115 蟻の穴から堤も『崩れる』
カエルレウムに続いてルブルムも友好的に登場。
やっぱりこの子たちも、最初の時間のようなこういう友好的態度で書く方が楽しいです。
平日は学校で過ごして、普通の生活。
休み時間にスマホでレトロゲーム攻略法を検索して、カエルレウムとの遊びに備えたり、放課後は体内からの魔力で使える呪文や技能を反復して、トニトルスさんやアウグスタの授業内容を復習したり。
電子文明のマクストリィは環境にある魔力はとても希薄だけど、できることはある。
そして、こっちにいないとできないことも。
『はろー☆』
ルブルムことりっきーさんとのチャット。
週末に真魔王城に行くと、電波が届かないからね。
『一度、りょーくんと会いたいんだけど、いいかな?』
なんだか、痺れを切らしている感じがするかな?
こっちとしても別に会いたくないわけじゃないし、むしろ会ってみたいし、どうするかな。
明日は金曜日か……
『僕がどこの学校かは話してたっけ』
『うん、前に聞いたよ』
『じゃあ明日の放課後くらいに合わせて、学校の正門に来てくれたら、その後はマクダででもお茶しよう』
『いいね!』
話はまとまった。
マクダ……マクダグラスのハンバーガーでも食べながら、会ってゆっくりしてみたい。
ルブルムか……敵じゃないルブルムが久し振りに見られるなら、楽しみだ。
気分が昂ったからか、いつもの不眠症以上に寝られなかった。
翌日。
学校の中ではなるべく普通に過ごす。
よくいる根暗なぼっちの子。
今日が終われば、ルブルムと会える……
「真殿くん、少しいいかな?」
深海さんだ。
ここ最近は僕に話しかけてくる頻度が上がってるのは、僕が魔王として開眼しているからで、気のせいじゃないだろう。
今日は何の用だろう。
「今日、よかったら一緒に帰りたいんだけど……いい?」
はにかむ深海さんは可愛い。
でも、よりによって今日か。
可愛いんだけど、今日は都合が悪いんだ。
「ごめん、今日は先約があって、会いたい人がいるんだ」
間が悪いだけ。
僕も深海さんも悪くないはずだ。
でも。
「そうなんだ……先約じゃ、仕方ないよね。ごめんね」
深海さんに……愛魚ちゃんにあまり深入りすると、結果として良くないことが起きる。
ほとんどの周回で勇者の寺林さんが来させられるのが八月だったのに、愛魚ちゃんとイル・ブラウヴァーグに深入りした前回に限っては七月中だったのも、証拠のひとつだろう。
そうした深入りを避けつつ、この周回での寺林さんがいつになるかで、それも見極めないと。
「お前、深海さんに誘われて断るとか! マジで言ってんのかよ!?」
そんな考え事をしていたら、男子生徒の一人に突っ込まれた。
誰だっけ、こいつ?
名前も覚えてないや。
「やめて。真殿くんに先約があるんだから、仕方ないんだから」
深海さんは僕をかばってくれる。
でも、それがなおさら気に入らないようで。
「生意気なんだよ、この野郎!」
僕を突き飛ばそうとする手が伸びてきた。
でも遅い。
所詮は素人だな。
むざむざ突き飛ばされないのはもちろん、深海さんが《水に棲む者》の力を出してしまう前に、身をかわして回避。
うっかり手刀を入れそうになったのは我慢して、避けきれなかったふりをして足を引っかけておく。
転べ。
でもこれ以上手を出したら事が大きくなる。
放課後にルブルムと会う用事があるのに、それは避けたい。
あとは《凝視》で黙らせて終わる。
「……やっぱり、真殿くんって……」
魔力を察知されたか。
深海さん相手には隠せないんだろうけど、あくまで何も言わない。
やっと楽しい放課後だ。
靴を履き替えて、正門へ……なんだか騒がしいな。
何だ?
「だから、ワタシは待ち合わせしてるところだからダメって言ってるでしょ」
「ちょっとぐらいいいじゃんかよ。な?」
あー、ルブルムがナンパされてる。
ルックスは抜群の金髪巨乳美少女だもんな、そりゃそうなるか。
「何が『な?』なのか知らないけど、相手の話が聞こえないほど耳が悪いの? それとも聞いた話を理解できないほど頭が悪いの? どっち?」
もう言い方がキツい。
ルブルムって『ツン』の時はとことんまでツンツンだからな……
「それとも両方なの? だったら最初からそう言ってよね」
「うげっ、キツっ。顔はいいのに性格悪すぎだろ……」
これ以上は皆して無駄だな。
さっさと現れることにしよう。
「りょーくん! やっと来た! もう、待ってたんだよ?」
「うん……りっきーさんだよね?」
「そう! りっきー! よくわかったね?」
「なんとなくそうかなって言うか、そうだといいなって言うか」
僕には『デレ』で接してきた。
最初の時間みたいに『ツン』っぽく始まってから『デレ』ていくのは無しか。
まあそれならそれでいいとしても、場所をさっさと変えたい。
マクダで……ハンバーガーは腹具合からしてまだいいや。
シェイクくらいにしておこう。
「マジかよ、あれ、真殿の彼女か!?」
「俺らの時と態度違いすぎだろ……怖くね?」
「でも、めちゃくちゃ可愛い子だなー……それに巨乳……」
うっ、周囲がざわざわしてきた。
人の心の、闇の魔力が……
「あれが真殿くんの先約!? いつの間にあんな子と……!」
……水の魔力もか!
