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112 『白』を切る

どうにかとぼけようとする了大です。

さて、この周回はどういう展開になるやら。

今回、このトニトルスさんは執拗に僕を疑っている。

元はと言えばうっかりしていた僕の失言のせいではあるけど、それにしてもしつこい。

しかも、今は《ダイヤモンドの弾丸》をかわしたばかり。

言い逃れは……


「偶然外れたわけでもなければ、ましてやこの我がこの距離で狙いを誤ったわけでもない。避けようとする確たる意思と技量がお主になければ、ああは避けられんのだぞ」


……させてくれそうにもないか。

しかしベルリネッタさんの《死の凝視》と言い今回と言い、皆して一度は殺しにかかってみないと気が済まないのか?

実力主義の真魔王城じゃ『これで死ぬならその程度の奴』で片付けられるということだろうか。

ああ、やだなあ……


「僕はそんな大層なものじゃありません。見た目どおりの弱い子供ですからね」

「この期に及んで、まだ《(しら)を切る》かッ!」


知らないままでいられたら、どんなに楽だったろう。

トニトルスさんともベルリネッタさんとも会わないままでいられたら。

そしたら普通に暮らせてたのかな。

普通の……ぼっちだけど、殺されることもない暮らしに……


「あれ、真殿くん?」


そしてまた現れる深海さん。

どうしてそう都合よく出て来られるんだ。

魔力は抑えて、気配はしにくいと思うんだけど……あ。

さっき呪文を撃ったトニトルスさんは別だからか?


「こんにちは、深海さん」


まあいいや、普通に応対。

僕は喉が渇いただけで、ちょっと飲み物を買いに出ただけの、普通の子供なんだから。


「こちらの人は?」

「何だ、お主は。この少年に用か」


うん?

この段階だと深海さんとトニトルスさんの間に面識がないのか?

てっきり仲間だとばかり思ってたけど、違うのか。


「さあ? まっ……まったく知らない人だよ。深海さんも知らない人?」

「うん……初めて会う、かな」


危ない。

うっかり『愛魚ちゃん』って言いそうになった。

『愛魚ちゃん』の『ま』を『まったく』につなぎ替えて回避。


「娘よ、今は我がこの少年と話をしておるのだ。邪魔立てせんでもらおうか……む?」


トニトルスさんが何かに気づいた。

これは……深海さんの魔力が高まってる?


「ほう、只者でないのはお主の方であったか。そういうことなら、そっちがその気なら話は別だ……多少は手荒くしても構わんな?」

「そういうあなたも、たいがいですよね」


トニトルスさんも呼応するように魔力が高まる。

さすがにドラゴンの威圧的な魔力には気圧(けお)されがちな深海さんだけど、弱音は吐かない。

二人の魔力が互いを威嚇し合う中で不意に、産毛が逆立つような感覚が来た。

これはまずいやつだ。

あのアウグスタから聞いたことがある。


「よいですか、リョウタ様。雷撃とは天と地を繋ぐ自然現象であり、ただ天から落ちるだけのものではありません。最初はほんの一瞬、髪の毛ほどにも細い道標が天地を繋ぎ、その後でそこに雷撃が現れるのですよ。ですから……」


雷撃のメカニズム。

暇を見つけて電子文明(マクストリィ)でのネットの情報を拾い読みしても、だいたい同じことが書いてあった。

そして、アウグスタやトニトルスさんはそれを感覚で操ることができるとも。


「……雷撃を操る敵に相対したとしても、その道標を察知することができれば、一瞬に必殺の威力を込められた雷撃でさえ回避可能なのですよ。覚えておいてください。あのトニトルスが敵になり、倒すしかない時が来るとしたら、そして、私もまた時の悪戯ゆえに、もしもリョウタ様の敵となってしまうことがあるとしたら。今日のこの話が、お役に立つはずです」


思い出しているうちに、思考速度の有意向上をかけていた。

今、トニトルスさんが雷撃を使う気なら……見つけろ。

察知しろ、雷撃の道標を。

しくじれば深海さんがただじゃ済まない。

上げた思考速度で、一瞬の魔力の繋がりを見極めて……

見えた、そこだ!

深海さんのすぐ右、ギリギリ当たるかどうかの至近距離!


「え……きゃ!?」


咄嗟に深海さんの左手を取って引き寄せると、その直後に雷撃が落ちた。

呪文でもなければ形態を変えてもいないトニトルスさんからすればかなり手加減した雷撃だろうけど、常人ならあれでも大怪我か、悪くすれば即死だ。


「……偶然ではないな。やはり確信を持って避けたな、少年?」

「真殿くんって……!?」


深海さんの魔力を見て、死にはしないだろうと読んでのことだろうけど、もうこれ以上は見ていられない。

やっぱり、避けて通るわけにはいかないのか!


「それまでだ! まだやるつもりなら承知はしない!」


魔王輪の魔力を多めに出して、闇の魔力で『わからせる』ようにする。

見たかったのはこれだろう。

言葉よりもこれの方が効くはずだ!




