106 『海の物』とも山の物ともつかない
了大のパワーアップイベント回と、ヴァイスベルク再登場回にしました。
それから僕はこの別荘でひたすら、愛魚ちゃんとイチャイチャして過ごした。
僕の魔力を分け与えて……分け与えるような行為をして。
「これ、を……胸で? うん、やってみるね」
ここに来てからが『初めて』だった愛魚ちゃんは、翌日もまたというのは痛いだろうから、それ以外の方法も頼んだり試したりする。
ということで、おっぱいではさんでもらった。
分け与えた魔力で強くなってもらわないと、アルブムに勝てないというのもあるし……
* 愛魚がレベルアップしました *
……そうでなくても、愛魚ちゃんとイチャイチャして過ごすということ自体に、大事な意味と意義があるし。
そして、愛魚ちゃんは魔力が増えたことで、魔術的に治癒力が上がったという。
治癒力の向上……どうやって気づいたんだろう。
「あのね、えっと……その、痛くなくなってきたの、あの部分が」
「あー……」
しまった、僕が察するべきだったか。
女性のデリケートな部位の話、しかも僕が『破壊』した部位のことじゃないか。
失敗。
そう言えば、やさぐれてた周回の時はそういうことは意識してなかったな。
あの時は自分のことしか考えてなかったように思う。
見限られて負けても、むしろ当然だっただろう。
「でね、その……了大くんと『したい』な、って……」
「わかった。優しくするよ」
* 愛魚がレベルアップしました *
でも今回は違う。
こうして意識を変えてみると、愛魚ちゃんがどれだけ僕を強く想ってくれているのかがひしひしと伝わる。
その想いと向き合って、受け止めて、抱き合う。
* 愛魚がレベルアップしました *
「了大くん、大好き」
「僕も愛魚ちゃんが大好きだよ」
愛魚ちゃんのために、この想いのために、僕は戦う。
今度こそアルブムに勝って、周回の向こう側へとたどり着くんだ。
別荘に長居して二人だけの時間を満喫してから、真魔王城に戻った。
ベルリネッタさんの出迎え。
「お帰りなさいませ、りょうた様」
呼び方は最初の時間と同じなようでも、中身は違う。
腹の中を読ませないようにしているのか、敵意や悪意は伝わって来ないけど……
「存分に楽しんで来ましたよ」
「そうですか、お二人で『お楽しみ』でしたか」
やけに『お楽しみ』を強調された。
嫌味か何かか?
でも、一連の行為は愛魚ちゃん本人はもちろん、その両親にも同意を得た上でのことだ。
何も悪くない。
「アウグスタさんが『りょうた様がお戻りになられましたら、翌日からは授業を再開したい』と」
そう、僕自身も強くならなくちゃいけない。
体を休めて、翌日の《書庫》のテーブル。
アウグスタとの授業が再開するにあたって、カリキュラムというか、役に立つ手段はないかを考えておいてもらっていた。
「職務ですからね。あれこれ考えて来ましたよ」
頼りになる返事だ。
何が出るかな?
「使い魔の生成をしましょう。リョウタ様、周回で得た知識と経験で、使い魔について聞いたり生成したりしたことは?」
使い魔。
やさぐれてた時はもちろん二周目でも、誰も特に言及はしていなかった。
話が挙がったのは……最初の時間でのこと。
「生成したことはないけど、話を聞いたことなら。『契約型』と『生成型』があって、生成型なら緊急時には自分の魂と魔王輪を移すことができる、だったかな」
あの時はトニトルスさんや鳳椿さんがいて、使い魔の利点も教えてくれてた。
でも、今……この周回では会えていない。
「そうです。が、しかし……それを聞いておきながら生成はしていなかったとは、どういうお考えで?」
「何か考えがあったからじゃなくて、むしろ何も考えてなかったから、じゃないかな。今にして思うと」
「なるほど」
あの時の僕は、強くなろうとはしていたけど、特に何かを深く考えてはいなかったように思う。
その『ツケ』がこの状況だ。
「使い魔の生成には、本人の強い意識……イメージが不可欠です。まずはお茶でも飲みながら考えましょう。自分に足りないものや、なりたい自分を」
なるほど、イメージか。
言われるままに、出されたお茶を飲んでから考えてみる。
僕は……僕は何になるのか。
風のように空を飛べるか、波のように海を駆けるか。
明日の僕は……
……いやいや、寝ちゃってた?
寝言は寝て言えってこと!?
