120 明日は『我が身』
本当はゴールデンウィーク中に書き貯めてストックを増やせればよかったのですが、四日から六日にかけて花粉や気圧変化で体調を崩し、捗りませんでした。
新型コロナではないのでまだいいのですが。
鳥獣の次元、言祝座の魔王が殺された。
外から来た何者かの手によって。
凰蘭さんによってもたらされたその知らせを受けて、場がざわつく。
「言祝座の魔王が負ける程とは……何者なのだ、その相手は」
トニトルスさんの疑問はもっともだ。
でも、僕には心当たりがある。
きっとアルブムの仕業だろう。
いかにも奴のやりそうなことで、奴ならそれだけの力もあるだろう。
「わからぬ。じゃが、のう。魔王を殺すのであれば、それ相応の実力者でなければ無理じゃ。それこそ、別の魔王か……」
そこまで言って、凰蘭さんは僕を見た。
まさか僕を疑ってるのか?
となれば、こういう時に慌てて取り繕おうとするのは逆効果だろう。
皆からすれば、僕は魔王と言っても『なったばかり』の半端者。
疑う方が考えすぎなんだ、どっしり構えろ。
「……もしくは勇者か、またはそれに準ずる程の存在が、やったということじゃろうな」
よしよし。
少しの間だけ僕に向けていた視線を外して、凰蘭さんはそう続けた。
言祝座の魔王がどのくらいの実力かは全然知らないけど、アルブムならそれくらいはなんとかするだろう。
これまで僕が見てきたように、相手の部下を《服従の凝視》で取り込んでしまえばいい。
なんなら実力で正々堂々、正面から勝つこともありうる。
ただ、僕からすれば……
あのアルブムと、正々堂々という言葉は、全然結び付かないけどね。
「それで結界を張り外からの侵入を防いでおるのが、水の次元イル・ブラウヴァーグと、悪魔の次元ファーシェガッハじゃ。言祝座の異変を察知して《明日は我が身》と、閉じ籠っておる」
そりゃそうだろう、誰だって命は惜しい。
まだ会ったことはないファーシェガッハの魔王も、イル・ブラウヴァーグのセヴリーヌ様も、そして僕も。
「それなら、ここも同じように結界を張ればいいんじゃないですか?」
愛魚ちゃんの素朴な疑問は、僕の頭に浮かんだものと同じだった。
アルブムがこのヴィランヴィー自体に入って来られなくなれば、あるいは違う未来に……
「それを誰が、いかなる力によって、いかようにして張るのじゃ? 先に言うておくが《潮流結界》も《暴風結界》も、それぞれの次元の魔王が手ずから呪文を組んだ秘儀のはずじゃ」
……ならないか。
凰蘭さんから早速のツッコミ。
確かに、これまでの周回でも僕はそんな呪文は聞いたことも習ったことも、ましてや自分で組んでみたことも全然ない。
「それについてはまだ、おおよその構文は察しがつく。だが、実際に呪文を組んだとして、それを発現せしめる原動力はどうする。次元全体を覆うなどと言うなら、途方もない魔力が必要になるだろう」
トニトルスさんからもダメ出し。
呪文がない、魔力が足りない、ではどうしようもないな。
やっぱり、どうにかして倒すしかないのか……倒せるか?
あのアルブムを。
「おお、主だった面々が揃っているか。丁度いい」
「え、父さん?」
今までいなかった阿藍さん……アランさんが、慌てた様子で駆けつけて来た。
さすがに愛魚ちゃんも驚く。
でも、このタイミングなら僕は驚くところじゃない。
「当代の勇者が現れました」
「はい」
やっぱりね。
そろそろ勇者が……寺林さんが来る頃だと思ってたよ。
「……わかっていた、とでも言うような面持ちですな?」
そしてこの期に及んでもまだ、トニトルスさんは僕を疑う。
ここはこの前『盛った』話の続きで。
「わかっていたようなものですね。胸騒ぎがしていますから」
「魔王と勇者の宿命だと仰せならば、そうなのでしょうな」
疑念を晴らすことはできないけど、嘘と断じられることもない。
今はこれで充分だ。
「勇者と言うだけはあるでしょうから、たぶん光の属性が強いんでしょうね。《不死なる者》や《悪魔たち》は交戦を避けて」
本人の勇者スキルはともかく、剣の持つ力……《聖奥義・神月》は厄介だ。
これまでの周回で見た寺林さんの強さには、いくらかの触れ幅が……ゲーム的に言うと『レベル上げ』の度合いにいくらかの差があったけど、あの剣を携えていたことは変わらなかった。
きっとあれは、最初にアルブムにもらって『初期装備=最強装備』なんだろう。
なんてことを考えていると。
「おや。わたくしは役立たずとでも?」
