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110 水の『泡』

いろんな人が死んで、望む結末とはとても言えなくなった愛魚ルート。

その愛魚に後押しされるような形で、了大はまた次の周回へと突入します。

この周回は諦めてやり直せ。

そう僕に告げたのは、愛魚ちゃんだった。

でも……


「でも、僕は」

「了大くんはこんなの、嫌でしょ?」


……愛魚ちゃんのためならと思って、この時間を過ごしてきた。

敵に回った皆も、ベルリネッタさんのことも、仕方なかった。

でも、その愛魚ちゃんがダメだと言う。


「あんまり私をバカにしないで。なんにも知らないお嬢様だとでも思ってるの?」

「そんなこと」


ない、と言いかけて、返答に詰まる。

結局は、僕は愛魚ちゃんのことさえも理解できていなかったのかもしれない。

何度周回(ループ)しても僕を好きでいてくれた、そのことばかりに甘えて。


「まずはこっちへ!」


今いる場所、城の中庭を離れて、愛魚ちゃんが駆け出す。

思った以上に速い。

慌ててついて行く。


「行かせる訳がないでしょう!」

「逃がすか!」


アルブムと、アルブムの手下になってしまったアランさんが、攻撃呪文を飛ばしてくるのを感じる。

それを避けたのか何なのか、とにかく食らわずにひたすら走って、城の建物の中に入った。




了大と愛魚を狙った攻撃呪文を阻んだのは、セヴリーヌだった。

治癒に借りていた《罪業海魔(シンクラーケン)》を了大に返したばかりか、魔王輪を愛魚に受け継がせてしまい、とても本調子とは言えない状態でありながら、それでも。


「魔王輪がなくなった脱け殻に用はないのよ!」

「ましてやそんな体で……無理をする女だ」


アルブムもアランも、次の攻撃呪文を既に用意している。

その二人の前に立ちはだかり、行く手を塞ぐセヴリーヌ。


「脱け殻でも、無理でも、私はね……あの子たち(・・)のママなのよ……あなたたち、もう少しお願いできないかしら」


フリューとアウグスタも、セヴリーヌの呼びかけに応えて並び立つ。

連戦で疲労と負傷が蓄積している二人だが、闘志までは消えていない。


「アタシだってね……負けっぱなしで終わる気なんかないっての」

「セヴリーヌ様によいお考えがあるのでしたら、もう少々お付き合いいたしましょう」


普段の全力が出せない状態とは言え、この三人が相手ではすんなりと通り抜けることはできない。

三人が時間を稼ぐ。

それは『今』のためでなく『次の時間』のために……




城内の、謁見の間。

その玉座の裏に回ると、隠し通路の縦穴が開いた。

急いで飛び込むと、重い石の音がして穴は閉じた。


「ここの開け閉めは、イル・ブラウヴァーグの魔王輪がないとできないから、物理的に壊されることはあっても、時間は稼げるよ」


だから今の愛魚ちゃんには開けられたのか。

でも《(ポータル)》を使われたら、意味がないんじゃないかな?


「ここもヴィランヴィーも、魔王の城っていうのは城内に直接《門》を開けるのはかなり難しいんだよ。事前にコツを知ってたり、何らかのアイテムで手引きされたりしないとね」