「アウグスタ、どうして起こしてくれなかったの!?」
「だって、リョウタ様の寝顔が可愛らしくて」
ダメだこいつ……とまでは言い過ぎか。
寝顔の件は今回、別荘でも愛魚ちゃんに言われた。
どういうことだよ。
「いつも憂いを帯びたり難しく考えたりしているリョウタ様のお顔が、寝ている時だけは素直な子供らしさで、もうたまりません! ねー♪」
「ねー♪」
ねー、っていつの間に……いや、僕が寝てた間にか。
アウグスタの隣に来て座っているのは、見覚えがある顔だ。
顔以外のところにも見覚えがあるけど。
「ご存知、ヴァイスベルクですよぉ」
ヴァイスベルク。
強い魔力を持つだけでなく、精神面に作用する能力を持つためにあのアルブムの《服従の凝視》が通用しないという特性を持つサキュバス。
このヴァイスは『過去』にも僕と関係したり、味方についてくれたりしていた。
「ヴァイスは地力もありますし、アルブムに支配されることもありませんし、信用できる人物でしょう?」
「それは……そうだね」
愛魚ちゃんのような古くからのつながりはないけど、ヴァイスは最初に僕とフリューが対立しても僕についてくれたり、僕が周回を繰り返してやさぐれていても渋々ながら命令を聞いてくれたり、少なくともここまでで僕と敵対した周回は一度もない。
それを考えれば、信用度は高いだろう。
「さて、了大さん。愛魚さんと暮らすのなら、愛魚さんに近い形質の使い魔を生み出してみてはどうです?」
「愛魚ちゃんに……」
愛魚ちゃんの真の姿を思い浮かべる。
深海の海魔……デプスクラーケン。
「思い出せないけど確かに見た、なんとなく思い出せるけどうまく言い表せない、そういうのはあたしたちで補助します」
「ですから、焦る必要はありません。ゆっくり、それでいて確実に考えをまとめて、イメージを具現化しましょう」
ヴァイスとアウグスタが協力してくれる。
イメージしてみよう。
どこまでも海を往く、水の世界の王者……
流れに無理に逆らうのではなく、時にはいなして、時には乗って、柔らかく……
そして時には自身こそが激しい波になって、敵を打つ……
「やっぱり凄い密度ですね。魔王輪からの魔力が、ゆっくりと集まって、重なってゆく……」
イメージしながら集めた魔力が、球状になって自転している。
この段階ではまだ《海の物とも山の物ともつかない》感じ。
テレビか何かで見た、ろくろのような感じでそれに手を当てて、形を模索してみる。
もちろん、最初からはうまくいかない。
「慌てなくても大丈夫、了大さんの魔力ですからねえ。イメージを補助して……」
魔力が段々と凝り固まってきて、イカっぽい形になってきた。
目に見えない繋がりは残しつつも、僕から独立して……
これで出来上がり、なのか?
「闇の属性たっぷりのイカですね。この使い魔なら、水に関する場所への適応性は申し分ないと考えてよいでしょう」
水中でもないのに特に不自由もなさそうな、クリアパープルのイカ。
魔力を感知してみると、確かに闇の魔力がたっぷりだった。
イカらしく水の魔力も感じられるけど、少しだけ。
僕自身が、配分として水の魔力は少なめらしいからな。
「かわいいですねえ。それに……了大さんの気持ちがたっぷり」
気持ち?
ヴァイスは何を読み取ったんだろう。
「この子はただのイカじゃありません。了大さんの想いによってできていますからねえ。だから『こんなはずじゃなかった』って了大さんの後悔とか『僕がああしていなければ』って了大さんの罪悪感とか、そういうのが強いんです」
それは……強いのか?
なんだか弱そうに聞こえるんだけど。
「ずいぶんとピーキーなタイプですよ……本人の心境次第で無類の強さを発揮したり、ちっとも戦えなくなったりします」
なんか途端に自信がなくなってきた。
イカの方もどこかしょんぼりしているように見える。
「故に、俗にこういったタイプのを《罪業/Sin》と言います。海魔の姿ですから《罪業海魔/Sin Kraken》とでもお呼びしましょう」
シンクラーケン。
こいつが僕の使い魔、僕の分身か。
「その《罪業海魔》に込められた想いの一つ一つに、了大さんがそっくり写されてるんです。たくさんの罪悪感の中に、絶対負けたくないって気持ちも」
絶対負けたくない気持ち。
それなら確実にある。
お前にもあるのかと問いかけるように、イカと向き合ってみる。
(負けたくない!)
(うわっ!?)
頭に直接、声が聞こえた気がする。
こいつの声か!?