「いくらリョウタ様の采配と言っても、最初から計算外という考えはいただけませんね」
ベルリネッタさんとアウグスタが不満そうな顔をしている。
しょうがないだろう。
最初の時間じゃ、あの《神月》でベルリネッタさんとヴァイスがやられる寸前だったんだから。
「いえ。勇者と言うだけはあるでしょうから、様々な協力者がいるかもしれませんよ。例えばどこかの国が騎士団や軍隊を援軍によこしたり、数は小数でも質が申し分ないような猛者が、仲間として一緒に来てたり。そういう、勇者本人じゃない勢力の相手を《不死なる者》と《悪魔たち》にしてもらいます」
協力者としてそういう例は挙げてみたけど、たぶん来るのは《虫たち》のはずだ。
まあ、人間の精鋭だろうと虫の化け物だろうと、魔王の軍団の敵じゃないはずだ。
「なるほど。計算外ではなく、そういった計算でしたか。考えが足りず、大変失礼な口をきいてしまいました。お許しを」
「そういうことでしたら、わたくしにも異存はございません」
うん。
決して軽んじているわけじゃない。
相手の出方と味方の性質を考えてるよ。
「勇者相手には、そう大勢で向かっても逆に身動きが取りづらいはず。小数精鋭で……カエルレウムとルブルム、一緒に来て」
「よーし! いいぞ!」
「一緒に行くよ、りょーくん」
そして《神月》を受けても平気なのは、やっぱり《聖白輝龍》だ。
属性が合うから平気って、最初の時間のルブルムが言ってたもの。
周回の話を打ち明けているから話しやすいという意味でも、一緒に来てもらおう。
「では僕とカエルレウムとルブルムで打って出ますので、他の皆はここの防衛を。僕自身が直接対決しないと勝てませんからね」
こんな感じの采配で大丈夫だろう。
それじゃ……
「ほう。では我はどうすればよろしいですかな」
……なんだよ、もう!
このトニトルスさんは本当にさあ!
「……《書庫》に何か役立つ文献がないか、調べていてください」
「承知」
これでいいや。
知恵者には知恵者らしく知識を探していてもらえばいい。
勇者に勝つこと自体に必要な情報はあるけど、それ以外に新しい何かを見つけてくれるかもしれないからね。
「……いや、勇者はこの城ではなく、別の地点を目指しておりますが……?」
アランさんに言われるまで忘れてた。
そう言えば寺林さんはいつも、クゥンタッチさんの魔王城の方を目指して進むんだっけ。
えーと……これも『盛った』話でごまかすか。
「なんとなく、どのあたりなのかはわかります。魔王だからですかね。それじゃ」
そして《門》を開けて、寺林さんの近くへ。
基本的には例の言い伝えの通りに勇者輪を奪い取れば勝てるはずだけど、もし何かあってもカエルレウムとルブルムがいてくれるなら安心だ。
行くぞ!
了大が打って出た後の真魔王城。
トニトルスは書庫に凰蘭を招いていた。
書物に没頭するための、静謐な空間。
カエルレウムの部屋と同じく、防音には気を使われていた。
「いやはや、なかなかどうして。未熟者かと思いきや、しっかり策を練っては手勢を割り振り……やるではないか、あの坊や」
一息ついて、凰蘭は率直に感想を述べる。
少年と甘く見ていた了大の的確さは、驚嘆に値すると感じたのだ。
しかし。
「……おかしいと思わんか、凰蘭殿は」
「おかしい、とは?」
その的確さこそが、トニトルスの疑念を更に加速させた。
魔王として出会って以降は戦いらしい戦いもなく、それでいて会ったこともないはずの勇者に対する予測が立つというのは。
「いちいち、的確すぎるのだ」
「何か裏があると、そう見ておるのかえ」
トニトルスはこれまでの経緯を、かいつまんで凰蘭に話した。
初対面のはずの自分を知っていたこと。
仕掛けた《回想の探求》によって、実際には起きていない出来事が幻像として現れたこと。
その幻像の中には自身の死も含まれていたこと。
斯々然々。
「ふうむ……それはそれは……」
「我はもはや確信しておる。あのリョウタ殿には絶対に何かある。我らが教えておらぬ知識を持ち、我らには見せぬ何かを隠しながら、手探りで生きておるような……そんな、ちぐはぐな少年だ」
手元の扇を少し開けたり、閉めたりしながら考え込む凰蘭。
少し間を開けて、躊躇いがちに切り出した。
「……妾の目が、生きとし生けるものの生命そのものを見る力を持つことは、トニトルス殿は先刻承知の事よな」
「うむ。だが……何か見えると?」
「お耳を拝借」
手遊びをやめ、しっかりと広げた扇で、凰蘭は口元を隠す。
そのままトニトルスに耳打ちの格好になる。
