103 『お茶の子』さいさい
愛魚ルートはセヴリーヌ様と友好を深める魔王同盟ルートも兼ねています。
さて、うまくいくかどうか。
ヴィランヴィーの真魔王城に戻った。
こっちにセヴリーヌ様をお招きすることにして、茶会と茶菓子の用意をしないと……というところで、思い当たった人がいる。
参加者の条件はさておき、僕の知識の範囲内で茶会と言えばあの人だ。
時間が戻ってるせいで向こうは僕を知らない状態だから話の切り出し方が難しそうだけど、ベルリネッタさんに繋ぎを頼むか。
「クゥンタッチですか。はい、確かに人間たち相手に『魔王』と認識させ、演じさせておりますが……」
クゥンタッチさん。
あの人に頼ってみようと思う。
「クゥンタッチの話は、わたくしからはしておりませんでしたよね?」
「それは私の入れ知恵です。茶会と言えば真っ先に考えつくのは、やはりあの方でしょう。ということで」
「なるほど、アウグスタさんから」
こっちに戻る前に話し合って、周回の件はできるだけ伏せて動こうという話になった。
情報で先んじるには、情報で先んじていることそのものも非公開として、相手に情報として与えないことも大事だ。
ということで、クゥンタッチさん関係は『前評判をアウグスタから聞いた』体で話を進める。
「それでは、今回はわたくしもご一緒させていただきます。《門》」
ベルリネッタさんに《門》を開けてもらって、クゥンタッチさんの魔王城へ。
門番はいるけど、さすがにベルリネッタさんは顔パスだった。
「ようこそ、我が友。今日はどうしたのかな?」
体感ではずいぶん久しぶりに会う気がする。
覚えているそのままのクゥンタッチさんだ。
「……いや、なるほど。キミが『真なる魔王』なんだネ」
「はい。真殿了大と申します」
向こうは僕を知らない。
気配やら生気やらで、見ただけで魔王とわかる……というだけだ。
それは置いといて、茶会についての助力を乞う。
イル・ブラウヴァーグの魔王、セヴリーヌ様と友好を深めるために必要ということで、ベルリネッタさんとクゥンタッチさん、それとクゥンタッチさんの方のメイド筆頭のシャマルさんにも、理路整然と話が通せた。
魔王同士で協力する理由が、アルブムを倒すためというのは……まだ伏せておくべきだろうか。
……伏せておこう。
「それなら再来週にまた雛鳥たちを呼ぶから、その時にここに来てもらえばいい。正確には十日後かな、シャマル?」
「仰せの通りでございます。先方のご都合さえよろしければ『同時開催』としておもてなしできますよ」
それはいい。
この二人は話が早くて助かる。
じゃ、セヴリーヌ様に伝えに行こう。
「リョウタくん、だったかな……キミが自ら赴くのかい? 真なる魔王なら、準備のうちはキミはどっしり構えていればよさそうなのだけれども、ネ」
「セヴリーヌ様にご足労いただくんですから、こちらも足を運ぶのが礼節……というのもありますけど、僕が呼ばれてまして。愛魚ちゃんのお母さんですから、義理の親子ということで」
「ほう、なるほどネ」
うん、おかしなことは言ってない。
ないけど……ベルリネッタさんの眼光がキツいような気がする。
疑われてるのか?
「まななさんのお母様がセヴリーヌ様で、りょうた様とセヴリーヌ様が義理の親子……つまり、まななさんとの婚姻の話もあるわけですか」
「ええ。ご挨拶に伺って、仲を認めていただいてますよ。なので……」
そうだ。
僕は愛魚ちゃんと結婚する。
いつでも僕を想って、愛してくれる愛魚ちゃんと、添い遂げるんだ。
だから……
「わたくしたちに手をつけることはない、と」
「……はい」
……未練は捨てろ。
あの時間はもう帰ってこない。
ベルリネッタさんや、他の皆との絆も、あの時間と一緒になくなったんだ。
魔王輪を狙うアルブムを倒して、未来に道筋をつけて。
あの時間を失う原因になったアルブムに勝って、過去に別れを告げて。
先に進まなきゃ、いけないんだ……
茶会の話をするために、イル・ブラウヴァーグへ。
一度行っただけあって位置指定の精度が上がって、今度は城のかなり近くに《門》を出せた。
……アウグスタが。
まだ自分で出せないのかって?
