11 両手に『花』
あんまりにもベタなサブタイトル。
そういう話です。
ベルリネッタさんに、こってりと搾られてしまった翌日。
《書庫》でトニトルスさんの授業を受けながら、昨夜の件を相談してみた。
少し出かけるというので、ベルリネッタさんは今は側にいない。
話すなら今のうちだ。
「くくくっ……相談など我でなくベルリネッタに言えばよいものをと思いきや……くくく、それは魔王様が、や、リョウタ殿が悪いですぞ」
トニトルスさんは含み笑いを繰り返す。
恥ずかしい話ではあるけど、そんなにも面白い話だろうか。
「リョウタ殿は御身の価値を、もう少々高く見た方がよろしいですな。皆がリョウタ殿の寵愛を……精を、欲しておりますぞ」
僕にはそれがわからない。
どうしてみんな、僕がいいんだろうか。
「蜂や蟻の巣作りのようなもの……女社会ではありますが、男が不要なわけではありませんからな」
そういえば、蜂のほとんどはメスだという話は聞いたことがある。
この真魔王城もそれに近い社会だとすれば、女性ばかりなのも説明がつくのかもしれない。
「加えて、魔王輪を持つリョウタ殿の精は魔力がたっぷり。我等からすれば至高の滋養にして極上の甘露……まさに蜂蜜の如く甘い、あまーいご馳走なのですぞ」
これ以上、この話題を続けていたらまずいかもしれない。
そう思っていたけれど。
「そうそう、本日は初歩として、魔力の流れの量と色を見るというのを覚えていただきましたな」
今日の授業の内容に話が戻った。
やはりトニトルスさんは真面目な人だ。
安心できる。
「我の魔力の流れをごらんくだされ。量にも気をつけて」
真面目な人の授業は、真面目に受けたくなる。
言われた通りに目を見張り、魔力の流れを見る。
「黄色……いや、明るい金色の力と緑色の力が……半分ずつくらい? 量は、輪郭線に少しだけ……」
本当はもっといろいろな種類の魔力がある上に、目で見るだけに頼るのは良くないらしい。
今日は初歩ということで、目で見た印象で答える。
「うむ、目で見るのはもう覚えられたようですな……では、少々失礼して」
トニトルスさんが急に近づいたかと思うと、いきなりキスされた。
「んー!?」
痺れるようなとろけるような感覚の後、トニトルスさんが離れる。
授業中にいったい何を……!?
「よし……ではもう一度、我の魔力の流れをごらんくだされ」
真面目な人だと思ってたのに。
そう思いながら、魔力を目で追うと。
「……さっきより、量が多い」
魔力の色に変わりはないけど、全体的な量が明らかに増えている。
これといきなりのキスと、何の関係があるんだろう。
「魔王たるリョウタ殿との接触であれば、接吻だけでもこのように魔力が増しますぞ。思い当たる節があるのでは?」
そうだ。
ベルリネッタさんと最初に会った時。
僕はベルリネッタさんにキスされて、力が抜けるような感覚で頭がぼんやりして、気を失ったんだ。
あれは、魔力を求めていたのか。
「ベルリネッタの奴は、まあ……主食からして、大きく違いますが、な……」
でも、みんなが僕を好きなのは、僕が持ってる魔力が好きだということだろうか。
そんなのは空しいだけだ。
「勿論、魔力目当てに打算で近づく者もおります。しかし、信ずるに足るだけの忠義や愛情を尽くす者もおりましょう」
結局は僕が、自分で見極めて、自分で選べ、ということだ。
正解なんて誰も教えてくれない。
トニトルスさんの今日の授業が終わったところで、ベルリネッタさんが帰ってきていた。
「りょうた様、折り入って、大事なお話が」
ベルリネッタさんの隣には、愛魚ちゃんもいた。
愛魚ちゃんを、こっちに連れてきたのか?
