102 蛙の『子』は蛙
新年も、良くも悪くも平常営業。
正月休みを使って多めに執筆とはいきませんでしたが、平常通りに木曜日更新です。
愛魚ちゃんの真の姿。
僕はまだ、それを見たことはない。
「了大さんも、いいですか? あなたが愛魚の真の姿を受け入れることができないようであれば、いっそここで愛魚とは別れておいた方が双方のためでもあります」
セヴリーヌ様が現実を突きつけてくる。
それは確かにそうだろう。
いつもの……自分の美的感覚に合う人間の姿だけを求めて、いざとなった時に真の姿を、愛魚ちゃん本来の姿を醜いからと突き放すのは、不貞とは違う形ではあってもそれもまた裏切りに等しく、とても身勝手で醜い行いだ。
愛魚ちゃんの方を見てみると……
「了大くん……私は、私はね……」
肩が震えてる。
でも姿はまだ人間のままだ。
僕に真の姿を見せるという踏ん切りが、まだついてないのか。
仕方ないよね。
「いつまでそうしているつもりなの。さあ、早くなさい」
厳しいようだけど、セヴリーヌ様は決して愛魚ちゃんが憎いわけではなく、むしろ母親の愛情があるからこそ、セヴリーヌ様なりの教育方針があるからだろうとは理解できる。
僕が愛魚ちゃんを失望させたり裏切ったりするような奴なら、交際なんて認めたくない、早い段階で引き離しておきたい、というのが親心だろう。
「慌てなくていいよ。セヴリーヌ様も、急かさないであげてください」
「ふむ、いいでしょう」
ということで、言い分にはあくまでも逆らわないように、それでいて時間の猶予はお願いする。
愛魚ちゃんの気持ちの問題でもある。
無理はさせずに、愛魚ちゃん自身に覚悟ができるのを待ってあげたい。
「その面持ち……了大さんは『覚悟はできている』とでも言いたげのようですが……?」
「できているつもり、ではあります」
これは逃げずに答えないとダメだ。
本当に覚悟ができているかどうかは、実は正直怪しいけど、見栄を張って答える。
僕ができているのは……
「了大くん……もしも嫌だったら、遠慮なく言ってね……」
……できているのは、予測だ。
愛魚ちゃんの手足のアウトラインが崩れる。
枝分かれして、膨らんで、タコかイカあたりの触手になった。
触手はそうだろうと思ってたけど、胴体はまだ人間の姿のままだ。
「愛魚。私は『真の姿を』と言いましたよ。《半開形態》ではなく《全開形態》で……あなたの全部をお見せなさい。ここならば広さも申し分ないでしょう」
確かに、謁見の間は広くて天井も高い。
もしも《全開形態》の愛魚ちゃんが巨大になるとしても……いや、セヴリーヌ様の口振りからすると、本当に巨大になるんだろう。
周囲に控えている部下の人たちも慌てる様子はない。
つまりは想定の範囲内ということだ。
「逃げない……の……?」
逃げも隠れもしない、慌てる様子もない僕を見て、愛魚ちゃんはにわかには信じがたいものを見るような表情。
ここが踏ん張りどころだ。
裏切りを嫌って愛魚ちゃんを選んだ今の僕が、裏切る側にならないために。
「愛魚ちゃんを見捨てて、逃げてどうするの。僕はそんなの嫌だよ」
本当は怖くないわけじゃない。
予想通りであってほしいと思いながら、怖さを隠してるだけ。
それでも、逃げることだけは、今は一番やっちゃいけないことだ。
少し待っていると、愛魚ちゃんの姿がさらに変わる。
崩れて、柔らかく、大きくなって……
「これが……これが私の、本当の姿……」
……巨大な姿に。
タコっぽくもイカっぽくもある、それはそれは大きな頭足類の姿になった。
実際に天井にも届きそうな大きさ。
触手も段違いに太くなって、本数も十本以上ある。
今まで常識的に見かけた普通のタコやイカとは、何もかもが違う。
人間の喉じゃなくなったから、魔力を響かせて声に変えて出してる。
これが……これが、愛魚ちゃんなのか。
「驚いて声も出ませんか? これがこの子の、愛魚の真の姿……《深淵の海魔/Depth Kraken》の姿です」
デプスクラーケン。
なるほど、深い海の魔物……『深海』の姓も、そういうことならぴったりだ。
いざ対峙してみると、そんなに予想からは外れてなくて、むしろ安心したくらいだ。
「……愛魚ちゃん。僕は、愛魚ちゃんが可愛い女の子だから愛魚ちゃんを選んだんじゃないよ」
これなら大丈夫。
何のことはない。
二周目で愛魚ちゃんもアルブムに支配されて、ベルリネッタさんに刺された時。
あの時に僕が逃げられないように拘束していたのは、愛魚ちゃんの触手だった。
時間を周回した『今』は、何も知らない愛魚ちゃんは触手も真の姿も『初めて見せる』と思っていただろう。
でも僕は愛魚ちゃんの触手だけなら『既に見ていた』から、そこから真の姿……デプスクラーケンの姿をある程度は予測できていた。
「愛魚ちゃんが、いつどんな時でも僕を想ってくれたから……だから、僕は愛魚ちゃんがいいんだ」
周回して得た知識で対峙するのは卑怯かもしれない。
けど、それで愛魚ちゃんを悲しませずに済むのなら。
愛魚ちゃんを裏切らず、セヴリーヌ様に認められるなら。
僕は……逃げない!
