない……りょーたのこと、好きでいたいよ……忘れたくないよ……」


そうか。

時間を戻す条件を探すってことは、このカエルレウムの気持ちを捨てるってことと同じか。

それは……


「僕も嫌だ」


……僕だって、嫌に決まってる。

これまでアルブムのせいで失った思い出は、あまりにも多すぎる。

今度は失いたくない。

カエルレウムを抱きしめて、あやすように諭す。


「なんとか考えて、そうしないで済むようにしてみるよ。僕だって、カエルレウムに忘れられたくない」

「ほんとか……?」


《泣く子と地頭には勝てぬ》ということわざがある。

僕がやろうとしていることは、どうしたって無理なのかもしれない。

でも、やるしかないんだ。

カエルレウムの涙には勝てなくても、アルブムの横暴には勝たなきゃいけない。




◎泣く子と地頭には勝てぬ

道理が通じず泣く赤子や、地頭の権力に対しては、いくら争っても無駄ということ。

地頭とは、平安・鎌倉時代に荘園を管理し、税金を取り立てていた役人のこと。

権力を振りかざして横暴を働いていた。


ループものというジャンルの中で、了大の周回状態に一番敏感なのは、実はゲームデータのセーブとロードを通じて気づくことができるカエルレウムだった、という回に仕上げました。

この周回はセイントドラゴンルートというよりカエルレウムルートというつもりで書いてきています。

これもトゥルーエンドにはなりませんので、締めたらまた別ヒロインの個別ルートになります。

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