「微かに、じゃが……あの坊やから、鳳凰の霊気を感じるのじゃ」
「何と!?」
鳳凰の霊気。
それは、了大が周回に突入するよりも前のこと。
ちょうど今のように、勇者を倒すべく打って出た時のこと。
勇者スキルの炎に焼かれ、了大はほぼ全身を消し炭にされて命を落とした。
「妾もたまに、ごくまれにじゃが、まだ死なんでもよかろうという人間に気まぐれで霊気を分け与え、甦らせることはある。《鳳凰の再誕》によって、のう……あの坊やは、ちょうどそうして甦らせた後のような、霊気の残り方をしておる」
「あのリョウタ殿は、一度死んで甦った後だと……」
その了大を甦らせた本人こそが凰蘭であり、使われた呪文も確かに《鳳凰の再誕》なのだが、時間が戻ったことでその記憶は了大以外の者には残っていない。
凰蘭自身にも。
「それがわからぬのじゃよな。妾はあの坊やが死んでおる所など見たことはないし、念の為にと先刻《門》を使って弟に会い、心当たりがないか聞いてはみたが、さっぱり知らぬとぬかしよるし。あれは妾と違って腹芸などできぬ馬鹿正直じゃからして、妾に嘘などつくはずもないし、のう……」
「凰蘭殿も鳳椿殿も預かり知らぬところで死に、鳳凰の力にて甦った……? ますますわからん」
凰蘭の弟である鳳椿も手がかりにはならず。
トニトルスの思考はまた袋小路に入ってしまった。
「妾からすれば……わからんのはトニトルス殿、そなたじゃな」
「我が……?」
しかし凰蘭は別の疑念に着目する。
トニトルス自身もまた、辻褄が合わぬと。
「あの坊やが見たものを幻像が再現する《回想の探求》において、そなたは熟考の悪魔、アウグスタに敗れて死んでおったと言う。じゃが、そなたはこうして生きておるし、坊やのように鳳凰の霊気も感じぬし、そもそもそなたにもアウグスタにも、そのような殺し合いの記憶などないのじゃろう。充分、変ではないか」
「確かに、そうだが……」
開いていた扇を勢いよく閉じると、拍手を打つような音が響く。
凰蘭はまた扇を開けたり閉めたりの手遊びを始めて、静かに告げた。
「あの坊やだけが特別におかしいのではない、世界全体に何かおかしいことが起きておる……そう考えるとどうじゃろう」
「……それでリョウタ殿は、文献を漁るように我に命じた……?」
「そこまではわからぬ。じゃが、そうする価値はあろうな。妾も手伝うぞよ」
そして二人は、山ほどの文献の棚へと向かって……
足裏をくすぐるような感覚に襲われた。
「おい、凰蘭殿。このような時に悪戯はよさんか」
「それはトニトルス殿ではないのかえ? 妾はそんな子供じみた真似は……」
足元を確かめた二人の視界で、ざわつく無数の黒点。
その一つ一つが、足裏から足首、脛へと登り始めて……
「む、虫じゃ! 何じゃ、この量は!」
「馬鹿な、この《書庫》は日々メイド共に掃除も整頓もさせておる! こんな虫など涌くはずが……」
二人は顔を見合わせる。
そして、了大の言葉を思い出した。
彼は言った。
『様々な協力者がいるかもしれません』と。
「これが……これが襲撃か!?」
トニトルスは呪文を組みながら、凰蘭が文献まで焼かないよう念を押す。
虫などもちろん敵ではないが、文献を守りながら戦うのは骨が折れる仕事だ!
勇者である寺林さんと対決。
やっぱりまた特に変わったことはなく、言い伝えの通りに月蝕に乗じて勇者輪を奪い取って早期決着。
寺林さんを殺すのは避けておいた。
「私、騙されたの……? やだ、やだ……帰してよ……!」
でも、僕が寺林さんの勇者輪を奪い取れるということは、寺林さんがうまく勇者輪を使いこなせれば僕の魔王輪を奪い取れるということでもある。
そしてあのアルブムも、もしも次には確実に僕の魔王輪を奪い取ったら。
その時はやり直すこともできなくなって、真のバッドエンドだ。
寺林さんの今の姿は他人事なんかじゃない。
《明日は我が身》なんだ……
◎明日は我が身
今日は他人事と思っていた災難も、明日は自分自身に降りかかってくるかもしれない。
災難というものは、いつ誰に起こるかわからないものである。
今日は人の上、明日は我が身の上。
そろそろこの周回にもアルブムの影が見えるようになってきました。
アルブム以下、この作品内のドラゴンはタミヤ電動ラジコンバギーをモチーフにしてきていますが、今度はアルブムの元ネタである「スーパードラゴン」が「スーパーストームドラゴン」に商品名を一部変更して復刻発売になります。
……何らかの形でこちらに盛り込みたいかなと。