121 人の『口』に戸は立てられぬ
新型コロナにはかかってませんが、それ以外の細かいところで嫌なことが続いて執筆が減速していました。
今週もどうにか落とさずに更新です。
寺林さんは、勇者輪さえもらえれば別に殺すことなんかない。
家に帰してあげよう。
「大丈夫、帰れるよ。寺林さん」
「え! どうして私の名前、知ってるの!? キモっ!?」
まずは落ち着かせようとして……思い切り失敗。
そりゃそうか。
名乗り合ったのは、たしか二周目だ。
「魔王だからお見通しなんだよ。帰れなくていいなら、信じなくてもいいけど」
「やだ! 帰して!」
勇者輪のせいでアルブムに巻き込まれただけで、勇者なんてやりたくなかったんだ、というのはこれまでの周回で見てきた。
とはいえ、こういうお子様は苦手だな。
お子様と一口に言っても、カエルレウムみたいな無邪気タイプじゃなくて、駄々っ子タイプなんだもん。
(どこの子か知ってるんだ? それも周回で?)
(うん)
こっそり耳打ちしてきたルブルムに小声で返事。
寺林さんの家は前にアウグスタが突き止めてる。
電子文明のマクストリィの、僕が通学に使ってる電車の路線沿いにあるから……
「《門》!」
「……家だー!」
……無事成功。
通学の時は降りない駅だけど、目印に思い浮かべるには充分だ。
さすがに自宅前まで直通とはいかなかったけど、歩いてすぐだ。
送り届けて終了。
「死ねなんて言ってごめんね。ちゃんと帰らせてくれたあなたの方が、あの……トラなんとか……アルバム? 長ったらしい名前のおばさんより信用できるわ」
あ、そうだった。
寺林さんはアルブムに転移させられて来たんだ。
それに、僕から口止めなんてしてないから。
「おい。そのおばちゃんの名前ってもしかして、トラーンスケンデーンス・アルブムか?」
「ああ、そうそう。そうだわ」
カエルレウムに聞かれてもぺらぺら喋っちゃう寺林さん。
その名前を聞いては、ルブルムも黙っていられない。
「本当? 本当にトラーンスケンデーンス・アルブムで間違いない?」
「そうよ。そう言えば、なんかあなたたちに似てる感じがするかも」
「ああー……」
似てて当たり前。
アルブムはこの双子の母親なんだもの。
「そんな……母様がりょーくんを殺すために、勇者を差し向けたってこと……!?」
「なんで母さまがそんなことするんだ! きっと何かの間違いだ!」
二人とも動転しながら、僕を見た。
僕はこれまでの周回で知っていた話だったから、特に驚くこともなく落ち着いている。
「りょーたは知ってたのか。知ってて、わたしたちに近づいたのか?」
「そういうわけじゃないよ……」
「でも、知ってたのは否定しないんだ。母様がりょーくんを狙ってて……りょーくんが時間をやり直す原因になってる敵が、母様ってこと」
「……そうだよ」
仕方ない。
そもそも《人の口に戸は立てられぬ》って言うからね。
寺林さんは悪くない。
「まあ、ここで立ち話もなんだね。ここからならワタシが住まいにしてる教会がすぐ近くだから、そこに行こう」
ルブルムが住んでる教会。
話には聞いてはいたけど、実際に行くのは初めてだな。
着いてみると、そう広くはないけど無駄なものは置いてなくて、よく掃除されていた。
「座って」
食卓にしているらしいテーブルを囲んで座る。
冷たいお茶が出された。
一応は戦闘の後だったから、飲み物がもらえたのは助かった。
「……りょーた、なんで言わなかった。得体の知れない敵だなんて、嘘ついて」
「嘘ばかりじゃないよ。何度やっても勝てないくらい、実力の底が見えないし、変な触手も生えてるし、得体の知れないところが多いって感じるのは、嘘じゃないから」
やっぱりカエルレウムにはショックだったか。
問い詰めてくる口調に、日頃の活気がない。
「触手? 何それ。母様に触手なんて生えてるわけないよ。りょーくん、エロ画像の見すぎ?」
「違うって!」
最初の時間では支配して手下にした鳳椿さんを吸収したり、光の系統の呪文で見え方を変えたり。
あの攻撃は思考速度や動態視力の有意向上でも、まだ完全に見切る自信はない。
「僕が会ったアルブムはいつでも二つか三つは魔王輪を持ってて、他の魔王の魔王輪を奪おうと狙ってばかりいて、なんというか……」
「二つか三つはって。魔王輪って、そもそもそんな風に奪えるものなの?」
そう言えばそうだ。
でも、よく思い出してみよう。
最初の時間の記憶……あのスティールウィルが記録して、アイアンドレッドがユニットと共にもたらした映像、動画記録。
「えーと、たしか……話し合いがこじれて殺した、ターミアの魔王が持っていた魔王輪が最初、らしい」
