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122 『宝』の持ち腐れ

トニトルスが友好的になりました。

それからはひたすら修練です。

トニトルスは、持ち前の呪文《敗者の記憶(ルーサーズメモリーズ)》で了大の記憶を読んで、事情を察した。

了大の身にこれまで何が起きたかを共有するため、また、今後予測される精神攻撃に対抗するため、呼び出されたのは。


「あたしが重要、ですか? そういうものですかねえ……」


ヴァイスベルク。

女淫魔(サキュバス)》としての能力で他者の神経や精神に干渉し、思うままの夢を見せる能力を持つ一方、他者からの同種の干渉は効かず、高度な呪文や能力によるものでも解除させることさえ可能なほどの地力も兼ね備えている。

その力こそが戦況を左右する鍵となりうるため、現にこれまでの時間ではアルブムが直々に、魔王輪の持ち主である了大よりも優先して排除に動いたほどだ。


「ああ。我が見たリョウタ殿の記憶からすれば、お主の力は欠かせぬ」

「はあ……?」


いまひとつ要領を得ないヴァイスを、カエルレウムの部屋へ招く。

カエルレウムとルブルムの双子姉妹が待ち構えていた。


「トニトルス、本当にできるのか?」


いぶかしむカエルレウム。

部屋にあるテレビは、電源は入っているが画面は暗い。

これは『外部入力』に切り替えてあるためだ。


「やるとも。リョウタ殿の記憶を、我とヴァイスを介して、このテレビというものに映す。呪文を書き下ろして、こう、こう、こうすれば……」

「あ、新しく書き下ろしたんですか。ふむふむ、はー……それなら少なくとも、変なことにはならなさそうですねえ」


その呪文は、実は最初の世界でも書き下ろされたものと同じ。

了大が様々な女に手をつけた中で、了大の気を引くために情報共有が必要になったためだ。

この周回ではアルブムに勝つために情報共有が必要となり、再開発された格好になる。


「りょーくん視点で、これまで何が起きたか見られるのか……気になるよね、別の時間の自分たちが、どういう選択をしてきたかが」


ルブルムは興味津々(しんしん)

腰を据えて見極めるべく、飲み物や菓子まで用意している。

そして、ヴァイスが呪文でトニトルスとテレビを繋ぎ……


「これは、確かにあたしの領分ですねえ。《服従の凝視(オーバーオウゲイズ)》、厄介な能力です」

「というか……りょーた、いくらなんでも『たらし』すぎだろ!」

「いや、と言うより波瀾万丈すぎでしょ。そりゃ、りょーくんも病むよ」

「だからこそ、我らはリョウタ殿の力にならねばならん」


……これまでの一部始終が、四者間で共有された。

了大が決して言いたがらない出来事、うまく言葉にして言い表せられない出来事、忘れてしまっていた出来事、そして……

忘れたくても絶対に忘れられない出来事が。


「例え、一時(いっとき)はアルブム様を敵に回すとしても、だ」

「一時は、ですか?」


アルブムとの敵対は一時的なもの。

そう言い出すトニトルスには、既に了大への疑念などさっぱり残っていなかった。




全部バレた。

その言葉が意味するところは。


「勝手ながら、記憶を見せていただきましたぞ。ここにいるヴァイスと、カエルレウムとルブルムとも。リョウタ殿が言いたくない事柄より、リョウタ殿が見落としていることの方に手がかりがあるやもしれぬと思いましてな」

