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118 『運命』の赤い糸

自粛ムードでもなんとか、遅刻だけで済めば御の字ということで。

今週も話を動かして行きます。

愛魚メインの三人称視点からスタート。

了大が先約としてカエルレウムを優先させたことで、真魔王城まで同行しておきながら手持ち無沙汰となってしまった愛魚。

戦略を練る時間と割り切って、メイドに茶を頼んで一服していた。


「了大くんはまたあの子たちと遊んで、しかも同じ顔の双子が二人とも了大くんを好きになってる……うーん」


煎餅をかじっては、焙じ茶を一口。

候狼に用意させると、だいたいいつもこの取り合わせになる。


「そして、当の了大くんも満更でもない……ああー」


焙じ茶で口が潤ったら、また煎餅を一口。

気づくと、どちらもなかなかの量が愛魚の腹の中に入っていた。


「なんで……どうして私じゃないのかなー……」


腹は満たされても、満たされない心。

他の女に惹かれる了大に振り向いてもらえない寂しさは、愛魚の思考を迷走させていた。


「お下げしてもよろしいですか」

「あ、はい……えっと、ベルリネッタさん、でしたか」


煎餅に手が伸びなくなったところに、怜悧な声がかかる。

片付けてしまいたいベルリネッタだった。


「はい、ベルリネッタでございます。貴女は確か、まななさんでしたか。アランさんの娘で、あのお方を監視していらしたとか」

「ええ。彼が子供の頃から、かれこれ十年近くになります」


この時間においては軽く対面した程度だったが、双方に立場があり、今後も顔を合わせることが増えるであろうとなっては、面識程度で済ませたままではいられない。

むしろ、互いに『親睦を深めておく義務がある』とでも言うべき相手だった。


「成程。良い機会ですので、申し上げておきましょう。あのお方は魔王というお立場上、妃の十人や二十人は囲って当然。誰か一人が独占できるなどとはお考えにならない方がよろしいですよ」


斯く言うベルリネッタも、この時間では了大と夜を過ごしてはいない。

そんな気分にはなれない理由が、了大とベルリネッタの双方にある状態だからだ。


「それは……そうなんですけど……あ、そうだ」


そんな『現在の時間』にあって、両者に共通する出来事。

呪文で作り出された幻像が、了大の記憶をなぞった時のこと。


「あなたは、不思議な夢を見ることはありませんか? 了大くんと、何か……体験したことがないはずのことを記憶しているような」


体験していないはずの近未来。

命運が尽きて迎えた末路の姿。

本来、そこにあってはならない記憶。

その記憶の中に、愛魚もベルリネッタもいた。


「いいえ。わたくしは夢など見ません(・・・・・・・)ので」

「そうですか……」


その断片を時折夢に見る愛魚は、ベルリネッタもそうではないかと問いかけてみた。

しかし、ベルリネッタはそんな様子はおくびにも見せない。

本当に何の断片も残っていないのか。

残っていても他者に話す気はないのか。

それは誰にもわからなかった。


「お泊まりになられるのでしたら、客間を一室割り当てさせていただきます。いかがなさいますか」

「お願いします」


愛魚は、今夜は真魔王城に泊まることにした。

通された客間は、簡単に客間と呼ぶにしてはあちこちが上質にまとめられていた。


「あくまでも夢でしかないのかな……あんな夢を見るくらいだから、私と了大くんはきっと《運命の赤い糸》で結ばれているんだと思ってたけど」


宿泊を選んだ理由は、ベルリネッタに聞いてみただけではわからないから……というだけではない。

翌日すぐに了大に会えるようにというのもある。

そして。


「でも、あの時の幻影はやっぱり変だもの。となると、了大くんに会うのはもちろんだけど……あの幻影を作った、トニトルスさんにも会おう」


トニトルスに会う。

明確な、そして重大な理由を用事として心に留めて、明かりを消した客間で愛魚は眠った。




翌日。

了大はやはり《聖白輝龍(セイントドラゴン)》の二人にかまけていたり、専属教師であるアウグスタの授業を受ける予定が入っていたりと、落ち着いて話す機会が巡って来なかった。

しかし、これはこれで予想通り。

重めに朝昼食(ブランチ)を済ませた愛魚は《書庫(ライブラリ)》の隣、ドラゴンの頭のノッカーを鳴らす。


「今日の授業はアウグスタの受け持ちのはず……っと、お主はええと……ああ、マナナか」

「こんにちは、トニトルスさん」


自分の授業がないことでのんびりと過ごすつもりでいたトニトルスだったが、呼び出した愛魚の顔を見て神妙な面持ちになる。

これまでの顔合わせで、愛魚は『只者ではない』とわかっていた相手だったからだ。

そして愛魚はこれまでの経緯と推論、そして夢に見る内容を話し、トニトルスに相談を持ちかけた。

斯々然々(かくかくしかじか)