「じゃあ、ターミアの魔王も死んでるってこと!?」
「子供の頃に会ったっきりだけど、母さまより強そうだったのに……」
ルブルムとカエルレウムは驚いてばかりになってるけど、仕方ないか。
ここまで黙ってきた僕のせいでもある。
「……で、それでりょーたは、わたしたちを味方にして母さまを殺す気なのか」
「と言うか、素直には信じられないよ。母様が魔王輪を集めてるとか、りょーくんを殺しに来るとか、全然想像できない」
やっぱりこうなる。
二人の反応は厳しい。
なんならもう、今すぐにでも絶交だって言われてもおかしくない。
「りょーた! なんとか言え!」
「……待って、カエルレウム」
いよいよ食ってかかってきたカエルレウムを、ルブルムが制した。
やっぱりこういう時に熱くなりやすいのはカエルレウム、幾分落ち着いて考えてくれるのはルブルムだな。
「りょーくんは『言えなかった』んじゃないの? 母様が敵だなんて最初から言ってたら、たちまちワタシたちが離れて行くから。ワタシも……ずっと仲良しでいたいって言った『りっきー』も、いなくなっちゃうから。敵になっちゃうから」
「それで……そうか、周回してるから、これまでで実際にそうなったこともあったのか? だから隠してたのか?」
二人が気づいてくれた。
僕はそれを認めて、そうだよと返す。
「まだ、本当かどうか完全に信じたわけじゃない。母さまがりょーたの敵になるなんて、わたしはイヤだ」
「ワタシがりょーくんを見捨てることがあるなんて、どういうわけかと思ってたけど……母様のためじゃ、あり得ないとは言い切れない」
大丈夫だろうか。
やっぱり、母親であるアルブムに比べたら、僕は見捨てられても仕方ないんだろうか。
これまでの負け方を思い出してしまう。
やさぐれた自分とじゃ勝負にならなくて、ボロボロにされた時のこととか、愛魚ちゃんと愛し合っているうちにカエルレウムもルブルムも敵として現れたこととか。
「りょーくんも疲れたでしょ。今日は帰ってゆっくり寝て、それからにしようか」
ゆっくり寝て、か。
眠れるものかな……?
「とりあえず、帰ろう? わたしの部屋はあっちにあるんだから、こっちだと遊べないんだよー」
「もう、カエルレウムはこんな時にまでゲーム?」
「いいんじゃない? カエルレウムらしくて」
ということで、また《門》を開けて、ヴィランヴィーに戻った。
確実にイメージを固めて、真魔王城には直通。
慣れ親しんできたからね。
軽めに夕食をとって、風呂に入ってさっぱりして、寝室でベッドに入って就寝……
と、ベルソムラとサインバルタ。
ないと眠れなくなってる。
「おやすみ……と思ったけど、寝つけないなあ」
「りょーくん、エッチしたいならしたいって言えばいいのに」
ベッドのそばにはカエルレウムとルブルム。
寝る前の挨拶と思ってたら、ルブルムはそんなことを言い出す。
今日はとてもそんな気分じゃないのに。
「違うよ。寝て、起きたら……他に誰もいなかったらと思うと……皆が敵になっちゃうと思うと、怖くて」
「りょーたは寂しいんだな」
カエルレウムが僕の頭を撫でてきた。
撫で方が優しい。
それと、手を繋いでくれた。
右手から右手に、カエルレウムの温もりが伝わる。
「わたしも、眠れなかった夜は母さまにこうしてもらった」
「そっか……本当は優しいお母さんのはずなんだよね……」
僕の母親だって、ここぞという時には僕に優しい。
心療内科にかかる話や医療費の話だって、真面目に聞いてくれた。
それと同じことだ。
カエルレウムもルブルムも、本当はアルブムに大事にされてるはず……
だから二人とも、アルブムを慕って……
そう……だよね……
薬に頼って、カエルレウムの優しさを受けて、眠りについた了大。
それを見届けて、ルブルムが寝室から出た。
カエルレウムはそのまま、了大と右手を繋いでいる。
「こうしているだけでも、伝わる気がする……りょーたの寂しさが」
光の属性の魔力をもって、人の心身を癒す《聖白輝龍》。
聖職者としてその特性を活かすルブルムほど強く自覚はしていないが、カエルレウムにも同等の力があり、そのカエルレウムが了大の心の闇を照らすように側についている。
了大にとっては久々に、深く眠れる夜が来ていた。
そこに、ルブルムが誰かを連れて、戻って来る。
「連れて来たよ」
「ふむ、よく眠っておるようだな」
ルブルムが連れて来たのは、トニトルス。
知恵者として、教師に相談役にと高く評される《銀閃雷龍》だ。
「これなら仕掛けられるな。リョウタ殿は日頃から、我には隙を見せまいと詮索から何から嫌っておるが」
「なあ、本当にやるのか? りょーたがかわいそうな気が……」
