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111 『疑心』暗鬼

新しい周回が始まった了大ですが、どうやら意欲がわかないようなんです。

また周回(ループ)の起点に戻って二日目、火曜日の夜。

思えば、なんでいつも戻る時はあの保健室なんだろう。

単に『死んだところから九ヶ月戻る』なら、もっと前に戻ってもいいのに。


「あの日は……」


あの日は……戻った『今』からすれば昨日は……月曜日。

最初の時間で愛魚ちゃんと付き合い始めた日だからかな。

それ以前の日々になんて、そうたいした意味はなかったから『始まりという意味がある日』があの日なのかもしれない。

でも、それもこれも、もう『過去』だ。

他の誰も覚えてない、僕だけの記憶。

そして、その記憶によれば。


「明日の夜は、公園にベルリネッタさんが現れるはず、か……」


明日現れるベルリネッタさんは、文字通り『死ぬほど』僕を慕ってくれた、あのベルリネッタさんじゃない。

僕なんて魔力さえ得られれば殺してもいいと考えて《死の凝視(デスゲイズ)》を仕掛けてくる冷たい人だ。

僕を本気で愛してくれたあの気持ちを追っても、それはもうどこにもない。

むしろ、追う姿をこそ笑われて『馬鹿な子』って言われるのがオチだろう。


「……会いたく、ないなあ……」


それならいっそ、会いたくないとさえ思ってしまう。

忘れようとしても忘れることなんてできない、愛しい人のはずなのに。

むしろ、真魔王城に行くのも億劫(おっくう)だ。

マクストリィにいると家族が巻き添えになっちゃうから、仕方なく行くようなもので。

行くと言えば、心療内科にも行かなきゃ。

金曜日には予約を入れたけど、まだ予約を入れただけの火曜日だから、サインバルタとベルソムラを処方してもらってない。

もう寝なきゃいけない時間なのに、あんまり眠れないや……

気分が滅入る。




水曜日。

愛魚ちゃんと付き合ってリア充イベントを起こしたり、夜に出歩いてベルリネッタさんに会ったりしなければ、特に何も起きないはず。

目立たないようにしていよう。

そう言えば、自分の魔力って無意識のうちに漏れてるのかな。

意識して抑えるようにしてみよう。

僕は普通の子。

どこにでもいるような、ぼっちの子……


「真殿くん、体の具合が悪いの?」


……ぼっちの子にも優しい深海さんだよ。

なんでそう思える。


「なんだか、元気がないように感じたから」


元気がないように、ねえ……

魔力を抑えてみたから、そう感じたのかな。


「なんだか不眠症気味だから。金曜日には心療内科に行く予約をしてるんだ」

「そうなんだ? つらいね」


眠れないのはヴィランヴィーで起きた一連の出来事のせいだよ。

君は『知らない』だろうけどね。

……そうか。

出来事と言えば、今週くらいからやけに下腹がじくじくすると思って、早退して内科に行ったりもしてたんだっけ。

僕の魔王輪が活発化し始めたことで外から感じられる僕の魔力も変わって、それをそのまま出したり抑えたりするから体調が変わったように感じる、と……

ん?

ということは……




思いついたことがある。

何事もなく帰宅して、夜を待って外出。

こっそりというほどでもなく、普通にスマホと財布を持ってちょっとコンビニまで、という感じだ。

今夜は公園にベルリネッタさんが現れるはず。

これまでの流れなら、僕の魔力が他の人間とは違うことを感じ取ることで話が進むはずだ。

だけど。


「もしも魔力を抑えて、普通の人間と変わらないくらいにしか感じられなかったら、どうなる……?」


僕が『魔王』でも『馬鹿な子』でもなく、どこにでもいる『普通の子』だったら。

ベルリネッタさんは僕を見つけられなかったり、見つけても特に気にも留めなかったりするんじゃないだろうか。

それに、あの場にいた理由も気になる。

単にヴィランヴィーに帰る途中だっただけなのか、それとも他に理由なり用事なりがあってあの公園にいたのか……


「確か、そろそろかな」


自分の魔力を抑えて、公園のベンチに座る。

最初の時間よりも位置が遠い方のベンチを選んで、視線はスマホの画面に。

適当にファイダイでも起動させておこう。

頭から顔、目線は動かさずに、魔力の感知だけで察して……

来た!

