105 立て板に『水』
今回はサブタイトルことわざの性質と作劇上の必然性が重なって、会話文多めになりました。
なぜか思ったより早く来た勇者への対処も終わり。
愛魚ちゃんと別荘でリゾートと行きたい。
そこで、なんとか時間を作ってもらって、阿藍さんに会う。
忙しい人だけど、どうしてもしておきたい話がある。
「愛魚さんと、結婚を前提としてお付き合いさせていただいております」
「うん、愛魚からよく聞かされているよ」
魔王になる僕を愛魚ちゃんに見張らせていた《水に棲む者の主》のアランに、魔王としてではなく。
愛魚ちゃんのお父さん、一人の父親である阿藍さんに、娘の恋人として話す、男同士の大事な話だ。
「あの別荘を使ってよいとは愛魚に伝えてある話で、現地の管理人にも連絡してあるが……他にも話が?」
「はい」
つとめて真剣に、相手の目をきちんと見て。
やましいことではないから許してほしいとお願いする。
「僕は真剣に愛魚さんと交際していて、今回の行楽では関係をもっと進展させたいと思っています。その……」
うろたえるな。
言葉に詰まるんじゃない。
はっきりと口に出して、言うんだ。
「……婚前交渉も含めて」
要するに『あなたの娘を傷物にします』と宣言しているわけだ。
これまでの周回を振り返ってみて、愛魚ちゃんとエッチするとなった時は、魔王として上から接する形になったり、社長の仕事が忙しくて放任されてたり、自棄を起こして魔王気取りのわがままな子供でいたり、どこかなあなあで済ませたまま関係を持ってしまっていたように思う。
そういうのは良くない。
きちんと決意を固めて、そのために方向性を定めて動く。
アルブムに勝つことについても、必要なことのはずだ。
「ふうー…………愛魚本人の、そして君たち自身の問題だ。愛魚が本気で君を受け入れるつもりなら、基本的には私からとやかく言わないつもりでいる」
どうにか、かな。
長いため息の後の、アランさんの話。
許してもらえたと見ていいだろう。
「ただし、言っておくが……愛魚にも愛魚の考えがあって動いている。決して私の道具や操り人形ではなく、もちろん、君にとってもそうではない」
釘を刺された。
そりゃそうだ。
「その上で言うよ。あの子を大切にしてやってほしい」
「もちろんです。本日はお忙しいところ、ありがとうございました」
これでよし。
さあ、別荘でリゾートだ。
一年中泳げる気候の地域にある別荘。
余計な人間に見つからないようにするためと、自分たちの移動は《門》を使えば事足りるのとで、アクセスはわざと不便にしてあるそうだ、
今までも何度か使わせてもらっていて、いろんな女の子と来たこともあったけど……この周回では愛魚ちゃんと二人きりだ。
母親のセヴリーヌ様にも、父親の阿藍さんにも、ここで『何をする』つもりなのかは伝えてある。
まあ、セヴリーヌ様には『愛魚ちゃんと二人きりになりたい』と言った時点で、核心に触れる前に『やっぱり男の子なのねえ、とうとう愛魚も大人になる時なのねえ』なんて察知されてしまっていたけど。
「ここで了大くんと二人っきり、誰にも邪魔されないロケーション……なんて素敵なの……♪」
愛魚ちゃんは上機嫌だ。
水の属性が存分に活きる海辺の立地。
僕は他の女に手を出さず、ここに連れて来ることもしない。
これ以上の状況はそうそうない。
「何しようか? ゆったり泳ぐ? ビーチボールで遊ぶ? スイカ割りもできるよ」
浮かれる愛魚ちゃんもいい。
魅力的だ。
でも、そういう遊びは『今』はいい。
「……了大くん?」
「愛魚ちゃん。僕は、愛魚ちゃんが欲しい」
愛魚ちゃんを、僕だけの愛魚ちゃんにするんだ。
僕が魔王で、愛魚ちゃんを僕の魔力で強くすることができるなら。
そして、強くなるとかアルブムに勝つとかの打算じゃなく、僕にどこまでも付いて来てくれる絶対的な安心感を。
あれもこれも全部まとめて、愛魚ちゃんが欲しいんだ。
「そういう、意味なんだ……了大くんは……」
ここに来ていきなりそれは、体だけが目当てかと思われたかな。
いや、愛魚ちゃんならよく考えてくれるはず。
「……うん、いいよ。私を、了大くんのものにして」
日も高いうちからベッドに愛魚ちゃんを誘って、一枚ずつゆっくりと服を脱がせていく。
周回の記憶は僕の中にしかないから、愛魚ちゃんは『初めて』の気分でいるけど、僕は……
「了大くん、なんだかすごく手慣れてる?」
「その、周回の知識で」
「知識が蓄積するほど、こういうことしてきたんだ……」
……僕は、初めてというわけじゃない。
他の女とさんざん遊んだ手で、この愛魚ちゃんに触れて……いいのか?
