117 『渦中』の人物
新型コロナウイルス、皆さんは予防してますか?
私は予防しながらも出勤です。
この状況でもなくならない・なくせない業種なんです。
今週もなんとか落とさず、21時『台』ということでご容赦ください。
僕を挟んで、にらみ合いになるカエルレウムとルブルム。
こんな険悪さなんて、今までに見たことなんかもちろんない。
僕の味方になるにしても敵になるとしても、いつも二人一緒だったはずだ。
それなのに。
「自分だけがりょーたと仲良しと思うなよ! わたしだってりょーたと打ち解けて、いっぱい仲良くなったんだからな!」
「はっ! そんなの『遊び友達』って意味だけでしょ。 ワタシはね、りょーくんがつらい時、悲しい時、ネット越しとはいえ何かにつけて精神面を支えてきたんだから!」
「何をー!」
「何さ!」
違うんだ、やめてくれ。
そんな喧嘩をしてほしくて、こんな周回を繰り返して来てるわけじゃない。
僕は……
「りょーた!」
「りょーくん!」
……ほぼ同時に二人に呼ばれて、それぞれに一本ずつの腕を引っ張られた。
そして、四つの瞳が僕を射抜く。
責める眼差し。
「……喧嘩しないでよ。姉妹で仲良くできないなら、僕は二人とも好きになれなくなる」
絞り出すように、それだけ言うのがやっとだった。
それからは寝室に戻って、薬を飲んで寝た。
ベルソムラとサインバルタが、こういうストレスで必要になるなんてな……
……目が覚めた。
でも、メイドは誰も僕を起こしに来てない。
外の景色はまだ暗い。
つまり、そう長い時間は寝てないということだ。
うん……二度寝しよう……
そう思って目を閉じたものの、意識はそのまま。
結局は今日もあんまり眠れない夜だった。
起こしに来たのはメイドじゃなくて、愛魚ちゃん……
いや、深海さんだった。
「そろそろあっちに帰らないと、月曜日の学校の準備ができないよ」
学校……そうだな。
面白くはないけど、普通に卒業しておきたい。
電子文明に戻るか。
「……うーん? まだこのくらいの時間……?」
戻ってみると、時間が思ったより早かった。
月曜日の準備を済ませたら、特にすることがない日曜日。
宿題も済ませて……そのノートもちゃんと鞄に入れた。
そんな僕の様子を見て、親はと言うと満足そう。
アレか。
『うちの了大ちゃんは言われなくてもちゃんと勉強して宿題もやって、偉いわー』みたいな?
別にそういうのじゃないんだけどね。
それと空いた時間についつい手癖で、ファイダイにログイン。
『はろー☆ りょーくん、愛してる♪』
りっきーさんのアカウントから熱烈なメッセージが来た。
何これ。
『りょーくん……心細くなることがあるのは、りょーくんだけじゃないよ? ワタシだって、そうなる時くらいある』
それがりっきーさん……ルブルムの心情か。
これまで、周回数に関係なくそれ以前から、りっきーさんに悩みを聞いてもらっていた僕だ。
今度は僕が聞く側になるべきだろう。
『りょーくんは言ってくれたよね。ワタシとずっと仲良しでいたいって。ワタシもそう。ワタシだって、りょーくんとずっと仲良しでいたい。だから』
ああ、確かに言った。
でもそれは、カエルレウムを除け者にしてまでもという意味じゃない。
除け者にされるつらさは、僕はよく知ってる。
だから、除け者にする側にはなりたくない。
卑怯と言われても。
『僕は、姉妹二人にもずっと仲良しでいてほしいんだよ。こういうことで喧嘩別れはダメだと思う。そんなの、きっと後悔するよ』
僕が望む『未来』のためには、姉妹の仲は絶対に取り持っておきたい。
特に、アルブムを倒さなきゃならないのなら、なおさらだ。
『はあ、わかったよ。りょーくんがそこまで言うなら、考える。あっちにも、りょーくんからそう言っておいて』
『うん。説得するから』
そういう会話を終えて、りっきーさんはログアウトした。
カエルレウムも説得しなくちゃ。
翌日、月曜日はまた学校。
そろそろ七月に差し掛かるけど、寺林さんはまだ勇者としてヴィランヴィーには来ない。
やっぱり、前回のが特別だったのかな。
早めの電車に乗って、悠々と座る。
他に誰もいない車内で……
「真殿くん。隣、いい?」
……いた。
深海さんが僕の隣を指して、座りたいと言い出した。
どうしたものか。
「席なんて他にいくらでも空いてるのに?」
「真殿くんの隣がいいんだもん」
あ、僕の返事を待たずに座っちゃった。
押しが強いな。
この周回では交際には至ってない……付き合ってるわけじゃないのに、どうしたんだろう。
深海さんは改めて周囲を見回す。
やっぱり他に誰もいない。
「真魔王城に行けば真殿くんは魔王で、いろんな女がいくらでもいるとしても……今は、この電車にいる今だけは、そばにいるのは私だけなんだから……」
うーん……ヤキモチ妬かれてるってことか。
深海さんも深海さんで、周回になる前どころか魔王になる前からの縁で、気持ちは僕に向いてるわけだから、あまり冷たくはできない。
この状況では、明言は避けておこう。
窓の外で流れる景色を眺めながら、何も言わずにぼんやりと少し待てば……
学校の最寄り駅に着いた。
降りるか。
「さ、行こう。真殿くん♪」
深海さん、どうして僕の腕に絡んでるんだ。
歩きにくいぞ。
それに、いろんな人に見られるのに。
「……嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど」
まさか、隣で並んで歩くとか手を繋ぐとかを一気に飛ばして、腕を組んで来るとは。
この段階では純情お嬢様キャラだと思っていたのに大胆だな。
「僕はチビだから」
「そんなの、気にしない……ううん! むしろ背が低いのが可愛くて、いい! だからお願い!」
出たな。
僕は可愛いより格好いいの方がいいのに。
「連行されてるみたいで歩きにくいよ」
「これだけ頼んでも、ダメ?」
組んでる腕を引き寄せて密着してきた!