そして、結局はトニトルスさんと深海さんに連れられて、真魔王城に来ることになった。

そのトニトルスさんはと言うと……


「いや、申し訳ない! まさか、失われたとばかり思っておったヴィランヴィーの魔王輪の持ち主、当代の魔王とは! 知らなかったとはいえ無礼の数々、どうかご容赦いただきたい!」


……平謝り。

なんだかなあ……相手が魔王とわかった途端にそれは、ちょっとカッコ悪いですよ?

ラウンジでお茶にしながら、そんなしまらないトニトルスさんを見る羽目になった。

そして、お茶は……


「いかがでしょう。お口に合いましたか」


……ベルリネッタさん。

メイドの職務はこなしつつも、視線はどこか僕を値踏みするような冷たさ。

僕が魔王とはいえ、不可解な点が多いからだろうな。


「いいお茶ですね。ありがとうございます、美味しいですよ」

「恐縮です」


無難に返す。

この人のことはどうも読めなくなってきた。

僕が明らかにやさぐれていた時は、割と明確に軽蔑されていて読みやすかったけど。


「真殿くんが魔王だったなんて、聞いてなかったよ」


深海さんはやっぱり、この段階だと何も聞かされてない。

アランさんも、少しくらい説明しておけばいいのに。


「深海さんはもっとお父さんと話をした方がいいよ」


はっきりは言えないけど、それだけ伝える。

この言い方なら、親子の仲の話とも取れるだろうから、たぶん大丈夫だ。


「しかし、こうして当代の魔王が現れ、ヴィランヴィーに魔王輪が戻ったと言うのは喜ばしいことです。魔王様には是非とも、この真魔王城で暮らしていただきましょう」


ベルリネッタさんはそう言う。

でも、急に今までの次元から……マクストリィから去ることはできないよ。


「ああ、いや、しばらくは往復という形で様子を見させてください。移動に必要な呪文は……《(ポータル)》はまだ使えませんが、覚えます」

「ふむ? なるほど。《門》以外にも覚えねばならんことも多いでしょう。いかがですかな、ここはこのトニトルスが教師として……」


今度の周回(ループ)はトニトルスさんが自分から教師役を買って出るのか?

やっぱり、僕の行動が変わると周囲も変わるということか。

これは他のこともいろいろ変わりそうだ。


「お待ちください。教師であればそのような者より、このアウグスタを頼ってはみませんか。どうか、ご一考を」


あれ、アウグスタが来た!

ここで鉢合わせになるの!?


「おい。後からのこのこと遅れて来て、何を()かしておる。魔王に必要な学問など、我一人おれば何でも教えられるのだ。お主などお呼びではないぞ」

「おや。後だの先だのと順番が関係ありますか? 偉そうに粋がっておきながら相手が魔王とわかった途端に媚びを売るような者が、何を教えられると言うのですか。ああ。『媚びの売り方』ですか?」

「ほざいたな、この下ッ端悪魔ごときが!」

「ほら、そうやって考えなしに粋がるから恥をかくって言ってるんですけど?」


うわっ、仲悪っ!

とはいえ、どうもトニトルスさんの方が不利な感じか?

《龍の血統の者》……ドラゴンとしてのプライドの高さが、アウグスタにうまく皮肉られてしまっているような。


「まあまあ。教師は一人だけじゃないとダメなんですか? 別にそうじゃないなら、二人とも交代でいろいろ教えてくれたらいいじゃないですか」


落としどころを探って仲裁しておこう。

アルブムが来る前から殺し合いはさせたくない。

……そうか、直前の周回では殺し合わせることになってたな。


「ふむ。確かに、我とて休みたい時はありますからな。それもよかろうかと」

「それが魔王様のお考えであれば、このアウグスタに否やはありませんとも」


ほっ、よかった。

こういう時は使うと話が進むな、魔王の肩書き。


「ん……そうそう、魔王様。いくら専属教師とはいえ、私相手に『さん』付けや敬語は無用に願います」


そして、アウグスタはそういうところをまず考えてくれるんだよね。

さすが熟考の悪魔だけはあって……


「魔王として、他の者に示しをつけることも……お考え……あれ、うん?」


……あって……あれ?

何か様子が変だぞ?


「どうしたの? アウグスタ」

「いえ。なんだか……このお話は以前にもしたような……? いや、しかし以前も何も、リョウタ様(・・・・・)とは初対面のはず……んんー?」

「アウグスタ……!」


そう、今の話はこれ以前の周回でも直前の周回でも聞いた話。

だから僕は知っている。

でも、時間が戻ったことでアウグスタ自身を含めて、他の皆は知らないはずの話でもある。

それを思い出しそうということは、アウグスタの記憶が少しだけ残ってるのか?