「僕が嫌いになった?」
途端に心細くなる。
ここで愛魚ちゃんに拒絶されても文句が言えないくらい、僕は女遊びにかまけていたと言ってもいい。
愛魚ちゃんは何も悪くないんだ。
「ううん。それだけ経験しても、私だけを求めてくれるんだよね。今はいろんな女の子のお誘いを断って」
でも、だからこそ。
この周回では愛魚ちゃんだけを大事にしてきた。
誰に誘われても乗らないで、不満を漏らした候狼さんにも『愛魚ちゃんとは差がついて当たり前』だと言い渡した。
ベルリネッタさんだって……そうだ。
あの人のことも、あの人に何をされても、全部断って僕は今ここにいる。
「そうだよ。愛魚ちゃんだけが頼りなんだ」
どうしても脳裏をよぎるあの人の姿を振り払いたくて、脱がせるのもそこそこに、愛魚ちゃんの胸に飛び込む。
両腕を回されて抱き止められると、暖かくて、柔らかくて、癒される。
「ね、了大くん、聞かせて。その周回の知識の中に……私はいたの?」
「……うん、いたよ。いつも」
周回の始点が学校というのを抜きにしても、周回のすべてにはいつも愛魚ちゃんがいた。
今でも思い出す最初の時間はもちろん、トニトルスさんやカエルレウム、ルブルムあたりにそっぽを向かれて敵に回られた時も、真魔王城でどれだけ堕落しても、堕落するほどいい思いが味わえるのに真魔王城に行くのが嫌になった時も。
愛魚ちゃんがいなかった周回は、ただの一度もない。
「いつも、かー……ねえ、その時の……『前の』私はどんなだったの?」
以前の愛魚ちゃん。
いろんなことがあった。
「学校で噂になって……それは今回もか。えーと……僕が他の女の子と親しくしてても、ヤキモチ妬いてないふりをしてたことがあったかな。聞き分けが良すぎて、逆に不安になった」
「そうなんだ。確かに、ついつい『いい子』でいようとしちゃうかも」
まだまだ思い出せる。
愛魚ちゃんはいつでも僕を助けてくれたんだもの。
「魔力の感じ方や使い方の基礎もわからない僕のトレーニングを助けてくれたり、ここ……海辺の別荘だけじゃなくて、会員制のプールでも遊ばせてくれたり」
「プールかー。貸し切りにできないからやめたけど、行こうと思えば行けたよ」
夏だけじゃない。
秋も冬も、楽しい思い出だらけだ。
「ハロウィンでお菓子をもらってみたいって話したら、愛魚ちゃんの発案でお城の皆を巻き込んで、いろんなお菓子をもらえたし」
「お菓子をもらえるのは子供だけなのに?」
「愛魚ちゃん、いつも言ってたもの。『了大くんは可愛いから許されるの』って」
ハロウィンも楽しかった。
金平糖、焼き芋、ちんすこう、棒付きキャンディー……いろいろもらったっけ。
「確かに可愛い。わかる」
「でも、女装コンテストにノリノリで僕を参加させようとしたのは困ったな」
「え、何それ。見たい」
「もう嫌だよ」
女装コンテストの時は本当、愛魚ちゃんは頭がどうかしたのかと思った。
あの時の愛魚ちゃんにはちょっと引いたけど……
今にして思えば、それでさえ懐かしい。
「冬も、忘年会を企画してくれてさ。高級そうな旅館を貸し切りにして、カニ御膳を食べたり、温泉を満喫したり」
「そっかー……」
忘年会も楽しかったな。
トニトルスさんがお酒を飲み放題だったり、カエルレウムが大型筐体ゲームをやり放題だったり。
この周回では会ってさえいない人たちを思い出したら、目頭が熱くなった。
「こうして、了大くんに甘えてこられて、受け止めて、話を聞いてみると……ひしひしと感じる」
感じる?