「ふむ、それで我に話を聞きに来たと。成程な」


トニトルスにも思うところがあり、愛魚を邪険にはしない。

面と向かっての詮索を煙たがられるトニトルスにとっては、手がかりが転がり込んで来た形になるからだ。


「結論から言おう。確かにあのリョウタ殿は変だ。単に魔王として開眼したというだけでは、説明がつかない何かを……我らの知らぬ何かを、隠し持っている」

「何か……って、何でしょうね」


専属教師として名乗りを上げ、その職分(ポスト)に就いてはみたものの、トニトルスは了大に対しては日ごとに不可解な感触を得ることが多かった。

そして、その不可解さを確かめることが忌避される。


「具体的にはわからぬ。リョウタ殿はとかく、詮索されることを嫌うのでな……だが」

「だが?」


一方でトニトルスの心中にも、詮索とは異なるものがこみ上げていた。

疑惑よりも確かなもの、それでいて確信よりは曖昧なもの。


「毎夜ではないが、我も時折おかしな夢を見る。夢の中の我は、何やらわからぬがどうしても逆らえぬ力に駆り立てられ、この《形態収斂フォームコンバージェンス》を解いた龍の姿でもって、暴れておるのだ」

「それは……」


それはトニトルスにも微かに残った、トニトルスなりの記憶の断片だった。

了大が体験した『これまでの時間』の中、様々な岐路のそれぞれにおいて様々な理由で、トニトルスは了大の敵として眼前に立った。


「そして、あのアウグスタに敗れ命を落とす場面で……目が覚める」


イル・ブラウヴァーグに舞台を移した『前回の時間』においても、それは変わらず。

同じく《形態収斂》を解除したアウグスタとの、互いに雷撃をふんだんに用いての一騎打ち。

結果はトニトルスにも記憶の断片が残るとおり、アウグスタの勝利に終わった。


「リョウタ殿に仕掛けた呪文は《回想の探求(リコールクエスト)》……現れる幻像はリョウタ殿自身の記憶に依存するのだ。リョウタ殿の預かり知らぬ物が出るはずはない。そして、仕掛けた《回想の探求》に仕損じは絶対にない。これは龍の名誉にかけて、誓ってもよい」


了大には見えていなかったため、どのような戦いだったのかという『過程』は幻像にならなかった。

しかし、了大が見た『結末』は幻像になり、術者であるトニトルスと、居合わせた愛魚とベルリネッタの、三者の知るところとなった。


「つまり、何らかの理由で我はアウグスタと殺し合い、敗れて命を落とし、その様子をリョウタ殿は目撃したはずだ。仕掛けた《回想の探求》の性質上、あれはリョウタ殿の眼前に現れた光景の再現に他ならぬ……それ以上のものには、それ以外のものには、なれぬ呪文だ」


術者自身として仕掛けた手応えも間違いなく感触があったトニトルスとしては、どうしてもそれ以外の結論には至れなかった。

了大が『今回の時間』では、自身でも完全には把握していない力、時間を九ヶ月前後戻る力の存在を《聖白輝龍》の二人にしか打ち明けていないため、ここで思考に壁が生じる。


「でも、それじゃどうしてトニトルスさんは生きてるんです? あの幻影の中では『仕留めました』って言われてましたけど」

「それがわからんから、困っておるのだ。きっと……いや、まず間違いなく、理由はリョウタ殿の隠し事の中だな。そして」


トニトルスは改めて、愛魚の瞳を見据える。

瞳を逸らすことを許さない、それと同時に瞳を逸らす気にさせない、信念と気合のこもった眼差し。


「マナナ、あの時にはお主の幻像も現れたのだ。決して他人事ではない。恋人同士の心中のようなあの幻像……ややもすると、お主もまた一度は死んでおるのやも、な」

「私も……」


結局、謎は深まるばかり。

了大の隠し事が明らかになれば解けるはずの謎が。

次は父親が余らせている酒を持ってこようというのは思い浮かんだ愛魚だった。




アウグスタの授業は、トニトルスさんとは違う。

思考速度と動体視力の有意向上については繰り返しになったけど、そこで察したのかどうなのか、とにかく授業のレベルの上げ方が適切だった。

この前のトニトルスさんの、よくわからない内容にあったキーワードの質問をしてみる。


「それは……故意に――――の状況を作り出して、魔力を――――して――――するという……省略に省略を重ねた語ですね。よほど理解の度合いが深まらなければ組み方としても使いませんから、普段は考えなくて大丈夫ですよ」