真っ黒な魔力。

間違いない、ベルリネッタさんだ。

そしてベルリネッタさんは僕に……


「さて、まいりましょう」


……特に関心を示さない。

やっぱりそうなんだな。

この時点のベルリネッタさんにとっては、僕なんて魔力目当てじゃなかったら鼻も引っかけない存在なんだってこと。

あの時とは違う。


「りょうた様……お慕いして、おりま、す……」

「ベルリネッタさんッ!」


前回の終わり際、自分を犠牲にしてでも僕を勝たせようとした、あのベルリネッタさんとは違うんだ。

時間が戻って、ベルリネッタさんが消滅した出来事はなくなったけど、あの心も一緒になくなってしまった。

どうすればいい。

僕はどうすれば、あの心を取り戻せる……?


『はろー☆』


スマホに通知。

ファイダイを起動させてたから、りっきーさんからゲーム内のフレンドチャットだ。

りっきーさん……


『こんばんは。今はちょっと外出中』


……しかしてその実体は、サンクトゥス・ルブルムか。

何もなければ、こうして仲良くしていられたんだよな。

でも、ルブルムはこれまでの周回では姉のカエルレウム共々、僕の敵になってしまうことの方が多かった。

多かったと言うより……最初の周回以外ではいつもか?

だから、何とはなしに。


『ねえ、りっきーさん。僕、りっきーさんとはずっと仲良しでいたいよ』


そんなチャットを送ってみる。

画面にはそれに続いて、相手が文章を入力している途中であることを示すアイコンが出た。

少し待つと。


『りょーくんとはずっと仲良しだよ。大丈夫』


返信が来た。

たったこれだけのことなのに、ずいぶん安心する。


『何かあったの?』


やっぱり、ネットでりっきーさんとして接しているだけでも、ルブルムは僕の気持ちの浮き沈みを敏感に察知する。

ましてや、さっきみたいなメッセージなんて『分かりやすいサイン』だろう。

何かあったのかと聞かれれば『何かあった』んだけど。

時間が戻って『何もなかった』に変わってしまった。


『……心細くなっただけだよ』


もしも周回の体験やそこで得た知識を話してみても、まるで信用されないどころか、母親であるアルブムに敵対するのならと絶縁されてもおかしくないし、実際にこれまでの周回のほとんどで絶縁されたし、周回やアルブムの話をするのはいい手じゃないだろう。

……言い出せない。

それ以上は特に何も話せずに、チャットを打ち切って家に帰って、寝た。




木曜日。

愛魚ちゃんと交際したり、何かアクションを起こしたりしていれば、秘書の鮎川さんが車で迎えに来て、阿藍さんに会うことになるけど。


「来ない、よね」


登校時も下校時も、鮎川さんは姿を現さなかった。

あの人たちも、僕が魔王じゃなかったらそんなものか。


「来ないって、何が?」


愛魚ちゃん……いや、深海さんだ。

僕と愛し合って心中までした記憶がないどころか『今』は交際さえもしていない。


「なんにも」


その深海さんにあれこれ言っても仕方ない。

鮎川さんの迎えが来なくて、それで阿藍さんやベルリネッタさんにも会わないとなると……


「……なんにも、することがない」


……ただ家に帰って、適当にファイダイで遊んで、寝るだけ。

明けて金曜日の朝も、特に誰かが迎えに来るわけでもない。

完全にそれまでと変わらない、ぼっちライフだ。

やっぱり、何かアクションを起こして真魔王城に行くべきだったかな。

でも、誰にどうやって切り出したらいいかさえ、もう分からない。

何をやっても、何もかもアルブムに取られる。

やがては僕の命も……?