「了大くん……了大くん……!」
愛魚ちゃんに触れる。
手触りはもう本当にイカだ。
柔らかく、ぷにぷにというか、ぶよぶよというか。
それがどうした。
僕が欲しいのは、愛魚ちゃんの心だ。
だから目を見て言うよ。
目を……眼球の直径だけでも、僕の身長くらいはありそうだな。
それもいいじゃないか。
僕に嘘をつかない、この世で一番綺麗な瞳さ!
「愛魚ちゃん、大好きだよ」
「…………了大くん!! うわあぁぁぁん!!」
一際大きな声になって、愛魚ちゃんの魔力が響く。
泣かせちゃったかな。
でも、これでいいんでしょう、セヴリーヌ様?
「素晴らしいわ。そこまで真っ向から受け入れられるなんて、想像以上よ」
うん、セヴリーヌ様からも文句なしだ。
お褒めの言葉をいただいた。
「愛魚、もういいわよ。素敵な人を選んで、素敵な人に選ばれたのね。この母も嬉しいわ」
セヴリーヌ様の許しが出たので、愛魚ちゃんがまた人間の姿になる。
服は……大丈夫か。
さっきと同じ服だ。
魔力を感じたから、きっと呪文か能力でできてるんだろう。
「でも《蛙の子は蛙》ね。やっぱりあなたはアランの子だわ。本当にそっくり」
アランさん。
あの人は《水に棲む者の主》で、愛魚ちゃんの父親だ。
さっきの愛魚ちゃんとそっくりの、デプスクラーケンの姿を隠し持っているのか。
「海魔の姿もそっくりだけれど……本当のところは怖がりで、大事な時に不安になって、大事な人に大事なことが言えない性格。あの人そっくりよ?」
「はい……」
そういう性格なのか?
これまではどうにもビジネスライクな付き合いだったから、僕じゃアランさんのそういうところはわからないや。
愛魚ちゃんは……そうかもね。
何周しても、今の今まで真の姿だけは見せてくれてなかったから。
「さて、私は『いくつかの条件がある』と言いました。そこで、了大さん」
そうだ。
セヴリーヌ様は確かにそう言ってた。
まだ他にも条件がある。
何だろう……結婚の条件と言えば古式ゆかしい、無理難題か?
強い魔物を倒してこいとか、珍しい宝物を取ってこいとか?
よし、やってやる!
「私のことは『ママ』と呼ぶように」
「……は?」
間抜けた声が出てしまった。
ママって。
いやいや、ママって!?
「母さん!?……いえ、あの、了大くんはそういうのはあんまり……」
さすがにねえ。
愛魚ちゃんからもツッコミが入った。
ついさっきまでシリアスな空気だったのに!
どんな難題が来るのかと身構えてたのに!
「あら、どうしてかしら。私の娘である愛魚と了大さんが一緒になると言うのなら、了大さんから見て私は『義理の母親』になるでしょう? だからママよ。ママで間違いないわ」
「……っ!?」
難しいお使いに比べたら簡単すぎる条件だろうけど、それでも『ママ』はさすがに子供っぽいよ。
もう少しなんとかならないものかな。
というか愛魚ちゃん。
さっきから『その手があったか!』みたいな顔なのは何なの。
今のは『自分の娘が僕とくっつく』からセヴリーヌ様だけが使えた手であって、愛魚ちゃんには使えない手だからね。
「さ、呼んでみて。ママよ、ママ♪」
「あう、ええと、その……マ……」
マ……っ……言えるか!!
セヴリーヌ様本人はノリノリだけど、部下の人たちの視線が痛いよ!
それに、さっきからずっと黙ってるけど、アウグスタだって見てるのに!
「愛魚から話を聞いていた通りだわ。いつもは照れ屋さんなのね。可愛いわ♪」
とりあえずこの場は勘弁してもらえた。
けど、ママ……ママか……
本当にそう呼ぶのか?