そういうものなのか。

コツかアイテム……

前者は最初の時間のクゥンタッチさんやスティールウィルが、後者はさっきのフリューがそうかな。

もし無事にやり直しを始められたら、それも聞いておこう。

そんな話をしながら移動して行く。

空気が湿っぽくなってきた。

整備された通路が終わって、自然そのままの洞窟に合流。

その洞窟も抜けると、水場に行き着いた。


「ここから先は《罪業海魔》が要るよ。海に出るから」


広い海に出てしまえば、発見は難しいか。

もう行くしかないな。

僕が《罪業海魔》を合体させて、愛魚ちゃんも《半開形態》になる。

これで海中でも息が続くから、海に入って潜る。

海の中には……


「綺麗でしょう、イル・ブラウヴァーグの海の中」


……幻想的な風景だ。

熱帯魚みたいな魚がいたり、珊瑚があったりして、水も澄んでいる。


「こんな時じゃなくて、もっとゆっくり了大くんと見たかったな」


愛魚ちゃんの言う通りだ。

本当なら、こんな風に逃げるために飛び込むんじゃなくて、もっと平和にのんびりと楽しみたかった。

でも、今は無理だ。

海の中を止まらずに、愛魚ちゃんに付いて行ってひたすら進む。


「あった、ここ」


けっこう深くまで来た。

海底に地割れみたいなところがある。


「この海溝(かいこう)に入ろう」


海溝……って、マクストリィの電子文明でも専用の探査船が要るほど深いところだっけ。

この中はそんなに深いのか。

どんどん入って行くと、途中で愛魚ちゃんが呪文で球状に力場(フィールド)を張って、海水も外に出した。

僕が《罪業海魔》と合体し続けてると疲れると思ったからかな。

助かる。

そしてまた、どんどん進む。

もう日の光も届かないから、真っ暗だ。

ここまで来れば、確かにアルブムにも見つからなさそうで、見つかっても手出しはされにくそうだ。

不意に、地に足が着く感覚。

底まで来たのか。


「了大くん……了大くんが真魔王城の皆を敵に回して、一人殺すたびに……了大くんの心が傷ついてたの、ちゃんと私は知ってるよ」

「愛魚ちゃん……」


そうだ。

つらくなかったわけじゃない。

首里さんも、候狼さんも、猟狐さんも、イグニスさんも。

やりたくてやったわけじゃない。


「それと、あのベルリネッタさんのことも……あんな終わり方、嫌だよね」

「うん……結局、この《奪魂黒剣(ブラックブレード)》も持ってきたけど、使ってないや」


そして、ベルリネッタさん。

あの人はこの周回では、僕を本気で愛してくれていた。

それに気づかないで、気づこうともしないでいた僕が『馬鹿な子』だったんだ。


「ね、了大くん」


愛魚ちゃんが、僕を抱きしめる。

冷たくて真っ暗な海底で、愛魚ちゃんだけが暖かい。


「中学の時の演劇のこと、覚えてる?」

「?……うん、覚えてる」


突然聞かれたけど、答えられた。

その時のクラスの奴らに、多数決でお姫様をやらされた時のことだ。

愛魚ちゃんが王子様を()ってくれたんだっけ。


「あの時、なんで私が王子様を演るって言っても反対されなかったか、わかる?」

「さあ……愛魚ちゃんはクラスで人気者だったからじゃないの?」


なんでこんな時に、そんな話なんだろう。

でも、愛魚ちゃんが言うことだ。

よく聞いてみよう。


「それはあったかもしれない。でも一番の理由は、演目が『人魚姫』だったからだと思う」

「人魚姫……」


たしか、アンデルセン童話だったかな。

あのお話は。


「人魚姫は、王子様とは結ばれないからね。私、嫌いだったな、あのお話」


人魚姫は王子様と結ばれない。

だから人魚姫の僕は、王子様の愛魚ちゃんと結ばれないんだって、そういうことか。

どこまでも意地悪な奴らだったな。


「あの時の劇では時間の都合で、人魚姫が泡になるところまでだったけど……本当はもう少しだけ、続きがあるんだよ」


続き?

そんなのあったっけ?


