113 空気が『読めない』
仕事が忙しい決算期&新生活シーズン。
落とさないのがやっとの遅刻投稿ですが、今週もどうかお付き合いください。
トニトルスさんが呪文で作り出した幻影はアルブムじゃなくて、主に前回の、僕の未熟と失敗のせいで悪い結果に終わった皆だった。
僕を勝たせるために、自分を犠牲にしたベルリネッタさん。
僕にやり直しを勧めて、海溝で心中した愛魚ちゃん。
アウグスタと殺し合って負けたトニトルスさん。
そして……
前回ではなく二周目の、僕を裏切ったベルリネッタさん。
どれも負けず劣らず、忘れられないつらい記憶だ。
「トニトルスさん。僕が『聞こうとしないで』って言ったのは、言葉で質問しなければいいって意味じゃないんですよ。今みたいに呪文で探られるのだって、僕は嫌です」
これは言っておかないといけない。
どうにも『あれこれ聞くな』の真意が伝わってなかった。
トニトルスさんもトニトルスさんで《空気が読めない》と言うか……
元々、言葉での言い訳はあまり聞かない感じの人だけど、毎回あの《回想の探求》というのは勘弁してほしい。
「む、う……重ね重ね、申し訳ない」
それに、探られること自体も嫌だけど、探られてアルブムとの敵対関係を知られて、それで敵に回られることが嫌だ。
むしろ、そういう意味での『嫌だ』って気持ちこそが、さっきの幻影を作ったんだ。
アルブムに勝てないことよりも悲しい記憶として。
「しかし今のあれはどうにも……解せぬというか、ですな……」
「早速、詮索ですか?」
少し睨むようにトニトルスさんを見つめる。
目線や言い方を少し強くしてみよう。
と言うか少しくらい懲りてくれ。
「ね、真殿くん。私にも教えてはくれないわけ?」
深海さんか。
確かに、深海さんならアルブムに支配される以外では敵に回ることはないけど……
「今は、と言うか今日のところは、何とも言えないかな。ごめんね」
「ううん、どうしても言えないことなら、仕方ないから」
このあたりはさすが聞き分けがいい。
話がわかる相手で助かる。
あとは……
「……何か?」
ベルリネッタさん。
周回の始めに戻った状態で、僕のことを何も知らない。
その状態からあんな幻影を見せられたら、僕のことなんて気持ち悪くて当然だろう。
そういう胸中が少し『読めた』感じがした。
一体どうやったら、この人と素直にわかり合えるんだろう……
下手に周回の知識に頼って、違う出来事に戸惑ったり足元をすくわれたりするくらいなら、今回は誰にも周回のことは言わないでおこう。
何も知らないふりをして、最初からやり直してみるか……
ということで、説明や案内の類はわざと、一切口を挟まず最初から全部聞いてみた。
そして、説明の後に夕食と入浴を済ませて、宿泊を勧められた。
「ところで……メイドに誰か、気に入った者や気になった者はおりませんでしたか?」
来た。
女をあてがって僕を飼い慣らすつもりの、ベルリネッタさんのいつもの手だ。
どうするかな。
何も知らない子供なら、ここは引っかかっておくか?
今日見かけた中だと……
「夕食の配膳の時にいた、あのポニーテールの……あ、ポニーテールって言って通じます? 長い髪をこう、後ろで結んでた子」
「ふむ。《魔破》さんですか」
……魔破さん。
マッハ……音速の名を持つ、馬と悪魔の間の子。
《鳥獣たち》と《悪魔たち》の特性を少しずつ受け継ぎ、メイドとしては料理が得意で、戦闘においては蹴り技が得意。
たしかそんなようなことを聞いた気がするけど、やさぐれてた時のことだからな……
まあ、あいまいなところは呼び出して本人から聞くか。
「魔王サマぁ! この魔破をお選びくださるなんてぇ、光栄ですぅ♪」
ぶっちゃけると、魔王とメイドという互いの立場と、その立場に対する忠実さとで『ちょろい』子……
魔王の魔力で釣れば簡単にエッチできちゃう子、という感じだった。
やさぐれてた僕にさえ、本心はともかく表向きは喜んで従ってたからな。
正直、愛魚ちゃんやりっきーさんみたいに本心を打ち明けたいタイプじゃない。
でも、そういう魔破さんだからこそ、ここで『引っかかったふり』をするなら適役だろう。
そんなことを考えながら、魔破さんの自己紹介や世間話を聞く。
自己紹介についてはだいたいさっき思い出してたとおり、世間話の方もこれと言って新しい話はなし。
候狼さんにはずるいと言われたとか、ベルリネッタさんには僕に失礼のないようにと念を押されたとか、そんな程度。
「ささ、魔王サマぁ♪ 今夜はたっくさん楽しんじゃいましょうねぇ♪」
「んー……」
やっぱりちょろい子だ。
でも、何も知らない子供はいきなり最後まで行ったり上手にできたりしないだろう。
それに、なんだかそういう気分でもない。
「ぅんもぅ、魔王サマったらぁ、甘えん坊さんですねぇ♪ 可愛いっ♪」
添い寝だけを頼んで、魔破さんのおっぱいに顔から突っ込んで寝ることにした。
おやすみなさい。
翌朝。
添い寝だけで終わらず『お手つき』になろうとする魔破さんのことは、ベルリネッタさんに任せて仕事を割り振らせておく。
僕は魔王の学問へ。
来たのはトニトルスさんだった。
「あのアウグスタの奴は、明日にすると言っておりましたからな。本日は我から初歩として、魔力の流れの量と色を見るというのを覚えていただきますぞ」
初歩の中でも特に初歩。
本来なら視覚だけに頼ることなく感知できないといけないところを、初歩なので視覚でも違いを知るところから。
最初の時間で鍛えた以外にも、アウグスタからも似たような授業を受けてきたから、これくらいは全部……
「ふむ、筋が良いようですな」
……少し間違ってみるか?
