119 後ろ髪を『引かれる』
新型コロナの影響で食糧品をどうするか難儀して、こんな時間に。
食糧難というほどではないものの……おのれコロナめ!
魔王としての修行や勉学に励んだり、カエルレウムやルブルムと仲良くしたりして過ごす日々。
一方、この姉妹以外とは特に仲良くなったり、一線を越えたりはしていない。
これはこれで、これまでにはない展開だ。
「ロールプレイングやアドベンチャーで言うと『ルート分岐』したようなものだろ。分岐点でこれまでと違う選択肢をしたから、違うルートになったみたいな」
ゲーマーのカエルレウムに言わせれば、そうなるのか。
となると、この展開はセイントドラゴンルート?
「ここから更に、カエルレウムルートとルブルムルートに分岐したりして」
「ないとは言い切れないね。りょーくんとしては、今の『姉妹丼ルート』の方がお得だとは思うけど♪」
「おい……」
姉妹丼って言うなよ。
そりゃ、まあ……ちょくちょく『食べてる』けどさ。
「りょーたは『たらし』だからなー。見張ってないと、ルブルム以外にも女を増やしそうだ」
「いや、そんなことは……」
「ないって言い切れる? りょーくんって、意外と押しに弱いところがあるからね」
「そうかな?……そうなのかな……」
ないって言わせてよ。
自信がなくなってくるだろ。
むしろ押してるのは君たちだよね?
「自覚なしの『たらし』か! やらしいな!」
「となると、ワタシたちもそのつもりで動かないとね」
そんな感じで、平日に学校が終わってもどっちかが会いに来るようになってしまった。
二人は顔は同じでもそれ以外のあれこれが大きく違う上に、二人揃って現れたこともあったから、さすがに学校で目撃した奴らにも『別人で、双子』だと知れてしまって、そこでまた騒ぎになった。
「お前、本当何なんだよ。双子の美少女姉妹と二股って」
でも、関係も面識もない奴にそんなこと言われてもな。
お前の知ったことじゃない。
「てゆーかー? 深海さんはー? 深海さんも猛烈アタックしてんじゃーん?」
「それは……」
深海さん……愛魚ちゃんか……
ちらりと様子を見てみると、視線が合った。
「どうしたの? まさか、たかがその程度のことで、私が了大くんを諦めるとでも?」
「おぅん……」
もう圧がすごい。
愛魚ちゃんも言うようになったな。
……そう。
二人称が『愛魚ちゃん』になってる。
あんまり姓でばかり呼んでいたら『了大くんってば、他人行儀! そんなによそよそしくして!』と騒ぎを大きくされたので、観念して名前で呼ぶ方に二人称を変えることになった。
「他の女の十人や二十人くらいで、私の気持ちは揺らがないから。ね、了大くん?」
「はは……深海さんはすごいな……」
「うん? 『深海さん』?」
名前で呼ぶと優しいどころか甘々な表情なのに、姓で呼ぶと視線からしてキツいのは……ちょっと怖い……
って!
この感覚、何か覚えがあるような気がしてたけど、そりゃそうだ。
「あ、いや……愛魚ちゃんは……」
「でしょう♪」
前回の時間の、愛魚ちゃんのお母さん……セヴリーヌ様を『ママ』って呼んだかどうかの時の差とそっくりじゃないか。
さすが親子だけはある。
僕はその結果、愛魚ちゃんを名前で呼ぶことを……強いられているんだ!