とはいえ、二人ともすごく真剣な表情だ。
「これから話すのは全部、父さんとも話し合ってきた真面目な話だから、しっかり聞いてね」
あの阿藍さんも承知しているとは。
愛魚ちゃんは嘘で親の名前を出すような子じゃない。
よほど大事な話だ。
「了大くん……私はね、元々こっちの住人なの。あっちの……了大くんの感覚で言えば、普通の人間じゃないことになる」
びっくりした。
愛魚ちゃんがこっちの次元の人だなんて、夢にも思わなかった。
直接そう言われても、さっぱり実感できない。
「騙してたって言われても、仕方ないくらい、隠してた……ひどいよね……」
確かにそうとも言える。
もし僕が魔王でなかったら、それどころかこの次元の存在すら知らなかったら。
僕は愛魚ちゃんを気持ち悪いと感じて、突き放していたかもしれない。
「でも、いつか言わないといけないと思って、だからこうして今、やっと話して……もし、怒らずに、今までと変わらずに、いてくれるなら……」
愛魚ちゃんの瞳が、まっすぐに僕を見つめる。
このまなざしは……思い出した。
いつだったか、僕の味方だと言ってくれた時の、あの時と同じまなざしだ。
例えこっちの次元の人で、僕が知らないだけの別の姿があるとしても。
こんなにまっすぐ僕を見つめてくれる愛魚ちゃんを、やっぱり裏切りたくない。
そう思ったから、次の言葉も、その先も、信じたいと思った。
「大好きな了大くん……私の初めてを、もらってください」
打算でなく、嘘偽りでなく。
僕を大好きだと言ってくれる人が、純潔を捧げたいとまで言ってくれる。
欲しい。
愛魚ちゃんの全部が。
「……えーと」
でも、困ったことがある。
僕の方も初めてだから、やり方がよくわからない。
保健体育の授業はなんだか、肝心なところがあいまいだったし。
エッチな薄い本は結局、ご都合主義的な漫画だったし。
こんな時は、どうしたらいいんだろう?
「でね、みんなで話し合ったんだけど」
返答や対応に詰まっていると、愛魚ちゃんが沈黙を破った。
「了大くんさえよければ……まず、ベルリネッタさんの手ほどきを受けてほしいの。一通り、教えてくれるから」
なにそれ!?
……と思ったけど、愛魚ちゃんの表情はいたって真剣だ。
「まななさんの初めての夜が無事に終わるかどうか、痛い思いをするだけで失敗に終わるかは……りょうた様にかかっています」
ベルリネッタさんも同じく、真剣な表情。
僕をからかおうという様子は少しも見えない。
「僭越ながら、わたくしがこの身で……最後まで、お教えいたしますので」
二人とも本気なんだ。
この本気に応えるためには、僕が覚悟を決めなくちゃいけない。
曖昧なままではいられないんだ。
「二人ともそれが本心なの? 僕は……どっちもいいなーって、決められなくなっちゃうよ? 両方に本気になっちゃうよ? それでもいいの?」
この二人に甲乙なんてつけられない。
もしもここまで来て嘘だったとしても、この二人になら喜んで騙されよう。
それが『信じる』ってことだ。
「うん、了大くんを一人占めできなくても、私はそれでも、了大くんじゃなきゃ嫌」
「もとよりわたくしは、りょうた様を一人占めできるとは考えておりません……りょうた様の思うままに」
それなら、もう迷うことはない。
二人とも……僕のものにするんだ。
決意を固めた夜。
ベッドには僕と、ベルリネッタさんが一緒にいる。
「最後までっていうのは……本当にあの『最後』まで、なんですよね……?」
愛魚ちゃんを裏切りたくなくて、必死に断ち切ってきた誘惑。
「ええ、もちろん。最後の最後まで……貫いて、注いでくださいませ」
いざ本当に自分のものにできると思うと、やっぱり信じられなくなりそうで、つい聞いてしまう。
返ってくる答えは、決まっているのに。
「今夜のことは、まななさんもご承知のこと……もう、裏切りではありませんよ」
そうだ。
それさえなければ、これほどの女性に誘惑されて断れるはずなんかない。
夢中で目の前のベルリネッタさんに手を伸ばす。
その手を取られて促されて、紐を引っ張って最後の一枚を脱がし、ベルリネッタさんの生の裸体を目の当たりにした。
そのままベルリネッタさんが僕を導きながら、僕に教えながら、僕を誘い入れていく。
僕は深い沼の底に沈むように、ベルリネッタさんに溺れて……
* ベルリネッタがレベルアップしました *
……その日の全部を、ベルリネッタさんに出し尽くした。
すごかったなんてもんじゃなかった。
心も体も全部溶かされて、持って行かれるんじゃないかとさえ思いながら、ベルリネッタさんと裸で抱き合って眠った。
夜が明けた。