思えば元の次元、電子文明のマクストリィでも、学校のテストであまりいい点を取りすぎると不正を疑われたけど……
いや、やめておこう。
トニトルスさんに疑われて詮索されたくない僕が、そのトニトルスさんを疑って嘘をつくのはよくないだろう。
「筋が良いと言うか、覚えが良すぎると言うか……いや、全問正解ですぞ」
それに、こういった基本を徹底的に反復して身につけておかないと、結局はアルブムに勝てなくなる。
だから授業はどれも真面目に受けて、今はとにかく強くなる。
そして、今回はトニトルスさんとも仲がいいままで……あ。
トニトルスさんの視線がキツい。
やっぱり不正疑惑でも持たれたかな。
アウグスタはそんな感じはない。
意識して『おおー!』とか『凄い!』とかの感嘆詞を多用して、僕の気分や授業そのものを盛り上げようとしている。
そんな感じで授業を初歩から受け直して自分を鍛えつつ、色仕掛けはのらりくらりとかわしてみる。
そして基本的にはマクストリィとの往復生活。
なかなか、最初の時間に近い感じで進んでるかも?
もちろん違いはあるけど、一番大きな違いは……
「《門》!……やった、できた!」
自分で《門》を開けられるようになったこと。
でもまだ開け方を覚えたばかりだから、開けるまでの時間が遅かったり行き先があやふやだったりする。
何度も往復してたマクストリィはいいけど、マクストリィの中でも自宅近辺や学校近辺、それと通学に使う電車の路線沿い、くらいの土地勘が必要になる。
「私としましては、リョウタ様がご自身で《門》を使えないのであれば、喜んで送迎に馳せ参じますけれども」
「そういうのはいいよ」
真魔王城やその近辺はともかく、ヴィランヴィーでも土地勘のまったくない場所や、他の次元へは無理だな。
これは《門》自体よりも行き先に……目的地に対して慣れなきゃ。
そして、こうして暮らしていると。
「リョウタ殿、明日の授業は我からでなくアウグスタからですからな。我は……ふふ、今夜はちょっと一杯……」
「飲み過ぎには気をつけてくださいね」
トニトルスさんが、最初の時のような顔を見せるようになってきた。
ちょっと嬉しい。
ここで、それとなく切り出してみよう。
「そうそう。あっちにある、いつも閉まってる部屋って何なんですか? 扉もなんだか、他と違う感じで」
本当は知ってるけど、あえて聞いてみる。
いつも閉まってる、なんだか違う感じの扉の部屋。
ここは。
「ああ。あそこは我ら《龍の血統の者》の若輩者が根城としておる部屋でしてな」
カエルレウムの部屋。
この流れだとアルブムが僕の敵になると知られてないから、友好的な反応で教えてもらえた。
「へえ、ドラゴンが住んでるんですか? 紹介してくださいよ」
「うむ……しかし、奴はあの部屋に引きこもるようにしては、どこから仕入れたやら、おかしな道具で遊んでばかり。いつまでも幼稚な奴ですからな。あまりためになる話は聞けそうにもないと言うか」
あ、トニトルスさんが気づいてない?
僕は気づいてるけど、魔力を抑えて気配を断ったカエルレウムがこっそり忍び寄ってる。
カエルレウムに合わせて、わざと教えないでおいて……
「あんな幼稚な奴に合わせていては、リョウタ殿のためにならんと言うか……」
「誰が幼稚だ、ゴラァー!」
「ぬふぅ!?」
……出た、膝カックン!