「この程度は私にお任せを。『今』は、アルブムに勝つことをお考えください。アルブムに勝ち『未来』に進んだ後にこそ《門》でも何でもお教えいたします」
アウグスタがそう言うから、それでいいかなと。
二周目では逃げたアウグスタだけど、あれは自分に有利な状況を作れなかったどころか、不利な状況が出来上がっていることに気がついてなかった僕の責任だろう。
あんな状況、僕だって逃げたくなるもの。
そんな考え事をしながら、謁見の間へ……
「了大さん、歩く時は前を向いていなくてはダメよ」
……むしろその前にセヴリーヌ様と廊下でお会いして、ぶつかりそうになった。
自分の身長が低かったり相手がハイヒールだったりで、普通に前を見てるだけなのに、セヴリーヌ様のおっぱいが目の前に。
危うく顔から突っ込むところだった。
「は、すいません。セヴリーヌ様」
目のやり場に困って……痛い痛い痛い!
肩に置かれたセヴリーヌ様の手が、すごい力で掴んでくる!
それも左右両方!
「私のことは『ママ』と呼ぶ約束でしょう?」
「はい……ま、ママ……」
「よろしい♪」
肩は離してもらえたけど、今度は……抱き締められた!?
結局、おっぱいに顔から突っ込むの!?
「んー、よしよし♪ 心配なのよねえ、怖いのよねえ、大丈夫。ママが一緒よ」
「ふあ……」
セヴリーヌ様が甘えさせてくれる。
海よりも広い心って、こういうことを言うのかな……
柔らかい感触。
ベッドの中かな……
いや……誰かの胸の中?
「まあ、甘えん坊さんですね、りょうた様は」
ベルリネッタさん?
どうして。
「どうしても何も、りょうた様は寂しいのでしょう?」
「そんなバカな」
愛魚ちゃんがいる。
セヴリーヌ様だって、甘えさせてくれた。
どうして寂しく思うことがある。
「りょうた様は、本当は……」
「ベルリネッタさん?」
ベルリネッタさんが、溶ける?
姿が、形が変わって……
「……本当は、了大くんはベルリネッタさんが好きなんでしょ?」
……愛魚ちゃんになった!?
どういうことだ!
「口では、私がいいとか私のことを好きとか言ってても、本当に求めてるのはベルリネッタさんなんでしょ!?」
「違う、僕は、そんな」
「だったらどうして夢に見るの。どうして夢の中ではベルリネッタさんを求めてるの!」
「違う、違う……僕は、僕はただ……」
問い詰められて、しどろもどろ。
結局はそれが僕の本心なのか?
ベルリネッタさんに未練があって、愛魚ちゃんと付き合う資格なんてないのか……?
場面が変わった。
見慣れない部屋の、慣れない大きなベッド。
今のは……夢だったのか?
「起きたのね。随分うなされていたわよ」
すぐ隣に、セヴリーヌ様?
じゃあここは、セヴリーヌ様の寝室とか?
「甘えてきて可愛いと思ったら、突然寝てるんだもの。驚いちゃったわ」
やっぱり不眠症の影響か。
薬がないと眠りに入れなかったり、寝ようと思わない時に突然眠気が来たりする。
「で、ベルリネッタさんというのは? 愛人かしら? 愛魚を差し置いて、夢に見るほどの」
「愛人……でした。時間が戻る前、最初の時間では」
過去形だ。
もうあの頃の関係はないんだ。
それを思い知らされるとつらいけど、正直に言うしかない。
「今は?」
「今は違います。愛魚ちゃんだけと決めて、ベルリネッタさんにも、他の誰にも手を出してません」
「そう……了大さん。もしも、もしもよ」
セヴリーヌ様が僕を見つめる。
決して、責めるような瞳じゃない。
でもそれは、問いかけるような瞳だった。
「もしも、愛魚一筋に生きたところで例のアルブムには勝てないとしたら? むしろ愛魚と付き合うことで、かえってアルブムに勝てなくなるとしたら、あなたはそれでもそう言える? それともあなたは、そんなふうに愛魚を切って他の子に手を出す? 誰もが忘れてしまうからと他の子に乗り換えて、今と同じように、愛魚に言うように『君だけだよ』とでも言う?」
セヴリーヌ様の問いかけ。
まるで頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
僕がやっていることは……僕が言っていることは、結局は卑怯なことなのか!?
「繰り返しから抜け出せないのはつらいと思うわ。でもね、繰り返す前に始まることすらできないのも、つらいものなのよ」
「はあ……?」
そうは言われても、新しく何かを始めるにしても、アルブムに負けて時間が戻ったらどうしようもない。
今の僕にはよくわからない話だった。
そしていよいよセヴリーヌ様をお迎えしようという日。
あろうことか邪魔が入る。
「当代の勇者が現れました」
どういうことだ。
これまでより出現が早くないか?
これまでの僕の行動が影響したせいか?