ベルリネッタさんは僕が起きるまで、一緒にいてくれていた。
思わずベルリネッタさんを襲いそうになってしまったけど、ベルリネッタさんに優しく、それでいてしっかりと止められてしまった。
「りょうた様の一番になりたい気持ちが、ないわけではありませんが……ここまで来てまななさんを裏切るりょうた様は、見たくはありませんよ」
そうだった。
愛魚ちゃんの初めてをもらうことを忘れてしまっていた。
それほどまでにベルリネッタさんとの夜は刺激的で魅力的だったとはいえ、我に返ると自分が恥ずかしくなる。
最低だ。
「大丈夫です。りょうた様にとって、あれもこれも初めてでしたものね。そういうものです」
あっさりとベルリネッタさんに溺れて、一時とはいえ愛魚ちゃんを忘れてしまった僕が、このまま愛魚ちゃんの初めてをもらっていいのか。
決意したはずなのに、また自信が揺らぐ。
「まななさんは、りょうた様に全部捧げて、尽くして、いつまでもどこまでもお側にいたいのですよ。りょうた様が迷ってはいけません」
ベルリネッタさんは冷静だ。
愛魚ちゃんを恋敵として排除しようとはせず、むしろ応援するかのようにお膳立てしてくれる。
……すごい人だ。
「腹が立つより、一途で素敵じゃありませんか……『重い』女と、厭いますか?」
僕は首を横に振った。
とんでもない。
その重さこそが欲しい。
風呂で体を念入りにきれいにして、寝室もきっちり掃除してもらって、夜になった。
ベッドには僕と、愛魚ちゃんが一緒にいる。
「本当にいいんだよね……初めてってあの『初めて』なんだよね……?」
愛魚ちゃんの初めてをもらうということは、処女を破って、傷物にするということ。
「うん、そう。了大くんに全部……捧げるんだって、もう決めたから」
いざ本当に自分のものにすると思うと、傷つけることになるのに、やっぱり傷つけたくなくなる。
返ってくる答えは、決まっているのに。
「了大くんの初めてがベルリネッタさんでも、気にしないから……私のことも、奪って……」
そうだ。
迷うことなんか何もない。これほどの美少女に誘惑されて断れるはずなんかない。
夢中で目の前の愛魚ちゃんに手を伸ばす。
慣れないなりに丁寧に、ゆっくりと最後の一枚まで脱がし、愛魚ちゃんの生の裸体を目の当たりにした。
そのまま愛魚ちゃんが両腕を広げて、僕を受け入れながら、すべてを僕に委ねる。
僕は深い海の底に沈むように、愛魚ちゃんに溺れて……
* 愛魚がレベルアップしました *
……その日の全部を、愛魚ちゃんに出し尽くした。
ベルリネッタさんとはまた違うすごさだった。
心も体も全部沈められて、浮かび上がれないんじゃないかとさえ思いながら、愛魚ちゃんと裸で抱き合って眠った。
朝が来た。
愛魚ちゃんは僕が起きても、まだ眠っていた。
思わず愛魚ちゃんを襲いそうになってしまったけど、愛魚ちゃんに優しく、それでいてしっかりと止められてしまった。
「しばらくはごめんね。ちょっと……まだ、痛いから……」
そうだった。
愛魚ちゃんが初めてだったのを忘れてしまっていた。
それほどまでに愛魚ちゃんとの夜は刺激的で魅力的だったとはいえ、我に返ると自分が恥ずかしくなる。
最低だ。
「私が無理でも、了大くんがどうしてもと思ったら、そしたらベルリネッタさんもいるから……」
あっさりと愛魚ちゃんに溺れて、愛魚ちゃんを傷物にしたばかりだということを忘れてしまった僕が、ベルリネッタさんにデレデレしていていいのか。
決意したはずなのに、また自信が揺らぐ。
「ベルリネッタさんだって、了大くんのことが好きで、了大くんに尽くしたいの。私に遠慮ばかりして、断っちゃダメだよ」
今の愛魚ちゃんは冷静だ。
ベルリネッタさんを恋敵として排除しようとはせず、むしろ認めて敬意を表している。
……すごい人だ。
「本当は了大くんを取られちゃいそうで怖くて、嫌な気持ちになる時もあるよ……けど、大人で素敵な人だから、私もああいう女性になりたいかも」
僕は首を縦に振った。
今回は本当に激動の展開だったけど、愛魚ちゃんとベルリネッタさんがお互いに仲良くしてくれそうでよかった。
その関係こそが嬉しい。
というわけで。
僕と愛魚ちゃんとベルリネッタさんは、より親密になった。
まさに《両手に花》。
というか、公認二股……で、いいのかな?
◎両手に花
よいもの、すばらしいものを同時に二つ手に入れること。特に、男性が左右に女性をおいている場合のこと。
メインのダブルヒロインとは早めにくっついてもらいました。
ここで完結ではありません。
サブヒロインがもっと出てきます。
次回とその次は『女子会』回になります。