「はあ、そうですか」


プライバシーも何もないのか。

全部見ましたから友好的ですよとでも言うような物腰が、逆になんだか嫌になる。


「我には、あの触手……あれがアルブム様に悪さをしているせいではないかと見えましてな。それこそ、精神の方にも。そのせいで、物腰からして普段のアルブム様とは大違い」


そんなことを言われても、僕は触手なしのアルブムに会ったことがない。

比べようがないよ。


「故に、あの触手をどうにか除去できれば、アルブム様を元に戻すこともできるやもと……リョウタ殿、渋い顔ですな」


そんなに顔に出てたか。

しょうがないだろ。


「僕があのアルブムに、どれだけの目に遭わされて来たのかも見たんですよね。その上でなお、そういうことを言いますか」


アルブムのせいで、僕が今まで何を失って来たと思ってる。

今までの幸せも、皆との絆も、あいつのせいで全部ご破算だ。

誇りや尊厳さえも。


「そこを曲げて、どうか。この通り」


僕の態度が相当硬化しているのを見てか、トニトルスさんは僕に深々と頭を下げた。

なんならそのまま土下座でもしそうな勢いだ。


「アルブム様は我にとっては大恩ある師匠、それにこの双子にとっては実の母親。助けられる手立てがあるのなら、是非とも助けたい……どうか、お願いいたしまする」


トニトルスさんがここまで僕に対して下手に出たことはなかった。

それも見たからこそ、今回のこの態度なんだろう。

理屈ではわかる。


「りょーた、わたしからもお願いだ。母さまを助けてくれ」

「りょーくんが嫌な気分なのは申し訳ないと思ってる。でも……ワタシからも、お願い。母様を助けて」


でも、理屈じゃないだろう。

疑って遠ざけることはいつでもできる。

これまで何度もそうして、無為に周回を過ごしてきた。

そして全部の周回で負けてきた。

信じられる相手を見つけなきゃ、アルブムには勝てない。

それなら。


「……わかった。やれるだけやってみる」


ここはトニトルスさんとカエルレウムとルブルムを信じてみるしかない。

となると、後は……


「あたしももちろん、了大さんの味方ですからねえ。頑張りますよ♪」


……ヴァイスもだ。

対抗手段としてだけじゃなく、味方として信頼しよう。

じゃあ、次は何から始めたらいい。

寺林さんの勇者輪を手に入れた直後だから……虫の残りの話だったかな。


「手始めに《虫たち(インセクト)》につきましては凰蘭殿に伝えましてな。今のうちならば(くだん)の《撚翅(ねじればね)》とやらも手遅れになる前に仕留められるかと」


撚翅か。

確か最初は見つからない見つからないって言って、対処が遅れたせいで森ひとつまるごとダメにしたんだっけ。

でも前回はアウグスタの入れ知恵ということにして早めに動いたら、首狩り兎の首里(しゅり)さんたちに仕留めてもらえたらしいから、今回もだいたいそうなるかな。

心配はないだろう。


「それと《灼炎緋龍(ファイヤードラゴン)》のイグニスを呼び寄せましょう。奴もまた、アルブム様に異変が起きておるとなれば、何を置いても駆けつけましょう」

「アルブムのために……ね」


イグニスさんもトニトルスさんも結局、最後まで僕の味方だった周回はなかった。

どこまで信じていられる。

どこまでついて来てくれるか。


「あとは……できれば鳳椿も……それと……」


ブツブツと一人言を口にして、トニトルスさんは考え込み始めた。

忙しくなりそうだ。




この際、マクストリィと往復してる暇はない。

僕も周囲もそれで意見がまとまって、ひたすら鍛練に明け暮れることにした。

家族には、僕に化けたヴァイスが辻褄を合わせに行ってる。


内歩進(ナイファンチ)の型は教わってんのか。なら、それは日課とか準備体操とかみてェなもんとして、毎日欠かさずやるようにすりゃァいい」

「はい」

「毎日欠かさずだぞ。型を徹底的に体に覚えさせて、いざッて時に考えなくても出せるようにすんだよ」

「はい!」


トニトルスさんに呼ばれて、イグニスさんも真魔王城に滞在するようにしてくれた。

こうして稽古をつけてくれてる。


「ッし。それじゃ……おらッ!」

「うわ!?」


ナイファンチの型を繰り返してる途中、いきなり木剣で打ち込まれた!

慌てて捌く。


「打ち込むなら打ち込むって言ってくださいよ」

「はァ? おめェな、敵にもそうやって頼むのか?」

「あっ……」

「だろ。敵はいちいち『これから打ち込むから捌いてみろ』なんて言わねェ。言う奴がマジでいたとしたら、余程相手をナメてるバカか、余程実力が開いててどうやっても勝てねェ相手だ」