これは退散するしかない。
ルブルムを連れて、とりあえずマクダに。
「すごく混んでる……」
「まあ、そうだよね」
マクダに入ってみたら、ピークタイムに当たったらしい。
まずレジは行列で混雑。
さらにレジだけじゃなく席も混んでる。
その上、その客の半分くらいは僕と同じ制服の……つまり、同じ学校の生徒だ。
「あっちのスーパーのフードコートにしよう?」
「うん……」
ルブルムに言われて、マクダは諦めて移動することにした。
でも、同じ学校の大勢にばっちり見られた……
スーパーのフードコートの方はなんとかテーブルを確保。
これで一休みてきる。
「やっと落ち着いたね。改めまして、りっきーです♪」
「うん。僕がりょーくん……了大です。は……」
この周回でルブルムと直接会うのは初めて。
あの時間のあれもこれも、目の前のルブルムの記憶にはないんだ。
そう思うと下腹がじくじくしてくる……ような気がする。
「……はじめまして」
「うん。はじめまして♪」
やり直せるならやり直したい。
とりとめのない挨拶から、最初から。
「僕、りっきーさんのことはてっきり『力也』とか『力丸』とかのゴツい名前の男の人だと思ってた」
「あはは。そっかー、そんな風に想像してたのかー」
これは本当のことだ。
だって……
「だって時々、話題がすごくアレだったから、これは絶対男だろって」
「アレ、って何? ユリシーズのエロい話?」
「ちょっと!?」
……そうだけど!
他にも人が大勢いるフードコートだぞ。
はっきり言わないでくれ。
「ふふ。でも、こうしてるとりょーくんはカワイイのに……ユリシーズにはあーんなことやこーんなこと、したいと思ってたんだよね……♪」
「だから……」
いきなりそういう話になるのか。
このルブルムは何を考えてる?
「実は、ワタシには姉が……双子の姉がいるんだけど、その姉が最近、いい遊び相手と知り合えたらしくて? あれこれ話してくるんだよねえ?」
「あ、ああ……」
カエルレウムだよな。
最近は魔王としての授業の合間には、よく遊んでる。
対戦プレイや協力プレイで、カエルレウムは遊び慣れたタイトルでも面白さが違うし、僕も気分転換になるし。
なるほど、今回こうして会いに来たのは、カエルレウムからルブルムに話が行ってたからか。
「それでさ、その姉から面白い話も聞けたんだよね」
「面白い話? 何それ」
無邪気なカエルレウムのことだ。
僕が魔王なのも話してたかな。
「りょーくんの《ピー!》、すごいんだって?」
「ぶふっ!?」
魔王の話じゃなくて、夜の……男子のアレの話だった!
飲み水噴いたよ!
「りょーくん、汚いよ」
「ごほっ、がふっ……ごめん、でも」
カエルレウムもカエルレウムだ!
双子の妹相手とはいえ、そんなの話すなよ!
「いくらなんでも、そういう話は、こういう所じゃ」
「こういう所じゃ嫌? それじゃ移動する? ……真魔王城に」
「うっ」
さすがに、りっきーさんでもありカエルレウムの妹でもあるルブルムに、あれもこれもは隠せない。
魔王のことはわざわざ僕から聞くまでもなかったってことか。
「と、その前に」
あれ、ルブルムが立ち上がった。
僕の後ろに回って……僕から見て背後にあるテーブル席にいる人を、引っ張り上げた!?
何やってるの!?
「聞き耳とは感心しないかな、お嬢様?」
「あ、えっと……」
背後にいたのは……深海さんだった!