僕も最初はカエルレウムにあれをやられたんだよね。
懐かしくて微笑ましい。
「わたしはサンクトゥス・カエルレウム! 青の《聖白輝龍》だぞ、敬え!」
「おのれ、カエルレウム……またぞろ幼稚な悪戯をしよってからに……」
こういう無邪気なカエルレウムを見るのって、すごく久しぶりに感じる。
会えなかったり、会えたと思ったらアルブムの支配下ですっかり敵だったり。
そんなのばっかりだったからね。
「んで、そこの小僧。お前はなんだ?」
小僧って……そう言えば最初はこうだったっけ?
すっかり忘れてたな。
「僕は真殿了大。日本で生まれたんだけど、ここの魔王輪を持ってることがわかって、この城にね」
「おー! 日本は好きだぞ! りょーた、ちょっと私と遊ばないか?」
来た来た。
カエルレウムは日本が好きと言うかゲームが好きだから、ゲームの対戦相手に僕を誘ってきた。
「カエルレウムさんの部屋か。お邪魔します」
「今日の授業も終わっておりますから、夜更かしをしすぎなければ良いでしょうな。ちと遊んでやってくだされ」
トニトルスさんに行き先を伝えて、カエルレウムの部屋へ。
ああ、やっぱりレトロゲームがいっぱいだ。
カエルレウムはその中でも一際古いマシンに電源を入れて、僕にコントローラを渡してきた。
「古いゲームでもバカにしちゃダメだぞ。面白さの真髄みたいなものは、昔のでも変わらないんだ。究極のところは……」
カエルレウムは本当にゲームが好きなんだな。
ついつい熱くなって説明が長くなってる。
「……おっと、そろそろ対戦でもやるか! まあ、りょーたは慣れてないだろうからな! 手加減してやるか!」
レトロゲームはタイミングの勝負になることが多かったり、操作が単純な分だけ的確さの差がダイレクトに結果に出たりする。
今日は海賊を操作して宝物を取り合うゲーム。
最初の時間でもカエルレウムと対戦で遊んだことがある。
レトロゲームに大した容量はないから、互いのキャラに性能の差もない。
「負けないよ?」
そこで、だ。
試しに思考速度と動体視力を有意向上させてみる。
これなら高速で飛ぶ弾や突然現れる罠にも、見てから対応できるからね。
「うそ、りょーた、うまっ!? いや、てゆーか!」
やりこんでいるゲームじゃないけど、反応速度の不足による操作ミスは絶対にない。
思考速度が向上している分、落ち着いて入力しているからね。
「おかしくないか、今の! もう一度だ!」
カエルレウムは納得いかない様子。
ふふふ、納得するまで付き合おうじゃないか。
「やっぱり変だ! 罠も弾もりょーたを避けてないか!?」
違うんだよ。
罠も弾も見てから避ける操作を入力してるだけなんだよ。
これは反応速度の差で……
「うー! もう一度だ!」
……さすがにやり過ぎたかな。
普通にやるか。
って、やっぱり難しいな、これ!?
有意向上なしだと、うっかりミスからあっさり死んだ。
「……お前、さっきのはズルしてたのか」
やらかした。
勝つにしても負けるにしても、あまりにも差がつきすぎた。
これは言い逃れできそうにないかな?
「いや、その、目が疲れて、ね?」
「ふざけるな!」
やっぱりダメだった。
これは失敗した!
「ごめん! ついつい調子に乗っちゃって! もうしないから、許して!」
素直に謝るしかない。
カエルレウムは……
「……もう一度だ。ズルなしでだぞ」
……チャンスをくれるらしい。
これで挽回しよう。
有意向上は使わないで……
それでいて弾や罠には気をつけて……
僕がちょっと負けてるけど、一発逆転もありうる僅差をキープしてカエルレウムが立ち回って……
「よっし! 勝った!……てゆーかだな」
カエルレウムの勝ち。
今度はなかなかの競り合いだったぞ。
「ズルなんかして勝っても、楽しくないぞ? 対戦相手には真面目にテクニックで挑め! ゲームそのものにもな!」
勝ちたいあまり、ついつい《空気の読めない》奴になってた僕を、笑って許してくれた。
カエルレウムのこういうところ、すごく魅力的なんだよな……
「うん。ごめんね、カエルレウムさん」
「おいおい。『さん』はやめろ。気楽にな?」
そんな風にして、この周回ではまたカエルレウムと友達になれた。
やっぱり、カエルレウムは敵にしたくないよ。
◎空気が読めない
場の雰囲気を察知する能力がない、または発揮できないこと。
これはことわざや慣用句というより現代語ですね。
この周回ではトニトルスやカエルレウムと仲良くやれるようになってきました。
来週以降、ルブルムやイグニスはどう出るか、そしてアルブムは……?