僕が甘かった。

そうだよ、現実は優しくなんかない。

それがわからなかったから、今のこの体たらくじゃないか。


「内歩進もいいが、おめェには剣術も仕込む。でなけりゃ、せっかくのアレが《宝の持ち腐れ》だろうが」


アレというのは、寺林さんが持っていた勇者の剣。

今は僕が勇者輪を持っているからか、僕の言うことは聞いて、持っても重さを感じない。

あの剣を使いこなせるようになって、アルブムと戦えということだ。


「あの剣だけじゃねェ。魔王輪に加えて勇者輪も、両方揃えて持ってんだろ。その魔力をきちんと使えなきゃ、そっちの方がよっぽど《宝の持ち腐れ》ってもんだ」

「はい……」


時季はそろそろ二学期から秋口のはずだ。

時間はあんまりない。


「こんなことならもっと早く呼んでくれりゃァな……って言ってたってしょうがねェ。少しでも鍛えろ!」


とにかく、鍛練に鍛練を重ねる。

それしかない。


「……あー……疲れた……」

「りょーた、お疲れ様」


夕食と風呂を済ませて寝室に入って、倒れ込むようにベッドに飛び込む。

ベッドにはカエルレウムが来ていた。


「カエルレウム、最近はゲームで遊んであげられなくて、ごめんね」

「ううん、いいんだ、そんなの」


鍛練で疲れて、ゲームはすっかりご無沙汰だ。

ここ最近は薬がなくても眠りに入れるくらい、毎日疲れてる。


「トニトルスが言ってた。りょーたには魔力に頼らない鍛練を積ませるから、使わない魔力はもらっておけって」

「それって、あの」


僕の魔力、魔王輪から出て僕が使い切れない魔力を、僕とエッチすることで相手にあげることができる。

これまでの周回で比べても、同じ人でもそうしたかしなかったかで、力の差がわかるほどだった。


「りょーたが勝てるなら、母さまが助かるなら、わたしは強くなりたいし……そうでなくても、わたしはりょーたが好きだし」

「カエルレウム……」

「わたしに任せていてくれ。りょーたは疲れてるから、何もしなくてもいい」


* カエルレウムがレベルアップしました *


言われるがまま、されるがまま、僕はカエルレウムに全部お任せ。

カエルレウムにおっぱいではさんでもらったり。


「……やっぱり、こっちがいいよな……わたしも、したいから……」


* カエルレウムがレベルアップしました *


上に乗ってもらって、動いてもらったり。

何も考えないまま、体を委ねた。


「寝るのはどうする。一緒がいいか? それともわたしはいない方が眠れるか?」

「一緒にいて。一人は嫌だよ」


添い寝もしてもらって、カエルレウムに甘えて眠る。

失いたくない。

負けたら、この優しさも温もりも、また失う。

それは嫌だよ……


「あの剣が重さを感じさせねェからッて、甘えてんなよ! 剣の強さに甘える奴は剣を使えねェ。剣に使われる!」

「はい!」


そうして何日かを過ごして、勇者の剣そっくりの形に作られた木剣が用意された。

本物と違って木材の重さがあるけど、甘えてはいられない。

イグニスさんの言う通り、そしてこれまでの寺林さんがそうなってしまっていた通り。

未熟なままでは逆に、剣に使われる。

それじゃアルブムには勝てない。


「りょーくん、お疲れ様」


朝昼はひたすら鍛練、夕食と入浴を済ませたら早めに眠る。

そして眠る前には誰かを強くするために魔力を使う。

この繰り返し。

今日はルブルムか。


「ワタシももちろん、母様を助けたい。でも、それ以前に……ネットの向こうの『りっきー』じゃなくても、ワタシはりょーくんの味方だから」


* ルブルムがレベルアップしました *


「だから……側にいさせて……りょーくん……」


僕だけの問題じゃない。

カエルレウムもルブルムも真剣に考えてて、心配なんだ。

鍛えなくちゃ。


「剣術も大事ですが、呪文に対抗するにはやはり呪文への理解力が必要です。座学も欠かせませんよ」


アウグスタだ。

トニトルスさんと交互に、魔力の使い方や新しい呪文、これまで習った呪文の使い方の応用例と、あれこれ教えてくれる。


「ヴァイスに見せてもらいましたし、あの気位の高いトニトルスが私に頭を下げましたし……それに何より」


* アウグスタがレベルアップしました *


「私自身、リョウタ様を慕ってついて行く考えなのですから」


アウグスタもアウグスタなりの分野とやり方で、僕を助けてくれる。

ありがたい。


「よし、そろそろ本物を使うか。ぶっつけ本番ッてわけにもいかねェからな。慣れとけよ!」

「はい!」


また時間が経って。

木剣から本物に持ち替えて、実戦形式の稽古になった。

イグニスさんも、これを受けるために自分の得物を……自慢の剣を持ち出してきた。


「ただの剣じゃァ、受けたそばからダメにされッからな。これだって《強化呪文(エンチャントメント)/Enchantment》入りの中でも、特に選りすぐりだ。当たると痛ェぞ!」

「はいッ!」


どんどん研ぎ澄まされていくのがわかる。

自分の技も、感覚も。


「リョウタ殿には苛酷な役目を背負わせて、申し訳なく思っております」


磨いて、鍛えて、夜。

今日はトニトルスさんだ。


* トニトルスがレベルアップしました *


「本当にこれでよいのかと、思い悩むこともありますが……リョウタ殿。どうか、勝ってくだされ」


トニトルスさんも、他の皆も、夜はこうして一緒にいてくれる。

やるしかない。




早朝。

今日もイグニスさんが剣術の稽古をつけてくれる。

軽めに朝食を済ませて……


「これは魔王様。何やら久しぶりのように感じますね」


……移動する途中、ベルリネッタさんに会った。

そう。

最近はベルリネッタさんとはほとんど会っていなかった気がする。

軽くすれ違うだけとか、顔を見るだけとか、それすらもないとか。

ああ……

ベルリネッタさんともまた、あの頃みたいに過ごせたらな……


「何です? そのお顔は」


そんなことを考えていたら、ベルリネッタさんの表情が冷たい。

嫌そうにしている感じだ。


「トニトルスさんから軽く聞いてはおります。でも、わたくしには覚えのないこと。身勝手な幻影を押し付けられても困ります」


言葉も冷たい。

そんな……そんなことを言うなんて。


「では、失礼いたします。メイドは暇ではありませんので」


なんでもないことのように言い残して、ベルリネッタさんは去って行った。

そこまで言わなくたって……いいじゃないか……




◎宝の持ち腐れ

有用な品や価値の高い財宝、あるいは優れた才能を持っていても、それを活用しないでいること。


この周回ではベルリネッタが露骨に冷たいです。

やっぱりまだトゥルーエンディングとはいきません。

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