「泡になって消えた人魚姫は、風の精霊に生まれ変わるの。恋も体も失った人魚姫にも、新しい希望があるんだよ」


そうなのか。

それは知らなかった。


「だから、了大くん。次の時間で、新しい希望を探して……本当の意味でアルブムに『勝つ』結末をつかんでね」


愛魚ちゃんはそう言うけど、実は僕は『時間が戻る条件』を厳密にはつかんでいない。

アルブムに負けたり、ベルリネッタさんに刺されたりして『これは死んだな』という状態になるのが条件かな、とは思うけど。


「それに……たとえ次の時間なんて無くて、ここで終わりだとしても……私が最期の一瞬まで、絶対に一緒にいるから」


そしてその仮説は、愛魚ちゃんにも話してある。

この状態から、死ぬような目に遭うには。

愛魚ちゃんには考えがあるのか、それとも。

……ああ、そうか。

右手の感触に思い当たる。


「この《奪魂黒剣》を使えば」

「ううん、それはいらない」


違った。

また《奪魂黒剣》でお腹を刺されでもしたら、と思ったけど。

でも愛魚ちゃんはそれが嫌と言うより、剣を使うまでもないとでも言うような顔だ。


「ここまで潜る途中に、この力場を張ったけど……ここではこの力場がないと《全開形態》になった私でも、耐えられないし……」


愛魚ちゃんが僕を抱きしめる力が、強くなる。

まさか、愛魚ちゃんは。


「……実はね、この力場自体がもう、そう長くは維持できない」


愛魚ちゃんは僕と一緒に死ぬつもりか!

この海の底で!


童話(おとぎばなし)の人魚姫は王子様と結ばれずにひとりで泡になったけど、私は王子様と……了大くんと一緒に泡になれるから、幸せな人魚姫かもね」

「……愛魚ちゃん、僕は……」


そうだ。

そもそも、本当なら人生は後からやり直せるものじゃない。

これで終わりになる方が普通なんだ。

いろんな人を失って、アルブムにも勝てなくても。

愛魚ちゃんだけは本当に、最期まで一緒にいてくれる。

なら、それだけでもいいじゃないか……

愛魚ちゃんの微笑みは、そう思わせてくれるような、悲しいけど優しい微笑みだった。


「了大くん、愛してる」

「僕も、愛魚ちゃんを愛してるよ」


他に誰もいない、真っ暗な海底で。

二人で愛を確かめあって、キスを交わして。

そして、力場が破れて。




押し潰されるような、溺れるような感覚が、ほんの一瞬だけ。

そして僕たちの愛は《水の泡》になって消えた……




また質素なベッドに、化粧ボードの天井。

学校の保健室に『戻ってきた』形だ。

つまり、時間も戻ってるはず。

教室に戻って、視線で探すと……いた。


「……深海さん(・・・・)

「うん?」


そう。

この人は『深海(ふかみ)さん』だ。

僕と一緒に死んでくれた『愛魚ちゃん』じゃない。


あの後(・・・)……どうなったかな」

「あの後? さっきの古文の授業は四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」


やっぱり覚えてない。

そりゃそうだ。


「……ありがとう」


もう『今』はそれを言っても仕方ない。

次は不良のボス猿からスマホを取り返して、それからは……

いや、やめておこう。

前回の『愛魚ちゃん』とイル・ブラウヴァーグに深入りしすぎたのが、あの負け方の原因のような気がする。

そう予測してみると『深海さん』は頼れない。

次はどうする……

どうしたらアルブムに勝てる……




ろくに眠れずに翌日。

やっぱり心療内科には行っておこう。

スマホで連絡して、金曜日なら枠が空いてるのも同じ。

昼休みのうちに予約を済ませて、昼食も済ませて……


「真殿くん、少しいい?」

「……何?」


……深海さんだ。

アレか、また魔力でも感じ取られたかな。

できるだけ使わないようにはしてるんだけど。


「変な夢、見ちゃって」


夢か。

そもそもこの周回状態自体が、夢だったらいいのに。


「海の底で真殿くんと一緒にいて、二人で泡になっちゃう夢」

「!……それは……」


まさか、前の時間の記憶があるのか?