謁見は終わりということで、場所を変えて茶会に。
セヴリーヌ様を囲む形で、僕と愛魚ちゃんに、アウグスタも。
謁見とは違って、ある程度は肩の力を抜いて話せる形式としてもらえた。
ありがたい。
でも、本当にさっきはアウグスタが全然喋らなかったな。
「当然ですとも。先程の場において、この次元の魔王であらせられるセヴリーヌ様のご許可なくして発言など無礼千万。私本人だけでなく、リョウタ様の面目をも潰す行いです。そのくらいは考えておりましたので」
さすが熟考の悪魔。
時と場合を考えた選択肢を取っていてくれたのか。
「アウグスタさんは有能なのねえ。了大さんの専属教師と言うだけはあるわ」
「は、もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」
セヴリーヌ様からもお褒めの言葉をいただいたところで、お茶請けが来た。
そう、お茶請けというか、むしろ……
「干物に、練り物……これは、酒が欲しくなりますね」
……むしろ、お酒のつまみ。
イカの干したやつとか、かまぼこ的なやつとか。
思ってたのと違った。
トニトルスさんだったら大喜びだったかもね。
「ここはとにかく海、海、海。陸の食材が貴重というより、陸地そのものが貴重なのよ。だから、お茶自体もねえ」
そうか、陸地が少ないということは、農地にできる面積も少ないということだ。
なるほどな。
ここでお茶はがぶ飲みできないぞ。
「それなら、セヴリーヌ様」
呼びかけてみる。
返事がない。
声が小さかったかな?
「……セヴリーヌ様?」
「ふんっ」
露骨に無視された。
不機嫌そう……って、原因は例のアレか?
さすがにアレは恥ずかしいんだよ。
折衷案でどうだろう。
「お義母様」
「……も、もう一声」
さっきほど嫌じゃないけど、やっぱりアレの方がいいらしい。
仕方ない……
僕が慣れて行けば済むのなら。
「ま……ママ?」
「はぁい♪」
うわ、めっちゃ食い付いてきた。
そんなにも『ママ』呼びに飢えてたのか!?
「お気持ちはよく、わかりますとも。まさに『釣れた』という感じですね。水の次元だけに」
アウグスタ、うまいこと言った感じで……!
いや、話が脱線しそうになる。
いけない、いけない……
「もしもご都合がよろしければ、セヴ、うっ、えー……ま、ママもヴィランヴィーをご覧になりませんか。こちらとはまた違う茶と菓子も用意させられますよ」
セヴ、まで言ったところでセヴリーヌ様の眼光がめちゃくちゃキツくなったぞ。
そこまで『ママ』呼びじゃないとダメなものなの……?
「そうねえ。可愛い息子がそう言ってくれるのなら、お呼ばれしちゃいましょうか。《ノエル/Noël》、これは魔王同士の次元間の友好を得るためにも必要なことよ。そのように調整してちょうだい」
「かしこまりました」
近くに控えていた、騎士っぽい人……ノエルと呼ばれた男性が、セヴリーヌ様の命令を受けて足早に退室した。
こっちで言うと、ベルリネッタさんみたいな地位の人かな?
「さてと、まだ条件はあるのだけれど」
セヴリーヌ様が一際真面目な表情になった。
今度は何が来るのか。
「了大さん。愛魚は了大さんに真の姿を見せたわ。言うなれば『隠し事はもうない』と言ってもほぼ差し支えはないでしょうね」
これは『ママ』の顔じゃない。
謁見の時と同じ『魔王』の顔だ。
僕も居住まいを正して、表情を引き締めて聞く。
「了大さんはどうかしら? 愛魚や私たちに何か、隠し事などは……?」
隠し事というか、言ってないことはある。
次回を何度も周回してきたことや、周回してきた分の知識があること。
でもそれは隠したいからじゃなくて、必ずしも頼りになる知識とは限らないからというだけだ。
過去の周回の知識に胡座をかいて、想定外の出来事に足元をすくわれて、大切なことを見落として裏切られて、破滅して……
全部話そう。
僕の魔王輪が発現して、魔王として生きて、何が起きたか。
そして、何か起きなかったか。
「了大くんって、時間をループしてるの……?」
「時が戻る力というのはちょっと信じられないけど、そのアルブムという者が魔王輪を狙っているなら、私もまた『標的』ということになるわね……」
「なるほど、それで私とトニトルス・ベックスを比較されたわけですか。いつの間に会っていたのかと考えてはおりましたが、そういうことなら辻褄が合うのでしょうか」
愛魚ちゃんはよくわからないという感じ。
セヴリーヌ様は自分の魔王輪も狙われるなら他人事じゃないからと耳を傾けてくれる。
アウグスタはなかなか理解してくれてるみたい。
「いずれにせよ放ってはおけないわ。了大さんに何かあれば、愛魚が泣くもの。これについては、手を組みましょう」
ということで、セヴリーヌ様との協力関係を構築した。
今度こそアルブムに勝たなくちゃ!
◎蛙の子は蛙
蛙の子であるおたまじゃくしが結局はそっくりの蛙になってしまうことから、子の性質は親に似てしまうということ。
平凡な親から生まれた子供は平凡な人になる、子は親以上になれない、という意味合いを含むため、褒め言葉には適さない。
身内の事柄で謙遜に使うのが正しいとされることわざ。
ご声援とペースアップのご要望メッセージを頂戴しました。
ただちに毎日とはいきませんが、ストック(書き溜め)を増やせたら週二回から試してみたいとは思います。