愛魚ちゃんは、僕から何を感じ取ったんだろう。
僕を抱き止める腕の力が、少し強くなったのを感じた。
「了大くん、気づいてない? いつもの了大くんなら、こんなにあれこれとすらすら喋ることなんて、まずないよ? それなのに今の一連の話は《立て板に水》ってくらいで」
「……あっ」
たくさんの思い出を、思い浮かぶままに話してたら、そんな指摘を受けた。
最初の時間の話だけで、僕はそんなにまで饒舌になってたんだ。
あの頃以外にも、周回はたくさんしてきたのに。
「よっぽど幸せだったんだね、その時って……でも、なくなっちゃったんだっけ」
「……うん」
愛魚ちゃんに頭を撫でられる。
あやすような手が心地いい。
「周回してやり直してでも倒したい相手がいて、勝ちたくて、先に進みたくて……でも本当は、勝ち負けなんて考えなくてよかった頃が、周回なんてしなくてもよかった時が、心の中では今でも恋しくて」
愛魚ちゃんが感じ取ったそれは、未練だ。
どうしてもあの頃が忘れられない。
もう戻れないのに。
愛魚ちゃんがいてくれるなら、振り切らなきゃいけないのに。
「戻りたい心と、戻れない時の狭間で、了大くんの心が泣き叫んでるの」
「……まな、な、ちゃん……」
ああ、この人は。
それでも僕を受け止めてくれるのか。
未練を引きずって、打算を隠して、利用するために愛魚ちゃんに近づいたも同然の僕を。
「泣いてもいいんだよ。ここには私たちしかいないよ」
「愛魚ちゃん、愛魚ちゃん……!」
「私が助けるから、何でもしてあげるから」
「まななちゃぁぁぁん……!!」
こうなると、もう婚前交渉どころじゃなくなってしまって。
愛魚ちゃんの胸に抱かれて大泣きしてしまった……
それでもまたお腹は減る。
備蓄されてた食材で、愛魚ちゃんがシーフードカレーを作ってくれた。
「美味しい。ありがとう、愛魚ちゃん」
「ふふ、どういたしまして」
ちょっと甘口のルウ。
あんまり辛すぎるのは苦手だから助かるよ。
殻を剥いたエビ、輪切りのイカ、貝類……
どの具も食感がいい。
「落ち着いた?」
「あ……あー、うん」
お腹がふくれて、気分も楽になった。
洗い物まで愛魚ちゃんがやってくれてる。
何か手伝うべきかな?
「いいよ。軽く流したら、あとは自動洗い機にかけるだけだから」
自動食器洗い機があるのか。
さすがお金持ち、と思っていたら。
「それじゃ、了大くん……お風呂に行こっか」
え、一緒にお風呂?
それって。
「了大くんは『そういうつもり』だったんでしょ? それに、そうすると魔王の魔力で強くなるっていうの、聞いたこともあるよ」
そうだ。
わざわざ愛魚ちゃんの両親にお伺いを立てた上でここで二人きりになったのは、そういう目的でもあった。
「了大くんが勝つために必要なら、私、もっと強くなりたいし」
脱衣場でどんどん、愛魚ちゃんが脱いでいく。
僕よりずっと堂々としてる。
「そういうの無しでも……初めては了大くんがいいって思ってたし」
驚いてる間に、愛魚ちゃんはもう全裸だ。
もたもたしていた僕より、枚数が多かったはずなのに。
僕が遅いだけかな。
「お昼も言ったけど……私、何でもしてあげる。でも、今日は……」
愛魚ちゃんと一緒にお風呂。
まずはお互いに体を洗ってから。
「……今日は、優しくしてね」
「うん、そうだね」
* 愛魚がレベルアップしました *
お風呂で事に及んで、また体を洗って、寝間着姿に。
愛魚ちゃんが、なんだか歩きにくいような感じ?
「いたた……でも私、がんばるから」
やっぱり『初めて』だったから、いろいろキツかったか。
でも、必要なことだったんだ。
アルブムに勝つためにも、二人の仲をより深めるためにも。
そして、僕の精神を鍛え直すためにも。
「ただ勝てば終わりじゃなくて、勝つことは始まりなの。勝とうね、了大くん」
「勝とう、愛魚ちゃん」
決意を新たにして、この日は寝た。
愛魚ちゃんの胸に抱かれて……
……ふわふわして心地いい。
安らぎを与えてくれるぬくもり。
「ふふ、りょうた様」
ベルリネッタさん!?
どうして!
「それでアルブム様に勝てるとお思いですか」
なんて瞳で僕を見るんだ。
冷たい、まるで刺すような視線。
この瞳は見たことがある。
これは……
「……馬鹿な子」
……二周目のあの時、僕をまんまと裏切った瞳だ!
やめてくれ、そんな瞳で僕を見るな!
「……たくん、了大くん!?」
「は!?」
気がつくと、ベルリネッタさんはいない。
隣には愛魚ちゃんだけ、射し込むのは朝の光だ。
「すごくうなされてた。大丈夫!?」
「だ、大丈夫……うん」
今のは夢だったのか?
愛魚ちゃんと相思相愛で、関係もすごく進んだって言うのに。
なんて夢を見るんだ……
◎立て板に水
表面上に障害物のない板を立てて水を流すと、何にも邪魔されずに重力によって流れ落ちることから、すらすらとよどみなく話すことを言う。
ヒロイン個別ルートということで、今回は愛魚の株が爆上げのテコ入れ回になりました。
遅刻はクシャルダオラが全部悪いです。