どうやったのか、なぜか気配を感じなかった。
ここまでの話を聞いてたのか。
「その、あー……ぐ、偶然だね?」
「は?」
深海さんはそう言うけど、ルブルムの表情が途端に冷たくなる。
声のトーンも落ちた感じだ。
「学校からマクダグラス、さらにここまで、ぴったり後をつけて来ておいて言うことが『偶然』? 笑わせないでくれる? 面白くないけど」
うわあ、キッツい……
眼光から台詞まで全部キツいよ、ルブルム……
と言うか、深海さんはここまで僕たちの後をつけて来てたのか。
それで『偶然』は、さすがに苦しい言い訳か。
「いい? 『偶然』ってのはね、例えば一つの同じゲームを何万人、何十万人がプレイしている中でたまたま知り合えて、たまたま気が合って、たまたま仲良くなれた……くらいのことを言うの。まさにワタシとりょーくんのことみたいに、ね」
「っ……」
偶然を装っただけの深海さんは何も言い返せない。
なぜなら、深海さんが装った『偶然』はこんなもんじゃない。
「お父さんに手配されて毎年毎年りょーくんと同じ学校の同じクラスになるよう仕組まれたキミと、たまたまゲーム内のフレンドから知り合って仲良くなったワタシとじゃ『偶然』という言葉の重みが違うの」
そう。
深海さんは僕の監視役として、父親の阿藍さんから裏工作をされて僕と同じクラスになっている。
つまり、僕と知り合ったこと自体も含めて全部、偶然でもなんでもない必然でしかないわけだ。
そしてルブルムの攻勢は……まだまだ続くか?
「りょーくん、ドラッグストアでも行こっか」
ドラッグストア?
それはまた、どうしてだろう?
「だって、買っとかなきゃダメでしょ?……ゴム♪」
「ごっ!?」
ゴムって……ゴムって、あの……
そういうことを深海さんの前で言うのは……
あーあ、深海さんが走り去っちゃった。
「やっといなくなった。めんどくさいお嬢様だねー」
それにしても、ルブルムが今日はいつになくキツいな。
どうしたんだろう?
「……あんな子に、りょーくんは渡さないから」
つまり『宣戦布告』か!
ルブルムは深海さんが同じクラスなのことも前から知ってたんだっけ。
その深海さんに僕を取られないように、と……
その後は週末ということもあって、学校の鞄や制服は家に置いて私服に着替えて、真魔王城へ。
今週はルブルムが同伴だけど、習熟したくて《門》は自分で開けた。
出る場所は適当にどこでもいいというわけにはいかない。
きちんと念じて開けないと、いくつも隣の部屋にずれたり、別の階になったりする。
さすがに壁の中になることはないらしいけど、はるか上空になることはあり得るらしい。
気をつけて開けないと。
「お帰りなさいませ、御屋形様」
ということで寝室をイメージして開けた。
寝室ではちょうど候狼さんがベッドメイクをしていたので、出迎えられる格好になった。
「候狼さん、お疲れ様。夕食ってどうなってる?」
「は。今週はちゃんと、魔破には普通の献立を組むようきつく言い渡しておりますれば、仕損じることはないかと」
先週はアレな料理だったからな。
もしも今週も同じことをしてきたら、いっそ首里さんの出番が来てしまう。
首を……っと、いけないいけない。
「今日は新鮮なイカが手に入りましたからぁ、イカリングフライでぇす♪」
あ、めちゃくちゃ普通。
でもそれがいい。
そういうのでいいんだよ、そういうので。
いただきます。
「揚げたてサクサク! 美味しい!」
付け合わせには炒めたタマネギ。
これも普通っぽさがたまらない。
ポタージュスープもついてきて文句なし。
ごちそうさまでした。
「ふふ。イカなんて相手にならないよね……」
ルブルム……それは、このイカリングフライって意味で言ってないな?
まず間違いなく、深海さんって意味で言ってるだろ。
ちょっと怖いな……
「さて、お腹もふくれたところで、次は引きこもりの遊び相手でもしようか」
「ダメな姉がお世話になっております♪」
カエルレウムな。
ダメなわけじゃないんだよ、グータラなだけで。
いや、世間ではそれをダメと言うのか。
「りょーた、来たか! うん? 今日は一緒なのか?」
「そうだよ」
今日はルブルムと一緒にカエルレウムの部屋へ。
カエルレウムは僕が来ると、待ち遠しかったような顔をする。
可愛いもんだ。
ここに来るとリラックスする。
「それじゃ、お邪魔します。ほら、ルブルムも」
そして、リラックスしすぎた。
でなけりゃここまでうっかりはしない。
「……ワタシ、いつ『ルブルム』って名乗ったっけ? この『りっきーさん』が」
「あ……!」
やらかした。
《蟻の穴から堤も崩れる》と言うように、ここから崩れた。
周回のことは誰にも言わずに、何も知らないふりをしてきたのに……!
◎蟻の穴から堤も崩れる
大きな堤防か、蟻が開けたほんの小さな穴から崩壊する様子に例えて、ほんのわずかな油断や不注意から大事件に発展することを言う。
「韓非子」喩老から。
今週は仕事で残業でした。
巷は疫病騒ぎですが、平常通り出勤する職に従事しています。
さて来週から了大がボロを出していく展開かなと。