そうなると、腕におっぱいが……
「だ、ダメでしょ? 変な噂になるよ?」
「……なりたいのに」
……誘惑やらなんやらを引き剥がして、学校までの短い道を歩く。
さすがにまったくの無人というわけはなく。
部活の朝練やクラスの日直で早めに登校していた生徒には、バッチリ目撃された。
しかもその中には、この間のルブルムを目撃していた奴らがいて。
「おい、お前! お前は確か、金髪巨乳の彼女がいるんだろうが! それなのに深海さんにも手を出すだと!?」
「そうだそうだ! この浮気者め!」
くそ、部外者が騒ぎを大きくするなよ。
何も知らないくせに。
「違うよ。真殿くんが私に手を出してるんじゃないの。私が真殿くんに手を出してるんだから、間違えないでね?」
「なんだと……!?」
「なんでこいつばっかり……!」
いや、深海さんも騒ぎを大きくしないで!?
何も知らないお嬢様じゃないの!?
「あんな……あんな子に負けてられないもん」
これは完全に対抗意識で吹き上がってる。
付き合わずに進んでも、何かのきっかけひとつでこうなるのか……
参ったな。
結局、平日は学校で折に触れて深海さんが絡んでくる事態になった。
場所も人目も気にしない攻勢はすっかり学校中の噂になり……
「あいつ、他に彼女がいるのに何なんだよ。二股か?」
「でも何かさ、どっちかって言うと積極的なのは深海さんの方じゃない?」
「そうそう。俺、言われたもん。私が手を出してるんだから間違えるな、だってさ」
「えー、略奪愛!? 優しいお嬢様だと思ってたのに、意外ー!」
「って言うかー、ああいうのがタイプだったのがまずビビるわー」
あまりにも積極的な深海さんの一挙一動は、むしろ女子の興味を引くらしくて。
噂好きの女子たちが主体になって、三角関係の不祥事に花を咲かせていた。
噂にも深海さん本人にも翻弄されてげっそりしながら、やっと金曜日の放課後。
「ルブルムと約束したからな。カエルレウムにも言い聞かせなきゃ」
噂なんかは別にいいけど、カエルレウムとルブルムが喧嘩したままなのは、別にいいなんて言ってられない。
学校が終わったら、真魔王城に行かなくちゃ。
「むむっ! 了大くん? 私というものがありながら、他の女に会うことを考えてる顔ね!?」
深海さんは《渦中の人物》として状況が楽しくなってきてるのか、既に水曜日あたりから言動が芝居がかった大仰なものになってきてる。
そしてそれがまた周囲の興味を引くから、なおさら質が悪い。
僕も《渦中の人物》だから他人事じゃないけど、渦中……ああ、海の渦潮ってことかな、深海さんだけに。
……って、いつの間にか二人称が!
呼ばれ方が姓から名前になってる!?
「いや、呼び方……『了大くん』って……」
「いいでしょ? 私のことだって名前で呼んでほしいんだよ? 了大くんから『愛魚ちゃん』って呼ばれてみたいし、なんだったらワイルドに『愛魚』って呼び捨てにもされてみたいし」
圧が凄いな!
何なんだよ、この展開……
とりあえず周囲の『その他大勢』が面倒くさいから、学校の外に出よう。
「にひひー、来ちゃった♪」
「おい……」
校門を出たら二秒でカエルレウム。
同じ顔でも、ルブルムとは気配が……魔力の配分とか『隠さない』ところとかが大きく違うから、僕にはわかる。
その他大勢にはそうでもないようで。
「あいつの彼女って、あんな変わった髪の色してたっけ?」
「脱色して、青の……メッシュ? 入れてるのかな。ファンキーな髪……」
「でも金髪って噂じゃなかった? 別人? 双子とか?」
ヤバい。
その他大勢と思ってナメてたら、鋭いのがいる。
さっさと真魔王城に行こう!