……いや、そんなはずはないか。

もしそうなら。

ここにいるのが『愛魚ちゃん』なら、まず僕を『了大くん』って呼ぶはずだ。


「……随分と、メルヘンな夢だね」


僕にとってはつい昨日の出来事でも、この深海さんにとっては夢の中の出来事だ。

例え、あの最期の一時に交わした愛が僕の中にまだはっきり残っていても。

あれはもう《水の泡》なんだから。


「ただの夢でしょ。気にするほどのことじゃないよ」

「……そう?」


会話を打ち切って、深海さんから離れる。

今はこの人と話をするのはつらい。

吐き気がすると言うより、下腹がじくじくする……

そして、何もいい案が浮かばなかったから、特にどこへも寄り道はしないで家に帰った。

今日は家族で外食だったかな。

部屋でゴロゴロして、時間を潰して……




……寝ちゃってた!?

父さん、母さんは!?


「あら、起きたの」


起きたのって。

外食は!?


「もう行って来ちゃったわよ。了大、ちっとも起きないんだもの」

「えぇーっ!?」

「お前が寝てたからだろう。ほら、千円出すからどこかで食べて来い」

「はーい……」


家族の外食は終わった後。

仕方ない、一人で牛丼屋にでも行こう。

……並盛でもうお腹いっぱい。

やっぱり食欲が落ちてる。

牛丼並盛一杯なんて安いから、五百円以上残っちゃった。

コンビニで飲み物だけ買うかな……って。

レジで会計をしている客に、見覚えがあった。


「お(ぬし)、我が子供にでも見えるというのか?」


あれって、トニトルスさん、だよね……?

何か不満でもあるのかな。


「いえ、そういうわけじゃないんです。でも、ここを押してもらわないと」


タッチパネルに年齢確認の表示。

レジカウンターにはお酒の缶。

あー、そういうことか。


「押すと言っても、押したら割れるのではないのか、この板は」

「さっきは押すって言いましたけど、軽く触るだけでいいですから」


トニトルスさんがタッチパネルに触れる。

そして、どこで手に入れたのか、こっちのお金もちゃんと持ってたらしい。

無事にお会計終了。


「コンビニでもお酒か。トニトルスさんらしいや」


トニトルスさんらしいと言うか、アルブムに支配されてないトニトルスさん自体、久しぶりに見た気がする。

そのせいで、気が緩んでたらしい。


「……で、そこのお主は何故、我を知っておる」

「ぅえ!?」


今、口に出ちゃってた!?

というか『お主』って、誰か他に……


「お主だ、お主。他に居るまいが」


……いない。

見回しても、店内は店員以外には僕とトニトルスさんだけだった。

いきなりやらかした……!


「何も咎めておるわけではない。会ったことなどなかろうはずのお主が何故、と聞いておるだけのことよ」


どうしよう。

何と答えたものか。

何しろトニトルスさんだもんなあ……


「あ、えっと、その」

「……ふん、まあよい。我がいちいち覚えておらぬだけ(・・・・・・・・)やもしれぬからな」


……って、勝手に終わっちゃった。

なんか今日のトニトルスさんは不機嫌そうというか……レジで手間取ってたから、そのせいかな?

そうだと思いたい。

それにしても『覚えておらぬだけやもしれぬ』か。

やっぱりトニトルスさんも『これまでのこと』は覚えてない。

ちゃんと話せば気のいい人だとはわかってるのに、どうして仲良くなれないんだろう……




◎水の泡

河川などで水面に浮かぶ泡がすぐに弾けて消えてしまうことに例えて、投資や努力などが無駄になることを言う。


今回はメインヒロイン個別ルートの締めくくりとヒロインの見せ場に尺を多く割きましたので、次のルートが明確にどうなるかまでは入れませんでした。

合法ショタ系主人公カワイイネタの一環だった『劇のお姫様』の話が、演目の判明と同時に伏線として回収できましたので、個人的には『全体に対して不可欠なルートを修飾する演出』としてはなかなか満足感があります。

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