「くそっ!」


やる気が起きない。

仕方ない、今日は予約を入れてあるから、真魔王城よりも心療内科に行こう。

ベルソムラとサインバルタを処方してもらって、と。


「真殿くん、やっぱり具合悪いの?」

「……不眠症の典型的な症状だってさ」


深海さんだ。

これまでのパターンだと、気晴らししましょうみたいな感覚で僕を真魔王城に誘ってくる。


「大変だね……ね、明日から土日だから、気晴らしに出かけない? すごいところを知ってるの」


でも、なんだかそんな気分にはなれない。

記憶の中にある『僕と仲良くなった人たち』を思い出してみるけど、これから真魔王城に行くとしても、その記憶は誰の中にもない。

見知った顔に、よく知ってる相手に『はじめまして』と初対面の接し方をされる。


「いや……いいよ、そういうのは」

「お金の心配はしなくていいよ。お金がかかるところじゃないから。ね?」

「そういうことじゃないんだ」


阿藍さんに何か言い含められているからなのか、それとも単に気を使ってくれているからなのか、深海さんは熱心に僕を誘って連れ出そうとしてくる。

その誘いに乗ったら『どうなるのか』わかっているからなのか、それとも単に飽きたからなのか、僕は全然そんな気分にはなれない。


「……ゆっくり寝たい(・・・・・・・)んだ。何も考えたくない」


出してもらった薬が入った袋を見せて、深海さんには引き下がってもらって、家に帰った。

心療内科と調剤薬局に行くことは家族にも相談しておいたから、かかったお金は領収書を見せて補填してもらう。

そりゃ、日頃のお小遣いだけじゃ医療費は払いきれないからね。

あとは普通に暮らして、薬を飲んで、寝て……土曜日。

学校が休みと言っても、ぼっちの僕には一緒に出かける友達なんかいない。

一緒に出かけはしない友達(りっきーさん)が、ネットの向こうにいるだけ。


「あれ?」


チャットしたりクエストをやったりしようと思ってファイダイを起動したけど、りっきーさんはオフライン。

日頃はいつ寝てるのってくらい、だいたいいつもオンラインなのに。

いや、こういう時こそ休んで寝てるのかもね。

まあいいや。


「真魔王城、か……」


あそこに行けば巨乳美少女メイドがいっぱいで、美味しい料理と大きな風呂と豪華なベッドがあるのはわかる。

そして、ベッドの中にも来てくれる子たちばかりなのも。

それでもやっぱり行く気分になれない。

何を思い浮かべても『どうせ……』という暗い考えばかりに行き着いてしまう。

こういうのが《疑心暗鬼》か……


「あー……嫌だなぁー……」


どうしてこんなに億劫なんだろう。

前回の時間ではあんなに気合を入れて、修行も何も熱心に取り組めていたはずなのに。

そして、それでもまた喉は渇く。


「何か、飲み物欲しいな……」


ちょっと近場で飲み物だけ買ってこよう。

財布とスマホを持って外に出た。

そう言えば時季は五月終わりごろだっけ。

そろそろ陽射しが厳しい。

コンビニは近いけど割高感があるし、スーパーは大きいボトルも値引きしてて安いけどちょっと遠いし、その遠さでボトルを持ち歩くのは重くてだるいし。

どうしようかな……


「む、お主は。もし、少し助けてくれんか」


……適当にぶらついていたら、なんとトニトルスさんに会った。

今日は不機嫌ではなさそうで、むしろ助けてくれと来た。

どうしたんだろう。


「この辺りに《リカーオーシャン/Liquor Ocean》という店があるそうなのだが、場所がわからん。お主は知らんか」


リカーオーシャン……リカシャンか。

家から父さんの車で行ったことは何度かあるけど、ここからだとどっちに行くんだったか……

こういう時は人類の英知の行使、スマホで検索。

詳しくはウェブで!


「ほうほう、なるほど……確かにそう遠くはないか。助かった、感謝するぞ」

「いえ、どういたしまして。それじゃ」


土曜日にも酒屋とはトニトルスさんらし……おっと。

今度は口に出さないように気をつけて。


「で、お主は何を隠しておる?」

「は?」


トニトルスさんが酒屋に……行かない。

僕を凝視して、探りを入れてくる。


「何をって……そんなの、なんにもですよ? やだなあ」

「とぼけずともよかろう。お主は只者ではないか、少なくとも他の人間よりは確実に『何かを知って』おる」


くっ……しつこい。

一度疑い始めるときりがない人だな。

そりゃ、アルブムをきっかけに僕を疑って、挙句に教師役もおりるわけだ。


「そういうの《疑心暗鬼》って言うんですよ。気のせいですって」

「ほう。《疑心暗鬼》と来たか……鬼など現実に居もせぬか、それとも確かに居る鬼を隠し持っておるのか、はたしてお主はどちらかな?」


なんでこうなるんだよ。

トニトルスさんは僕を疑って……いや、買いかぶってる。

僕はそんな大層なものじゃない。

ただのぼっちで、不眠症の、馬鹿な子だよ。


「お店の場所はわかりましたよね。じゃ、僕はもう……っ!?」


そう言って離れようと背中を向けたところに、攻撃呪文を……《ダイヤモンドの弾丸》を撃たれた!

思考速度と動体視力を上げて対処しないと、後頭部から撃ち抜かれてたところだったぞ!?


「……やはりな。ただの子供なら今のを避けられるはずがあるまい?」


なんてことをする。

一つ間違えば死んでたぞ。

そこまでして僕に探りを入れて、僕をどうするつもりだ……!?




◎疑心暗鬼

自分自身の疑いの心から、なんでもないことでも怖いと思ったり、疑いの深さからあらぬ妄想にとらわれたりするたとえ。

疑いの心を持っていると、現実には居もしない鬼や亡霊を思い浮かべてしまうこと。


今回は『もしもすぐに真魔王城に行かなかったら』ということでわざとダラダラさせてみました。

次回以降はトニトルス等の各ヒロインに引っ張られるかと。

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