そんな感じで学校が夏休みに入って、七月が終わって、八月になった。
夏休みの宿題を早めに済ませたり、真魔王城にいる時間を増やしたりしながらも、気にかけてはいたけど……
やっぱり、寺林さんはまだ来ない。
となると『愛魚ちゃんに接近して、イル・ブラウヴァーグに繰り返し足を運ぶようになる』ことと『寺林さんの出現が早まる』ことには関係がありそうだ。
そんな話を、カエルレウムにしてみると。
「ゲームでもルート分岐によっては、よくある話だな。なんならルートによっては登場すらしないキャラもいる」
「セヴリーヌ様がまさにそうだったよ。前回の時間以外では、全然会ってない」
やっぱりゲームのマルチシナリオに例えられた。
でも、だからこそわかりやすいな。
「今のりょーたは、これまでの時間での結果や経験を持ち越した『強くてニューゲーム』だから、最初の『レベル1りょーた』より楽なはずなんだけどな」
「いや……なんかその言い方、やだ……」
悪いけど僕の魔王生活は、そこらへんのライトノベルみたいに甘くはないらしいからね。
パッと見は『強くてニューゲーム』のようでも、これまでの全部のルートが『アルブムに負けてバッドエンド』で終わってる。
どうせなら勝ちたいよ。
となるとやっぱり、まだまだ修行が足りないか。
「まあまあ。で、今日はどれで遊ぶ?」
「いや、今日はゲームはいいや。《書庫》で調べ物でもするよ」
「えー!?」
駄々をこねるカエルレウムには《後ろ髪を引かれる》思いがするけど、遊んでばかりもいられない。
僕自身に進歩がなければ、また負ける。
良くて周回のやり直し、悪ければやり直せなくて真のバッドエンドだ。
強くならなくちゃ……
……と意気込んで《書庫》に来てはみたものの、さすが書庫と言うだけはあって本とか書類とかの量がとにかく多い。
どれから読めばいいか。
棚ごとに分類はされてるようだから、初級っぽいコーナーは飛ばして……
うーん、タイトルで適当につかんでみるか。
《Just Like The Moon and The Sun》
月と太陽のように、か……
なんとなくいいな。
これにしてみよう。
「あっ……これは……!」
軽い気持ちでつかんだこれが大当たり。
例の、魔王と勇者の言い伝えが……『月と太陽が食い合う刻、唯一の存在が現れる』のことが載ってる文献だった。
以前の時間ではトニトルスさんに調べてもらってたけど、自分自身の目で読むとまた違う。
この情報は欠かせない。
他にも何かないか、同じ著者で探してみるか?
「誰だ。そこで何をしておる」
誰何の声……トニトルスさんの声だ。
別にやましいところはないから、素直に姿を見せておく。
魔王として広く知識を集めたかっただけだ。
「ほう? 思ったより殊勝な心がけですな。故郷の学校が休みとなって、カエルレウムあたりと遊び呆けるかと思いきや」
このトニトルスさんの中では、僕はどれだけ評価が低いんだ?
なんだかバカにされてるような言われようだな。
「いえ、近々必要になる気がして」
「近々とは?」
あ、しまった。
そろそろ寺林さんが来るからと思って、つい口が滑った。
ここは……いっそ、少し『盛って』やれ!
「胸騒ぎがします。きっと、おそらくですけど、当代の魔王である僕が現れたように、当代の勇者もまた現れるからかもしれません。そこで、これ……過去の魔王が残した言い伝えについて書かれたこの本に何か、手がかりはないかと」
魔王だから勇者が来そうなのがわかるんだぞ、ということにしておく。
この本には魔王輪と勇者輪の奪い合いについても書かれているのは、該当しそうなところを読んでる途中だった。
少し大袈裟に言ってはいるけど、まんざら嘘ばかりでもない。
「……まるで予言者ですな。いや、役者ですかな」
まだ疑われてる!?
どれだけなんだ……もう勘弁してくれ……
「役者とは、ひどいじゃないですか。僕が魔王というのは演技だとか、僕は本物の魔王じゃないとか、言うつもりですか?」
「ふ、そうではありませぬ。ただ」
ただ、何だろう。
やましくはないはずなのに、身構えてしまう。
「我の目を誤魔化せるとは、思わんでいただきたいものですな」
ごまかし……
確かに僕は『今回のトニトルスさん』に対しては大事な部分はごまかして、伝えないようにしている。
でも、それなら伝えればいいかと言えば、そんなことはない。
僕がアルブムの敵になると知れば、トニトルスさんはむしろ教師なんてさっさと降りてアルブムの所へ行くだろう。
だったら、ごまかしでも何でも、こうするしかないんじゃないのか?