「待て。今、お主は『リョウタ様』と言ったな。先程お主が現れてからどころか、この城にお越しになって以降、魔王様は名乗られておられんというのに、だ」


自分でもトニトルスさんに指摘されてから気づいた。

言われてみれば僕は『まだ名乗ってない』ぞ。

強いて言うなら深海さんが僕に対して『真殿くん』とは呼びかけてきたけど、下の名前の方はまだ教えてないし、深海さんも呼んでない。


「で、その『リョウタ』というのがお名前で間違いありませんかな」

「あ、はい。リョウタ……真殿了大です」


その僕の名前が思い浮かんだということは、これ以前の記憶だ。

アウグスタ自身も戸惑ってるけど。


「申し訳ございません、本日は失礼いたします……考えをまとめなくては……」

「うん、それじゃ……」


沈痛な面持ちで、アウグスタが去って行った。

どのくらいの記憶が残ってるのか、何を思い出したのかはわからないけど、何かあるはずだ。

また日を改めて聞いてみよう。


「ふむ、魔王様は……いや、リョウタ殿は、やはりまだ《白を切る》おつもりか?」


う、また疑われた。

僕はともかく、さっきのアウグスタのことは予想外だったからな。


「いや、何もありませんって。それに、何かあったとしても『会ったばかり』のトニトルスさんには言いづらいことだってあります」

「む、それは確かに……」


よし、うまくかわしたぞ。

むしろプライバシーの概念に論点を少しずらして、魔王とかドラゴンとか関係ない話にしてうやむやに。


「あれこれ疑って聞こうとしないで、教師役をお願いできませんか」


思えば、トニトルスさんに教師としてついてもらえていたのは最初の時間だけだった。

あとは教師どころではなかったり、もっぱらアウグスタが教師役だったり。

もっといろいろ教えてほしいよ。


「失礼。では、口先であれこれと問い質すことはいたしますまい」


やっとわかってくれたか。

説明したところで信じてもらえなかったり、信じてもらえたところでトニトルスさんが敵になったりする話なんて、したくないよ。

って……あれ。

トニトルスさんの魔力が高まってる?


「儚き夕凪の杏色に睫毛を濡らし、叶わぬ夢がにじむ空に日が沈む。其は作り直せぬ過去、かつて見た自分だけの幻影」


そして口からは詠唱。

これは前にも聞いたことがある。

ダメだ、その呪文は!

それを使われたら、また変なのが出てくるじゃないか!


「記憶の(はこ)の奥底より出でよ……《回想の探求(リコールクエスト)》!」


リコールクエスト。

口先で問い質すのではなく、僕自身の記憶に基づいて幻影が試練を課す呪文。

これでまたアルブムが出てきて『アルブム様の敵になるなら容赦せん!』とかなんとか言って、トニトルスさんが敵になるんだ。

トニトルスさんだけじゃない。

ずっと仲良しでいたいりっきーさん、ルブルムも。

レトロゲームで遊べば仲良くなれるカエルレウムも。

あの時は稽古をつけてやるって話だったイグニスさんも。

皆が僕を見限る。

皆して敵になる。

嫌だ……置いて行かれるのは嫌だよ……

せめて幻影だとしても、出てくるアルブムに勝てれば、少しは変わるかな……?


「魔王様……馬鹿な子!」

「な……!?」


違う。

アルブムじゃない。

この幻影は……ベルリネッタさんだ!


「メイドさんが二人に増えて……そっくり……!」

「馬鹿な、ベルリネッタだと!? ベルリネッタは確かにそこに!」

「ええ、わたくしが本物のベルリネッタですとも。しかし、あれは……わたくし……!?」


深海さんもトニトルスさんも、そしてベルリネッタさん本人も、僕を見限る見限らないどころの騒ぎじゃない。

《奪魂黒剣》までそっくりに写した幻影のベルリネッタさんが、自分の腹を刺して。


「りょうた様……お慕いして、おりま、す……」


あの時を再現する。

僕が体験した、僕が覚えているそのままを。

そして幻影は安定せず、どんどんと変容する。


童話(おとぎばなし)の人魚姫は王子様と結ばれずにひとりで泡になったけど、私は王子様と……了大くんと一緒に泡になれるから、幸せな人魚姫かもね……了大くん、愛してる」

「わ、わ、私ー!?」


海溝で心中した時の『愛魚ちゃん』が現れて、前回の最後の瞬間を再現したり。

それでもまだ幻影が飽き足りずに変わったり。


「……ん、あ、いえ、オホホ……トニトルス・ベックス、仕留めましてございますです、はい」

「アウグスタに敗れた、我……だと……!?」


《全開形態》で負けて死んだトニトルスさんの死骸が現れたり。

もう何が何だか。


「ええい、やめだやめだ! 訳が分からん!」


トニトルスさんが呪文を打ち切ったことで幻影は消えたけど、結局は様々なものを見られてしまった。

それでも、そうか……

今の僕にはやっぱり、アルブムの存在よりも失った時間の方がつらいんだな……




◎白を切る

知っているのに知らないふりをして振る舞うこと。

「しら」は「知らぬ」の略で「白」は当て字。

「切る」は、「啖呵(たんか)を切る」や「見得を切る」などと同じ、目立つような口ぶりや態度のこと。


《回想の探求》の、当人の記憶に依存する性質が暴走したことで、アルブムどころではない精神状態が示唆されました。

あとはアウグスタの記憶の断片は……?

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