「やるとも」
トニトルスの視線は鋭く、冷たい。
疑念と疑念で了大と距離感を測ってきたこのトニトルスに、了大が思い出として心に描く時間のような優しさはない。
「アルブム様が敵だなどと言われて、この我が黙っておられるものか。お主らとて、実の母親であるアルブム様を悪者にされては堪るまいが」
「そうだけど……」
「りょーくんが言ってることが本当かどうか、確実に知るには記憶を見るしかない。これはりょーくんの為でもあるんだよ」
「そうかな……?」
不安げなカエルレウム。
成り行きを見守るルブルム。
そして呪文を組むトニトルス。
「今日という今日は、見せてもらうぞ……《敗者の記憶》ッ!」
組まれた呪文が、了大の心の《保護抵抗》を掻い潜って、深層と真相に迫る。
最初の時間の思い出に。
最高に唐突で、最高に幸せで。
心の奥底では、帰りたいと今も願う時間。
「馬鹿な。こんな会話は、我は交わしておらん……《回想の探求》の幻像とてこんな子供ではなく、ベルリネッタや我になったはずだ……」
トニトルスは驚きながらも、呪文を維持する。
見極めるしかない。
この少年の謎を解くには、その記憶を。
「そして、様々な出会いを……お、お? 我がリョウタ殿に、色目を……!? なんと……!」
「何が見えてるんだ?」
「静かに」
どんどん読み進めていく。
トニトルス自身も了大と男女の仲になったことや、夏の行楽、虫の傀儡政権に、冬の行楽、ヴァンダイミアムでの体験……そして。
「お出ましだ。まさしくアルブム様だな……何だこれは。確かに話の通り、アルブム様に怪しげな触手が生えておる……嘘ではなかったか。そして、時間が戻るとはまた、不可思議な」
アルブムの出現と敗北と、周回の始まり。
順調のように見えて、大切なものを見失っていた二周目。
「我がヘソを曲げると、アウグスタが来るか……む、ベルリネッタのこの台詞、確かに我が幻像で見たものと同じだ」
ベルリネッタの裏切りに絶望し、堕落して無為に過ごした周回。
あぶく銭の使い道を通じて、金銭で買えない価値に気づいた周回。
刮目して見るトニトルスに了大への疑念は最早なく、目を離せない一心で呪文の維持を続ける。
読み進めて読み進めて、愛魚との逢瀬とセヴリーヌへの謁見。
そこにも現れたアルブムと、イル・ブラウヴァーグでの死闘。
「ここで……ここで我はアウグスタに敗れて、死んだのか……そして、この時間ではカエルレウムも、ルブルムも」
アウグスタに敗れて死ぬトニトルス。
支配を拒んだベルリネッタが自らを犠牲にしつつも、敗色濃厚……
これだけの死者を出しては勝利とは言えぬと愛魚に連れられ、海溝の奥底で心中……
それらも《回想の探求》で見た光景だった。
「そしてまた時間が戻り……そう、ここからは知っている通りのこと、今の時間か……成程、到底言えぬ訳だ」
呪文を終わらせたトニトルスは、ようやく納得に至った。
杯に入れた氷が融けて、澄んだ水面になるように。
「ずっと言えずにいたのは、アルブム様を敬愛する我や、お主らの気性を知り尽くしたが故……手探りのように生き急いでおるのも、未だアルブム様に勝てぬが故……これほどの孤独を隠し持っておれば、心細さで眠れなくもなろう」
直接見たわけではないカエルレウムとルブルムには、トニトルスの納得の理由がわからない。
しかし、それを共有するために必要な手段、解決法もまた、了大の記憶の中にはあった。
「ヴァイスベルクを呼ばねばならんな」
トニトルスは次の策を練る。
最早、腹は決まった。
翌朝。
よく寝たような、いろんな夢を見たような……?
変な感じではあるけど、久々によく眠れた感じでもある。
「おはよう、リョウタ殿。まあ、既に昼飯刻ですがな」
トニトルスさんだ。
でも、いつになくにこやかなような……?
かえって怖いかも。
「お、おはようございます……?」
「そのように恐れずともよいではありませぬか。今日はこのヴァイスベルクを連れて来ましたぞ」
「はぁい♪」
トニトルスさんの横にカエルレウムとルブルムの他、ヴァイスもいる。
どういうことだ?
「あー、なんていうか……りょーくん、その……」
「トニトルスに全部バレた」
「はァ!?」
全部バレたって何!?
いくら《人の口に戸は立てられぬ》って言ってもさあ!
◎人の口に戸は立てられぬ
戸を立てるとは戸締まりのこと。
人の口とは戸締まりするように閉められるものではないから、噂が広がるのも止められないこと。
呪文を含めた詮索を嫌うようになった了大でしたが、結局は呪文で記憶を見られることで理解を得られた格好になっています。
次回からトニトルスは断然友好的になります。