そんなことを考えながら、本を読み進める。
結果はこれまでと大差ないというか、新しい情報で価値のあるものはほとんどなかった。
最初は大当たりだと思ったんだけどな……
やっぱり『最初のトニトルスさん』は、それだけ他の文献もよく調べてくれてたんだ。
それを思うとついつい最初と今回の差を比べてしまって、その落差にがっくりさせられてしまう。
「……あの頃に、帰りたいなあ……」
もう帰ってこない、最初の時間を思い出して。
やっぱり《後ろ髪を引かれる》思いがした。
カエルレウムとルブルムが、あの手この手でそれとなく他の女を僕から遠ざけてるけど、それでおとなしく引き下がる子はほとんどいないのが真魔王城。
二人がずっと僕に付きっきりというわけではないので、合間を縫って近づいてくる子はもちろんいる。
「御屋形様、あの二人ばかりずるいのでは?」
「あはは」
出たよ、候狼さんの鉄板天丼芸。
なんだか最近は、かわいいとかどうとかよりむしろ安心しちゃう。
「何でござりまするか、その笑みは」
「いや、候狼さんらしいなと思って」
当たり障りのない受け答え。
僕としてはそのつもりだった。
「……らしい? 拙者らしいとは、異な事を申される。閨の供をさせたこともない拙者の何をご存知で『らしい』などと申されるのか」
ヤバい、またやっちゃったのか。
知らないはずの情報で考えるだけならまだしも、ついつい語っちゃうのはやめないとな……
「いや、僕が悪かった。知った風な口をきいて、申し訳なかったよ」
「否!」
え、許してもらえないだと。
好感度が低いということか。
「否。そこは『ならば其方についてもっと知りたいものだ。閨でゆっくりとな』と、お誘いくださればよろしいのでござりまする」
えー……そういう切り口で来るのか。
やっぱり、そうそうなんでもかんでもゲームみたいにベストな選択肢は当てられないよ。
「はいはい、そこまで。了大くんは私と海に行くのよ。果てしない海へ。それが青春!」
愛魚ちゃんだ。
そうか、八月と言えば別荘で夏休みらしいことしようよって、リゾートイベントが来るんだ。
「ただの海とは違うの。別次元の海、イル・ブラウヴァーグへご招待! 向こうにはこれからアポを取るけど、了大くんならきっと歓迎してもらえるから」
そう言って《門》を開けようとする愛魚ちゃん。
しかし。
「なんで!? イル・ブラウヴァーグに繋がらない!」
開かないらしい。
どうしてだろう。
行き先のイル・ブラウヴァーグにも《門》にも、僕より断然慣れ親しんでいるはずなのに。
「ふふ、大口を叩いてそのざまですか。考えなしのお子様はこれですから困ります」
今度はアウグスタが来たぞ。
つくづく魔王は忙しいな……
「リョウタ様、気分転換であれば私たち《悪魔たち》の起源たる次元、ファーシェガッハの空をご案内しましょう。私の盟友が乗り物を用意してくれますからね。さあ……」
と、さっきの愛魚ちゃんと同じような感じで《門》を開けようとするアウグスタ。
しかし。
「ファーシェガッハに繋がらない……だと……!?」
これまた開かないらしい。
二回続けてとなると、さすがに変だな。
でも勇者こと寺林さんはもういつ来てもおかしくないから、遊んでられないんだよね。
なんなら寺林さんが来ることに関係してるのかもしれないし。
「騒がしいのう。ここは落ち着くのじゃ」
あ……ああ!?
すごく久しぶりに会った!
この人は!
「お、凰蘭様! ご機嫌麗しゅうござりまする!」
凰蘭さんが来た!
さすがに《鳥獣たちの長》の登場とあって、候狼さんをはじめとする『出向組』は皆、一様に恭しく頭を下げている。
僕は……いいや、魔王だ。
ナメられたら終わりだ!
「ほう。噂ではまだ坊やじゃと聞いておったが、中々良い面構えをしておる。妾を見ても動じぬとは、余程の大物か、はたまた余程の鈍感か」
「いえ、っ……あなたにはかないませんよ」
危うく名前を呼びそうになった。
この人は特に厳しいからな。
ダメダメ。
「良かろう。妾は凰蘭じゃ。名を呼ぶことを許そう」
「ありがとうございます、凰蘭さん。申し遅れました。僕は真殿了大、当代の魔王として修行中です」
「うむ、うむ」
よしよし。
凰蘭さんはきちんと持ち上げて接しておけば、悪いようにはしない人だ。
成功。
「ところで、じゃ。そなたら、先程から《門》が繋がらぬと申しておったな」
凰蘭さんが、愛魚ちゃんとアウグスタに向けて語りかける。
確かに、この二人が二人して《門》を開けて繋ぐのに失敗したというのは変だ。
気になるだろう。
「イル・ブラウヴァーグとファーシェガッハであれば、今は繋がらんで当然じゃ。それぞれ《潮流結界/Tide Barrier》と《暴風結界/Storm Barrier》と……結界を張って、外の次元からは誰も来られぬようにしておるからのう」
二つの次元が、バリアを張って外からの来訪者を拒んでいる。
余程のことだ。
でも、このヴィランヴィーに勇者が来ることと関係あるのかな?
「それと言うのも……《鳥獣たち》の起源たる次元、言祝座の魔王が、外から、つまり別の次元から来た何者かに殺されたからじゃ」
◎後ろ髪を引かれる
心残りがあったり、未練があったりして、気持ちがそこを離れられないこと。
久々に凰蘭が登場して、別の次元に行けない理由の説明となりました。
ルート分岐ごとのフラグやタイムテーブルを、大まかにではありますが管理して執筆していますよ。