「……んん?」


ヤバい、わからない。

キーワードだけでももうダメだ。


「……悩んでいらっしゃるリョウタ様も可愛らしいですが、思考が脇道に逸れるというのは好ましくありません。この話題はやめておきましょう」

「うん。ごめんね、変なこと聞いて」


こういうキーワードもゆくゆくは使いこなせるようにならないと、アルブムには勝てないのかな。

どうにも不安になる。


「私は、一瞬の差が明暗を分ける死線(デッドライン)においては、略語で飾り立てた詠唱よりも単純で分かりやすい詠唱の方が優れていると考えています」

「長くて、略語より時間がかかっても?」

「ええ。詠唱は間違えずに組むこと以上に大事な要素などありませんので。単純な詠唱を短くできれば、それが最良ではありますが」


シンプル・イズ・ザ・ベストか。

詠唱をより単純に、より短くできれば、確かにいいけど。


「ちなみに、そこのところが理解できない餓鬼(キッズ)ほど、詠唱の要の部分を理解せず略そうとしたり、あまつさえ詠唱自体を無くす『無詠唱』などという幻想に憧れたりしますね」


わあ、キツい……

過去にそういう、出来の悪い生徒を受け持ったことでもあるのかな。

僕はアウグスタの言うことは素直に聞いておこう。




授業が終わって、でも夕食にはまだ少し早い時間。

ルブルムが来た。


「真魔王城でりょーくんと過ごすっていうのも、なかなか新鮮な気分」

「こっちにいるとファイダイにログインできないのは不便だけどね」

「それな!?」


すごい食いつきと猛烈な同意。

りっきーさんのアカウントを見る度に思うけど、ルブルムってなかなか廃人プレイヤーなんだよね。


「でも、ネットはつながってない所にいても、心はつながってる……そう信じていいよね?」

「そりゃそうだよ。僕とりっきーさんの仲でしょ?」

「うん!」


今度は満面の笑み。

カエルレウムほどはお子様じゃないけど、ルブルムもドラゴンの中では若輩者ということなのか、時折こうしてあどけないところを見せてくる。

かわいい。


「ワタシたち……ネットでじゃなくて《運命の赤い糸》でつながってるのかも……ね♪」


赤い糸ねえ。

やっぱり女の子はそういうメルヘンが好きなのかな。

あの深海さんもそういうことを考えてるから今週から猛烈アタック状態になったんだとしたら……

いや、程々にね?


「ルブルムよ。軽々しく『運命』という言葉を使うものではない」


と思っていたら、トニトルスさんが来た。

トニトルスさんか……なんか、恋愛やメルヘンとは違う形で、オカルトとかそれこそ運命とか信じてそう。


「我は運命など信じませぬぞ。人は誰も運命で決まっているから結末に至るのではなく、結末に至るまでの選択と蓄積が、人が運命と呼ぶものに導くだけのことですぞ」


あ、信じない派だった。

意外と言えば意外かも。


「トニトルスは夢がないなあ」

「お主は忘れたか。我ら龍の血統の中で特に強い素質を与えられながら、人の世で育つうちに『運命』の名のもとに翻弄された、あのはぐれ者を」


はぐれ者?

なんか、聞いたことがあるような、ないような……?


「あの子か……もうかなり長いこと会ってないけど、元気なのかな?」

「死んではおらぬはずだ。我も全然会ってはおらぬが、な」


いつ聞いたんだっけ……最初の時間のどこかで……

どこかで……


「卵から孵ってからずっと一緒に暮らしてきた、育ての親、伴侶も同然だった者を亡くして、泣いて泣いて、名前も変えて……だったかな……」


……なんか、そんなような話を聞いた、ような?

いつだったかな、なんて思っていたら。


「……()に聞きましたかな、今の話」

「い!?」


い、痛い痛い!

トニトルスさんにめちゃくちゃ強く両肩を掴まれてる!


「痛い、痛いよ、離して」

「ちょ、やめなよ、トニトルス! りょーくんの肩が砕けるよ!?」


ルブルムが割って入ってくれて、ようやく離してもらえた。

まだ痛い……


「……ふん。そちらからは話して(・・・)くださらぬのに、我には離して(・・・)くれと。随分と手前勝手なものですな」


うわ、めちゃくちゃ機嫌が悪い。

怒りながらトニトルスさんは去って行った。


「りょーくん。あの子の話をどこで聞きつけたか知らないけど、忘れた方がいい」


ルブルムにもたしなめられた。

よっぽどのことなのか?


「そうだよ、あの子は特別。運命の名を与えられて、運命に泣いた子……あの、フォルトゥナは」




◎運命の赤い糸

人と人とを結ぶとされる伝説上の存在。

見えないものだが赤いと言われている。

中国の昔話で足首と足首を結ぶ赤い縄と言われたものが、日本に伝わると小指と小指を結ぶ赤い糸に変化した。


今回はテコ入れとして、かなり後に出すフォルトゥナの名前を出しました。

こちらの進行と完結を優先させるために停滞中の拙作『落ちこぼれて今は、龍血使い(ドラゴンテイマー)』のフォルトゥナのことです。

これも『この時間では聞いていないはずの情報』として、了大が言ってはいけなかった話題でした。

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