「使い魔とは常に精神的に繋がっています。言うなれば、形を変えたもう一人の自分ですからね」
なるほど……『お前』もまた『僕』なのか。
それなら、あいつに負けたくない気持ちも、勝ちたい気持ちも同じだよな。
「具体的にどんな能力を得たかは、外に出た方がいいでしょう。水のたっぷりあるところ……それこそ、この間まで行ってらした、深海家の別荘などが考えつきますね」
「じゃ、あたしが《門》を開けますねえ」
ヴァイスに《門》を開けてもらって、また海辺の別荘へ。
ただし今度は遊びや宿泊が目的じゃない。
この罪業海魔……イカの力試しが目的だ。
別荘の建物は使えないけど、別にいい。
「泳ぐだけでも、この子に力場を形成させれば楽そうですねえ」
海に入って、やってみた。
確かに楽だ。
力場が弾丸みたいな形状になって抵抗が少なく、それでいて推進力もイカ依存だから泳がなくて済む。
何より、息が続く。
水中での行動はかなり楽になるだろう。
「泳ぐのと戦うのとは別の話ですよ。模擬標的として魔力を球状にして落としますから、うまく仕留めてみてください」
アウグスタの魔力が球状になって、海の中に入った。
けっこう沖合いというか、岸から離れたところに……
いや、このイカならそのくらい平気か。
「おお、いけるいける」
素早く伸ばした触手で突くことで、的になった魔力をあっさり割った。
このイカ、強いな。
と、お次は……
「合体形態を試しましょう」
合体?
そんなのできるの?
「できると思えば簡単にできる、できないと思えば絶対にできない、そういうものですよ」
あっさり言ってくれるなあ。
ここは、そうだな……
体を覆うイメージでどうだろう。
スーツ的なものを着て、ゴーグルと足ヒレを着ける感じに。
「……おお!」
すごい!
まるで自分自身が魚になったみたいな感覚で楽しい!
しばらくイカの能力を試しながら、新しい感覚を満喫した。
了大が《罪業海魔》の能力を試している間、アウグスタとヴァイスは浜辺にいた。
模擬標的を追ったのもあって了大は沖合い。
新しい玩具を手に入れたように使い魔の能力を試すうち、二人のことは忘れてしまっていた。
「ヴァイス、君を味方に引き入れたかったのはもちろん本心だけど……はっきり聞くよ。何を見た?」
「何を、って?」
「とぼけるんじゃあない」
了大に聞こえない今のうちにと、ヴァイスを問い詰めるアウグスタ。
アウグスタには二つ、確信があった。
「ちょっとだけ、居眠りしてもらっただけよ?」
「やはり、あのうたた寝は君の能力でか。そうだと思っていた」
まずは一つ的中。
別段薬を盛ったわけでもない、自分の目の前で他の誰かに薬を盛らせるなど許さない、普通の茶を飲んだだけの了大が居眠りと。
最近は夜によく眠れない、また、たまに突然眠くなる、とは了大本人の自己申告を聞いていたが、どうも様子が違うと思っていた。
これはまだいい。
「ただ眠らせただけじゃないんだろう? 眠っている間に君はリョウタ様の記憶を見て、何かを知ってしまったはずだ。私にも語ってはくださらない何かを、な……さあ、何を見た。言えッ!」
「やぁん、怖ぁい」
おどけるヴァイスはさておき、アウグスタの表情がまた、いつもとは違う。
日頃自称する《熟考の悪魔》の顔とは違う、荒々しく獰猛な顔になりつつあった。
「アウグスタったら、昔みたいになって怖い……わかった、言うね。正直言うと『見えなかった』の」
「見えなかった、だと? 君ともあろう者がか?」
しかしもう一つの確信が、外れだと聞かされた。
まず間違いなく何か、了大の記憶を見たと確信していたヴァイスが、それは見えなかったと。
「君の能力をもってして、心が見えなかったなどと」
「本当よ。やっぱり魔王ってことね。精神的な《保護抵抗》ができてきてる。まだ『できかけ』だから時間をかければ破れるとは思うけど、あのうたた寝の間だけじゃ破れなかったの」
保護抵抗。
ヴァイスが持つ精神へ干渉する能力や、その他の系統の心を読む能力などに対抗して、自分の心を見せない能力だ。
「そんなもの、私は教えていない」
「教えられるまでもなく、できかけていた……となると、まずいことよ」
ヴァイスが指摘した、保護抵抗の存在と反応。
二人は知らないが、以前の了大にそんなものはなかった。
それはつまり。
「リョウタ様は……私たちには心を開いてくださらない……?」
愛魚のために生きるあまり、愛魚以外の者を遠ざけ、心を閉ざしている。
了大本人が気づかないなら、それはやがて綻びとなって現れる……
◎海の物とも山の物ともつかない
見たものの産地も判別がつかない様子に例えて、この先どうなるかの見当がつかないことや、正体がわからないことを言う。
セリエナ祭……大感謝の宴が開催中なんです……
いや、本当にすいませんって!