……というところで。
「ふふん。真魔王城に行くなら、この深海御殿からなら直通の《門》が常設よ? さあ、さあ!」
深海さんも一歩も引こうとしない。
僕たちを自宅に招いて、常設の《門》を猛烈にプレゼンテーションしてきた。
知ってる。
最初の時間では頻繁に使ってたんだから。
「ありがとう、今回はお借りするよ。できれば自分自身で《門》を開ける練習をしたいから、次からは自分で開けるね」
「そうだったんだ……」
これまた縦割り行政状態で、深海さんにも僕が《門》の練習中という話が伝わってなかった。
ベルリネッタさんあたりが伝達してくれてたらよかったのに。
「お帰りなさいませ」
そのベルリネッタさんはと言うと、いたって事務的。
気が利かないと言うか、命じられた以外の余計なことはしないタイプと言うか。
ああ……
最初の『りょうた様♪』って僕を甘やかしに来てたベルリネッタさんが恋しくなる。
でも『いない』ものは仕方ない。
少しの間だけベルリネッタさんの顔をよく見たところで、深海さんにも『先約だから』と言い聞かせて、カエルレウムの部屋へ。
今日はゲーム機に電源を入れずに、真面目な話だ。
「これはルブルムにも同じことを言ってあるけど、僕は単にカエルレウムと仲良しでいたいだけじゃない。君たち姉妹二人にもずっと仲良しでいてほしいんだよ。こういうことで喧嘩別れはダメだと思う。そんなの、きっと後悔するよ」
「うーん……」
仲直りの話をする。
お子様なところが色濃く残るカエルレウムには難しい話か?
じゃあ、切り口を変えてみるか。
「例えば、欲しいゲーム機もやりたいゲームソフトも全部手に入れたとして、誰も一緒に遊んでくれなかったら、話を聞いてくれる人も誰もいなかったら……ずっとひとりぼっちだったら、どうする? そんなの、楽しくないよね?」
「……やだー!」
カエルレウムに分かりやすく言うなら、やっぱりこうか。
伝わったようでよかった。
「じゃあ、ルブルムにごめんなさいって言おう。僕から話を通してあるから、ルブルムだってわかってくれてるよ」
「うん……わかった」
これでよし。
あとは実際にルブルムと引き合わせるだけなんだけど……
しまったな、連絡してないや。
ファイダイ経由であらかじめ呼べばよかったか?
「はろー☆ りょーくんにカエルレウム、いるね!」
え、呼ばなくても来た。
と言うか、やたらハイテンションだな?
「通販ページ見てたらさー、この状況にドンピシャの本が売ってて! 即ポチって、読んでみたらこれが最高で!」
「落ち着いて?」
「ルブルム、何だその本? マンガか?」
ルブルムは何の本を買ったって言うんだ……やけに薄いな?
いや、これは見たことがある。
この本は!
表紙に大きく描かれた双子のキャラは!
「よくぞ聞いてくれました! じゃーん! 《杏花さんと李花さんとナニする本》!」
シンファとリィファ。
ファイダイに登場する双子の姉妹。
つまりこれはその姉妹の二次創作の薄い本……エッチな同人誌だ!
最初の時間では二冊渡されたけど、このタイミングでは一冊だけか?
「もうすぐ夏のイベントで、それに合わせて続きを出すんだって」
つまり時期的に二冊目は発売前で、手に入るわけがないか。
なるほど。
「で、さ……この本みたいに、三人で『仲良し』して、それで仲直りしよう?」
「んん……? なるほど? それならいいのか……?」
本の内容を読んだカエルレウムが『これから何をするのか』を察して、表情を変えた。
そして、いつも通りの大きめシャツを脱いで。
「わたしも……高まってきた……」
「さ、りょーくん。姉妹丼だよ♪ 美味しく食べてね♪」
ルブルムも脱いで、あれよあれよという間に二人とも全裸。
そしたら、僕が脱がないわけにはいかない。
* カエルレウムがレベルアップしました *
* ルブルムがレベルアップしました *
「やっぱり、りょーた……好き……♪」
「りょーくんってば、あっ……本当にすごいんだぁ……♪」
カエルレウムとルブルムの姉妹丼を美味しくいただく。
仲直りさせられて気分がいいからか、男子のアレが『おかわり』したいらしい。
まあ、僕も最初からそのつもりだけどね。
* カエルレウムがレベルアップしました *
* ルブルムがレベルアップしました *
「やっぱり、わたしたちは二人でなきゃダメか……♪」
「そうだよ……二人で仲良く、そして、りょーくんと三人でなきゃ♪」
姉妹の方はこれでよしとして、あとは深海さんか。
そう言えば、ここ最近の悪乗りのわりには、さっきはあっさり引き下がったな?
何か……ある……?
◎渦中の人物
ゴタゴタした事件やもめ事などの中心にいる人を、渦潮などの水の渦巻く中にいる様子に例えて言う言葉。
姉妹喧嘩はもう少しこじらせるアイデアもありましたが、陰湿になると面白さよりストレスが勝つかなとこの程度で終わらせました。
次回は愛魚の立ち回りで話を動かしていく予定です。