ともあれ、勇者……寺林さんはアルブムによって否応なしに送り込まれるから、本人の意志という線だけはないだろう。
「あらあら、勇者だなんて大変ねえ」
セヴリーヌ様も早めにヴィランヴィーに来てる。
まずいな、セヴリーヌ様を巻き込みたくはないのに。
「大丈夫。ママが『めっ!』ってしてあげるから♪」
「そういうわけにもいきませんよ。それに……」
空を見る。
やっぱり月蝕が始まっていた。
この月蝕は、魔王と勇者が……僕と寺林さんが戦う時に魔術的に変化する天候だから、時季やアルブムの動向より優先されるのか。
それも覚えておこう。
そして、覚えておくと言えば。
「……この天候なら、勇者には絶対に負けません。《お茶の子さいさい》ですよ」
「繰り返しの知識で?」
「はい。これは二十回近く周回しても変わりのない要素です。僕がどんなに堕落していても、でした」
出現時期はさておき、まかり間違って周回や言い伝えの知識が寺林さんに残っているのでもない限り、ここでは負けない。
念のため、愛魚ちゃんにはマクストリィの深海御殿にいてもらって……
行くぞ!
恒例イベント・対勇者戦。
やっぱり《門》は自分で開けられないからアウグスタに来てもらってるけど、今回は『試し撃ち』的に甲虫も自分で除去して、寺林さんと対面。
どちらも相変わらずの低レベルだ。
普通にやってるだけでも、もう負ける要素はない。
しかし、これまでの周回にはなかった、とても困ったことが大発生。
「がんばれ♪ がんばれ♪ 了大さん♪ ママがついてるわ♪」
「ぶっ……!」
なんとセヴリーヌ様がついて来た。
そしてこの黄色い声援である。
そりゃ寺林さんも吹き出すよ!
「ぶふっ、あはっ、あはははは! ダッサ! ママが付き添いで、ふふっ、べったりの魔王とか! ダサい! ダサすぎ! ダサくて、し、死ぬ! はははははは!」
もう戦いにならない。
主に腹筋崩壊的な意味で。
「笑ってていいのか? 僕に負けたら家に帰れずに、死ぬぞ」
「死!?」
それを言われて正気に戻った寺林さんだけど、寺林さんは殺さなくても勇者輪だけ渡してくれたらいい。
言い伝えの通りに。
「僕のもとへ来い、太陽!」
「うそっ!?」
いつものパターン。
寺林さんは勇者の力を喪失して、勝敗が決した。
自宅はどこの次元のどこの国にあるのかもわかってるから、送ってあげればおしまいかな。
他の次元から要人……しかも魔王であるセヴリーヌ様が来てる時に、醜態は晒せないよ。
「待って、了大さん」
セヴリーヌ様?
何か異論でもあるのかな。
やっぱり殺しておくべき?
「この後はお茶会でしょう? この子も一緒に歓迎したらいいと思うの」
「それはいいお考えです! そうしましょう!」
そう来たか!
まあ、今回も事前に対処したから勇者と言っても寺林さんに悪印象は誰も持ってないし、寺林さんの自宅に送る《門》くらいアウグスタなら後でも開けられるし。
実際《門》要員のアウグスタが賛成してる。
なら、いいか。
というわけで、僕とセヴリーヌ様とアウグスタ、それに寺林さんの四人でクゥンタッチさんの魔王城に到着。
予定より人数が増えちゃった。
メイド筆頭のシャマルさんに調整を依頼。
「その程度のこと、まさしく《お茶の子さいさい》ですよ」
茶葉も菓子も多めに用意してあるから、なんでもないという返事だった。
よかった。
さて、茶会はやっぱり……雛鳥、つまりクゥンタッチさん肝煎りのロリロリっ子だらけだ。
「まあ♪ まあ、まあっ♪ 可愛らしい♪」
雛鳥たちは皆、クゥンタッチさんの政策で礼儀作法の教育も受けているから、セヴリーヌ様のご機嫌を損ねることもなく、むしろ大好評。
喜んでもらえているようで何よりです。
そして。
「この子が……こんな可愛らしい雛鳥が勇者だったなんて。勇者なんて過酷な使命は、君の小さな手には不釣り合いさ、お嬢さん」
「は、あう、いや、その」
クゥンタッチさんには寺林さんが大好評。
そう言われてみれば、そもそも寺林さんはロリロリで、出会いがこうならクゥンタッチさんにはストライクだもんなあ……
喜んでもらえているようで何よりです。
しかし勇者の出現が前倒しというのは、対処こそできたものの意外と言えば意外だった。
さて、これから先はどうしたものか……?
◎お茶の子さいさい
小さな茶菓子は腹にたまらない程度の物であることに例えて、お手軽、簡単な様子を表す。
「お茶の子」とは、お茶に添えて出されるお菓子のこと。
「さいさい」は、はやし言葉。
次回以降は「なぜ前倒しになったか」「前倒しになったことで、何が起きるか」で話を動かしたいと思います。